あ然、ぼう然の開き直りだ! プロ野球で使用する統一球を今季から飛びやすく変更しながら公表していなかった問題で、日本野球機構(NPB)の加藤良三コミッショナー(71)ら幹部と統一球の製造元であるミズノが12日、東京・内幸町の事務局で会見を行った。同コミッショナーは前日11日まで仕様の変更を知らなかったと驚きの釈明。混乱を招いたことなどへの謝罪の言葉は口にしたが「これは不祥事ではない」と開き直り、辞意を否定した。会見ではミズノとともに統一球の変更を進めてきた下田邦夫事務局長(59)が辞任を示唆した。 説明責任はおろか誠意すら見せなかった。午後8時から始まった加藤コミッショナーによる約50分間の記者会見。駐米大使まで務めた71歳にとって10台以上のテレビカメラの前で、100人以上の報道陣に対して釈明するのは屈辱以外の何物でもなかった。蒸し暑い会見場で時に声を裏返らせ、時に顔を真っ赤にして保身の言葉を連ねた。 「昨日(11日)まで全く知りませんでした。これは不祥事ではない。(下田事務局長ら部下から)ボールに変更が加えられたという説明はなかった。私がその事実を知っていたら公表したし、公表するべきだった」 開き直りともとれる謝罪の言葉は小声で無数のカメラのシャッター音にかき消された。昨年から統一球の変更をミズノとともに進めたのは、NPB側では下田事務局長ほか、2人の職員だけ。「2日前まで、本当に変わっていないと信じていた。選手の調整の能力を高く評価していた」と、変更されていた事実をまったく知らなかったと打ち明けた。元官僚で組織のトップでありながらそれを恥じるそぶりも一切、見せなかった。そもそも“隠蔽”という批判は見当違いであり、辞める必要などどこにあるのか−というのが、加藤コミッショナーの言い分だった。 現場やファン、世間に対して混乱を招いたことについては「おわびを申し上げます」などと謝罪したものの、今後については「これからは内部の意思疎通とガバナンス(統治能力)の強化に務めていきたい」と繰り返すばかり。進退について問われると「私の話も聞いていただきたい」と声を荒らげ、組織の長としての責任をどう考え、どう取ろうとしているのかをはぐらかし続けた。その姿勢に報道陣の間には半ばあきらめにも似た空虚な雰囲気が漂った。 加藤コミッショナーが無責任な態度を取る一方で、前日11日に“飛ぶボール”への変更を「コミッショナーの了解を取りながら進めていた」と爆弾証言した下田事務局長は「(11日は記憶が)混乱していた」と一転して、自分の責任だとした。その上で「私の心の中では考えていることはあります」と辞任する考えを示唆した。 世間の常識がプロ野球の非常識なのか。知らぬ存ぜぬで通し、職を辞そうともしない加藤コミッショナーの球界での求心力が一層、低下したのだけは間違いない。 トップの人間が知らなかったでは済まされないと思う。 明日、12球団へ経緯の説明があるみたいだね☆ 元阪神の赤星さんも言っておられました。 さわったり打った感覚で違うボールだと・・・。 野球選手をバカにするな!!って・・・。 選手にも野球ファンにももっとわかる説明をしてほしいですね☆ |
野球ニュース
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プロ野球の日本シリーズは7日、ナゴヤドームで第7戦を行い、パ・リーグ3位からクライマックスシリーズ(CS)を勝ち上がったロッテが、セ・リーグ優勝の中日に8−7で勝ち、通算成績4勝2敗1分けで5年ぶり4回目(前身の毎日時代の1回を含む)のシリーズ制覇を果たした。最高殊勲選手(MVP)には今江敏晃内野手(ロッテ)が選ばれた。レギュラーシーズン勝率3位からの日本一は両リーグを通じ史上初。生え抜きの西村徳文監督(50)は就任初年で日本一を達成した。 ロッテが連夜の延長戦を制し頂点に立った。7−7の十二回2死二塁、岡田が適時三塁打を放って勝ち越し、その裏を逃げ切った。序盤リードを許したロッテは四回に岡田、五回に今江と里崎、七回に金泰均がそれぞれ適時打を放ち4点差を逆転。一旦は同点を許したが、継投陣も粘って激闘を制した。中日はロッテ先発・渡辺俊を攻略して序盤にリードを奪い、1点を追う土壇場の九回には和田の三塁打、ブランコの犠飛で同点とし、今シリーズ3回目の延長戦に持ち込んだが、打線が決め手を欠き、3年ぶり日本一の夢を断たれた。 ロッテ 2 0 0 1 3 0 1 0 0 0 0 1 8 中 日 3 1 2 0 0 0 0 0 1 0 0 0 7 (延長十二回) 【投手】 (ロ)渡辺俊、小野、薮田、内、小林宏、伊藤−里崎 (中)吉見、河原、ネルソン、高橋、浅尾、岩瀬−谷繁 【責任投手】 (勝)伊藤4試合1勝1敗 (敗)浅尾4試合1敗 【本塁打】 (ロ) (中) ◇千葉ロッテマリーンズ 1949年に毎日オリオンズとして発足。50年からパ・リーグに加盟。57年に大映と合併し大毎オリオンズになった。69年、ロッテと業務提携しロッテオリオンズに。92年に千葉マリンスタジアムに本拠地移転したのに伴い、現名称となった。リーグ優勝は毎日、大毎時代含めて5回。湯浅禎夫総監督が率いた50年と、金田正一監督時代の74年に日本一になった。以後長く優勝から遠ざかったが、ボビー・バレンタイン監督が率いた05年、レギュラーシーズン勝率2位からプレーオフを勝ち抜いてリーグ優勝。日本シリーズでは阪神を4連勝で破って31年ぶり3回目の日本一に輝いた。 昨日といい今日といい本当にいい試合でしたね☆ 見ごたえのある試合でこれぞ日本シリーズですね。 本当に千葉ロッテマリーンズおめでとう♪ |
2日のプロ野球広島−巨人戦(マツダ)の試合前、くも膜下出血で倒れた巨人の元選手で1軍コーチの木村拓也(きむら・たくや)さんが7日午前3時22分、入院先の広島市内の病院で死去した。37歳だった。通夜は9日午後6時半から、葬儀・告別式は10日午前11時から、広島市西区南観音8の10の8、平安祭典広島会館で。喪主は妻、由美子(ゆみこ)さん。 木村さんは2日の試合前のシートノックでノッカーを務めていたが、本塁付近で突然倒れ、広島市内の病院に救急搬送されていた。診断の結果、木村さんは「くも膜下出血」と判明。意識不明の状態が続いていた。 木村さんは宮崎県出身。1991年、宮崎南高からドラフト外で日本ハムに入団。95年に広島、2006年に巨人へトレードで移籍した。投手以外のすべてのポジションを守る万能型の選手として活躍。04年のアテネ五輪には野球日本代表として出場した。 木村さんは昨年の日本シリーズ終了後に、現役引退を表明。今季から内野守備走塁コーチを務めていた。 巨人・木村拓也内野守備走塁コーチ(享年37歳)の悲報に接し、原辰徳監督(51)らが7日、兵庫・芦屋市内のチーム宿舎で報道陣に対応した。原監督は「何とか奇跡を、それだけを思っていましたが、かないませんでした」と涙を流し、主将の阿部は「(思い出を)振り返ったりすることも受け入れられない状況なので、何を考えていいか分からない」と悲しみに暮れた。 また、清武球団代表は4月23日からの広島3連戦(東京D)のうち1試合を木村さんの追悼試合とし、同時期に「お別れの会」を行う意向を明かした。 今でも信じられません。 奇跡を信じていたのに・・・。 ご冥福をお祈りします☆ |
木村拓コーチ重体…試合前ノック中「くも膜下出血」巨人・木村拓也内野守備走塁コーチ(37)が2日午後5時30分頃、広島市南区のマツダスタジアムで突然倒れた。対広島戦の試合前のシートノック中の出来事で、そのまま広島市内の病院に緊急搬送され、「くも膜下出血」と診断されて入院した。広島市消防局によると、緊急搬送時の同コーチの容体は意識不明の重体だという。現役コーチがグラウンドで意識不明に陥る事態に両軍はもちろん、球界に大きな衝撃が走った。 突然の事態に、マツダスタジアムが異様なざわめきに包まれた。午後5時33分。同6時のプレーボールに備え、本塁のバッターボックス付近でシートノックを行っていた巨人・木村拓コーチが突然ふらつき、直後に胸を押さえたまま崩れるようにうつぶせに倒れた。 そばにいた捕手の鶴岡が同コーチの体を仰向けにし、異常を察した小笠原や阿部らナインが一斉にベンチを飛び出した。しかし、同コーチはぐったりしたまま動かない。その様子を見た広島の球団職員が5時40分頃に119番。広島のチームドクターが心臓マッサージ、人工呼吸、自動体外式除細動器(AED)で心肺蘇生(そせい)措置を施し、その後に駆けつけた救急隊が同コーチを担架に乗せる。その際にも、関係者が周囲からタオルを持って取り囲み、事態の深刻さをうかがわせた。広島市内の病院へ緊急搬送された同コーチは、「くも膜下出血」と診断され、同病院に入院した。 木村拓コーチは広島に自宅があるため東京に単身赴任で生活。広島遠征の際はチーム宿舎ではなく、自宅から球場に通うのを楽しみにしていた。この日はチーム便より早い新幹線で正午前に広島へ到着。球場入り後は、3日に先発予定の山口にマンツーマンで走塁指導を行い「先発投手なんだから走塁練習をやるのは当たり前だぞ」とゲキを飛ばすなど精力的に動いていたようにみえた。しかしその裏では、関係者によると「きのうから頭が痛くて、昨夜は2時間ぐらいしか眠れなかった」と体調不良を訴えていたという。 同コーチは現役時代は投手以外のすべてのポジションを守るユーティリティープレーヤーとして活躍。巨人移籍2年目の07年には二塁の定位置をつかみ、原監督から「今年、拓(タク)がいなかったらと思うとゾッとしますね」と、陰のMVPと評された。昨年9月4日ヤクルト戦(東京ドーム)では99年以来10年ぶりの捕手で途中出場し、チームの窮地を救った。昨季限りで現役を引退し、今季から内野守備走塁コーチに就任。3月の新人研修では特別講師を務め、西武・雄星らを相手に3球団を渡り歩いた自らの野球人生を語るなど、球界では苦労人として知られる。 突然の出来事に両球団の関係者は動揺を隠せない。巨人は試合前に選手全員が一度ロッカールームへ戻り、首脳陣の説明を聞いてから再びベンチに戻ったが硬い表情を浮かべたまま。予断を許さない状況と伝え聞いた古巣の広島ナインも一様に容体を案じた。今年1月17日には日本ハム投手コーチだった小林繁氏(享年57)が心不全で急死したばかり。悲報はもう聞きたくない。今は木村拓コーチの回復を祈るばかりだ。 <搬送先の病院、親族ら駆け付け…>木村コーチが運ばれた広島市内の病院には、親族とみられる人たちが続々と駆け付け、こわばった表情で足早に中へ。巨人の球団関係者は「くも膜下出血で搬送された。今はそれ以上言えない」と言葉少なだった。救急外来入り口には多数の報道陣が集まり、深夜まで緊迫した空気に包まれていた。 ▼巨人・鶴岡(木村コーチの異変に最初に気付き)とっさのことだったので…。無事を祈るだけです。 ▼巨人・吉村野手総合コーチ (最近)変わった様子はなかった。早く元気に戻ってくるのを待っている。 ▼巨人・篠塚打撃コーチ タクもそういう(勝ちたい)気持ちでいる。やっぱり頭のどこかでタクのことも考えちゃうと思うけど、選手は試合は試合としてしっかり集中していた。 ▼広島・大野ヘッド兼投手コーチ 昔、一緒にやっていた仲間だし、突然のことでビックリした。回復を祈るだけです。 ▼広島・高橋 年末に家族にも会ったし、年明けも話した。ゆっくりでいいから復活してほしい。それを祈るだけです。 ▼阪神・新井(広島時代のチームメート)状況は少し聞きましたけど、本当に心配です。 ▼佐々岡真司氏(スポニチ本紙評論家)ノックを打っているなと思って、少し目を離したら倒れていて…ビックリしました。きょうは家に帰る予定だったろうし、何とも言えない…。回復してほしい。今はそれだけしか言えない。 ◆木村 拓也(きむら・たくや)1972年(昭47)4月15日、宮崎県宮崎市生まれの37歳。宮崎南から90年ドラフト外で日本ハム入団。94年オフにトレードで広島移籍。97年から両打ちに。04年にはアテネ五輪出場。06年シーズン中に巨人移籍。内、外野に加え捕手も守れるユーティリティープレーヤーとして活躍した。通算1523試合に出場、打率・262、53本塁打、280打点。昨季限りで現役引退し、巨人1軍内野守備走塁コーチ就任。1メートル73、75キロ。 本当に今でも信じられません。 一日も早く意識が戻ってほしいですね☆ そしてまた復帰してほしいと思っています。 ![]() にほんブログ村 野球ブログへ(文字をクリック) |
大勢のスカウト陣が注目する中、フルスイングする今岡 「合同トライアウト」(11日、甲子園室内) 12球団合同トライアウトが11日、西宮市の甲子園球場に隣接する室内練習場で42選手(投手27人、野手15人)が参加して行われた。今季限りで阪神から戦力外通告を受けた今岡誠内野手(35)はシート打撃8打席のうち安打性の打球を2本放った。この日の時点では広島が今岡獲得を検討する可能性があることを示した。 ◇ ◇ トライアウトを終えた今岡の口調は明らかに上ずっていた。「思ったよりも緊張した。マジで緊張しました。あんまり緊張しないほうなんだけど」。国内12球団、さらにメジャー、台湾プロ野球ら多くの編成担当者が目を光らせ、会場は独特な緊張感に包まれた。脂汗がにじみ出るほどの異様な空気が、今岡の本来の動きに微妙に影響した。 アップ、キャッチボール後に行われたシートノック。一塁でボールを受け、二塁へ転送しようとした際には左足のシューズが脱げるハプニングも。珍しいシーンを本人は「靴も脱げてしまったんでね」と苦笑いで振り返ったが、打撃ではそんな空気を振り払うように存在感を見せた。 8打席で8人の投手と対戦し、安打性の当たりは2本、2四球を選ぶなど選球眼の良さもアピール。前日から降り続いた雨の影響で、会場が甲子園から室内練習場へと変更になったが意に介さなかった。「雨が降っても晴れていても一緒。やることはやったし、あとは見ている人の評価なんで」と全力を出し切った。 まさに人事を尽くして天命を待つ-。25日に神宮で行われる第2回のトライアウトには参加せず、他球団からのオファーを待つ考えを明かした。 そんな今岡の奮闘に熱視線を送っていたのが広島だ。シート打撃では全打席をビデオカメラで撮影しており、川端編成グループ長は「どうするかはこれからですね」と含みを持たせた。12日以降、そのビデオを基に話し合いを進め、最終的に獲得へ乗り出すか否かを検討していく方針。他ではロッテや西武が一定の評価を与えたが、チーム状況を考え獲得には消極的な姿勢を見せている。 広島は野村監督の下、一塁で2年連続ゴールデングラブ賞受賞の栗原を来季は三塁へコンバートする準備を進めている。また、右の代打も手薄な状況で、過去に首位打者、打点王のタイトルに輝いた天才打者が戦力になると判断すれば、獲得に動く可能性は十分ある。 |







