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2018/03/31(SAT)
<モゼール>さんのオフ会に参加しました。 集合場所の橿原運動公園には7名が集まった。
往年のALPSには、なぜか「NAGASAWA」の刻印があるシートポスト。 定刻に橿原運動公園をスタート。 規則正しいお花見日和。
大和川支流には桜が多く植えられている。
でも、なんで川沿いに桜が植えられているのか?
ちょこっと調べてみた。 かつて土手(堤防)を構築する際、根が張り、その速度が早い樹木を植えて堤防を強化した。これを根締め効果というそうだ。
多くは柳や桜が植えられたそうで、そういわれると川沿いの柳は昔から幽霊出没の代名詞のようであるし、
桜の名所になっている堤防や河川敷も多い。
おっ?
理由はそれだけではない。
桜が咲くと多くの人が集まる。その重みで堤防が踏み固められ強化されるという効果もあるようだ。
さらに、夏には葉が生い茂り、水路を行く船頭に木陰を与える。
と、琵琶湖疏水の工事記録に残っているそうだ。 泥除け装着率100%、ヘルメット着用率0%。
なぜか付き物の提灯。
健気にタンポポも頑張っている。
このあたりで、すでに腹八分目になっているが…。
お昼はオシャレなカフェ「レザン」にて。 「お花見には助六って決まっているんです!」というツッコミが聞こえてきそうだが、アサリとタマネギのペペロンチーノをいただく。 勝手に「エエ道マイスター」と呼んでいる<モゼール>さんのサイクリングは、お昼も楽しみだ。
サクラロードは続く。
満開の桜、赤レンガ煙突、ノコギリ屋根。
三拍子揃って、萌え〜♡ 織物工場だったそうだ。
今年は開花が早くて、それからも暖かい日が続き、あっという間に満開。
そのぶん散るのも早く、川面には花筏。 桜のトンネルをくぐり、
本日の皆さま。
カメラマンは大変なのだ。
(<Seto>さん提供)
まぁまぁ、そんなに浮かれた状況は長く続かず、 <cancan>さんにパンクの神様が降臨。
気を取り直して…。 にもかかわらず、「延陽伯」号に再びパンクの神様が降臨する。
でも、サクラロードは続く。
仕上げも桜。
ピカピカの一年生かな?
お疲れ様でした。
1日中、桜を見ながらのサイクリングでゲップが出そうになりました。
いわゆる「桜の名所」ではなく、生活道路というような川沿いの道で、ほとんど人がいませんでした。
<モゼール>さん、ありがとうございました。 今週末の輪音でも同じようなコースを企画していますが、暖かくなった後は花散らしの雨の予報です。 |
自転車日記
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2018/03/25(SUN)
輪音RUNです。
このところ幸か不幸か身辺慌ただしく、直前になって下見をするという、正に自転車操業です。その様子をブログアップするんですが、それが功を奏するというのでしょうか…。 告知当初は5〜6名のポツポツとした参加表明だったが、
フタを開ければ大所帯。
遠路はるばる京都や和歌山から参加していただいた方々もおられる。
だがしかし、駄菓子菓子である。集合場所の柏原市役所を橿原市役所と勘違いされた方もおられて、その方ははるばる奈良まで旅立って行ったのであった…。
総勢17台の自転車は国道を避け、原川沿いの桜並木で満開近しの桜を愛でながら、
関屋越え旧道の里程標。
小さなピークの休憩では、さっそく自転車談義の花が咲く。
大坂山口神社(逢坂)で軽くジャブをカマしてから、
本題の路地道探索に突入する。
大坂山口神社(穴虫)。
相撲ゆかりの神社なんで、奉納相撲。
「かたや、<にもノ花>ァ〜。こなた、<で錦>ィ〜。」
「両者ガップリ組み合った〜、ともに左四つ。<で錦>、寄った寄った〜。向こう正面解説の<岡之島>親方、この取組はいかがでしょう。」
「そやね〜。」
「正面解説は<藤の山>親方です。」
「『そやね〜』やなくて『そだねー』ですね。」
神社近くに大師堂があり、その傍らにはお約束のように井戸がある。
予期せぬところに食いつく皆さん。 「まぁ、空海とか行基は、あっちこっちで見かけますね。」 食いつく!
食いつく食いつく!!
道路元標に食いつく〜!
こうして食いついていただくと、主宰者冥利に尽きるというものである。
「ほな、ボチボチ帰ろか。」
「<O島>師匠! まだ昼メシ食ってません!!」
「そやな〜。」 「『そだねー』です!」
とはいうものの、参加者が少ない当初は王将で酢豚定食なんぞを企んでいた<す>であるが、その目論みは見事に外れコンビニでお昼を調達。
さぁ、困った! お弁当が食べる公園はどこにあるんだ!! 幸い<kanbi>さんのアシストで、お弁当サイトを見つけることができた。 香芝市役所横の今池親水公園。
「なかなか、エエ場所やねぇ〜。」
「そだねー。」 もうエエって。 昼食後は自転車談義が果てしなく…。
例年より早い開花の桜の下で、本日の皆さま。
折り返し地点の当麻寺方面に車輪を進める。
阿日寺。
山門をくぐると「いらっしゃいませ」、本堂にお参りすると「なむあみだぶ〜、なむあみだぶ〜」、出ようとすると「ありがとうございました」というセンサー対応全自動式音声に一同大ウケ。 当麻寺で折り返し。
「さて、帰りは穴虫峠を予定してますが、無意味なアップダウンのある山麓線を走らなければなりません。どうしますか?」
「軽い方がエエな。」
「車が少ないところ。」
という意見もあり、来た道を戻る。
お疲れサ〜ン。
下見はしていましたがウニャウニャと走ったんで、いつもルートラボをあげている<にも>さんからは「トレースでけへんやん。」というコメントをいただきました。
まぁ、そんなので良いと思うんですネ。 ふらっとハンドルを切ってみる。そこに思わぬlabyrinth。 出来上がっちゃった感のない風景が大好きです。 下見の様子はコチラから↓ |
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2018/03/04(SUN)
仕事が忙しかったり寒かったりで1、2月は走れないでいました。
ようやく仕事も落ち着き久々のソロです。「labyrinth」とは迷宮とか迷路のことで、今回はそんな界隈を巡ってみました。 風薫る5月、風光る4月に対して、ようやく春めいてきた3月の風はどう表現したらいいのだろう。水温むという表現もあるが風温むっていうと、なんだか生温かい風のようでどうもシックリこない。春めいてきたとはいえ、朝の空気はちょっぴり冷たいからと言って「風冴える」という表現もピタッとこないなァ。
目指すのは二上山の奈良側、穴虫界隈。
車が多くてちょこっと登坂のあるR165は避け、通称「関屋越え」を選択。
おそらく旧道と思われるルートには府県境に、 各方面の道路元標への里程標(大正9年建)がある。
関屋駅を経て旧道の面影を残すあたり。
排水口の意匠が面白い。
春の陽気に誘われて、カモたちもノンビリと波紋を描く。
逢坂の交差点から二上駅北側の大坂山口神社(逢坂)を経て、
labyrinthの入り口、大坂山口神社(穴虫)。
相撲に大きく関わっていたというこの神社には石積みの桟敷があったり、
古い番付や、 絵馬が奉納されている。
各集落に「組」と呼ばれる相撲組合のようなものがあったようだ。
いよいよlabyrinthに突入。
緻密な石積みと漆喰土塀。 排水口の意匠。 某大手遊園地のネズミっぽいのや、
亀甲型。
なんとなく家紋っぽい。
「中輪に木瓜」? 「隅立井筒」?
思えば「穴虫」って不思議な地名。
間違っても穴に生息する、やたら手足が多い虫ではなく、このあたりはどちらかというと低地で「穴に伏す」からきているが、「穴蒸」とかの表記もある。おそらく当て字だと推測するが、二上山はかつては火山で火成岩が産出されていて、それを採掘する「穴師」という説もある。決して競馬の大穴を狙っている人々ではないが、一獲千金を夢見た人々を「山師」というから、あながち間違いではないような気がする。 重厚な家々を縫うような路地道。 とりあえず路地を出たり入ったりして探索してみる。
竹の意匠の雨樋や、
城壁のような石積みに当時の繁栄が伺える。
鴻池医院。 今は廃業されているが、現当主は東大医学部教授だそうだ。 吉川医院。 駒繋の環。
医術よりも芸術に興味があったようで…。 そんなこんなで、路地道を徘徊。
大坂山口神社(穴虫)馬場組を引っ張っていた大の松為次郎墓所。
イジワルな感じで工事看板に隠れている、
二上村道路元標。 最近、左腕が痺れている状況としては、ここで切り上げても良かったが、まだ昼メシを食っていない。 二上山駅からゆったりとした下りで狐井。大阪王将で酢豚定食を食って当麻あたりへ車輪を向ける。 阿日寺。
平安時代中期の高僧・恵心僧都源信ゆかりの寺。
当麻寺駅前で外せないのは中将餅でなく、どっこいまんじゅう。
留守番しているヨメさんへのお土産に。 渋皮くりがオススメ。
當麻寺。 門前の當麻村道路元標は、上部が折れている。
個人的に葛城の道北端と言っているルートで、 二上山駅から来た道をおさらい。
空き家となっているが、この界隈では最も古いお屋敷らしい。 軒瓦の刻印や、 毘沙門天や戎神。 来た道を戻る。 関屋越えの小さなピークの道標。 「右 たへま(當麻) こせ(御所) いせ(伊勢)」
「左 たハらもと(田原本) ほう里うち(法隆寺)」。 泉州堺の「榮寿」さんが建てたらしい。
国分まで下って、ナガサワレーシング。中野浩一の世界選手権10連覇を支えた。 ちょこっとした路地を入ったところにある。 道明寺天満宮に立ち寄ろうとするが、とんでもなく人出が多そうで東高野街道沿いの道明寺で、しばしホッコリ。 その後も路地道探索を続け、 大好きな商店街を抜けて、 帰宅。
FB友達の投稿をもとにルートを編んでみました。
今まで通過点でしかなかった穴虫界隈に、こんなところがあるとは知りませんでした。
路地道、裏道は面白いです。 |
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2018/02/25(SUN)
輪音RUNです。
いつもお世話になっている高貴寺は役小角を開祖とし、当地は底筒男命(住吉大社の第一本宮に祀られていますね)が降臨した伝説の地であり、また、仏に供養する香花(コウゲ)が四季絶えなかったので神下山香花寺と称しました。神下り香る花のお寺って、なんとも素晴らしい名前です。その後、空海により高貴寺と改称され、南北朝時代の兵火により焼失しますが、慈雲飲光によって再興されます。
また近くには磐船大神社があり、慈雲が葛城神道をひろめるにあたり、その道場として社殿を建立したそうです。明治初年の神仏分離により高貴寺より離れますが、それまでは高貴寺の鎮護社でした。 っちゅうことで、<す>自身は2月になって初めてのサイクリング。
近鉄古市駅から竹内街道。 六枚橋のスーパーでお昼を調達して、近つ飛鳥博物館を目指す。
近つ飛鳥博物館で「慈雲尊者と高貴寺」展を見学。今年は慈雲飲光生誕300年にあたる。
慈雲飲光は真言正法律の開祖。正法律とは、それまで曖昧でだった仏法の考えを改め、戒律を重んじた。
また梵学(サンスクリット語の研究)においても世界的で、「梵学津梁」という名著を残している。 大阪市北区の高松藩蔵屋敷に勤める下級武士の子として生まれる。その117年後に川向いの中津藩蔵屋敷の下級武士、福沢家で諭吉が生まれる。
父の遺言で大阪市東住吉区の法楽寺で出家するが、当の本人は本意でなく著書「不揄盗戒記」で出家当時は「仏法は偽りである」と言って還俗を望んだという。しかしそれが誤りであると気付き、仏法に開眼したのが14歳だというから驚きである。「今釈迦」と言われる所以であろう。
で、高貴寺。
奥之院には、慈雲の墓所がある。
続いて磐船大神社。
神様が乗ってきたという磐船。
天孫降臨とは…。
アメノミナカヌシ、カミムスビとともに高天原に現れたタカミムスビの子ヨロズハタトヨアキヅシヒメノミコトと、アマテラスオオミカミの子メノオシホミミノミコトとの子、アマツヒコヒコホノニニギノミコト(このあたりですでに酩酊している<す>はワケがわからなくなっている…)、つまりタカミムスビとアマテラスから見ると孫であるニニギが天下ったから「天『孫』降臨」。 金剛山はかつては「高天山」と呼ばれており、奈良側には高天彦神社(主神はタカミムスビ)というのもあり、邪馬台国はここだッ!という説もある。
あるいは神様でなくて猛獣が降臨したという説もある。
早々に帰路についたのは、猛獣に恐れおののいて退散したのでなく、雨がパラついてきたから。
お疲れサ〜ン。
自転車に乗っているより見学時間の方が長い「大人の遠足」でした。
高貴寺は一昨年、昨年と台風で大きな被害を受け、大阪府の文化財指定を受けているにも関わらず、行政側からは何の支援もありません。参加していただいたみなさんには、その惨状を見てほしかったのですね。合わせて「高貴寺に集う会」のPRもしっかりとさせていただきました。 3月18日まで催されている「慈雲尊者と高貴寺」展の無料招待券はまだまだ残っているので、行ってみたい方はお知らせください。ゲストブックに内緒で希望枚数(1枚で2名様)と郵送先(送料は当方で負担いたします)をお知らせいただければお送りいたします。 是非とも慈雲尊者の書と高貴寺の深山幽谷を味わっていただきたいと思います。 春雨というには少し冷たい雨に濡れて帰宅すると、
我が家の梅の蕾が膨らんでいました。
春はもうすぐです。 |
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2018/01/28(SUN)
輪音RUNです。
もはや「吉例!」となった七福神めぐりですが、記録をたどると初回は2008年なんですね。っちゅうことは、今回で10回目ということになります。輪音を始めたのはその翌年なんで、細々ながらもよく続いているものです。
とにかく寒い! おまけに午後の降水確率が高く雪の予報もあるので、ヒートテックタイツ2枚履きという荒業で挑んだが、遠く奈良や尼崎から自走された方、七福神めぐりの本場の京都から来られた方もあり、今回は総勢18名。
いつものように長居公園をスタートし、庚申街道でさっちゃん歌碑を紹介しながら、
近鉄阿倍野橋駅を通過し、
四天王寺南大門から、
熊野街道経由で三光神社(寿老人)。
長久寺(福禄寿)。
法案寺(弁財天)。
大乗坊(毘沙門天)。
これまたいつもの王将で昼食。
難波八坂神社で記念撮影のはずが…。
大国主神社(大黒天)。
今宮戎神社(戎神)。
…とまぁ、少し急ぎ足で回ったのはお天気を気にしてたワケではなく、小ネタが尽きてしまったから…。
それでも清水坂から、
清水寺の玉出の滝で小ネタ披露。
「大阪の風景やないみたい」という意見もあるが、通天閣が写っているから大阪に違いない。 っちゅうことで、本日ご利益をいただいた面々。
四天王寺(布袋尊)でゴール。
おつかれサ〜ン!
されさて、10年目に突入した輪音ですが、いったいどのくらいの方々が来られているのか集計してみました。昨年、表裏合わせて10回の輪音RUNを開催したのですが、延べ115名の方々がお越しでした。その中で一番多いのが、この七福神めぐりです(ちなみに昨年は22名、一昨年は25名、一昨々年は19名)。
どこにそんな魅力があるのか自分ではわからないのですが、「アンタはフリーランスなんがエエねん」とおっしゃっていただいているように、お気楽なのがエエんでしょうネ。
っちゅうことで、今年もお気楽に参りますのでよろしくお願いいたしますデス。
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