グループホームと私

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昨夜、ある方からメールが届きました。
いつも私のブログを見ていて下さった方で、「最近、どうしてますか?」って。
こんな私の事でも気にかけて下さっている方がいて、凄く嬉しかったです。
(メール、ありがとね)
 
さて、現在、私は完全主婦業をしています。
昨年の12月、母の一周忌を期に、7年半に渡るグループホームでの生活にピリオドを打ちました。
 
辞めた理由ね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
一言でいえば「バーンアウト」かな。
もうね、「うんざり!」って気持ちがMaxだったわね。
 
心が折れたのは、昨年の初夏から秋にかけてくらいだったかな・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
個人情報に触れる事は出来ないので、詳細は語れないけれど、ご家族様の態度や仕打ちに心が折れたの。
職員一同、どんなに必死になってケアに当ってきたか・・・・・・・・・・・・
それなのに、「こんな仕打ちを受けるのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」って・・・・・・・・・・・・・・
そしたら、なんか必死にやってきた事が馬鹿げになっちゃって・・・・・・・・・・・・・・・・
 
でね、それから段々と体調も悪くなり、夜勤の度に吐く様になって・・・・・・・・・・・・・・・・
昼間でも胃が痛くなったりね・・・・・・・・・・・・・・・・
おまけに、色々な事情から夜勤の回数が1カ月に8回、9回ってなってきたの。
そうすると、そこに公休も加わるから、1か月のうち昼間の勤務が7日位しかないわけよ。
その7日の間に、営業活動から業務から、家族対応、市町村との対応など、もろもろをこなすのは不可能なのよ。だから、夜勤前や明けの日にそういった仕事を自宅でこなしたり・・・・・・・・・・・・・
 
私だけじゃなくて、職員のボルテージもどんどん下がっていくし。
私がこんなんだから当然の事なんだけれど・・・・・・・・・・・・・・
でも、これじゃダメじゃない。
だけど私には立ちあがる力は無かったの。
 
それからね、お年寄りの方々を直接介護しているのは私達よね。
でもね、私達の家族も「間接的に支援」しているのよ。
私達が働けるのは、自分の家族の理解と協力があるからこそ、夜勤もできるし、緊急時も対応できる。
私の主人も歳をとりました。
古傷の腰痛もひどくなる一方だしね。
仕事がら朝も早いし、それでいて夜も遅い。
疲れて帰って来ても、私は夜勤でいないし。
夕飯は作って行っても、それを一人でレンジで温めて、一人で食べてかたずけまでして。
それからお風呂を沸かして入る・・・・・・
 
主人は私には愚痴は言わなかったし、私の仕事には何一つ文句を言わなかったけれど、そうとう大変だったのよね。
 
主人にそんな想いをさせてまで、する仕事じゃない・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これ以上続けたら、私も主人もダメになる・・・・・・・・・
これ以上続ける必要はない・・・・・・・・・・・・・・
 
そう思ったの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
で、今年のお正月は何十年ぶりかでお正月らしいお正月を迎えました。
この仕事に就いたのは平成6年。
これ以降、お正月も常に仕事だったからね。
だから、主人と2人、初めて初詣に行きました。
こんな当たり前の様な生活が今まで無かったし・・・・・・・・・
こんな当たり前の様な生活を、主人にも過ごさせてあげれなかったし・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 
 
 
主婦業を始めて、2か月位たつけど、最近では旦那様だけが働いているのが可哀そうになってきちゃって・・・・・
 
だから、そろそろ私も働きに行こうかな・・・・・って考えはじめました。
でも今度は、家族(家庭)を1番に考えて仕事に就こうと思っています。
それから、きちんとした「組織」で働きたいと思っています。
 
 
私も旦那様もお互いに歳をとってきてます。
家族が1番大事。
これは痛切に思うの。
今だからこそ、余計そう思うの。
愛娘のサンちゃんも歳を取り、今では心臓が悪く伏せっています。
 
家族3人、心静かに、穏やかに、そして健やかに過ごせます様に。
これが今の私の1番の願いです。
 
グループホームで過ごした7年半。
学んだ事も多かったし、沢山の人と出会いました。
それは私にとって大きな財産です。
その財産を与え、支えてくれた家族の為に、これからは生きて行けたらな・・・・・・って思う私でした。
 
 
 

常識も生き物か?

相変わらずグループホームの管理者をしている私。
最近、とくに思う事があるの。
それは「常識の変化」について。
 
常識って、その人が生きて来た時代背景も関係しているし、その人が育った家庭環境等によっても違う。
どれが正しくて、どれが間違っているとかって、一概には言えないけれど、最近、私は特に悩んでいる事がある。
それはね・・・・・・・
 
職場って、「仕事を覚える所」。仕事に関してはいくらでも教えるし、指導は勿論、そこで起きた出来事に関しては
私はいくらでも責任を負う。でもね、「仕事以前の事」はどうするんだ・・・・・・・・・?
 
最近の新人職員って人種が違うのかな?
私もおばさんだから、時代遅れな所も多々あるんだけれど、「これって、どうよ?」って考えてしまう事が多い。
 
例えば・・・・・・・・・
 
挨拶が出来なかったり、指示した事しか出来なかったり(指示待ち症候群)・・・・・・・
先輩職員が汗水流して掃除していても、「私も手伝った方がいいですか?」と平然と言えたり・・・・・
でね、これが悪気は全く無いのよ。って言うか、私達が考える、世の中を渡って行く上でのマナーやルール、あるいは最低限度の社会人としての常識とか、全く知らないのよ。
世の中に出て、覚えて行く事もたくさんある。けれど、人としてのベースが出来ていない事が多すぎる。
これにはびっくり。
 
洗濯物の干し方から、挨拶から、会議の時の席順(来賓者や先輩職員やは上座に座るとか)、掃除の仕方とか
野菜や魚の名前から、買い物の仕方・・・・・・・・・・・・・・当然、敬語の使い方も。
とにかく、全て・・・・・・・そう、全てよ、全てにおいて教えなきゃいけないの。
 
私の職場は相変わらず月末になると、入居者様の担当職員がそのご家族様に手紙を書くの。(勿論手書き)
でね、今回、若い新人職員にも手紙を書いて貰ったの。勿論、手紙の書き方とか教えましたよ。
ところが・・・・・・・・・
 
 
「拝啓。残暑なお厳しいおりお元気ですか。(途中省略)それではさようなら。7月末日」
 
 
って、便せんに書いて提出してきたの。
もう、これを見た瞬間、超〜〜〜〜ガッカリ。
 
(あんたは見当識障害か!)
 
7月末に出す手紙なのに「残暑」はないでしょう・・・・・・・
おまけに「残暑な お厳しいおり」って読めたのよ。
本人は「残暑 なお 厳しいおり」って書いたつもりなんだけど、パっと見ると「残暑な お厳しいおり」って見えるの。
 
でね、「残暑、っていつからだと思う?」って聞いたら「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「じゃぁ、暑中お見舞いっていつ書くもの?」「??????????????????」
 
つまり、ここから教えなきゃいけないの。
本人は、全く知らないの。ただ、季語のマニュアル表を見て、8月の欄に書いてあった文を、そっくり引用しただけ。(まぁ、自分からマニュアル見て調べた事は、高く評価するわよ)
もう、責任負い兼ねるよね。
 
 
常識って、本当に不思議。
私も他人から見ればかなり非常識な人間かもしれない。どうに映っているかはわからないけれど、先輩後輩としての立場や礼儀、あるいは季節的な事や、野菜の名前や魚の名前くらいは、20代位でもわかったわよ・・・・・・・
 
時代と共に常識も変化する。でも、本当に「仕事以前」の事から教えるって、責任負いかねるし、余分な仕事だわ。
そんな訳で、私自身も「新たな勉強」をさせて貰ってます。
 
 
 
 
 
前回の記事から2年以上が経ちました。
色々ありました。
その間も、たびたび遊びに来て下さった皆さんに、心から感謝致します。
 
 
 
昨年の暮れ、長きにわたる闘病生活の末、母が亡くなりました。
心電図の波形が徐々に小さな波形となり、やがて1本のラインになり、母はこの世を去って行きました。
母の闘病生活が始まってから20年の歳月が流れ、ようやく父と巡り合えた母でした。
父が亡くなってからちょうど20年目の冬の事です。
 
23歳の時、父を看取り、そして今回、母を看取りました。
母の死をきっかけに、主人と実家に戻り、亡き父と母が建てた家で新たな暮らしを始め、ようやく自分らしい時間が送れる様になりました。
母の死をきっかヶに、私も色々な事を感じ、考え、そして学びました。
そして最近になって、ようやく「今度はその学びを、私自身が生きる事に活かす順番が来た」と、思える様になりました。
 
仕事も相変わらずです。
色々な事がありますが、支えてくれる良き仲間のおかげでなんとか勤務しています。
主人も元気です。
時々、ひどい腰痛に襲われていますが、それでも自分らしく頑張っています。
サンちゃんも元気です。
3人の新しい生活が始まり、数か月。
ようやく、落ち着いてきた感じかな。
 
そうそう、今ね、私はある資格を取ろうと勉強を始めました。
「ドッグトレーナー」の資格なの。
いつかは大型犬(ホワイトシェパード)が飼いたい、ってそれだけの理由なんだけど、少しだけ視野を変えて
自分の世界を作ってみようかな・・・・・・・・って。
自分の時間を作るのも悪くないかな・・・・・・・・って。
 
父も母も動物は好きだったたしね。
勿論、大型犬なんてそうそう飼えないんだけど、犬は好きだし、きっとまた色々な人達と出会えると思って。
 
 
少しづつ、日々の事をお話しして行こうと思います。
気が向いた時、ひとり言をつぶやこうと思います。
だから、これからも宜しくお願い致します。
みなさんんのお声も聞きたいけれど、当面は私の独り言で勘弁して下さいね。
 
 

母の入院・手術

母の入院日が決まった。
 
10月23日に入院し、26日には手術。
 
手術後は抗癌剤や、放射線はしないらしい(今の予定ではね)。
 
ただ、手術後は持病のせいで、おそらく肺炎になってしまうかも・・・・・・・・・・・だって・・・・・・・・・
 
 
私は23日から今月の30日まで、一応お休みを頂いた。
 
ホームの皆にもまたまた迷惑をかけてしまう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
ごめんね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 

母・乳がんになる

今年の初めに入退院してから、なんとか自宅で暮らしていた母。
 
週2回のヘルパーさんに来て頂きながら、私も足しげく通い、なんとか猛暑を乗り切った母。
 
今年で他界して20年になる父の命日も、無事にクリアーしたある日・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
AM9;15職場の電話が鳴った。
 
その日、私は夜勤明けで、まだ職場にいた。
 
電話を掛けて来たのは私の母だった。
 
また、具合が悪くなったのかと思ったら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 
某日の早朝、呼吸器系の悪い母は、いつもの様にひどい咳き込みに襲われた。
 
胸を撫で、苦しさを凌いでいたら、胸にシコリがあるのに気がついた。
 
びっくりした母は翌日、担当医に連絡。すると直ぐに外科のDrに診て貰える事になり、早々に検査した。
 
「おそらく、乳がんでしょう。」と言われたと、泣きながらその経緯を話す母・・・・・・・・・・・・・・・・
 
私は半信半疑だったが、それほどびっくりしなかった。
 
この世に生を受け42年。病人家族の中で育った私は、そうそうの事では揺るがなくなっていた。
 
まして、母の世話を始めて今年で約20年。今更、驚く程の神経は持ち合わせていない。
 
けれど、母にとっては必死で病と闘ってきたうえ、今度は「乳がん」の宣告を受けたのだから、そのショックは
 
大きい。
 
 
 
そんな泣き喚いた母も、数日後には腹をくくったのか、突然「手術する!」と言いだした。
 
私はその言葉に驚いた。
 
母の右肺は、長い年月に渡る持病のせいで、今では殆ど機能していない。
 
おまけに心臓も悪く、ほんの少し動いただけでも息切れが酷く、熱も出る。
 
時には血痰も出るほどだ。
 
そんな母の右胸にガンはできた。そのガンを、母は「摘出する!全摘でもいい!」と言い出したのだ。
 
オペが成功したとしても、その後の生活はできるのか?
 
今まで通りのQOLが保てるのか?
 
私は母の術後を考えた。
 
母が手術する気でいるなら、私は止めない。
 
けれど、安易に考えている部分がある母・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
こんな仕事をしている私は、母の術後の状態が予測できる・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 
 
 
 
今日、私は夜勤だ。
 
その前にDrから母の今後についての説明がある。
 
母の病状と今後についての説明・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 
 
 
 
人生って不思議だね。
 
歳を重ねれば重ねる程、ある日突然、予想もしなかった事が起きる。
 
「降って沸いた様な出来事」
 
まさにその言葉通りの事が、突然起きる。
 
いい事も、悪い事も・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
本当に突然、やってくる。
 
母が「乳がんだ」と電話をしてしてきた数分後、以前私が受けた研修(リーダー研修)の時、講師だった方から
 
突然、電話が来た。
 
「実践者研修の発表会があるので、そのコメンテーターとして、来て欲しい。」と言われた。
 
(なんで、私が?どうして今頃?)
 
これまた、降って湧いた様な話にびっくり。
 
私は、正直、未だに6月の出来事(ご家族様&ケアマネに散々に言われた事)を引きずっている。
 
私なんか、人様にコメント出来る様な人間では無い・・・・・・・・・・・・・
 
けれど、長い年月が経っても「私」と言う存在を忘れずに居てくれた事。
 
そして、お声を掛けてくれた事。
 
私なんかより、もっともっと立派な方が居るだろうに、それでも私に声を掛けてくれた事。
 
それがとてもありがたかったし、嬉しかった。
 
(これも何かの縁)
 
そう思い、コメンテーターと言うより、(勉強させて頂く)そんな気持ちで参加させて頂く事にした。
 
けれど、母が突然、「手術する」と言い出した為、その準備に追われ、結果的には実践者研修には参加出来なく
 
なり、コメンテーターの件はお断りをした。
 
きっと、多くの方々に迷惑を掛けてしまった事だろう。
 
一旦はお引き受けした話しなのに、早々にお断りをしてしまったんだから・・・・・・・・
 
申し訳なくて、お詫びも手紙を出させて頂いたが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
良い事も悪い事も、本当に突然やってきた。
 
きっと、何かしらあるのだろう。
 
けれど、今までも乗り越えて来たんだから・・・・・・・・・・・・
 
今度もやるしかない。
 
嫌でも時間は過ぎていく。逃げる事も出来ない。
 
ただただ、自分らしく、自分に出来る事を貫いて行くしかない。
 
良い事も、悪い事も、精神誠意でひとつづつ先に進めて行くしかない。
 
これから先、どんな事が起きるかはわからない。けれど、きっと大丈夫。
 
 
人間だもん、色々あっていいんじゃない
 
 
 
 
 
 

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