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奈良県観光局にお勤めの<N野>さん、お仕事でフランスからのお客様を迎えるに当たり、明日香をご案内することになったそうです。
で、先日の<す>の明日香ポタのブログが目にとまり、下見をお手伝いしてくれないかとのこと。 最初は自転車でということだったんですがあいにくの雨で車で散走しました。 お仕事さながらの行程表に従って先ずは今井町から。
本来なら町内の春日大社の秋祭りでにぎわっているはずなんですが、雨で中止になったそうです。
静かな街並みも良いですが、勇壮なだんじりも見てみたかったものです。 棟続きの四軒長屋のような古民家がリハウス中でした。
お土産をゲット。
素朴な味のカステラです。 最寄駅の八木西口駅を確認し、なぜか<N野>さんが興味を示したJR畝傍駅の貴賓室に寄り道。
畝傍駅は橿原神宮や神武天皇陵への最寄駅となるため、駅舎内には参拝する皇族のために貴賓室が設けられています。現在は閉鎖されていますが、改札口への階段とは別に直接貴賓室へ向う階段が作られています。 「写真では見たことあるんですけど、行ったことないんです。」とおっしゃるので、本薬師寺のホテイアオイも寄り道。
時期は少し遅いが、雨粒がエエ感じでした。
ぢぁ、ついでってことで藤原宮址。
ここまで来たら、ランチはここしかないでしょう。
4’seasonで念願のオムライス。
以前、<にも>さんと来た時に彼が注文したオムライスがあまりにウマそうだったので、次はオムライスと決めていました。
でも限定メニューで今はやってないらしく、無理を言って特別に作っていただきました。 ケチャップのチキンライスでなく、ヒジキやキノコ、豚肉とともにバターで炒められた五穀米です。めちゃウマです。限定といわずに定番メニューにしてほしいものですネ。
お腹もふくれたところで、本題の明日香めぐりに向います。
外国からのお客様にウケる奈良観光といえば、奈良市内の東大寺や興福寺、春日大社といった世界遺産「古都奈良の文化財」、あるいは我が国初の世界遺産となった「法隆寺地域の仏教建造物」なんかが常だと思うんですが、
「なんで明日香なん?」 「あまりに当たり前すぎて…。」
「まぁね、確かに外国人観光者が多いな。」 高松塚古墳。
「ガッカリ遺産『その1』や。」
「なんで?」
「オイラのような世代の大阪の自転車乗りは最初に明日香に来るんやね。」 「フンフン。」
「その頃の高松塚って発見されたばかりで、今みたいな観光地やなかったね。40年前くらいや。」
「私、まだ生まれてませんッ!」 岡寺。
「そのフランス人は、かなりマニアックな方らしいんですよ。」
「へぇ〜、どんなふうに?」
「例えば、『この建物は木造か? 木造ならどんな木が使われているんだ?』とか…。」
「レンガやったらわかるけど〜(笑)。同じような観光関係のヒト?」 「メディア関係のヒトらしいんです。」 石舞台を回り込み、稲渕の棚田。
「たぶん、雨の明日香って初めてやと思うよ。雨の日は自転車で走りたくないからね。」
「ホントに。静かでいいですね。」
「この風景がマニアックなフランス人にわかるんやろか…。」 宿泊地やらそこからのルート(このあたりはレンタサイクルで散走するそうです)を確認しながら、
「ここからキトラへの激下りはシロウトさんは危ないな。」
「逆方向から登ったことがありますっ!」
キトラ古墳。
「ヘッ?」
「ガッカリ遺産『その2』やな。」 「この中に壁画が保存されてるんですか?」 「いやいや、今はちゃんとした施設に移されているよ。高松塚の壁画館とかキトラの四神の館とかなかったら誰も来ないやろね。」
自転車だったら亀石やら鬼の俎、雪隠とかもまわる予定でしたが…。 飛鳥寺から、
八釣の里。
「だいたいの位置関係がつながりました。」
「ちゃんと復習してネ。」
世界遺産に指定されている東大寺やら法隆寺といったメインの観光地なら大仏様とか五重塔といった視覚に訴えるようなものがありますが、この時期の明日香は何もありません。
それだけに日本の原風景といったようなところを外国からのお客様がどう感じるのか、それがメディアを通じてどんなふうに伝えられるかというのは気になるところです。 まぁ、我々としても「旅行者」となった時には、当地の方からすればそんなふうにとらえられているんでしょうね。 |
よもやま話
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偶数月(8月を除く)第三日曜日は「高貴寺に集う会」です。
以前は御堂や境内のお掃除という軽作業だったらしいのですが、最近ではちょっとした重労働もあります。今回は高貴寺の生活用水の水源となっている「龍池」の清掃。5年に一度ほどのペースで行われるので、4年生の<す>としては初めての作業になります。
久しぶりに雨の高貴寺、修験者の方たちがお参りに来られていました。
荘厳な法螺笛の音色と般若心経が唱えられる中、作業の準備をしていると改めて「修行のお寺だったんだなぁ」と感じます。
「龍池」は本堂脇を抜け、奥の院に通じる参道の入り口にあり、中央に龍神様が祀られている周囲30〜40mくらいの小さな池。水は前日の内に抜かれ、2.5mくらいの深さの池底が顔を出しています。
その池底に堆積した枯れ枝やヘドロ化した枯葉を手作業で取り除いていくワケですが、これがまた、大変な作業で…。
先ず枯れ枝を放り出してからスコップでヘドロをかき出して…。 それからの泥水はすでにスコップでは太刀打ちできなくなるので竹熊手で枯葉をかき集めて手でバケツに投入し…。
残った水を水中ポンプで排水しますが、あっちこっち穴が開いたホースからシャワーのように吹き出す泥水の洗礼をいきなり浴びてしまいました。 「あ、あのねぇ…、土木用語に『汚れ四分に濡れ八分』っちゅうのがあるんですよ。今日は倍ぐらいの日当をもらわな〜。」 「よっしゃ、よっしゃ。お昼ご飯はたんと食べてエエからねぇ〜。」 なんて軽口を交わしながらも午前中にあらかたの清掃を終えることができました。 囲炉裏の炎と温かい具だくさん味噌汁が、雨で少し冷えた体を暖めてくれます。
本降りになってきた雨の中、少し気になった排水工の回りに10個くらいの土嚢を積んで終了。
あとは堂内のお掃除やらお片付けやら。
最近では若いご夫婦がお子さん連れで参加されるので、ほぼ託児所状態になっています。重い建具を運んでいる最中に子供らが走り回るので、思わず声を荒げてしまったのは今日の反省点ですね。 怪我されるのが怖かったのですが、「一緒に手伝ってね〜」と声を掛けるべきでした。 子供の頃の泥んこ遊びを思い出すような作業でした。
我々よりも人一倍泥んこになっていたご住職のご希望では、 「5年に一度というのはかえって大変な作業になるので、これからは毎年の定例作業にしたい」とのこと…。
お金のかからない浄水装置ということなので、一案です。
お疲れ様でした。
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日頃は朝寝坊だが旅先では朝早く目覚めることが多く、5時少し前にはムクムクと起きだし、早朝の宮島をボラボラ。
観光客でにぎわう日中とは異なり静かなもの。
通称「清盛通り」と呼ばれる表参道商店街から一歩山手の道は、町家が並ぶ落ち着いた雰囲気。
こんな瞬間に「旅」を感じたりする。
腹一杯朝飯を食って出発。
商店街でお土産を物色するヨメさんたちと別れ、引き続き町家が並ぶ通りをボラボラ。
前を行くアヤシイ無国籍人のような人物は<H多>クン。一番成績が良かった友人で、試験のたびに左利きで書かれた彼のノートには助けられた。 二日目のお楽しみはもみじ饅頭手焼き体験。
B&B島田洋七の「モミジマンジュ〜」というギャグのおかげで全国ネットとなったもみじ饅頭は宮島が発祥とか。
やけに滑舌の良いオネイサンの指導の下、
回転式の金型を表裏30秒×6回、計3分間熱するところから始まる。
じっとガマンの子であった…。
金型が熱くなったら薄く油を引いて生地を投入。
数多くのもみじ饅頭屋が存在するが、各店舗で生地の配合が異なりオリジナリティを出してるとか。 いろいろ検索してみると「もみじ饅頭食べ比べ」という達人もおられるようで…。
アンコを投入。
アンコを覆うように再び生地を投入。
表裏30秒×4回。
出来上がり〜!
2回目の生地投入で欲張ると羽根つきもみじ饅頭ができる。
テキ屋のオッチャンやね。
焼きたてのもみじ饅頭はホコホコでウマし。
アンコの他にはチョコやらカスタードやら。
焼き立てを3つも食ったにもかかわらず、昼食に突入。
広島といえばカキであるがアナゴも有名。実はカキとアナゴは密接な関係があるとかで、
「カキイカダでカキを養殖する」⇒「カキの排泄物が海底に溜まる」⇒「多くのプランクトンが発生しそれを餌とする小魚や甲殻類が集まる」⇒「それらを餌とするアナゴが生息する」
という食物連鎖の賜物なのである。
そのおかげで食物連鎖の頂点に立つ人類が、めでたくアナゴめしをいただくことができるのは、この上ないシアワセなのであるネ。
土用の丑の日も近いが、年を取ると脂っこいウナギよりあっさりといただけるアナゴの方が良いね。
「次の次は還暦やね。」
「そろそろ生存確認の時期に突入するなぁ。」
「還暦祝は大阪でするとして、次はどこですんのん?」
「よっしゃ、任せとき!!」
ということで2年後は狼煙隊長こと<Y田>クンが幹事で、小豆島開催と相成った。
「キャンプファイヤーや。テント張って、食料は現地調達!」
2年後の再会を誓って宮島を後にする。
オマケの寄り道。
江田島あたりのレンガで癒されようかとも考えたが、たぶんその日のうちに帰れないだろうと思い、出発前からヨメさんと話していた尾道へ。 数年前にしまなみ海道をサイクリングしたときに訪れているので、<す>としては二度目の訪問となる。 かすかな記憶を頼りに御袖天満宮。映画「転校生」で尾美としのりと小林聡美が転げ落ちた石段。
男女の体が入れ替わるという内容も衝撃的だったが、当時17歳だった小林聡美ちゃんのオッパイにときめいたものだ。
振り返ると尾道の街並み。
尾道は鎌倉時代から海運により商港都として繁栄し、明治時代の鉄道開通とともに陸運、海運の拠点となる。
商店街にはレトロっぽい建物も残っている。
尾道商業会議所(大正12年築)。
江戸時代には北前船の西回り航路寄港地に選ばれ、そのことから帆布の生産が盛んだった。現在は帆船が減り文字通りの帆としての需要は減ってしまったが、1999年に地元の女性たちが帆布を使った小物を作り始めたのが「尾道帆布」のきっかけとなる。
ポタリングにも使えそうな小さなショルダーバッグを購入。
さて、ボチボチお家に帰ろう。
2年に一度という絶妙のペースで開催されている同窓会です。
これが毎年ともなると幹事が大変だし、かと言って、5年に一度とかになると変貌しすぎて誰が誰やらワカラナクナッテシマッテイル、というような状況になるやもしれません。 「この次は子供たち、および子供たちの配偶者、孫ができたヤツは連れてくること。それまで死なずに生きていること、もし死んじゃってもヨメは来ること!」 などと言っているオヤジたちは、他人に羨ましがられるほどの自慢の仲間です。
総合幹事の<M井>クン、現地幹事の<T島>クン、ありがとうお疲れさま。
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7月22日〜23日にかけて、K大学土木学生会「建設奇会」の同窓会が、広島は安芸の宮島で盛大に行われました。
前回は出張が重なり不参加だったので、4年ぶりになります。
ヨメさんとともにN BOXに乗り込み出発、約4時間のドライブで広島入り。
宮島に向う前に広島平和記念公園に寄り道。何でもヨメさんが中学生の頃、8月5日が登校日で、翌6日が広島の原爆の日ということで、いろいろと原爆について調べさせられたそうな。子供たちは小学校の修学旅行で来ていて、<す>は3度目の訪問。
「私は行ったことがない! オバマさんも来てるのに!!」
先ずは資料館を訪問。
「焼けたお弁当箱は?」
登校日に調べた中で、一番印象に残ったのが黒く焼け焦げたお弁当箱のことだったそうだ。
残念ながらそれらが展示されている本館は、リニューアル工事中。
公園内を少し散策。
「原爆ドームって意外と小さいんやね。」
「まわりに大きな建物が増えたからちゃう?」
原爆投下のランドマークとなったT字型の相生橋。
原爆投下から3日後には走り出した路面電車は、広島の人々を勇気づけたという。
ほぼ真上で爆発したために衝撃波が垂直方向であったためドーム部分が残ったらしい。
負のレンガ遺産である。
やや駆け足の訪問であったが、ヨメさんは満足したようだった。
宮島桟橋の駐車場に車をデポして集合場所に。
運転から解放され、挨拶もそこそこに一人お疲れさん会。
フェリーに乗り込み、
盛り上がり始めるヨメさんたち。
10分ほどの船旅でと〜ちゃこ。
宮島やね〜。
厳島神社に参拝。厳島(イツクシマ)という社名は御祭神の市杵嶋姫命(イチキシマヒメノミコト)の「イチキ」に由来する。
明治以前の神仏習合時代には、市杵嶋姫命は同じ水の女神ということで弁財天と同一視されることが多く、各地にある厳島神社には周囲に濠があったり、池の真ん中の島にある祠が弁天さんと呼ばれたりする。我が家の向いにも厳島神社があり、古くは小さな前方後円墳で当時の濠が残っている。
それらの大本山とも言うべき厳島神社は、安芸国一宮である。 神社を抜けてほどなく行くと、本日のお宿「みやじま 杜の宿」にたどり着く。
当初は、
「国民宿舎〜? お風呂が狭かったりメシがお粗末やったりするんちゃうのん? 安いけど…。浴衣とか歯ブラシはあるんやろね、卓球台はいらんけどな。」
などなど、最近は飲み屋が近い、大浴場完備、朝メシ充実というビジネスホテルの台頭に押さえ込まれつつあるような国民宿舎事情を、なかば、
「ケッ!」
というような感じであったのだが…。
うわッ、エエや〜ん! 荷物運んでくれるって? お風呂もユッタリや〜ん。お部屋も広々〜ぉ。
「お食事の際のビールは何にされますか?」
「そんなん聞いてくれるってウレシイね。何があんのん?」
「キリンとアサヒですが…。」
「ぢゃ、キリンで。」
「かしこまりました。」
「ちょっと待った、キリンって一番搾り?」
「ハイ…。」
「ぢゃ、アサヒで。」
っちゅうことで…。
カンパ〜イ!!
お料理は「清盛膳」という全14品の豪華会席料理。
学生時代は「カレーライス(70円)+ライス(30円)」あるいは「コロッケ定食(100円)」、当時180円のセブンスタ―をくゆらせつつ、それより安価なワンコインで空腹を満たしていた。♪〜あぁ それも青春〜♪
なぜか主役のオヤジたちより先にヨメさんたちが弾け飛ぶ。
おっさ〜ん、ガンバレよ〜♪
「は〜い、記念撮影ですよ〜。並んで並んで。いきまっせ〜!」
「お約束か〜い!」
「バレタ〜?」
部屋に戻っての二次会は果てしなく続くかと思われたが、
年波というものに立ち向かうには、少しばかりエネルギー不足で…。
後編につづく…。
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今年3月に閉鎖された奈良少年刑務所が、最後の一般公開だというので行ってみましたが…。
ちょうど我が家を訪れるという娘っち夫婦をなかば強制的に連行しました。
やや渋滞気味の奈良公園を抜け、黒髪山(旧奈良ドリームランド付近)に車をデポ。鴻ノ池運動公園を抜けて、刑務所の裏手から攻めてみると、 長蛇の列!
列!!
2〜3時間待ちらしい…。
「あか〜ん、やめとこ。熱中症で倒れるで!」
レンガのウンチクなんぞも語りたかったのですが…。
どうも少年院とか少年鑑別所というと「あしたのジョー」のイメージなのですが、ここは8月以降に民間委託されて、2020年を目途に「監獄ホテル」として再出発します。
海外では刑務所がホテルになるという例は珍しくないものの、我が国では初めてらしい。たとえば夕食は「麦飯に一汁一菜」あたりだったら面白いな。
改装後は資料館も併設されるらしいので、その時に再訪してみたいです。 仕方ないので近くの植村牧場のソフトクリームで涼をとって、
帰還しました。
ある程度は予想していましたが、それ以上の人出で娘っち夫婦には悪いことをしてしまいました。反省しきりのオヤジでございます〜m(_ _)m
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