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「むかしむかし、あるところに…」というふうに日本の昔話は始まります。
これはいつの時代、どんなところでもお話ができるように「むかしむかし」で「あるところに」なんだそうですな。 例えばこれが「西暦300年ごろ、大和の国あたりに…」だと考古学の論文のようで、「慶長19年、大坂船場に…」なんていうと歴史小説のようになってしまうし、「平成31年2月16日(土)、東京都千代田区千代田1-1に…」なんてやってしまうと報道記事みたいになってしまいますな。
だから「むかしむかし」で「あるところに」なんだそうです。
でまぁ、そんな「むかしむかし、あるところに」住んでいるのが、大概の場合、「おじいさん」と「おばあさん」なんですな。別にお父さんとお母さんでも構わないと思うんですが、子供が主人公となる昔話では、なぜか「おじいさん」と「おばあさん」なのですね。
桃太郎でもかぐや姫でも一寸法師でも、「むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。」と物語が始まりますな。
「なぜ、おじいさんとおばあさんなのか?」
このあたりを少し考察してみましょう。
とりあえず大前提として「男」と「女」が同居しているものとします。
例えば20歳そこそこ、あるいはもう少し若い、おニィちゃんとおネェちゃんであった場合。昭和の頃には同棲時代なんていうのもあって、ちょっとエッチなシチュエーションでアレやコレやって感じですかね。当の本人たちは一生懸命なんでしょうが、傍目から見るとオママゴト的でありますな。 30代前後の夫婦と仮定してみます。ダンナは男盛りでビンビンだし、ヨメも女盛りでムンムンしています。ビンビンとムンムンでは子供に聞かせるおとぎ話にはふさわしくありませんな。
これがおじいさんとおばあさんになると、このあたりのナマナマしいお話でなく、なぁ〜んとなくホンワカァ〜としてくるんですな。日当たりのよい縁側で昆布茶を飲んでいるようなイメージです。
で、キーポイントになるのは、この老夫婦に子供がいないってことなんですな。
「既に子供たちは独立して、それぞれの生活を営んでいる」なんて家庭事情は、この際べつにして、とにかく子供がいないんです。
神頼みやらなんやらで、桃とか竹の中から突然子供が現れます。生まれたのではなく「現れる」んですな。
物語の成り行き上、おじいさんとおばあさんですから、普通に子供ができる確率は低いと思われますね。最近は医学が発達してかなりの高齢出産も可能らしいですが、とにかく「むかしむかし」の「あるところ」なんですから、そんな高度な医療技術を持った産婆さんがいるかどうかわかりません。 神様から授かった子供は宝物なんですな。
子供が生まれるってことは、およそ人智の及ばない神業と言っていいほどの偶然と奇跡だと思うんですね。 だから子供は宝、つまり「子宝」なんですな。 2月14日、初孫が誕生いたしました。
よく考えてみると「ちち・はは」に「てんてん(濁点)」を付けると「ぢぢ・ばば」になるんですな。
1個目の「てん」は「子」、2個目の「てん」は「孫」を表すのではないかと思うんですね。
「こんにちは、はじめまして。おじいちゃんだよ、よろしくね。」
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2019/02/10(SUN)
<ショコラ>さんのお誘いで、カキオコツアーに行ってきました。
うわッ、まだ日が上がってないやん。こんなに早起きしてサイクリングに出かけるのも久しぶりやし〜。
新大阪駅で<ショコラ>さんとともに、既に京都からの3人組が乗っている播州赤穂行き新快速に乗り込む。 で、やってきたのが、
自転車を組み立て、早々にカキオコへ突入する。 早起きした上に朝メシも少しだったので、腹ペコなのだ。 おッ、
おおおおおッ〜!! 広島焼風のカキオコはどこを食ってもカキが入っていて、鉄板焼きはプリップリ。 「ぢゃ、解散?」
「んなアホな。まだ5分も走ってないやん。」
「ヘッ、走るんですか?」
風が少し冷たいが、陽光きらめく海が早春を感じさせる。 気持ちいい。
赤穂城址にて自転車談義。 赤穂御崎からの見晴らしは最高。 「いやはや、きれいだねぇ〜。」 春はちかいゾ。
アップダウンを繰り返しながらシーサイドラインを快走して、坂越。 「道路元標がありそうな街並みやネ。」 「ほら、そこにあるやん。」
阪越村道路元標。現在の地名と表示が違っている。
やっぱりランドナーの方が絵になるなァ…。 相生湾を回り込む。 この時期は周辺の地域で「かきまつり」が模様されていて、この日は「相生かきまつり」。 道の駅も満員御礼である。
「もう少し走るけど、実はここから結構登りがあるのだよ。」 国道から脇道に入って、1kmほど登りつめた先が万葉の岬。 どこが「万葉」なのかよくわからないが、山部赤人がこのあたりの海で歌を詠んだらしい。
眺望は最高で、登ってきた甲斐があるというものだ。 沖に多くのカキイカダが浮かんでいる。 「もう登りはおしまいですか?」
「いやいや、あと2つばかり…。」
再び国道に出て、やっと最後の休憩ポイント「道の駅 みつ」。
彩雲?
日暮れが近くなってきた。 走り出したのが12時で、なんだかんだとウダウダ言いながらの70kmは良いペース。 17時、網干駅にゴール。
乗車後のプシューッこそ輪行の醍醐味なのだ。 最近ヘロヘロサイクリストになっている<す>としては、久しぶりにちゃんとしたサイクリングができたようで、カキオコ、ルートともに大満足の一日でした。 いろいろと派生するルートもあるようなので、また機会があれば探ってみたいと思います。 <ショコラ>さん、ご同行の皆様、ありがとうございました。
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2019/02/03(SUN)
輪音RUNです。
今回はムリコリ副隊長に任命した<D口>さんのプロデュースです。実は2年前にも企画していただいたんですが雨天中止。今回もお天気が微妙でしたが…。 気温は15℃まで上がるそうだが、朝は肌寒い。
集合場所の古市駅には総勢13名が集まった。 「夕方から雨の予報なんで、早めに切り上げましょ。」
定刻にスタート。初リーディングの緊張からか、ペースが少し速いなぁ。 しばらくは歴史探訪となる。 壷井八幡宮。 この辺りは清和源氏の流れをくむ河内源氏発祥の地。 武士の代名詞のような八幡太郎義家はこの地に居を構えた頼信から数えて三代目で、鎌倉幕府を開いた頼朝は七代目になる。 今は壷井という地名だが、かつては河内国香呂峰という地名だった。 二代目の頼義とその子、義家は奥州の反乱鎮圧の折、水不足に悩まされ、「諸軍渇に堪えかね、将に敗戦とす。伏して願わくば軍中に水を得さしめ給え、帰命頂礼八幡大菩薩南無通法救世大士」と祈りつつ矢を放つと、清水が湧き出たという伝説があり、凱旋の折、その清水を壷に入れて持ち帰り、井戸を掘って底に埋めた。それから壷井という地名になったそうだ。 最近まで飲料水として使われていたとか。 頼義墓所がある通法寺跡。 今は廃寺となっている。 以前に訪れたこともあったが、「郷祖氏源」には気付かなかった。 その隣が、頼信が居を構えた跡地。 今は石碑のみが残る。 石碑に刻まれた漢文を解読してみたりする。「漢文の文法は英語と同じで、S+Vなのですネ。」 ディープでコアなルートをたどる。 さすが副隊長! 家庭用キッチンアルミホイルが国内で初めて製造された工場だそうな。 小ネタ披露も様になってるよ。 ヨッ、副隊長! オークワでお昼を調達して、目的地までの寄り道。 建水分神社。
社伝によると崇神天皇5年(紀元前92年)に水分神が祀られたというから、これはもう神話の世界。「水分」は神社では「ミクマリ」と読むが、地名は「スイブン」という。
っちゅうことで、目的地に到着。
スイセンのいい香りが漂っている。 大枡柿之助殿〜、このたびは正式参戦していただき恐悦至極に存じ上げまする。
お昼はオデンと、 節分ということで恵方巻。 偶然にも東北東を向いてかぶりついていた。 今年はエエことありそうな予感〜♪ 本日のスイセン、推薦、水洗、垂線、酔仙隊。
空模様が怪しくなってきたので、早々に帰路につく。 でも、寄り道。
寛弘寺古墳公園。
見晴らしがいい。 「今日みたいな暖かい日やったらええけど、寒かったら非難ごうごうやで!」
「風よけないし。」
そんなこんなで、サイクル橋で解散式。 <D口>さん、ありがとうございました。
近場でありながら知らない道を走ることができてよかったです。 初リーディングは如何でしたか? 走り始めた時のハイペースで緊張されているなって感じました。グループラン(特に輪音のような)では、ソロの時の8割くらいのペースが良いですね。それと常に後方確認することを心掛けてください。先頭は前を見ていることより後ろを見る方が多いです。
次回はヒガンバナの頃に棚田を案内していただこうかな? よろしくゥ〜(^^)♪♪ |
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