走門来福

〜走る門には福来る 人生半分「エエ道」さがし〜

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訃報

この件に関して、ブログに書くかどうか一晩悩んだ。
そのあげく、ヤツとの思い出は残しておきたいので、書き留めておくことにした。

出会いは大学生の頃。
きっかけはどんなだったか忘れたが、それから土木学生会というところでの付き合いが始まった。

2年生の頃だったか、ヤツはオンボロの学生寮を出て、アパートのような下宿屋のようなところへ引っ越した。
自宅組の俺達3人組(H、M、そして俺)にとって、帰宅途中にあるヤツの下宿は恰好のたまり場で、その頃の俺達と言えば4人集まると麻雀だった。まぁ、当時の大学生は、みんなそんな感じだったと記憶している。
ヤツは右利きでありながら、いつも左手で牌を切っていた。時として夜を徹して繰り広げられるその集会で、酒もタバコもやらないヤツは、何を思ったのか、休憩時(だいたい午前2時くらいなんだけど)におもむろに米を研ぎ、一人住まいの小さな炊飯器にセットすると飯を炊き始めたのである。
「腹減ったな」と言いつつ握るヤツの握り飯は、この上なくウマかった。

3年生の夏、ヤツとともに北海道、根室の牧場にアルバイトに行った。
日本海フェリーに乗るために、出発前日は舞鶴のヤツの実家に泊めてもらった。
日当が4000円で30日。小遣い合わせて13万円でアルバイト後に北海道を旅した。当時、俺は運転免許を持っていなかったので、レンタカー(スターレットのバンだったか)の運転はヤツだった。
「足寄には行かなあかんゾ」
「千春〜♪」
足寄はただ、だだっ広くて広大な草原の丘陵が記憶にある。
ほぼ1週間で金が尽きかけてきて、釧路からフェリーに乗った。なぜか「苫小牧発〜♪」と歌いながら。

4年生になって、そして卒業。
土木学生会の14人の仲間で、少しばかりの決め事をした。
「2年に1度集まろう。結婚式には呼ぶこと、葬式には呼ばせること。」

2年に1度の同窓会は、家族も巻き込んで今も続いている。
ヤツの結婚式で歌ったのは、北海道の思い出を語りつつ「大空と大地の中で」。
ヤツが最後に顔を出したのが淡路花博(ジャパンフローラ2000)だから、もう20年近く前になる。
その後、俺が幹事の大阪開催の時に、
「出といでや。」
と電話した時には元気のない声だったので、既に病んでいたのかも知れない。
そのうち自宅に押し掛けて、ハッパかけてやらんといかんなと思っていながら、それができなかったのが悔やまれる。
そんな思いもありながら、年賀状だけは欠かさず出していた。
相変わらず、ヤツからの返事はなかった。

昨日、ヤツの奥さんから届いた寒中見舞い。
「???」
「昨年11月22日に急逝しました。」
と…。

こらこら、葬式には呼ばさんかい。勝手に逝ったらアカンやろ。

人間というものは勝手なもので、いつでも会える時にはそんなに思わない。もう会えなくなったという決定的瞬間に思いがこみ上げてくるものだと痛切に感じた。

今年は2年ごとの同窓会の年。
せめてヤツの思い出話をしてやることが、一番の供養になると信じている。
ヤツが得意だった松田聖子のモノマネとともにな。















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