走門来福

〜走る門には福来る 人生半分「エエ道」さがし〜

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福井出張から帰ってきた飲み友達が、土産にへしこを買ってきてくれました。
っちゅうことで、スミCOOK#115は前回に続いてへしこネタです。

この友達、家が近所だし一緒に仕事をすることもあります。大概の出張は彼から指名されるのですが、そのココロは旅先で飲める相手がほしいってことらしいんですね。
まぁまぁ、出張手当が赤字になろうとも、誘ってもらうのはうれしいもので…。

ダイコンは薄くスライスして、しばらく冷水にさらします。で、同じくスライスしたへしこをはさみます。塩辛さがマイルドになって美味しです。

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2019/01/27(SUN)

輪音RUNです。
1月は今年1年の安全を祈願して、吉例の七福神めぐりです。


途中合流される方を含めて、総勢23名は輪音史上2番目の記録。遠路はるばる京都や和歌山、兵庫からもご参加をいただいた。

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定刻に長居公園をスタート。
これだけ人数が多いと小ネタ披露なんてしてる間がない。おなじみの「さっちゃん歌碑」はスルーして庚申街道を北上。

多人数で都会を走るというのは、公害、あるいは無謀に近い。
とにかく迷惑をかけないよう気を付ける。

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信号で切れた後続を待つ間も自転車談義。

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さらに熊野街道を北上し、

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三光神社(寿老人:富貴長寿)。
真田丸と旧陸軍墓地の小ネタはスルー。

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井原西鶴、近松門左衛門墓所の小ネタもスルーして、長久寺(福禄寿:延命長寿)。

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高津神社の落語ネタなんて語っているヒマもなく、法案時(弁財天:知恵財宝)。

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「昼メシはまだか?」の声に押されつつ、大乗坊(毘沙門天:金銭融通)。

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お昼はいつもの王将で。

番外編その1は難波八坂神社。
ここを外すとバチが当たりそうな気がする。

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続いて大国主神社(大黒天:福徳開運)。
「七福神の『大黒』さんって、『大国』さんなんか?」という質問が飛ぶ。
「『大黒』というのはヒンドゥー教のシヴァ神なんです。同じ読みなんで『大国』と混同されていますネ。」
やっぱり小ネタ披露…。

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アカン、調子に乗ってきた…。

「なんで、えべっさんは耳が遠いか?」という小ネタを披露しつつ、今宮戎神社(戎神:商売繁盛)。

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清水坂を押し上り、

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番外編その2の清水寺の舞台で、本日の面々。

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玉出の滝と夕陽丘の小ネタを披露した後は、四天王寺(布袋尊:笑門来福)。

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解散後は、市内某所にて自転車談義。

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お疲れさん。


輪音発足当時は細々とビギナーさんをご案内していましたが、回を重ねるうちに参加者が増え、大御所と呼ばれる方々もご参加いただくようになってきました。
どこにどんな魅力があるのか気が付いていないのは、何を隠そう、主宰者の<す>なのでありました。







2月の輪音RUNのお知らせ

今回は副隊長<D口>さんのプロデュースです。
隊長は昨年11月の輪音RUNから自転車に乗っていません。
どうぞお手柔らかにお願いします。
1月輪音「七福神めぐり」もよろしくデス。


♪♪♪ 2/3(日) 千早赤阪・水仙の郷RUN ♪♪♪

☆ 集合⇒9:30 近鉄南大阪線古市駅東側 
☆ 解散⇒16:00頃 同
☆ ルート⇒古市駅〜臥竜橋〜壺井八幡宮〜通法寺跡〜(京街道)〜金山古墳〜建水分神社〜水仙郷(奉献塔)展望台で昼食〜二河原邊〜東阪〜(尾根ルート)〜下赤坂城址(棚田)〜寄手塚見方塚〜府道202・201〜石川CL〜古市駅☆ 弁当持参(オークワにて買出し予定、火器使用可)
☆ 前日PM8:50のNHK天気予報で降水確率が40%以上で中止します。催行or中止はこちらでお知らせしますので確認してください。
☆ 参加ご希望の方は必ず連絡をお願い致します。

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〜presented  by  す的なCYCLING〜

訃報

この件に関して、ブログに書くかどうか一晩悩んだ。
そのあげく、ヤツとの思い出は残しておきたいので、書き留めておくことにした。

出会いは大学生の頃。
きっかけはどんなだったか忘れたが、それから土木学生会というところでの付き合いが始まった。

2年生の頃だったか、ヤツはオンボロの学生寮を出て、アパートのような下宿屋のようなところへ引っ越した。
自宅組の俺達3人組(H、M、そして俺)にとって、帰宅途中にあるヤツの下宿は恰好のたまり場で、その頃の俺達と言えば4人集まると麻雀だった。まぁ、当時の大学生は、みんなそんな感じだったと記憶している。
ヤツは右利きでありながら、いつも左手で牌を切っていた。時として夜を徹して繰り広げられるその集会で、酒もタバコもやらないヤツは、何を思ったのか、休憩時(だいたい午前2時くらいなんだけど)におもむろに米を研ぎ、一人住まいの小さな炊飯器にセットすると飯を炊き始めたのである。
「腹減ったな」と言いつつ握るヤツの握り飯は、この上なくウマかった。

3年生の夏、ヤツとともに北海道、根室の牧場にアルバイトに行った。
日本海フェリーに乗るために、出発前日は舞鶴のヤツの実家に泊めてもらった。
日当が4000円で30日。小遣い合わせて13万円でアルバイト後に北海道を旅した。当時、俺は運転免許を持っていなかったので、レンタカー(スターレットのバンだったか)の運転はヤツだった。
「足寄には行かなあかんゾ」
「千春〜♪」
足寄はただ、だだっ広くて広大な草原の丘陵が記憶にある。
ほぼ1週間で金が尽きかけてきて、釧路からフェリーに乗った。なぜか「苫小牧発〜♪」と歌いながら。

4年生になって、そして卒業。
土木学生会の14人の仲間で、少しばかりの決め事をした。
「2年に1度集まろう。結婚式には呼ぶこと、葬式には呼ばせること。」

2年に1度の同窓会は、家族も巻き込んで今も続いている。
ヤツの結婚式で歌ったのは、北海道の思い出を語りつつ「大空と大地の中で」。
ヤツが最後に顔を出したのが淡路花博(ジャパンフローラ2000)だから、もう20年近く前になる。
その後、俺が幹事の大阪開催の時に、
「出といでや。」
と電話した時には元気のない声だったので、既に病んでいたのかも知れない。
そのうち自宅に押し掛けて、ハッパかけてやらんといかんなと思っていながら、それができなかったのが悔やまれる。
そんな思いもありながら、年賀状だけは欠かさず出していた。
相変わらず、ヤツからの返事はなかった。

昨日、ヤツの奥さんから届いた寒中見舞い。
「???」
「昨年11月22日に急逝しました。」
と…。

こらこら、葬式には呼ばさんかい。勝手に逝ったらアカンやろ。

人間というものは勝手なもので、いつでも会える時にはそんなに思わない。もう会えなくなったという決定的瞬間に思いがこみ上げてくるものだと痛切に感じた。

今年は2年ごとの同窓会の年。
せめてヤツの思い出話をしてやることが、一番の供養になると信じている。
ヤツが得意だった松田聖子のモノマネとともにな。















茶吉庵

旧東高野街道(現R170)、恩智の小さなピークにある茶吉庵に行ってきました。

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自転車でよく通る界隈で、以前から「旧そうな家やなぁ」と思っていました。
河内木綿を取り扱っていた築250年の旧家がリノベ―ションされて、昨年6月にギャラリー、イベントスペースとしてオープンされたそうです。

で、ここで木の器を作っておられる方と、ひょんなことからお知り合いになって、それをヨメさんに話すと「行きたい!」ってことで…。

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運よく工房主さんとお会いすることができました。

蔵を改装した小さな工房で木くずまみれになりながら、

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旋盤を回して器を作っておられる。

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旧い米蔵や木綿蔵は工房やアトリエと姿を変えているそうで、

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こういうのはハマってしまうなぁ〜。

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「こちらは写真家さんが使われています」
「ほうほう」
「自然光で写真を撮られています」
「ほうほう」
なんて工房主さんとお話をしていたら、
「コレコレ!」
とヨメさんが目ざとく何かを見つけたようです。
「あ〜、これ失敗作なんですよ」
「どこが?」
「乾燥具合が足らなかったのか、ひずみが出てきて…」
「木の器って生きてるんですよね」
「そうですね。『使いながら育てていく』というのが、木の器なんですネ」
なんとも、奥深いお話です。
っちゅうことで、これを修正していただくことになりました。完成するのが楽しみです。

同じく茶吉庵の厩を改装したのちに郵便局となった「ゆくるカフェ」でお昼をいただきました。

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「ゆくる」とは沖縄方言で「ゆっくりする」とか「くつろぐ」という意味だそうです。
<す>のイメージなんですが、南国って時間がゆっくり流れている感覚なんですネ。確かにここにも静かなBGMとともに、ゆっくりとした時間が流れていました。

小笠原で拾ってきたというサンゴの箸置き。

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河内木綿を紡ぐときに使われたボビンを再利用した照明がオシャレです。

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「ホカニナニカアルカモシレナイ」と精査してみます。

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えへへ〜、ビンゴ!

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やっぱり、レンガ…。

食後の腹ごなしに、付近を散策してみました。

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少し山手に行くと、恩智城址。
楠公八臣の一人として数えられた恩智左近満一の築城と伝えられています。

でも、やっぱりレンガ…。

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後に恩智小学校となった時の校門だそうです。


いやはや、茶吉庵には今年の走り初めで訪れるつもりだったんですが、ヨメさんの指令には逆らえません〜(笑)
でも、運よく工房主さんとお会いできたことや、ヨメさんに気に入ってもらったことでメデタシメデタシでした。









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