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戦時中の日本の軍隊での記事を見ると、「びんた」がいかに日常的なものだったかを知らされますが、これは昭和21年、つまり第二次世界大戦が終わった翌年の、ある田舎の小学校5年生のクラスでの話です。 私はその年の4月に、母方の実家がある隣町から、農村地帯になる父方の実家に引っ越しました。そこの小学校での話です。 当時の小学校では毎日、授業が終わった後の「ショートホームルーム」の時間に、 「反省会」というものがありました。 これはその日一日の学校生活で、授業中不真面目な状態であったり、休み時間の行動に問題の有った生徒名を生徒同士で上げさせるのです。そして、毎日数名が指名されクラスの前に一列に並べられるのでした。 問題はそれからです、クラスの級長、副級長(このような名称は今は無いでしょうね)、=これは当時は選挙ではなくてクラスの担任の指名によってえらばれていました。=は、これらの生徒に「びんた」を張る様に担任に命じられるのでした。手心を加えたり、躊躇したりすると自分が担任にビンタを張られるので、もともと根が正直者のこれら優等生は精一杯のビンタを振るうのでした。 当時はまだまだ食料事情が悪く、ある時期は午前中で授業が終わったり(弁当を持って行けない生徒が大多数だったため。)、徒歩で30分程の下校時間、空腹でふらふらになっていたような時期の小学生時代で、
今でもどうしても忘れる事の出来ない思いでの一つです。 |
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今それをやったら大変なことになるでしょうね、
我が子でもびんたはしませんでした、代わりにオシリをペン!でした(笑)
先生は怖い存在でしたね、私のころは。怖いというより尊敬の意味が多少ありましたが・・昔怖かったのは体育の先生で、ラジオ体操は軍隊を想像します。
2014/7/25(金) 午後 0:33
コメント、ありがとう御座います。
私らが子供の頃は、先生が恐い存在ということは、実は少数でして、尊敬の対象である事の方が多かったと思います。
それが、自身教師になってからは、転勤する度に教師の座が落ちているのを感じる様になりましたね。
2014/7/25(金) 午後 1:48