走門来福

〜走る門には福来る 人生半分「エエ道」さがし〜

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

ブログ引っ越しました

このたび、Yahoo!ブログサービス終了に伴いfc2ブログに引っ越ししました。


8月31日(ブログアップ、コメントができなくなります)まで、輪音RUNのお知らせ等、こちらにもアップします。
それまでこちらでもコメントOKですが、できればfc2の方にコメントいただければうれしいです。
引き続き、よろしくお願い致します。


桜・ロードラン

2019/04/06(SUN)

<モゼール>さんプロデュースの「桜・ロードラン」に参加しました。
奈良の川沿いに咲く桜をめぐるサイクリングで、昨年に続きゲップが出るほど満開の桜を堪能しました。


<NKO48>さんの広報活動(?)が功を奏してか、総勢13名。
先ずは飛鳥川から。

イメージ 1

藤原宮跡北側の一面の菜の花と桜のコラボ。
ウワサは聞いていたが、これほど素晴らしいとは!!

イメージ 2

黄砂の影響か、空が少し霞んでいるのが惜しいが、これも春の風物詩。

イメージ 3

皆さん撮影に懸命でなかなか腰が上がらない。
約一名の行方不明者を無事救助(?)して、再び飛鳥川。

イメージ 4

京都や名古屋から参加された方もいる。さすがに顔の広い<NKO48>さん。

イメージ 5

桜が続く自転車道を快走し、田原本から曽我川。

イメージ 6

お昼も満開の桜の下で。
お花見のお弁当は助六と決まっているのだがコンビニになかったので、サラダ巻きで…。

イメージ 7

イメージ 8

午後も桜ロードは続く。

百済寺。

イメージ 9

葛城川を遡っていたら、いつの間にか御所。

イメージ 10

JR和歌山線沿いの桜並木。
運よく電車が来た。

イメージ 11

カーブの具合が絶妙で、「桜カーブ」って呼んでみたい。

西御所から住宅街を抜け、交差点を曲がると不意に!!

イメージ 12

見事な芝桜と桜のコラボ。

イメージ 13

例年は桜が終わった時期に満開になる芝桜。
こんな風景は、なかなか珍しいそうだ。

イメージ 14

曽我川沿いに下り、仕上げの桜。

イメージ 15

お疲れサ〜ン。

イメージ 16



お花見というのは日本人独特の風習だそうですね。
奈良時代から平安時代に貴族たちが始めたそうですが、その頃は梅が主流だっただしいらしい。
古来、農耕民族だった日本人は暖かくなったころに咲く桜の咲き方で、秋の豊作、凶作を占い、豊作を願って酒や供物を供えていたそうです。それが転じて豊作の前祝というような感じで、今のようなお花見の形態ができたみたいなんですね。

一日中どっぷりと桜の花に浸っておりました。
<モゼール>さん、ありがとうございました。来年もよろしくお願い致します。


4月の輪音RUNのお知らせ

桜も満開ですね。いよいよ春本番です。
長引く花粉症とともに4月輪音のお知らせです。

♪♪♪ 4/21(日) 山の辺の道 RUN ♪♪♪

☆ 集合⇒9:30 JR天理駅
☆ 解散⇒15:00頃 JR桜井駅
☆ ルート⇒天理駅〜石上神宮〜山の辺の道〜桧原神社〜上ツ道〜大神神社〜桜井駅
☆ お弁当持参(コンビニ有り)
☆ 前日PM8:50のNHK天気予報で降水確率40%以上で中止します。催行or中止はこちらでお知らせしますので確認してください。
☆ 参加ご希望の方は必ず連絡をお願い致します。
☆ イベント中の事故には対応できません。各自、自転車保険等への加入をお願い致します。

イメージ 1

〜presented  by  す的なCYCLING〜

花見できるかワカRUN

2019/03/31(SUN)

輪音RUNです。
ここ数年、お花見RUNからフラれ続けている輪音です。
今年は暖冬だったから、きっと桜の開花も早いだろうという個人の見解は見事に外れ、開花状況にヤキモキする日々が続きました…。


榛原駅まで車載。
車を降りると寒い。大阪より3℃くらい気温が低い。
各方面のイベントが重なり、今回は総勢7名。ちょこっと冷たくて強い風の中を走り出す。

芳野川を少し遡って、八咫烏神社。

イメージ 1

とりあえず桜が咲いていたのでホッとする。

宇陀松山方面へ。

イメージ 2

松山町道路元標。

イメージ 3

旧い街並みをユルユルと。

イメージ 4

で、メインの又兵衛桜。

イメージ 5

開花状況は三分咲きということだったが、開花間近のつぼみが薄いピンク色で満開のように見える。

で、本日のお花見部隊。

イメージ 6

人麻呂公園。

イメージ 7

この辺りは古くは阿騎野(あきの)と呼ばれ、皇室の狩場だった。
かつて旧暦の5月5日は宮中行事として薬狩りが行われ、男性は狩猟し、女性は野草を摘んだ。狩猟の狙いは鹿で、袋角(鹿茸)は滋養強壮剤だ。野草は薬となる薬草だった。
柿本人麻呂は軽皇子(かるのみこ、文武天皇)の狩猟に随行し阿騎野を訪れた。
「東(ひむがし)の 野に炎(かぎろひ)の 立つ見えて かへり見すれば 月傾(かたぶ)きぬ」(万葉集48番)という歌は、この時に詠まれた歌の一つ。

お昼には少し早いので、再び松山地区をポタポタ。

薬狩りが行われたくらいだから薬業が盛んだった。

イメージ 16

っちゅうことでお昼。

イメージ 8

茶房あゆみ。ここは外せない。
なぜ外せないかというと、

イメージ 9

女将さんが気立てのよい美人だから。

まったりとしたひとときを過ごした後、相変わらず少し冷たい風を受けながら、宇陀水分神社。

イメージ 10

ここの水分桜も見ものだが、まだつぼみは少し堅そうだ。
宮司さんが自転車好きで、しばしの自転車談義。

宇陀水分神社の裏手は廃校になった宇陀小学校の跡地を利用したワールドメイプルパーク。世界中のカエデを集めた植物園。

イメージ 11

紅葉時期に再訪してみたい。

伊勢本海道をたどりつつ、墨坂神社。

イメージ 12

大和の国に猛威を振るった病の平癒を願って崇神天皇が創建したことから、日本最古の健康の神とされている。境内に波動水というトンデモナク元気になりそうな湧水がある。

榛原駅近くの札の辻。

イメージ 13

南に向かう伊勢本海道と東に向かうあお越道の分岐点で、榛原町道路元標があるのも頷ける。
「あお」は「阿保」と表記するらしい。もしかしたら「阿保親王」と関係があるかも知れない。

その分岐点にあるのが、旅籠を営んでいた「あぶらや」。

イメージ 14

屋号が示す通り、かつては油業を営んでいたらしいが、江戸末期に旅籠になり交通機関が発達する明治末期まで続いたそうだ。
お伊勢参りで賑わってた頃の江戸時代の落書き。雨戸の裏側に書かれてある。
さしずめ現代ならアヤシゲな集団が、お店のシャッターに「ナントカカントカ参上」ってところかな?

イメージ 15

「和州平群郡龍田村紅葉講 弘化四未三月五日」。
龍田村の紅葉講って納得できるな。

っちゅうことで、お疲れさん。


なんとかお花見ができました。
今週は花冷えで気温が低いですね。週末の本番が楽しみです。








2019/03/24(SUN)

有料の自転車イベントにはめったに参加しないのですが、今回はガイド役のタクリーノ<U阪>さんに久々にお会いしたかったのですね。<U阪>さんのウンチクは<す>をはるかにしのぐほどにオモロイんです。


なんとまぁ、記念すべき「アベノバポタ」の第1回目らしい。
以前から気になっていたお店でもあるが、ラ系の<す>としてはちょこっと近寄りがたいところもあって…。

イメージ 1

オッサン4人でスタート。
先ずは<U阪>さんの地元(<す>の地元でもある)からウネウネ。
万代池。
子供の頃、ザリガニ釣りしたなぁ〜。

イメージ 2

高級住宅地、帝塚山界隈をポタポタ。

イメージ 3

突如として「ブラタモリ」的な解説。
「上町台地は東側より西側の方が勾配がきついんです。つまり西側は崖、あるいは入り江のようになっていたんでしょうね。ここにはその痕跡が残っています。」

イメージ 4

はるか縄文時代にまでさかのぼるお話。
いつもながら<U阪>さんのウンチクには頭が下がる。
確かにこの交差点では南北、東側は上り勾配で、西側(海側)のみ下り勾配になっている(ブラタモリ的)。

「ここは桑名正博がよく行っていたうどん屋なんですよ。」

イメージ 5

いきなり時代は現代に。
「東側に桑名正博の実家跡がありますよ。」

イメージ 12

今は高級マンションとなっているが、当時のまま残る立派な門が豪邸だったことをしのばせる。

地元民には「聖天さん」と親しまれている聖天山正圓寺。

イメージ 6

もとは前方後円墳だったそうだ。
前方部と後円部をつなぐクビレの痕跡が「ブラタモリ」的に残っている。

上町台地西側が崖であった痕跡を残すあたりは阿倍野区と西成区の境目で、坂の下は西成区、上が阿倍野区。
ブラタモリ的に言うと「キワ」ってところ。
以前は住居の入口がどこにあるかで住所が決められていた。この急峻な土地に建てられた2階建て家屋は1階にも2階にも入口があったため、1階と2階の住所が異なっていたとか。

イメージ 7

ボクシングの亀田兄弟がダッシュ練習していたという石段。

オッサンばかりだから、こんなところもクネクネしてみる。

イメージ 8

阿倍野が再開発されるまではアーケードの商店街が続いていて、その頃は天王寺駅から天下茶屋駅まで雨に濡れずに歩くことができた。

今池商店街は、じゃりん子チエの世界。
ガード下のホルモン焼き屋には行列ができていた。

イメージ 9

鶴見橋商店街。

イメージ 10

大衆演劇場のお隣は、かつての鶴見橋ミュージック(ストリップ劇場)。

イメージ 11

桑名正博御用達のバー。
亡くなる2週間前もここで飲んでいたらしい。

イメージ 13

さてさて、やっとこさ本題のベイサイドエリアに突入する。
落合上渡船。

イメージ 14

渡った先の大正区はオキナニワン。

昨年のナニ銀ポタで食い損ねた沖縄ホルモン。

イメージ 15

ホルモン焼きは大阪のソウルフードだと思っていたが、沖縄出身の方々のお店が多い。

イメージ 16

宮城さんとか仲宗根さんとか。
「中」に「イ(ニンベン)」が付くのは沖縄出身。女優の仲間由紀恵さんも沖縄出身であるね。

オッサン4人の共通した意見は、

イメージ 17

「あぁ、ビール飲みたい…。」
この場合は、オリオンビールに限るのネ。

大阪ベイエリアを強く感じる大正内港。

イメージ 18

タグボートが繋留されていて、潮焼けしたオッチャンたちが生活していたりする。

イメージ 19

鶴町からなみはや大橋。

イメージ 20

大阪のベタ踏み坂のダウンヒル。

イメージ 21

「<す>さんはレンガも見るとイッちゃうんですよ。」

イメージ 22

ビンゴ〜!!

イメージ 23

ホンダ・ステップバン愛好者のイベントが催されていたらしく、

イメージ 24

さながらシクロジャンブルのステップバン版。

お昼は天保山の「とらじ」でカルビタン定食。

イメージ 25

うどんが入っているあたりは大阪風?

で、本日のメインイベントともいえる観覧車に突入。

イメージ 26

オッサン4人で…。

イメージ 27

ちなみにタクリーノ<U阪>さんは全日本実業団個人4000m個人追い抜きチャンピオン。アベノバ<A部>さんはシドニー五輪ロードレース日本代表。

風は少し冷たかったが、その分見晴らしが良い。

イメージ 28

イメージ 29

天保山渡船を乗り継いで、

イメージ 30

安治川トンネル。

イメージ 31

九条商店街を経て、大阪市電創業の地。

イメージ 32

京セラドームまで来たら、

イメージ 33

行っとかなアカンでしょ。

イメージ 34

木津川沿いに下って玉出から帝塚山へ戻る。

イメージ 35

帝塚山古墳。
一説では浦島太郎の墓であるとか。

帝塚山の地名由来には諸説あって、この帝塚山古墳はかつて「タマテツカヤマ」古墳と呼ばれたらしくて、いつの時代にか「タマ」が取れて「テツカヤマ」と呼ばれたらしい。
その元となる「タマデ」という地名にも諸説あって、海幸彦山幸彦の玉が出たから「玉出」、玉手御前が俊徳丸との不義密通がバレてこの地に来たからとか、その時に通ってきたのが「玉手山」だとか、「タマデ」は古来日本語で「海」、玉出の旧地名「コツマ」は崖を表すとか…。
そういえば「帝塚山」に「帝(ミカド)」という字があてられたのも意味深なような気がする。

そんなこんなの<U阪>さんのウンチクに感心しながら、

イメージ 36

お疲れサ〜ン。


やや走り飽きた感のある大阪ベイエリアですが、ガイドさんが変わるとそれぞれ味があって面白いですね。
特にタクリーノ<U阪>さんに至っては、「どこからそんなネタ仕入れるの?」って感じです。
アベノバではGWに堺ポタ、大阪レトロ建築ポタが開催されるそうで、また参加してみたいです。









[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事