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2018/01/04(THU)
三が日(というか年末から)の間、飲んだくれていました。毎度のこととはいえ、このままでは明日からの業務に支障をきたします。
っちゅうことで、2月輪音の下見を兼ねての走り初めです。
走り出した直後、不思議な感覚が…。
というのも、どうも最近はカーサイが多く、家から自走するというのは久しぶりなのである。 とりあえず竹内街道で古市方面へ。 街道を少し外れたところの巨大モニュメントが気になった。
このあたりは近くの二上山で採れるサヌカイトで石器を作った作業場があったところで、
先の巨大モニュメントは、サヌカイトを割った形を模しているとか。
旧石器時代の遺跡というから2万年前になる。 竹内街道を忠実にたどってみる。
六枚橋から街道を外れ、近つ飛鳥博物館へ。
付近は一須賀古墳群と呼ばれる6世紀前半から7世紀中頃にかけて築かれた、23支群・総数262基からなる古墳群。
横穴式古墳が多い。
南河内グリーンロードから脇道に入って平石城址から、
高貴寺。
ここから千早赤阪方面へ向うつもりだったが、寒いから帰ろ…。
日常へと戻るJr.を送って行って、 お正月休み終了〜。
まァ、走り初めってこんなもんです。
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自転車日記
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2017/11/19(SUN)
今シーズン一番の冷え込みの中、輪音RUNです。
「フタを開ければ大所帯」の輪音ですが、今回は総勢8名というジジババ、父ちゃん母ちゃんに長男長女次男次女というアットホームな感じ(オッサンばかりですが…)。
毎回タイトルに苦労するんですね。ウケ狙いというワケではないのですが、今回はお馴染みのレンガネタと、今年すっかりハマってしまった遊郭跡ネタということで、こんな感じになってしまいました…。 スタートは枚方宿。
東海道五十三次の延長というか別ルートとして東海道五十七次というのがあり、これは大津宿から山科追分で分岐し、伏見宿、淀宿、枚方宿、守口宿を経て、大坂・高麗橋に至るルートであるそうな。紀州徳川家を始めとする西国の大名が参勤交代の折、朝廷のある京を避けたものであるとも言われている。
その京からお越しの<I田>さんの出で立ち。「ドレスコードはツイード」と決めていたわけではない。
なかなか<す>には真似できないスタイル。
寒いので淀川河川敷を避けるべく、<K田>さんのリーディングで京街道をたどる。
東見付。
枚方宿は天野川べりの東見付から西見付までの1.5kmほどの宿場町。 旧街道は道幅は狭いもののスッと通り抜けていたり、道の曲がり具合も絶妙なのだ。いつのころからか旧街道の匂いがわかるようになってきた。
樟葉台場跡。
元は外国船が淀川をさかのぼって攻めて来ないようにという建前だったが、実際には反幕府軍を京に入れないための要塞だった。
右岸には高浜台場があり、鳥羽・伏見の戦いでは官軍側の高浜台場と幕府側の樟葉台場とが、砲撃しあったとか。 さてさて、本日のお題その一。
映画「鬼龍院花子の生涯」のロケ地になった橋本遊郭跡探訪。
歌舞練場跡。
橋本駅前の妓楼から、
メインストリートへ。
今回は玄関先のタイルアートに着目してみた。
取り壊しの憂き目にあった妓楼もあり…。
このあたりは京街道と呼ばれ、てっきり橋本遊郭は宿場町に開かれた遊郭だと思っていたが、実は石清水八幡宮の参詣者の精進落としだったとか。
八幡市駅を経て安居橋から、
東高野街道で、
善法律寺。
盛りの紅葉を愛でる。
御幸橋まで戻り、さくらであい館で昼食。
不意の通り雨に見舞われたが運良く回避できた。
せっかくなんで展望台へ。
背割堤の桜が満開になる頃には有料になるとか。
雨上がりは好きな風景の一つ。
桂川沿いの自転車道をしばらく走り、宮前橋、調子八角から西国街道に入り、本日のお題その二。
水無瀬神宮に寄り道。
この神門には石川五右衛門の手形が残るとか…。
紅葉が美しかったので、
「<kanbi>さ〜ん、ちょこっと走って〜。」
個人的に気になっていた「石敢當」の石柱。大山崎の東端にある。
「石敢當(せっかんとう)」は古来中国から伝わった魔除けで、沖縄に多く見られる。なぜこの地にあるのかは不明であるが、中国、朝鮮からの渡来人がいたのかも知れない。 っちゅうことで、ご機嫌でねじれている本日の面々。
芥川に出るあたりで、やはり個人的に気になっていたもの。
推測通り、河川氾濫時の水門だった。
芥川沿いをしばらくたどり、唐崎の段蔵。
仕上げは桜新町遊郭跡から、
枚方宿へ。
11月中は「関西文化の日」ということで、鍵屋にも無料で入れる。
鍵屋は三十石船の船待ち宿であった。
当時、「くらわんか舟」が往来の船舶に食事を提供していた。
東海道中膝栗毛にも、「飯食はんかい。酒飲まんかい。サアサア、みな起きくされ。よう臥さる奴らぢゃな。」と描かれている。 また、清水の次郎長の代参として金比羅宮に参詣した森ノ石松が清水への帰り道に乗ったのが三十石船。 「江戸っ子だってねぇ。酒飲みねぇ、寿司食いねぇ。」のくだりでお馴染みだが、その時の寿司は大坂寿司と呼ばれる押し寿司で、お芝居で見られる握り寿司ではない。 なんて、ウダウダとウンチクをたれながら、枚方市駅でゴール。
お疲れサンでした〜。
12月はなんやかんやと忙しく、少し早いですが今年の走り納めとなってしまって、お得意の遊郭跡とレンガでシメました。
今年一年、おつきあいいただきありがとうございました。 細々と続けつつも、時として大所帯となってしまう輪音です。「来年はどうなるんかなァ〜」と思案深げな<す>であります。 |
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2017/11/03(FRI)
前々から<にも>さんに、「高野山森林鉄道に連れて行って〜」とお願いしておりました。当初は10月の予定でしたが台風のおかげでお流れとなり、<す>としては丸一月振りのサイクリングとなりました。
南海高野線橋本駅で乗り換え。
まだブームは続いているのか…?
橋本駅〜極楽橋駅間は山岳鉄道となり、特に高野下駅〜極楽橋駅間(現在、台風21号による被害で不通)はカーブや勾配がキツく、ズームカーと呼ばれる短い車両が使われている。
九度山駅で下車。
1924年開業、経済産業省「近代化産業遺産」、土木学会「近代土木遺産C」。 昨年のような盛り上がりはない真田庵。
ほどなく道の駅「柿の郷くどやま」に到着し<にも>さんと合流する。
ここはかつて高野山森林鉄道の最終集積地だったそうだ。 食料を調達して、マニアな二人が出発。
「今日は走ってるより止まってる時間の方が長いかも知れないよ〜。」
「そういうの大好き〜!」
ってことで、いきなりストップ。
「ここから森林鉄道が延びてました。」
高野山森林鉄道とは…、
詳しくはこちらから↓ ここは通行止めなので少し県道13を走り役場前の交差点から丹生川左岸の森林鉄道路線跡に進入していく。
現在は遊歩道となっていて、
「エエ感じでしょ。」
「好みの道やなぁ。」
「そんなに遺構らしいものはないんですけどね。」
「橋脚はレンガやないな。」
断っておくと、<にも>さんも<す>も鉄道マニアとか廃線マニアというものではない。「ちょっと旧くてちょっと新しいものが好き」で、例えば時代的にいうと明治以降から昭和初期。日本が近代化に邁進した頃の建造物に魅かれるのだ。
<にも>さん曰く、 「レトロモダンやね。」
「古民家なんてあんまりそそられないな。」
「そうそう城址とかもね。」
「時代が古すぎる。」
「天守閣よりも石垣見てたり…。」
「刻印石探したりね…。」
路線跡は丹生川橋梁(上路プラットトラス、1925年架設、近代化産業遺産、近代土木遺産C)をくぐっている。
対岸のR390は先日の台風被害で九度山〜高野下間が通行止めになっている。
台風といえば…、
4年前の秋、高野山に上る途中でこんなこともあったっけ。
(2013/09/23 玉川峡)
高野下駅(1925年開業、近代産業化遺産)。
先に森林鉄道の路線があったため、それを跨ぐように駅舎が造られている。
レトロモダンな駅舎への階段。
「ひゃぁ〜、この手摺。乗り降りしてる人が磨いたんやね〜。」
「握ったとたんに鳥肌がぁぁ〜っ!!」
たぶん、誰にも通じない会話が続く…。
ここから先の路線跡は藪こぎになるらしいので国道へ出る。
「確か、この辺やったんやけど…。あったぁ!」
このあたりの案内の仕方は<す>も同じような感じやね。
「おおおっ、エエではないですか! レンガでないのが残念やけど…。」
下古沢駅(1928年開業、近代産業化遺産)。
レトロな意匠。
現代のような近未来的なデザインよりも暖かさを感じる。
「最寄駅はここって言われたら、ちょっと躊躇するね。」
「秘境駅といっても良いかもね。」
「さて、ここまでが前菜です。」
「やけにサラダが多いな。そろそろ肉が食いたい。」
森林鉄道遺構。
こんな小さなトンネルを小さなトロッコ列車が走っていたんだ。 「メインディッシュはまだ〜?」
ここからのルートがややこしくて、なかなかたどり着かない。
森林鉄道跡からしばらく外れてしまったところで、小さな崖崩れの通行止めバリケードがなければ気付かなかったトンネル。 正しく路線跡である。
「おっ?」
「おおおっ!」
中古沢橋梁(上路プラットトラス、トレッスル橋、1928年架設、近代土木遺産B)。
「トレッスル橋ってな〜に?」
「ふつう橋って橋台や橋脚の上に桁が乗っかっているんやけど、トレッスル橋は橋脚と桁が一体になっているのだよ。構造的にはπ(パイ)型ラーメン橋ってことになるね。」
「それより記念撮影や。」 「1、2の3でいくで〜。」 二台のカメラをセットして、
マニアックなオジサンが二人、こんなことをして遊んでる。
おそらく誰にも理解できない、密かな楽しみ…。 「あ〜、お腹いっぱいや。ここで帰っていい?」
「ここは森林鉄道やないからね。まだまだ、デザートとお土産までありますよ。」 上古沢駅(1928年開業、近代化産業遺産)。
「傾いてへん?」
秘境駅といわれる紀伊細川駅付近。高野線は正面の山の中腹あたりを通っている。
変電所から山間部に伸びる電線。
このあたりで花坂方面に支線が延びていたそうだ。
不動川沿いの大銀杏が金色に輝いている。
今年の紅葉には期待できそう。 公営団地付近。各支線が集まり、中間集積所となっていたらしい。
神谷から森林鉄道跡を外れ、通行止めのバリケードをかいくぐり、
極楽橋駅(1929年開業、近代化産業遺産)。
ケーブルカーは動いているが、高野山へは橋本駅から代替バスが運行しているので乗降者はなく、ちょっと気難しくて生真面目そうな黒縁メガネの駅員さんがヒマそうにしていた。 お昼は道の駅で買った「洋子さんの柿の葉すし」。<にも>さんのオススメで、大食いができなくなったオトナには優しいボリューム。
<にも>さんとは不思議と自転車談義は少なくて、もっぱら旅の話。それも学生時代にさかのぼるような回顧録になってしまうのは、年を取ったせいかな? 同窓会で会うたびにその頃の話題を繰り返す友達のような感じやね。
「ぢゃ、デザートにご案内です。」
極楽橋駅から来た道を戻るという<す>の意見はあえなく却下され、京・大坂街道方向へ。
「ここ! ここですよ!!」
「うわっ!」
これはデザートっていうよりメインディッシュやね。 絶妙かつセクシーな曲線を見せる路線跡。直下には高野線が通っている。
苔むした欄干に加え、色づき始めた紅葉が彩りを添える。
「アカン、トレッスル橋が飛んでしもた。」
「デザートにしては贅沢でしょ。」
「<CANCAN>さんやったらこの辺に三脚を据えて自撮りやろね。」 「<kanbi>さんと<D口>さんが一緒やったら、どんな反応やったかな。」
しばらく路線跡をたどる。
当時の古レールがブレス材に使用されている法面防護壁の支保工。
謎のコンクリート擁壁。
この間を路線が通っている。切通しにしなかったのは、何らかの理由があったのだろう。
「以上!」
「ぢゃ、神谷から戻ろうね。」
「京・大坂街道って気にならない? 小学校の木造校舎って絶対気になるでしょ?」 趣味が似通っているのでくすぐりどころを抑えられて、まんまと<にも>マジックに引っ掛かってしまう。
高野山への参詣道は九度山からの町石道もあるが、こちらは京都から続く東高野街道、大阪市内からの中高野街道、下高野街道、堺起点の西高野街道が河内長野辺りで合流した高野街道。
旧白藤小学校。
木の廊下に懐かしさを感じる。
「子供たちが雑巾がけをしてたんやろね。」
「Z-1グランプリができそうやな。」
神谷地区はかつての宿場町で、当時は参詣者でにぎわっていたそうだ。
堺から続く西高野街道には高野山女人堂に至る里程石が一里ごとに設置されていた。
起点となる大小路近くの三国ヶ丘には十三里の里程石が残り、こちらはあと一里を示す里程石。
<にも>さんは以前に、堺からこの里程石をたどり女人堂まで上ったとか。 東高野街道が京、石清水八幡あたりが起点なので、「京・大坂街道」って呼ばれているのだろう。 街道名はどこへ通じるかということで名付けられる。 だから同じ街道でも京、大坂方面からは「高野街道」、高野方面からは「京・大坂街道」。河内長野辺りの東高野街道でも一部に京街道の名が残っている。 日本最後の仇討で亡くなった敵方の墓所。
詳しくはコチラ↓
「高野の仇討ち」って黒澤映画のタイトルになりそうだが、仇討した方もされた方も七名であったそうな。もしアメリカで映画化されたら…、もう言わんでもわかるよね、「高野の七人」って。
明治4年のこの仇討がきっかけとなり翌々年に仇討禁止令がだされる。 高野下駅への分岐をそのまま京・大坂街道方面へ。
「以前に来たときにね、郵便配達のにいちゃんがバイクのブレーキをいじってるの。故障かなって思ったら、これくらい締めておかないと危なくて下れないんだって。それくらいの下りだから車間を取ってね。」
と言って下り始めた<にも>さんが、いきなり、
「ストォォォ〜ップ! アカンアカーン!!」
急勾配でかなりの標高差を自転車に引きずられながら下って行く。
登坂の時は押し上げだから下りは引き下げになるのかな。とにかく乗車は無理。 膝をカクカクと大爆笑させながら下りきった先は河根(かね)地区。
下りで疲れたので小休止。
女人堂二里の里程石が残る。 ここもかつての宿場町で、本陣となっていた中屋旅館(現在は民家)では先の仇討ちの相談もなされたとか。
赤瀬橋から九度山方面のR370は通行止めなので、フルーツライン方面への登坂。下りで売り切れになった脚にはこたえる。
無事、九度山駅にたどり着き、和歌山方面へ帰る<にも>さんとはここでお別れ。
「ありがとう、エエ道やったね。あのワインディンでは自撮りしてみたいな。激下りはカンベンやけどネ。」 「気に入ってもらって良かった。マニアックな会話も楽しめたしネ。」
ここから輪行せずに橋本駅まで。
せっかくだから高野街道をたどるも詳細不明。 それでも、朝、車窓から見つけたレンガアーチの跨線橋をしっかりチェックしてみたり…。
エッヘッヘー、ビンゴ―!
橋本駅から車中のヒトとなる。
お疲れさ〜ん。
「たぶん一般のヒトはついてこられへんやろね。」 「大丈夫、オイラ一般のヒトやないから。」 という挨拶で始まった、ホンマにマニアックなサイクリングで笑いの絶えない一日でした。
走行距離は30kmそこそこでしたが、中身が濃い。それが大人のサイクリングというものです。 AKB48も歌っているでしょう。 ♪その距離を競うより
どう飛んだのか どこを飛んだのか
それが一番大切なんだ♪
って。
まぁ、ヘロヘロサイクリストの言い訳かも知れませんが…。目指すはブラタモリ的なところもありますネ。
次は近江八幡のヴォーリズ建築あたりをお願いしたいものです。
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2017/10/01(SUN)
輪音RUNです。
当初は橋本遊郭跡あたりを予定しておりましたが、「な〜んとなく、飛鳥に行きたいなぁ〜。」なんて思って、橋本遊郭は先送りにしてユルユルと飛鳥めぐりに出かけました。 とは言っても、全くのノープラン。とりあえずは本薬師寺のホテイアオイと平城京址のコスモスと稲渕の彼岸花で良いかなと考えていたところ、<モゼール>さんがコースリーダーを買って出て下さった。
前夜のドタ参もあり総勢11名。 いつもながらの自転車談義で幕が開く。
事前に<モゼール>さんからいただいていたルートは<す>が考えていたものとほとんど同じで、先ずは本薬師寺跡を訪問。
この時期はホテイアオイと彼岸花のコラボレーションを見ることができる。
<モゼール>さんならではの裏道、脇道、ディープ道。
藤原京址のコスモスには、少し早かったようで…。
天の香久山「万葉の森」。
少し汗ばむような気温だが、気持ちの良い木陰の小径を抜けると八釣の里。
入江泰吉が好んで撮影した場所だという。
藤原鎌足が産湯をつかったという井戸跡。
近くには母君の大伴夫人の墓もある。
飛鳥坐神社から、
飛鳥寺を回り込み、
稲穂が実る田園地帯へ。
生まれて初めて、田んぼが美しいと感じた。
石舞台古墳で本日の面々。
輪音を始めたころは参加者が2、3名なんてざらだった。最近では10名を切ることは少ない。 (<cancan>さん提供)
稲渕へ。
先週、案山子祭りが開催されていた。
最盛期を少し過ぎた彼岸花ではあるが、まだまだ美しい。
棚田を回り込む回廊のような小径から、
橘寺、
鬼の雪隠、
残念史跡の高松塚古墳という定番ルート。
あとは飛鳥川沿いをたどって、
橿原神宮前駅でゴール。
お疲れサ〜ン。
さてさて、な〜んとなく訪れた飛鳥でしたが大正解でした。
高校時代、本格的にサイクリングを始めて最初に訪れたところが飛鳥でした。その頃(40年前)から比べればすっかり開けてしまいましたが、おそらく当時も眺めていたであろう風景はそのままだと思います。
あの頃は走ることが楽しくて、風景を愛でるなんてなかったかも知れません。年を取って感じ方が少し変わってきたようで、田んぼが美しいと感じた瞬間は、なんだか不思議な気持ちでした。
今回リーディングをお願いした<モゼール>さんをはじめ、ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。
(<cancan>さん提供)
〜〜〜オマケ〜〜〜
いつも集合場所にしている橿原神宮前駅に道路元標発見。
いや〜、気が付きませんでした。 畝傍町道路元標。
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2017/09/24(SUN)
春に葛城の道を走った時に<にも>さんから、「彼岸花の頃に走りたいネ」というリクエストをいただいていました。
ブログ限定告知ということで「超裏輪音『極(きわみ)』」と銘打ってみましたが、当の主宰者はどこが「極」なのかということにはまったくこだわっておらず、その内、「雅(みやび)」とか「プレミアム」なんて言い出すかも知れません。 さてさて、最近は「フタを開ければ大所帯」の輪音ですが、今回は総勢6名。これくらいの人数の方が気を遣わなくていいですね。ミスコースしても「ごめ〜ん」で済むし…。20人くらいの大所帯をUターンさせるのは大変なんですから。
橿原神宮前駅から曽我川沿い。掖上を経て吉野口駅へ。
当初は「TEGAMI Cafe」での昼食も考えたが、駅前の「柳屋」さんでお弁当を調達。 「駅弁と聞いただけで、お腹空いてきた〜。」
「もう少しガマンしましょうネ。走り出してからまだ30分しか経っていませんよ。」
奉膳から薬水へ。
ご新規さんは、紅一点<M崎>さん。
「これなぁ〜んだ。知ってる人は答を言わないように。」
「ええ〜っ? お城〜?」
「ざぁ〜んねん、変電所の跡なんですよ。」
なんて小ネタを披露しながら、お約束のレンガウンチク。
いやいや、彼岸花を愛でないとね。
前回のルートをたどるつもりだったが、どうやら1本手前を曲がってしまったようだ。比較的新しい道で旧R24から風の森へ。
お目当ての彼岸花も見頃を迎えている。
少し蒸し暑さがぶり返したような日だが、相変わらず心地よい風が吹き抜けていた。
高鴨神社(本殿改修中)から、
下界の風景を楽しみながらの気持ちの良いゆったりとしたダウンヒル。
名柄まで下ってくると、
「<す>さん!」
なんとまぁ、轍CCさんの面々と遭遇。
「あいやぁ〜、どちらまで?」
「特に決めてないんですけど、彼岸花を見に来ました。<す>さんは?」
「裏輪音で彼岸花を愛でに。」
「で?」
「御所まで下って『モリソンカフェ』で一休みしようかと…。」
「あれま、我々は3時半に予約してるんですよ。」
まぁ、この時期、この辺を走っていると同じようなルートになってしまうのであるネ。
長柄神社でお昼。
それぞれに買った鮎寿司やら柿の葉寿司をシェア。
さらに一言主神社まで下る道中のベストビュー。
しばしの撮影会となる。
ウ○コ座りは男のロマン。
「ハイっ、スタート!」
一言主神社でも参詣する人より彼岸花目当ての人の方が多かった。
御所まちへ。
端駆橋(はなかけばし 昭和3年架橋 RC充填欠円アーチ橋 近代土木遺産Bランク)。キーストーン部がライオンのレリーフになっている。
お気に入りのレンガアパート。
「モデルは女子やね。」 <にも>さんが熱写。 先日、知人から贈っていただいた銘酒がお気に入りのヨメさんからの指令。
「『風の森』を買ってこいッ!」
一升瓶を担いで帰るのはツラいので宅配。
指令を果たした後は「モリソンカフェ」でコーヒーブレイク。
コースターは高鴨神社修復に使われている木材の端材だそうだ。宮大工さんが届けてくれたとか。
上質の桐材は屋根に使われるので大きさの割には意外と軽い。
「グラスにくっついてきますが、神様なので落とさないように。」 と、オーナーさんのありがたいお言葉。
店を出るころに轍CCさんが到着。天候が危うくなってきそうなので予定を早めたそうだ。
池之内から小さなピークを越え、掖上からもと来た道を戻り橿原神宮前駅でゴール。
お疲れサ〜ン。
その年の気候によって前後する花の時期ですが、彼岸花はその名の通りお彼岸の頃に見頃になるのは不思議ですね。稲穂の黄緑と彼岸花の赤は日本の原風景と言ってもよいほどのコントラストを見せてくれました。
水田に山並みが映る初夏の頃も良いし、彼岸花の頃も良い。やっぱり「エエ道」でした。 次回は山並みが白くなる頃に訪れてみたいですね。同じルートを季節を感じながら走ってみるのも良いものです。
で、今回仕入れた「風の森」が届きました。
向って左は知人に贈っていただいた大吟醸。とてもフルーティーな味わいでした。
酒米、精米歩合以外は同じ製法ですが、今回仕入れた方が酒さけしていて(精米歩合が低いので雑味が残る)、<す>好みです。 今宵も心地よくヨッパライ也。 |




