走門来福

〜走る門には福来る 人生半分「エエ道」さがし〜

自転車日記

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2017/09/10(SUN)

夕凪サイクリングクラブさんのクラブランに遊びに行きました。
今回のRUNは昨年グダグダになりながらもご紹介した小田井用水(https://blogs.yahoo.co.jp/sumidanna1116/37198914.html)を、N高の先輩であり夕凪メンバーでもある<M谷>先輩がアレンジされたルートです。


JR日根野駅に集合。

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「え〜、今回はコンダクターとして<す>さんが…。」
都合の良い時だけのゲスト参加だが、いつも暖かく迎えて下さる。
当の<M谷>先輩は、
「<す>ちゃん、頼むで。」
って…。

熊野街道を和歌山へ。
信達宿の梶谷家。5月にはノダフジが満開となる。

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ゆったりとした登坂を続け、

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JR和泉鳥取駅を過ぎたあたりからの旧道は担ぎもあるので、そのまま府道64をたどり、山中渓。

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これから南大阪方面は秋祭の時期となり、各地では祭りの準備に忙しい。
これは「やぐら」と呼ばれ、上部は同じような作りであるが岸和田とかで有名な「曳だんじり」と違って車輪が二つしかない。「だんじり」のように人が乗り込むのではなく、「やぐら」の後方に設置された太鼓を、歩きながら打つ。
泉佐野市以南は「だんじり」でなく、「やぐら」なのだそうだ。

旧街道の趣きを残した集落を抜けると、

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雄ノ山峠へ。
気温が高く、少しでも木陰を選んで登坂。

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ピークを少し下ると、日本最後の仇討場。

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明治6年の「仇討禁止令」が出されるまで、江戸幕府に申請し認められれば仇討ができた。公認の殺人ということになる。
「紀州徳川家の土地を血で穢すことはまかりならぬ」ってことで、和泉側での仇討となるが、このあたりは天領(幕府直轄地)であったことから岩之助は捕えられ、その後、獄中死するというお話。

熊野街道にはその道中に王子という小さな祠が祀られている。熊野参詣の人々が祈りを捧げたという。
山口王子。

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下りきったあとは上淡路街道を東進。
根来の交差点を南に少し行った新根来橋付近に小田井用水の最終地点がある。

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小田井用水は宝永4年(1707年)に徳川吉宗の命を受け、井澤弥惣兵衛為永なる人物が土木工事の実績があった大畑才蔵を抜擢し、開削された。
吉宗は「米将軍」と呼ばれるほど新田開発に熱心で収入増を図った。
そのお膝元で活躍していたのが井澤。彼の工法は「紀州流土木工法」と呼ばれ、近畿のみならず、東海、関東(埼玉県見沼干拓、見沼代用水)、北陸の干拓事業に貢献している。
大畑は小田井用水以前に藤崎井用水に携わっている。
これらの事業のおかげで紀ノ川右岸に1000haを越える水田が生まれた。

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単なる農業用水路というワケではない。
和歌山県初の登録有形文化財となる建造物が現役で活躍中。

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木積川渡井。
「渡井」とは水路橋のこと。
「<す>ちゃん、よろしく〜。」
「よっしゃ、任せといて。四層巻、イギリス積みのパラペット。上部はデンティルとナナメレンガの雁木で装飾されていますね。完璧と言って良いほどのレンガ構造物です。近くの瓦礫には岸和田煉瓦の刻印があるので、おそらくキシレン製のレンガが使用されているかと…。」
「さっすがぁ〜。でもまぁ、ただ積むだけやなく装飾までするなんて、当時の技術者はオシャレやったんやね。」

やはり小田井用水沿いにはたどることができず、大和街道をたどり登録有形文化財の探索となる。

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おッ?

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おそらく耐火煉瓦と思われし…。
古そうで再使用されたレンガには思わず目がいってしまう。

名手本陣。
何回か訪れたことがあるが初めて気がついた。
なんだかギリシャ建築みたい。

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鞍蔵だそうな。
そんなお話を伺っていたオバチャンからいただいたオシャレ小物。アサリの貝殻を端切れで巻いてある。

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そのまま大和街道をたどり、龍之渡井。

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「<す>ちゃん、出番やで。」
「アーチの口径が入り口と出口で異なっているようです。おまけに少し斜交しているようでふつうはしない四ツ目という積み方になっていますね。おそらくそれぞれが単体のアーチ構造で、それが三層。それをつなぐ四層と合わせて七層巻になっています。巻きたて厚は上部荷重とアーチのスパンによって決められますね。石積みの上はフランス積み。煉瓦積みと石積みのハイブリッド構造ですね。」
「イギリス積みとフランス積みの復習して〜。」
「だ〜か〜ら〜、『たてたてたてヨコヨコヨコ』がイギリス積みで、『たてヨコたてヨコ』がフランス積みなんだってばッ。」

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少し登って定点撮影。

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<す>のうろ覚えの案内と違って<M谷>先輩はGPSでルートを把握しておられる。
だからあぜ道のような横道に入って、小庭谷川渡井。
夏草が生い茂り接近不可。

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JR笠田駅で水分を補給して、

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「輪音でもレベルをつけてほしいな。前回の岩湧寺はキツかったで。」
夕凪CCさんでは見どころや距離、登坂などを考慮して「☆」の数でレベル付されている。例えば今回のルートなら「☆☆☆」。
「以前はやってたんですけどね、人それぞれで感じ方が違うんで。主なルートを示して、後はそれぞれルート探索してほしいんですよ。それが自転車乗りとして当然やし。ある意味、責任回避的なところもあるんですけどネ。」
なんて雑談をしながら走っていると…、

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「おやまぁ〜。」
「なんで〜?」
<K川>さんと遭遇。なんだか本気モードで走っておられたようだ。
前回の輪音に参加していただいて、同じく参加していただいた<M田>さん、<kanbi>さんともどもご挨拶。

中谷川水門。
川床を通過する伏越(サイフォン)。

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「サイフォンってなぁ〜に?」
「水頭差(水面の高低差)を利用して水を流す仕組みです。灯油ポンプでパコパコしなくても灯油が流れますよね。でも液面が同じになると流れない。これが水頭差です。」
「灯油でも水?」
「細かいことは言わない!『液体が』です!!」
「で、上から越すのをサイフォン、対して下から越すのを逆サイフォンと言いますね。」
「建設当時はどういうふうに作ってたんやろ。煉瓦はないし石積みを漆喰で固めてたんかな?」
「木樋かもしれませんね。」
「おっ、ここに黙秘してる人がいてる〜。」
「サイフォンを連発してるから食いつくかと思ってたのに。」
「いやいやネルドリップです。」
とおっしゃるのは喫茶「夕凪」の<F元>さん。

大和街道を外れ紀ノ川沿いで最終目的地を目指す。
小田頭首工。小田井用水の取水口である。

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輪音では真田庵に行ってしまったのでここは初めて。

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造船所が施工していて、トラスを形成するL形鋼とプレートがリベット止めされているのが時代を感じさせる。

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橋本駅でゴール。

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お疲れサンでした〜。


<M谷>先輩がわざわざ水利組合から入手してくれた資料です。

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これは素晴らしい資料でまたまたネタが増えそうです。






秋海棠を愛でにRUN

2017/09/03(SUN)

2ヵ月の夏休みをいただいて、輪音RUN再開です。
昨年、雨天中止になった岩湧寺の秋海棠を愛でに行きました。


<す>自身も1月半ぶりのサイクリングで「ちゃんと自転車に乗れるんかいな」という心配もあり早目のスタート。
今回はレンガウンチクはないが、せっかくなので…。

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近鉄長野線第37号溝橋。
斜交している鉄道の橋台であるが、コーナーを仕上げずにそのままにしてある。
デザイン的なものを狙ったのか、それとも仕上げるのが面倒くさかったのか…。

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集合場所の河内長野駅には1時間も早く到着。にもかかわらずヒラヒラと手を振る人が…。
「おやまぁ、<kanbi>さん、エライ早いですね。」
なんてご挨拶していたら、初参加の<denden>さんが到着。
「よろしくおねがいしま〜す。」
ほどなく皆さんが集まり始める。
<kottaman>師匠のアルプスは輪行時の転がしキャスターがついているだけでなく、6mmのアーレンキー1本で組み立てができる。

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<カメ>さんは、やや苦戦。
何でも南海難波駅で自転車をバラしていると中国人に囲まれたそうだ。

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っちゅうことで、今回は17台の自転車が集まった。

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三日市駅前のスーパーでお弁当を調達し、府道221で岩湧寺へ向かう。
神納を過ぎると道は林の中の道をたどり、都心では聞くことができないミンミンゼミの鳴き声。こういうのを「蝉時雨」って言うんだよね。都会のクマゼミはうるさいだけで、「時雨」には程遠い「騒音」。

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行司河原の分岐で小休止。
ここから岩湧寺までは急登となる。

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「撮影」という名の休憩。

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「給水」という名の休憩。

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夏場サボっていたツケがまわってくる。

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(<kanbi>さん提供)

無理に乗って上がる必要もない。

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ゆっくりと会話を楽しみながら押し上げるのもサイクリング。

心地良くも汗だくになりながら四季彩館。
「もう登りは終わりか?」
「いえいえ師匠、もう少しです。」

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岩湧寺ではお目当ての秋海棠(シュウカイドウ)が見頃を迎えていた。

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秋海棠は中国原産で江戸初期に園芸用として日本に広まった。
雄花と雌花が同じ株に咲く。なのに花言葉は「片思い」だとか…。

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秋の季語として俳句に詠まれる。
〜秋海棠 西瓜の色に 咲きにけり〜(松尾芭蕉)
でも、白い花も咲く。

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「みなさぁ〜ん、もう少し頑張って登ってくださぁ〜い。」

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やっとこピークを越え待望のダウンヒル。
流し撮りしてみる。

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おや? <達磨>さんや〜ん!
「滝畑から登ってこられたんですか?」
「そや、会えるやろうと思ってた。ウヘヘ〜。」

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自転車は最近ご無沙汰だけど元気に歩いておられるそうだ。

心霊スポットとしても有名な梨の木トンネル。
「みなさぁ〜ん、余計なものが写らないようにもっと寄って寄って〜。」

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トンネル左上側の白いモヤっぽいのはハレーションだと信じたい…。

ダム湖畔の休憩所でお昼。
自転車談義に花が咲くのは言うまでもなく。

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ダムサイトから見える磨崖仏は意外に新しいものだそうだ。
滝畑には高野山に通じる道(おそらく蔵王峠越えだと思う)があったが、道幅が狭い上に崖近くを通らねばならず、そのために滑落して亡くなる人もあったとか。その旅の安全祈願として夏目庄吉(特定長野郵便局初代局長)なる人物が大正末期から昭和初期にかけて磨崖仏を彫ったそうな。
毎日、自転車で通い足場を組んで…。
完成は昭和6年。向って左に地蔵菩薩像、右に観音菩薩像。

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滝畑ダム上流には首なし地蔵があり、そのあたりが心霊スポットと呼ばれる所以ではないかと推測されるが、それらの霊を鎮める意味もあったのかもしれない。

「もう登りはないやろな!!」
「いえいえ、この先の府道218が通行止めなんで、もうちょっとだけ…。」
関西サイクルスポーツセンター横の登坂をクリアし、金剛寺からあまの街道経由。
ちょっとカルチャーショック的で都会のオアシス的なルートだ。初めてこの道を知った時はすっかり気に入ってしまって、よく通ったものだ。

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下りきって岩室のコンビニで解散。

輪行組は狭山池を少し走って、車上の人となる。

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お疲れサ〜ン。


いやはや、やっぱり走っとかんとあきませんね。
登坂では、押しと泣きが入ってしまいました。
走り出したら楽しくて気持ちいいのはわかっているし、それなりに涼しいところへも行けるはずなんて思ってるんですが、なかなかペダルを踏みだせないのが現状です。それにも増して「今夏は仕事が忙しくて」なんて言い訳がましく…。

10月は橋本遊郭跡〜西国街道でレンガ教布教活動。
11月はしばらく行ってない笠蕎麦で新蕎麦。
12月はチンデンポタリングなんぞを企んでおります。






裏奈良ポタ

2017/07/17(MON)

世の中には、ちょっと秘密めいたような後ろめたいような、それでいてタダナラヌ雰囲気を醸し出し、もしかしたら最強ではないかという「裏○○」というものがあります。
今回は、人生裏街道の<す>にとっては得意技ともいえる「裏モノ」です。
先日のサイクリングでご一緒した奈良県観光局にお勤めの<N野>さん、遊郭跡のことをお話したら食いついてこられました。

っちゅうことで、午前中のポタなんで、8:00に法隆寺南大門で待ち合わせ。時刻を知らせる鐘が鳴るなり法隆寺…。

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日中は観光客でにぎわうが、こんな時間だと本来の姿を見せる静かな世界遺産。

「ぢゃ、天理軽便鉄道から行きましょか〜。」

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「おいおい、いきなりレンガネタか〜い!」
とおっしゃる方もおられるかも知れないが、
「いつも通勤電車から見てるんですけど、気付きませんでした〜。」
なんて言っていただけるとウレシイ。

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小さくガッツポーズしながら、
「差しでこんなウンチクを聞けるのは、ある意味、貴重なのだよ。ワッハッハ。」

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どうやらつかみはOKだったようで、本題の大和郡山へ。

せっかくだから郡山城址に寄り道。

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「あのオシャレな建物は何ですか?」
「城址会館やね。明治41年に県立図書館として興福寺境内に建設されて、昭和43年に移築。今は不登校児とかの指導教室になってるね。実は奈良の遊郭を知ったのは、そこのガイドのオッチャンとの話からなのだよ。ナッハッハ。」

奈良には上質な石材がなかったため五輪塔や仏塔、お地蔵さんまでが石垣に使われている。

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「ほんなら、ボチボチ本題にいこか。」

洞泉寺遊郭跡。

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「表の通りはよく通るんですけど、一本裏道に入るとこんななんですね。ディープやわぁ〜。」
「ホンマにオモロイんは『裏』なんや。」

「このあたりに『結界』と言われる大門があった。大門の入り口にはたいてい銭湯があって男たちは身ぎれいにしてから遊びに行ったんや。そうせんとサービスが悪かったらしいね。」

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大門近くには店頭に金魚の電話ボックスが置かれている「K COFFEE」。

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蒸し暑かったんでかき氷をいただく。

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「奈良かき氷ガイドぉぉぉ〜?」
「うふふ…。」

何でも2013年から氷室神社で「ひむろしらゆき祭」というのが開催されるようになり、その一環としてのイベントだそうな。
で、なんで奈良でかき氷なんやというと歴史は日本書紀の頃にさかのぼるらしい。
氷室神社の御祭神は、闘鶏稲置大山主命(ツゲノイナギオオヤマヌシノミコト)、大鷦鷯命(オオササギノミコト)、額田大仲彦命(ヌカタノオオナカツヒコノミコト)で、ここで「闘鶏(ツゲ)」というのは奈良のことで、闘鶏国造(ツゲノクニノミヤツコ)という大和北東部を支配していた人物に由来すると思う。
〜閑話休題〜
額田の兄ちゃんがツゲに猟に来た時に、稲置のオッサンに、
「なんで夏に氷があんねん?」
ときいたのがコトの始まりらしい。
大和郡山市内のお店も多く紹介されていて、この時期は大和郡山を大和氷山って言ってみるのも良いかもしれないネ。

かき氷ネタは絶好の裏情報、また新しい小ネタが増えた。チャララチャッチャッチャ〜♪(EXP=120UP)。

さてさて、いよいよハナシは佳境に突入する。

東岡町遊郭跡。

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「これもレトロ建築ですか?」
「いえ、これは廃墟です。廃墟マニアってのもいます。」
「…。」
「オイラが言う『レトロ建築』というのは、ただ古い建物ではないんだよ。古民家とも少し違う。ちょっと古くてちょっと新しい、それでいてなんとなく懐かしい。時代的には明治から戦前のものやね。それがリノベーションされつつも現役を続けている。そんなイメージなんだな。」

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と熱く語りつつ、
「たいていのところは飲食業とか旅館業を表向きにしてるね。飛田新地にしても料理組合があって、そこの顧問弁護士をしてたんがハシモトさんなんや。」

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帰路は石州流茶道家元の片桐家や、

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三塔一望地点やらをご案内し、

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トドメは「平宗 法隆寺店」で本日二杯目のかき氷。

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柿の葉寿司で有名なお店だけに、「柿氷」って!

お疲れサ〜ン。


いやはや、こんな裏ネタが観光資源になるのかどうかはわかりませんが、<N野>さんにはお気に召していただいたようで安心しました。
実のところ、
「女だてらに遊郭探検〜?」
と少々ビビッていたのです。
まぁ、こんな裏ネタはガイドブックにも載らず、静かに見守ってやってほしいというのが<す>の願いです。
ガイドブックに載った瞬間に「裏」ではなくなり、それに何と言っても<す>の小ネタがなくなってしまいますよ〜。






2017/06/24(SAT)

南大阪ぽたりんぐ倶楽部(南ぽた)さんに遊びに行きました。
というより、今年に入り何かとお世話になっている南ぽた管理人の<K>さんに、
「どこかご案内しましょうか?」
とお声掛けしたところ、
「ぢゃ、レトロ建築!」
ということで、今回のサイクリングとなりました。
「輪音さんと…」なんて言われると、面映ゆいところもあるんですが…。


心配された雨も大丈夫なようで集合場所の天下茶屋駅には、管理人の<K>さんを始め、輪音でもおなじみの<にも>さん、入会希望の新人がお二人、お見送りのお三人のほか、
「<にも>さんが来るよ。」
とお誘いした<KANBI>さんが集まり、<す>を含め6名の出走となる。

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最初は軽めに、堺筋界隈の物件をご案内。

元住友本邸ビリヤード場。明治期の洋館は○○様式っていうより和洋折衷。

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「当時の銀行建築は左右対称なんですね。」
堺倶楽部(旧川崎貯蓄銀行大阪支店)。

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扉の「引く」の「く」に食いついた<にも>さん。相変わらず、視点がスルドイ!
明治屋ビル。

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「BUILDINGはビル『ジ』ングでなくてビル『ヂ』ングですね。」
生駒ビルヂング。

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北浜から(大阪証券取引所)、

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土佐堀通を東進し大川沿いを遡上。
やっぱりレンガは外せない。

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どうしても熱く語ってしまう<す>に、通りすがりのオバチャンも食いつく。

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(写真は<K>さんより拝借)

36物件をリストアップしてご案内の予定だったが、
「ホントはここと船場ビルだけで十分なんですよ。」
トヨクニハウス。

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戦前期の鉄筋コンクリート造(RC造)の集合住宅で、おそらく現役のRC造集合住宅としては我国最古であろう。
現在は分譲されているが(これもビックリなんだけど)、建設当時は賃貸で、公務員の初任給が55円だった時代に、なんと家賃が100円以上という高級住宅だった。
6棟あったうち4棟が残る。一つの棟は2階建てで4戸が入居する。
1階にはそれぞれの玄関があり、2階へは階段で上がって左右の部屋に分かれる。

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木製の手すりや、

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この照明器具はオリジナル?

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ステンドグラスが施された丸窓がオシャレ。

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窓枠は鉄製。
アルミサッシが初めて登場するのは昭和5年だが一般に普及しだすのは昭和33年頃から。それでも、
「小学生の頃の校舎はスチールサッシやったなぁ〜。」
と昭和な思いを募らせる<す>であった。

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A棟1階に小さなCafeがある。

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勇気を出して、遊びに行ってみる。

店内はきれいにリフォームされているが、昭和な匂いでいっぱい。
欄間は当時のオリジナルとか。

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いわゆる1DKという間取り。
風呂はないが、当時から珍しい水洗トイレが完備されていたらしい。

ビクターの犬とか、

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足踏みミシンとか、

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電気を使わず、氷を入れて冷やす冷蔵庫とか…。

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そんな昭和に浸りながら、新人さんたちに、
「君たちが生まれたころから自転車で遊んでいるオジサンなのだよ。」
などと語りかけつつ、ストローが沈まないほど濃厚なミックスジュースをいただく。

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「勇気を出して…」というのは入る勇気でなく、あまりの居心地の良さに帰りたくなくなる気持ちを振り払う勇気なのだと気付かされる。

「あぁ〜、もういいです。もう動きたくないです。あとは勝手に走ってください。」

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というワケにもいかず…。

泉布観、

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桜宮橋、

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フジハラビル。

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デジカメでスクラッチタイルを撮ると規則的なシマが出るなぁなんて感じつつ、本日の南ぽた+2の面々。

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「ズッキュウ〜ン!」
<にも>さんが食いついた大江ビルヂング。少し鋭角な角地の建物はシンメトリーに撮ってみたい。

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下見で偶然見つけた中央電気倶楽部。

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「バクダイショウ?」
「メリヤスと読みます!」
莫大小会館。

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「福島区の町名表示がフジ色なのは、ノダフジに由来するんです。」

堂島大橋を渡って、菅澤眼科。

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大阪教会。

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旧大阪市消防局今橋分署。

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愛珠幼稚園。

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旧大阪教育生命保険ビル、浪花教会。

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時計を見るとかなり時間が押している。
芝川ビルなんかで濃いウンチクを語りたかったが割愛して、船場ビルへ。
ここをご案内するときは、いつもそうなんだけど、
「何も言いませんので、とにかく中に入ってみてください。」

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以上でレトロ建築のご案内はおしまい。

南ぽたのメンバーは若いせいか今風のロード志向の方が多いのだが、<K>さんは、
「クロモリ車でまったりと走りたい。」
とおっしゃっているので、BI・CI・CLASSICAさんへ。

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ここで<にも>さんのCOLNAGO Bi Titanのフレームが、当時チタン加工の技術が高かったウクライナ製であることが判明。

で、定刻の16時を20分くらいオーバーして天下茶屋駅でゴール。
お疲れサ〜ン。


解散後に<KANBI>さんが、
「kottaman工房に行く。」
とおっしゃるので<にも>さん、<K>さんもお誘いしました。
<kottaman>師匠が熱く語る自転車談義に<K>さんは非常に感動されたようで…。

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実のところ、かつては<す>も南ぽたメンバーでしたが参加機会が少なく、幽霊部員というのも失礼なんで退会しました。
<K>さんとはお寺のお掃除ボランティアつながりでもあるので、今年になって、
「<す>さん、いっぺん遊びに来てや。」
とお誘いいただき、以来、お世話になっております。
「所属してた頃より来てるやん。」
という意見もございましょうが、ある意味、神出鬼没の「幽霊部員」というところでしょうか〜(笑)

<K>さんへ。
ご案内も不十分で、ちょこっと中途半端なランになってしまいました、ゴメンナサイ。
次回は秋に大仏鉄道をご案内しましょう。
南ぽたメンバー好みの美味しいパン屋さんもありますよ〜♪

今回ご案内した建築群はこちらをご覧ください。
https://blogs.yahoo.co.jp/sumidanna1116/37637588.html









2017/06/17(SAT)

「またレトロ建築めぐりかいなぁ〜? アンタも好きやネェ〜。」
とおっしゃる方もおられましょうが、今回はとあるサイクリングクラブさんから
「レトロ建築を案内せよ。」
という指令が下り(なかば押し売り的だったんだけど…)、いつもなら走りなれた船場、北浜界隈をご案内するのですが、それではツマラナイと少しバージョンアップしてみました。


来週末開催のイベントの集合は南海本線天下茶屋駅10:30、解散が16:30。参加者が10名ということで、前日にルートを練ってみる。ポイントを書いたメモと地図を持って、9:00に天下茶屋駅をスタート。

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当日は実動6時間ということなので、15:00〜15:30のゴールを目指す。

紀州街道から堺筋。
かつて大阪のメインストリートだっただけに見どころが多い。
高島屋東別館(旧松坂屋大阪店 昭和3〜8年築)。

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元住友家本邸内ビリヤード場(明治12年築)。

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堺筋倶楽部・アンブロシア(旧川崎貯蓄銀行大阪支店 昭和6年築)。

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明治屋ビル(大正13年築)。

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生駒ビルヂング(生駒時計店 昭和5年築)。

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コニシ(旧小西儀助商店 明治36年築)。

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高麗橋野村ビルディング(昭和2年築)。

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三井住友銀行大阪中央支店( 旧三井銀行大阪支店 昭和11年築)。

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新井ビル(旧報徳銀行大阪支店 大正11年築)。

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ディーン フジオカ(昭和55年福島県生れ)。

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北浜レトロビルヂング(旧桂隆産業ビル 明治45年築)。

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さてさて、ここからバージョンアップ編に突入する。
ここまで約1時間。10:30スタートなら各ポイントでのウンチクタイムや見学時間を考慮するとお昼頃になる。大川沿いの木陰でコンビニ弁当も良いかもネ。

大川左岸を遡上。
レンガ教布教活動だってできる。
旧大阪鉄道淀川橋梁橋台(明治28年建造)。

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大阪拘置所を回り込んで、高倉町。

トヨクニハウス(昭和8年築)。

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戦前のRC構造物は異径鉄筋ではなく、リブのない丸鋼が使われていた。

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来た道を戻り大川右岸を下る。

泉布観(明治4年築)。

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桜宮公会堂(旧造幣寮鋳造所正面玄関 明治4年築 昭和10年移築復元)。

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造幣博物館に寄り道してみる。

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元は発電所の建物だったらしい。当時のレンガが保存されている。

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きた〜ッ!!
堺煉瓦。

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大阪窯業(♡)?

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大阪窯業。

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岸和田煉瓦。

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えっ〜と、レトロ建築めぐりやったね〜(笑)

気を取り直して、桜宮橋(昭和5年建造)。

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フジハラビル(旧大淀興産ビル 大正12年築)。

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大江ビルヂング(大正10年築)。

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記念撮影ポイントは、このあたり。

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中央電気倶楽部(昭和5年築)。ここはノーマークだった。

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莫大小会館(第1期:昭和4年 第2期:昭和12年築)。

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堂島大橋、土佐堀橋を渡る。

菅澤眼科クリニック(昭和8年築)。

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東へ。

日本基督教団大阪教会(大正11年築)。

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バージョンアップ編は以上で、以後は走りなれた地域。

大阪倶楽部(大正13年築)。

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旧大阪市消防局中央消防署今橋出張所(大正14年築)。

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さらに東へ。

大阪市立愛珠幼稚園(明治34年築)。

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旧大阪教育生命保険ビル(明治45年築)。日本基督教団浪花教会(昭和5年築)。

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伏見ビル(大正12年築)。青山ビル(大正10年築)。

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再び西へ。
幾度となくご案内しているが物覚えが悪いうえに、最近では物忘れがひどくなってきた。えっと、どのへんやったけ…。

芝川ビルディング(昭和2年築)。

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大阪瓦斯ビルヂング(昭和8年築 昭和41年増築)。

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清水猛商店(大正13年築)。

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旧板谷歯科医院(昭和元年頃築)。

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そろそろクライマックス。

綿業会館(昭和6年築)。

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「<す>的なサイクリング」ではストーリー性を大切に考えている。物語のラストシーンはここで決まり!

船場ビルディング(大正14年築 平成10年改装)。

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「家に帰るまでがサイクリングです。」
と日頃から言っているので、帰路もできるだけ交通量の少ないルートを模索する。
大通りは避け、東横堀川沿いに南下。

昨年、移転したBI・CI・CLASSICAさんを久々に表敬訪問。

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日本橋まで戻り、遅い昼食。
日本橋一味禅にて海老穴子天丼。

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そのままゴールしても良かったが、天下茶屋駅に戻るんだから南海天王寺支線の廃線跡もたどってみる。

築堤断面。

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跡地は閉鎖されている。

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旧今池町駅付近。鉄橋を通過するのは阪堺線。

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「じゃりん子チエ」が出てきそうな昭和チックでディープな商店街を抜け、三角公園の脇を通り、ゴール。
特に時間調整したわけではないが、予定通り15:00頃の到着。

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お疲れさ〜ん。


さてさて、運良く(?)予定時刻にゴールできましたが、本番はどうなることやら…。あんまりウンチクが過ぎるとタイムオーバーになりそうです〜(笑)
オマケで、そのまま南海本線に沿って走りましたが、粉浜界隈でこんな建物を見つけました。

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棟続きの建物で、おそらく手前のスクラッチタイルがオリジナルだと思います。
開発や老朽化で取り壊されることが多いレトロ建築ですが、そこで生活されている方もおられます。トヨクニハウスは素晴らしい例ですね。
またリノベーションされたレトロ建築でお仕事をされている方もおられます。船場、北浜界隈に残る建築物が正にそうで、なかでも船場ビルディングは秀逸です。
レトロ(Retro)とはretrospective(回顧)の略語だそうですが、単に懐古趣味ということでなく、それを生かして行くことで新しい何かが生まれると思うのですね。
廃墟と化したレトロ建築を数多く見かけたこともありましたが、生活があっての建物だと思うのです。
今回は下見ということで、詳しいコメントは控えさせていただきました。本番をお楽しみに〜(^^)!!

と、なんとなく結論めいたことを考えながら大和川沿いを家に向っていると…。
「ん? ランドナーやん。2台? ピッタリと張り付いてるけど…。わッ、タンデムやん!!」
すれ違いざまにお顔を拝見すると、
「<ショコラ>先輩!」
あわててハンドルを切り換えし、ご挨拶。
向い風だったんで、ほんの少し併走させていただいてすぐに別れてしまいました。
あ〜、大失敗! もう少しご一緒して、ビールでもおごってもらうんやったぁ!!〜(爆々)






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