酒と鉄道の日々 ビジュアル版

呑み鉄バンザイ ! 新緑に酔う春。新元号もアベ自民組もいらない。新緑レールに乾杯 !

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久しぶりの 美銀

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 当地の沿線は
殆どで 田植えが終わった。

 好天続きで
農作業には好適だったようだが、
農家の方に言わせると、
もうすこし、雨が欲しかったかなーーと。

 屋根付きの工場内で
製造される工業製品と異なり、
天候に左右される農産物は
生長管理に気が抜けない。
TPPだかPTAだか知らんが、
国民の食糧を
外国に解放するのだけは
ご免こうむりたいし、
農家か農協も、
もっと自覚してほしいものだ。

 などと 
薫風にそよぐ早苗の列を眺めつつ
ひとりゴチていたが
鳴き出した、遠くの踏切の音で
我に返った。
 
 登場した4094レ。
先頭の 銀ガマ 510−509の
美しかったこと。
 久しぶりに出会えた「美銀」だった。

(この日は、30分弱で雁行してきた
4090レも銀ガマ 510−510だったが、
こちらは 残念ながら 美銀ではなかった)

※ 190525撮影 JR奥羽北線 4094レ。

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貨物列車はトコトコと

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 夕景をもうひとつ。

 昨日掲出した「つがる」通過の少し前、
通称「大館貨物」が還って来た。

 デカい蒼いゴトーに従って
小型のコンテナが
行儀よく トコトコと
連なっていた。

 此の時分が
最も 夕陽の彩りがヴィヴィッドだったので
眼下の列車は、ほぼシルエット。

 これこそ
シルエットロマンス かな。

※190523撮影  JR奥羽北線 7098レ。

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夕陽ロマン

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 何年振りだろうか。

 好天が続いて
爽やかな日差しが続く当地。

 田植えを終えた
田圃とともに
夕景を駆ける列車が観たくなった。

 フィルムカメラ当時、
露出に悩みながら
日の暮れまで
立ち尽くしていた
ハイツの丘に、
23日の夕刻、
三脚を立てていた。

 予想した割には
天空に雲が多く、
必ずしも満足な光線ではなかったが、
それでも
夕陽に染まる沿線は
ピンクのグラデイションが
なんとも美しいのだった。

※ 190523撮影  JR奥羽北線 2045M。

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12系 帰区

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 18 19両日、
我々を燃えさせてくれた
臨急「津軽」。

 その12系6連が
21日、所属先の
高崎へ帰区して行った。

 ツイッター上で
仲間のmokeサンが
つぶやいていたが、
ここ数年の イベント列車用客車の
帰区の際は
なぜか、雨降り。

 ファンの涙雨なのだろうか?

 12系客車は
7月末に再来し、
奥羽北線で
「津軽」が再登場の予定。
また、会えるね、12系。

※ 190521撮影  JR羽越本線 回9840レ。


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「津軽」 遠望

 19日の臨急「津軽」。

 この日、昼からは先約があったので、
午前の 下りだけが
撮影可能な状況だった・

 どこでネラうか
逡巡したのだが、
奥羽北線を走った記録としたかったので
例のハイツの丘からの
俯瞰に決める。

 旧「八郎潟ハイツ」、
現「トレイクかたがみ」に到着、
まずは、受付に挨拶して
敷地内からの撮影の許可を得る。

 すでに 5〜6人ほどが
三脚をセットして
アングルを工面していた。
 なかには
懐かしい顔が観えて
昔話(?)で しばし盛り上がる。

 雲ひとつない青空のもと、
眼前には 男鹿半島の山影と
田圃にそよぐ早苗が、
スター「津軽」のステージを
整えていた。

 やがて 定刻に
臨急「津軽」が登場。
客車列車らしい
カタンコトン という轍(わだち)音を
響かせて
北へ駆け抜けていった。

 サイド全編成を見守っていると
かつての「あけぼの」や「日本海」の
現役当時の面影が
鮮やかに蘇ってくるのだった。

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※190519撮影  JR奥羽北線 9401レ。

 

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