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つづき 死線を超えた実話
物がなければ、物がなければなどと思っている心を捨てるとかえって物が豊富にできる物が物がと思っているものだから国際的にも個人的にも鎖国主義になり有無相通ずる働きができないで、現在のように、物がありあまりながら人間は貧乏しているのです。この「物々」という心を捨てて、「生命生命」と思うようになり、神らしく生きること、神らしく働くこと、自己に宿っている生命、他に宿っている生命を生かすように生かすようにという心になれば、かえって物が生きてくるのです。物を忘れたとき物が生きてくる。机でも「机々」と思って机を見つめている間は机の働きはできないで、机を忘れてその上で本を読んだり字を書いたりしているとかえって机の働きができているのと同じことです。いわゆる利害の経済を忘れたとき本当に経済が立つようになってくる。生かす働きを忘れた、愛の働きを忘れた無鉄砲な不経済や経済無視は無論いけませんが、生命の自然の流露−愛の働きーを妨げないで、経済とか利益とかいうことを超越しているとかえって物そのものが豊富に生きてくるのです。肉体でも、肉体そのものを忘れたときにかえって健康にもなり精力も増進してくるもので、物がなくとも救われる救いというものがハッキリわかってきたら、執着なしにとらわれない生産分配ができて来ますから、かえって物の救済も完成するのです。
人にはいろいろの立場もあり、細かい事情、その事情の色合いというようなものもうかがってみませんと、上村さん個人の立場を批評することはできないのでありますが、概括していえば多勢を救わなければ生き甲斐が感じられないとか、社会的に活動しなければ満足できないとかいうのも捉われた考えだと思われるのです。むろん多勢を救い、社会的に救済の手をのべるのは尊いことでありますが、多勢を救うのも一人を救うのも尊い仕事である。それも「自分が相手を救う」というように、何事にも「自分が自分が」というようにその「自分」というものに引っかかると、先刻申しましたように相手を軽蔑し引き落とすことになるので、そんなに恩に着せるなら救ってもらわなくともよいということになるのです。自分がと思うその自分が相手を救うのではない、神の大きな救いの手が自分というものにはいってきてその役割をつとめさせていただくのである、ありがたいことであるというようにならなければ、相手を救うどころか自分も救われていないで、相手の状態がよくないとか、こちらがこんなにまでしているのに相手がそう思ってくれないとか思って腹が立って、自分の心が乱れて、自分自身がかえって救われなくなるのです。
だから「自分が相手を救う」というその「自分」が、大きな救いの手の中へ溶け込んで無くならなければ、人を救いながらも自分が救われなくて煩悶しなければならなくなるのです。だから無我の愛でなければ本当の救いは来ない。執着の愛では本当の救いではない、一人に執着するのだけが「執着の愛」ではなく、多勢に執着し杜会に執着するのも「執着の愛」でありますから、無我になって、大きな神の救いの中に溶け込んで少しの無理もなしに動き出す、そこで自分も救われることになり、同時に自分が多勢を救いうることになるのです。自分が多勢をすくうという「力み」があるから、いろいろ煩悶が起こるのですが、神が救うのだということがわかると、神のカが自分を押し流して杜会へ出してくれるときには杜会へ出て杜会を救う。なにかの聖旨で杜会へ自分が出られないときには神は自分の手だけを使っていられるのではない。神のみ手はいくらでも多人数あるのですから、そのみ手が必ず杜会を救っていてくださるという安心があれば、自分は事情によって杜会へ進出しないでも、家庭のうちで家庭を光明化することも喜びとなり感謝となってくるはずです。多数の救済もけっこうでありますが、一人を救うことも大きな仕事である。
つづく
谷口雅春著「生命の実相第四巻」
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ボランティアをしていた友人が、その忙しさに忙殺され鬱病になっていたのを思い出しました。
先日の記事に「尊敬し内から立派な相手を目覚めさせてやるのが本当の救い」とありましたが、
今鬱状態の私がまさに求めていることです。
元気なときには考えもしませんでした。
2013/5/14(火) 午後 11:43 [ 愛 ]
先日コメントありがとうございました。
たしかにそうだなっておもいました。
2013/5/14(火) 午後 11:55 [ - ]
愛さん、みりょんさんコメントありがとうございます。
人間人生問題がでないとなかなか気づかないものです。だから今貴女方は本当に救われる時がきたのですよ。言葉で何故人生問題が解決するかは私のブログ最初から読んで頂ければわかりますが、
貴方の周りにある鉄、固くて穴など開いていないように見えますが、物質は分子、電子、原子、素粒子、その先は光となっているようです。鉄の分子以下の針を作って鉄を通すとスイスイ通ると思います。穴だらけでしょう。科学者が証明しているわけです。目の錯覚です。これがアインシュタインが発見した相対性原理です。電子顕微鏡で見たら肉体も穴だらけでしょう。テレビは電波で映るように、現象世界は霊波で映って見えているだけです。だから言霊(ことだま)コトバで病気も治れば、環境も変わります。 相手を変える必要はありませんよ。自分の心が変われば相手が変わり、環境もかわります。貴女の心を感謝の心で明るい心で満たせばそれが現象世界にあらわれます。
2013/5/15(水) 午前 4:16 [ エンゼル ]
だから「ありがとうございます」を1日1万回唱えれば解決できない問題はありませんよ。やった人だけが救われ、解ることです。するとこれからの人生何があっても大丈夫となりますよ。貴女方は今私のブログを見られたから良かったのですよ。この本は昔の大物政財界の人は皆読まれたのですよ。今は京セラの創業者稲盛さんが有名ですね。中学受験に失敗して、病気していたらこの本を隣の奥さんが貸してくれて、読んで病気はなおり、今ではこの本が人生、経営の基本になっているということです。徳川家康書いた山岡荘八に、宮本武蔵書いた吉川英二も谷口先生の講話を毎日聞きにきていたそうです。
愛さんもみりょんさんも人生問題があったからこれにふれることができたんですよ。人生問題もいいでしょう。感謝ですね。何か質問あればいつでもコメしてください。
2013/5/15(水) 午前 4:31 [ エンゼル ]