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11月22日から3日間のプーケット旅行を次男と共に満喫した。
プーケットを出発し 25日の23時にスワンナプーム国際空港で乗り継ぎ 26日早朝 関空へ帰国の
予定だった。
それが、搭乗手続きの時間を過ぎても規制のロープが張られたまま・・・(????)
あちこちから混乱のざわめきが起こる。発狂する外国人も・・・。
免税店は全ての商品を撤去し 空港関係者も職員も全くいない。
なんの情報もないまま成田の3倍もある広い空港内を右往左往する乗客(予定者?)達。誰かが言った。
「デモだって!!!」「上でコンサートをしているみたい!!」「タクシー(後でタクシン元首相とわか
る)が関係しているようだ」
情報が錯乱。 そんな中「5時に説明をします」の張り紙が・・・。
理解しがたいが とにかく仮眠を・・・。 ベンチに座れず床でごろ寝。もちろんスーツケースは預け
ているため暖を取る衣類もない。夏季とはいえ深夜の空港の床は冷たかった。誰かが捨てたダンボールを
拾い仮眠。生まれて初めてダンボールの有難さ・暖かさを知った。
予定の5時にはインフォメーションもなくいたづらに時間が経過する・・・。
意気投合した3人組と共に日本語での情報を求めて 危険も顧みず急遽出国出手続きを済ませ外
へ・・・。
なんと 黄色の服の集団(後でPADと判明)がすでに数千人はいたと思う・・・。
街宣車の上で男性が演説する度 賛同の拍手と手形のムートップを鳴らし まるでコンサートの様
相。度肝をぬかれたが 警備のPADの「武力行使はしない。安全である」の言葉を信じて 仲間に加わ
ることに・・・。日本語が話せる中年女性に現状の説明を受け「なるほど・・・・????」
「内閣が総辞職するまで続ける!!!」とのこと。
お弁当・菓子・飲み物・敷き物も頂き至れりつくせり・・・。緊張感もなくアットホーム。
1時間ほど 偵察? 観察? 参加?していたけれど「我に返り」、飛行機が出発しなことを確信。
日本のSTワールド旅行社へ連絡するも 電話が混線しているのか何度プッシュしてもつながらない。
仲間の3人組に携帯電話をお借りしやっと状況を伝えることができ バンコクの代理店のスタッフが
救援?にきてくれ ホテルの予約もしてくれた。
しかし 肝心の息子のスーツケースが行方不明・・・。2時間ほど探したが諦めホテルへ・・・。
家は・・・ 職場は・・・ 息子の学校は・・・あれもこれも・・・
色々案じながら 無期限の 捕虜・難民生活 いや ホテルライフに入る。
翌日からはは気分を切り替え 市内観光・足ツボマッサージなど息子の後押しを受けフル活動。
29日の夕刻にSTワールドから「明日の22時30分」の飛行機の予約が取れました」との連絡を頂き
「ヤッター!!!」息子と大喜び。1週間は覚悟をしていたのだが・・・。
航空会社により対応はマチマチだが タイ航空はレフトオーバーを優先したようだ。
30日11時にホテルをチェックアウト。市内のホテルで入国審査を受け 手書きの搭乗券をもらう。
その後、専用バスで軍のウタパオ空港へ移動。まるで難民キャンプのようにごったがえしていた。
状況は筆舌しがたい。
5時間遅れで離陸。機内では誰もが憔悴し ただただ眠りこける・・・。
成田到着時 誰ともなく歓喜の拍手喝采が起きた。
成田・羽田・関空・自宅・・・ホテルを出て31時間を要した長旅であった。
とりあえず帰国の一報を終える。
STワールドの皆様 大変お世話になり有難うございました!!!
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