モモとクーの徒然草

さようならモモ、そしてありがとう

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さよならモモ

 東日本大震災以来の投稿になります。

昨日、このブログのタイトルにもなっている我が家の愛犬”モモ” (♀13歳)が亡くなりました。

(ブログは休眠状態ですが)モモの追悼と今までの感謝の気持ちを込め、筆をとらせて頂きました。


 本題の前に

愛犬”クー”についても少し触れておきたいと思います。

実はクーは5年前の2月にすでに亡くなっております。(享年7歳♀)

当時、私は仕事の関係で山形に引越したばかりでした。

慣れない仕事と職場環境で体調を崩しました。

(言い訳がましいですが、ブログ休眠の理由でもあります。)

そんな時、母からクーの突然「死の知らせ」を聞かされた時はとてもショックでした。

(あの当時、愛犬の死をブログに書くというような気力はなかったと思います。)


 それでは、モモについて近況も合わせ書かせて頂きます。

モモは我が家に来て以来、母と二人で12歳まで札幌で過ごしました。

(私は仕事の関係で、札幌を離れて生活している事が殆だったので)


 そんな母とモモの生活に去年、転機が訪れました。

横浜に住んでいる兄から、「母を家に迎え入れたい」という話が突然出ました。

母は病気もなく、元気だったものですから、その事について今まで自分は考えもしませんでした。

しかし、高齢者(77歳)の一人暮らしは何かと心配です。

母としては、土地勘もない場所で、知り合い、兄弟から離れて暮らす事についてとても悩みました。

しかし、自分の体が元気なうちに兄の家に行く事を決心しました。

そして2014年7月に母とモモを連れて横浜に行く事に決まりました。

 私の中でのもう一つの心配事と言えば...

モモ(12歳)に「移動に耐えれるだけの体力があるか?」不安でした。

何故かと言うと、春に子宮蓄膿症(しきゅうちくのうしょう)とい病気になったからです。

生まれて初めて、さらに高齢での手術でした。

モモの頑張りもあって手術は無事成功し、生き長らえる事ができました。

 横浜までの移動手段について考えました。

飛行機の移動ですと、母にとっては移動時間が少なく、体への負担も少ないです。

しかし、モモには飛行機の貨物室での移動になります。

気圧差の激しい乗り物での移動では、体への負担が大きいと感じ、

小さな犬種(チワワ)のモモにはとても耐えられないと思いました。

 そこでいろいろ考えた結果

(時間はかかりますが)車とフェリーを使い、横浜まで移動する事に決めました。

それでも車やフェリーでの長距離移動は、モモにとっては初体験なうえに負担が大きいです。

しかし、それが一番ベターな方法だと思いました。

 そして引越し当日

数日前から兄が先行して札幌に来て、母の引越しの手伝いをしておりました。

私も休暇を取り、仙台空港から新千歳空港へと向かいました。

 引越し荷物搬出完了後、兄が母の車を運転し新千歳空港へと向かいました。

兄は新千歳空港へ着いたら、私達の受け入れ準備のため、飛行機で先に家に帰ります。

そのため新千歳空港からは、私の運転で苫小牧フェリーターミナルへ向う段取りとなっておりました。

心配した交通トラブルもなく、予定通りみんなと合流できました。

4ヶ月ぶりのモモとの再開でした。

術後で体力の消耗が心配でしたが、モモの元気な顔を見て少しホットしました。

 フェリーターミナルへ向かう途中で、”ウトナイ湖”に立ち寄りました。

ここはバードウォッチングができる湖です。

フェリーに乗れば、モモにとっては、北海道の地を2度と踏む事はもうありません。

そこで母と一緒に北海道最後の記念撮影をしました。

イメージ 1

 フェリーターミナルに到着し、無事乗船手続きを終えました。

モモは私達にとっては家族です。

しかし、フェリー会社の規約上、ペットは”荷物”扱いです。

ペット用のゲージがある部屋に預けなければいけないルールです。

ゲージに入れようとすると、とても緊張してました。

夜は入口のドアに鍵がかかるため、ペットの様子を見に行く事ができません。

モモと離れて寝るのは心配でしたが、フェリーでの一夜を我慢して過ごしてもらいました。

夜の海は凪が穏やかでした。

これなら大丈夫かなと思いました。

 一晩が過ぎ、午後定刻通りに大洗フェリーターミナルに到着しました。

モモは一人で夜を過ごしたせいか、少し元気がない感じでした。

(いつもなら母と一緒にベットで寝てますから)

しかし、フェリーの移動さえクリアすれば、あとは横浜の兄の家までもう少しです...

母とモモの横浜での新しい生活がもうすぐ始まります。

イメージ 2
横浜の兄の家での新生活

新しい家では、環境の変化のせいでしょうか?

以前のようにトイレを覚える事ができず、何度も粗相し母を困らせました。

歳のせいなんでしょうか?

「札幌の家から無理やり連れて来られたんだから、それくらい勘弁してください。」

モモはそう思っていたかもしれません。


 そして月日は流れ...

イメージ 3
2015年のお正月を無事迎える事ができました。

 
 そしてさらに月日は流れ...

 今年5月に横浜へ遊びに行った時のモモの写真です。

イメージ 4

お正月に会った時よりも、かなりヨボヨボした歩き方になっておりました。

なんだか急激に体力が衰えた感じです。

目もあまり見えていない感じです。

4ヶ月でこんなに様子が変わってしまうものかとと驚きました。

 それでもいつものように散歩に連れて行きました。

家の目の前には川が流れており、遊歩道になっています。
イメージ 5

春には川沿いにソメイヨシノが咲きます。

5月になると鯉のぼりの吹流しが見られます。

ジョギングしている人、犬を散歩に連れた人達を沢山見かけました。

しかしモモは自力で歩く事が殆ど出来なくなっておりました。

私はいつもの赤いバックにモモを入れ、一緒に遊歩道沿いを散歩しました。

モモもバックから顔を出して、興味深く景色を眺めておりました。

イメージ 6

春になり暖かくなったせいか、モモの顔が気持ち良さそうに見えました。

(体調が悪い時は、まったく顔を出さない時もありました)

次にモモと会えるのはお盆休みの予定です。

その時はまた一緒に散歩できるかな...

そう思いながら自分の家に帰りました。

しかし次にモモと会う事は叶いませんでした。

 
 2015年 6月27日 午後8時30分

 モモ ♀ 永眠

 享年13歳

兄から電話でその知らせを受けました。

朝、母と話した時には体調が悪いと聞いてなかったので、

突然の訃報にビックリしたのと同時に、まだ現実を受け止められない感じでした。

電話越しから母が泣いているのがわかりました。



 最後に

モモと出会ってから13年経ちました。

私や母、亡くなった親戚の叔父さんとは本当の家族同様の付き合いだった気がします。

そして母が横浜での生活に慣れるまで、モモが一緒に居てくれた事にとても感謝しております。

きっと本人も亡くなるまでの最後の1年は、母と一緒にいたい気持ちで頑張ったんだと思います。

 私自身、モモには長い間とても癒されてきました。

病気で仕事が出来なくなった時期に飼った犬だったせいかもしれません。

こうして今社会復帰できているのはモモやクーのお陰だと思っております。

 またオフ会、HP、ブログを通して沢山の方々と知り合いになるキッカケを作ってくれた犬でした。

 モモやクーとの思い出は沢山あります。

しかし、この場ではとても語り尽くす事ができません。

※私に限らず、ペットを飼ってらっしゃる皆様は、きっと沢山の思い出をお持ちなんだと思います。

私も沢山ある思い出の中から今回、最も印象に残った出来事として皆様に紹介させて頂きました。

書いて思いましたが、「愛犬の死」について文章化する作業はとても難しい事だと改めてわかりました。

(自分の淋しい感情とは反対に、文章では客観的に説明しなくてはいけないものですから)

 今後は、今まで撮り貯めた写真を整理しながら、当時の記憶をまた思い返したいと思っております。

まだ昨日亡くなったばかりなので、モモの死を受け入れるにはもう少し時間がかかりそうです。

それについては、<楽しい思い出>として時間が解決してくれるだろうと思います。

まあ、きっと、たぶん、モモは天国でクーと再開していると思います。

モモ、クーいままでありがとうございました。

本当にお疲れ様。

























 

 
しばらくブログから離れていた事もあり、
今更「何を書けばよいか」頭の中で整理がまだつかない状態ですが…

このブログを始めた当時は栃木県にいました。
一昨年から福島県に生活の拠点を変えておりました。
仕事や生活環境にもやっと慣れてきたばかりの2011年3月11日 2時46分に
”あの地震”は突如やってきました。


震災当時を振り返って------

 私は震災当日は、会議室で仕事の打ち合わせを行っておりました。
会議室が最初は静かにゆっくりと揺れ始めました。
その時は「そのうちすぐに収まるだろう。」くらいにしか思っておりませんでした。
しかし、私の予想とは反対に揺れは次第に振幅を増していきました。
壁のきしむ音と同時に継ぎ目が左右に動きました。
高さ2メールある大きな一枚ガラス窓が割れて落ちてくるのではないかと内心ヒヤヒヤしました。
テーブルからパソコンが落ちないよう手で抑えながら固唾を呑んでその様子を見守っていると、
誰かが「ここは危険だ、外に出よう!」と叫びました。
と同時に一目散に建物の外に出ました。

 外に出ると、屋上の避雷針が左右に激しく揺れてました。
地面が揺れているのが、はっきりわかりました。
船の上にでも乗っている感じです。
これは私が今まで生きてきた中で、体験した事のない地震だと感じました。
しばらくして社員全員が外に集合しました。
しかし、これは非難訓練ではありません。
建物の中は危険だという事で、しばらく外で待機させられました。
防寒着も持ってこなかったので、3月の屋外はとても肌寒く感じました。
途中から雪が降り出して、さらに寒くなってきました。
その間も容赦なく地面が余震で揺れました。
泣いている女性社員の姿が目に写りました。
この地震による被害状況を知りたくて、携帯電話のワンセグでニュースを見ました。
そこに津波が何処かの港を襲う光景が写ってました。
「まるでSF映画でも見ているみたいだ…」
その時はまだこの地震や津波の本当の怖さを私はまだ知りませんでした。


家に着くと、予想通り部屋の中は散乱状態でした。
まずは落下していたテレビを元通りにしました。
とにかく現在の状況をすぐ確認したい気持ちが逸りました。
テレビのスイッチをつけると、被害状況が私の想像を遥かに超えている事がわかりました。


東日本大震災での被害状況については私が語らずとも、みなさん存知でしょう。-----

地震や津波で大勢の人が亡くなりました。
今だに行方不明の方が沢山おられます。

私事になりますが、宮城に住んでいた叔父夫婦を津波で亡くしました。


最悪なのは福島第一原子力発電所の放射能汚染事故です。
今後何十年も、環境や人々の暮らしに影響を与えてしまう結果となりました。



あの震災から1年経って----------------

 現在、私は幸運にも福島で震災以前とほぼ変わらない生活を送っております。-------

しかし震災の被害に遭われた多くの方々は、1年経った今でも過酷な生活を強いられております。

被災者の方々はきっといろいろ言いたい事が山ほどあるはずです。

それでも強く逞しく生きていらっしゃる方々をテレビでたまに拝見します。

「自分ももっと強く生きていかなくては…」

とても頭が下がる思いがいたします。

震災直後、自分の乗っている車に「Pray for Japan」のステッカーを貼りました。

「微力な自分にも何かできる事はあるのだろうか?」

この東日本大震災に見舞われた多くの犠牲者への哀悼と日本が再び復興できますように…

そんな気持ちで貼ったような気がします。



 お正月の一日、友人に渡すおみやげを買いに札幌の中心街に出かけました。

イメージ 1
札幌市のランドマーク「さっぽろテレビ塔」


 お昼はラーメンを食べる事にしました。

行ったお店は「味の三平」です。
イメージ 2
創業は昭和23年、「元祖味噌ラーメン」のお店として有名です。


 しばらく並んで待ったのち、お店の中に入る事ができました。

注文したのは、もちろん味噌らーめんです。
イメージ 3 
これが元祖「味噌らーめん」(850円)

味は最近のこってり系とは違い、白味噌を使ったあっさり系スープです。

ただし塩味が強いので、味噌と塩ラーメンの中間みたいな感じがしました。


私がこのラーメン店に訪れるのは(高校生以来ですから)、実に25年ぶりです。

お店は改装され新しくなりました。

しかし暖簾(のれん)が創業以来、現在まで守られているのは凄いと思いました。

味の三平

住所:北海道札幌市中央区南1条西3大丸藤井セントラル4F
TEL:011-231-0377 
営業時間:11:00〜18:30 
定休日:月曜 

 年末・年始は札幌の実家に戻ってました。

今回は帰省の様子をみなさんにご紹介したいと思います。

イメージ 1
羽田空港の様子

出発前日、羽田−新千歳空港便は欠航が相次ぎましたが、無事に帰る事ができました。

 家に着くと、2匹のチワワ達が私の事を歓迎してくれます。

イメージ 2
モモです。
いつもの事ですが、帰ってくると、お腹を出して甘えてきます。

イメージ 3
食いしん坊のクーです。
おやつをのどにつまらせて気絶しました(あぶなかった!です)


 散歩好きな2匹ですが、雪が積もる冬の間は公園には行けません。

そこで買い物に行く時、一緒に車で出かける事にしました。

イメージ 4
イメージ 5
車で出かけるのが大好きな2匹

 冬の間は外に出る機会が少ないですが、車に乗せるだけでも大喜びです。

自分達も人間と一緒だと思っているんでしょうね〜(笑)

実家に帰る度に、この2匹の犬達には癒されます。

                             

 

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