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母の事

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母の入院・手術

母の入院日が決まった。
 
10月23日に入院し、26日には手術。
 
手術後は抗癌剤や、放射線はしないらしい(今の予定ではね)。
 
ただ、手術後は持病のせいで、おそらく肺炎になってしまうかも・・・・・・・・・・・だって・・・・・・・・・
 
 
私は23日から今月の30日まで、一応お休みを頂いた。
 
ホームの皆にもまたまた迷惑をかけてしまう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
ごめんね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 

母・乳がんになる

今年の初めに入退院してから、なんとか自宅で暮らしていた母。
 
週2回のヘルパーさんに来て頂きながら、私も足しげく通い、なんとか猛暑を乗り切った母。
 
今年で他界して20年になる父の命日も、無事にクリアーしたある日・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
AM9;15職場の電話が鳴った。
 
その日、私は夜勤明けで、まだ職場にいた。
 
電話を掛けて来たのは私の母だった。
 
また、具合が悪くなったのかと思ったら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 
某日の早朝、呼吸器系の悪い母は、いつもの様にひどい咳き込みに襲われた。
 
胸を撫で、苦しさを凌いでいたら、胸にシコリがあるのに気がついた。
 
びっくりした母は翌日、担当医に連絡。すると直ぐに外科のDrに診て貰える事になり、早々に検査した。
 
「おそらく、乳がんでしょう。」と言われたと、泣きながらその経緯を話す母・・・・・・・・・・・・・・・・
 
私は半信半疑だったが、それほどびっくりしなかった。
 
この世に生を受け42年。病人家族の中で育った私は、そうそうの事では揺るがなくなっていた。
 
まして、母の世話を始めて今年で約20年。今更、驚く程の神経は持ち合わせていない。
 
けれど、母にとっては必死で病と闘ってきたうえ、今度は「乳がん」の宣告を受けたのだから、そのショックは
 
大きい。
 
 
 
そんな泣き喚いた母も、数日後には腹をくくったのか、突然「手術する!」と言いだした。
 
私はその言葉に驚いた。
 
母の右肺は、長い年月に渡る持病のせいで、今では殆ど機能していない。
 
おまけに心臓も悪く、ほんの少し動いただけでも息切れが酷く、熱も出る。
 
時には血痰も出るほどだ。
 
そんな母の右胸にガンはできた。そのガンを、母は「摘出する!全摘でもいい!」と言い出したのだ。
 
オペが成功したとしても、その後の生活はできるのか?
 
今まで通りのQOLが保てるのか?
 
私は母の術後を考えた。
 
母が手術する気でいるなら、私は止めない。
 
けれど、安易に考えている部分がある母・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
こんな仕事をしている私は、母の術後の状態が予測できる・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 
 
 
 
今日、私は夜勤だ。
 
その前にDrから母の今後についての説明がある。
 
母の病状と今後についての説明・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 
 
 
 
人生って不思議だね。
 
歳を重ねれば重ねる程、ある日突然、予想もしなかった事が起きる。
 
「降って沸いた様な出来事」
 
まさにその言葉通りの事が、突然起きる。
 
いい事も、悪い事も・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
本当に突然、やってくる。
 
母が「乳がんだ」と電話をしてしてきた数分後、以前私が受けた研修(リーダー研修)の時、講師だった方から
 
突然、電話が来た。
 
「実践者研修の発表会があるので、そのコメンテーターとして、来て欲しい。」と言われた。
 
(なんで、私が?どうして今頃?)
 
これまた、降って湧いた様な話にびっくり。
 
私は、正直、未だに6月の出来事(ご家族様&ケアマネに散々に言われた事)を引きずっている。
 
私なんか、人様にコメント出来る様な人間では無い・・・・・・・・・・・・・
 
けれど、長い年月が経っても「私」と言う存在を忘れずに居てくれた事。
 
そして、お声を掛けてくれた事。
 
私なんかより、もっともっと立派な方が居るだろうに、それでも私に声を掛けてくれた事。
 
それがとてもありがたかったし、嬉しかった。
 
(これも何かの縁)
 
そう思い、コメンテーターと言うより、(勉強させて頂く)そんな気持ちで参加させて頂く事にした。
 
けれど、母が突然、「手術する」と言い出した為、その準備に追われ、結果的には実践者研修には参加出来なく
 
なり、コメンテーターの件はお断りをした。
 
きっと、多くの方々に迷惑を掛けてしまった事だろう。
 
一旦はお引き受けした話しなのに、早々にお断りをしてしまったんだから・・・・・・・・
 
申し訳なくて、お詫びも手紙を出させて頂いたが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
良い事も悪い事も、本当に突然やってきた。
 
きっと、何かしらあるのだろう。
 
けれど、今までも乗り越えて来たんだから・・・・・・・・・・・・
 
今度もやるしかない。
 
嫌でも時間は過ぎていく。逃げる事も出来ない。
 
ただただ、自分らしく、自分に出来る事を貫いて行くしかない。
 
良い事も、悪い事も、精神誠意でひとつづつ先に進めて行くしかない。
 
これから先、どんな事が起きるかはわからない。けれど、きっと大丈夫。
 
 
人間だもん、色々あっていいんじゃない
 
 
 
 
 
 

家族の立場から

実家の母が退院し、自宅療養となった。

退院が決まった日、偶然にもケアマネさんが電話をくれた。

「お母様のお加減どうですか?」

退院が決まった事を伝えると直ぐに病院に行ってくれて、母の様子は勿論、今後の事を考え始めてくれ

た。そして、私の希望も聞き、退院した翌日からヘルパーさんが来てくれる様、全て手配してくれた。



母の元に来てくれてるヘルパーさんは、以前、私が勤務していた施設の人。

気心も知れているんだけど、本当にありがたい。

本当なら私がしなくてはいけな事も、代わりにしてくれる。




母にしてみれば、好きなヘルパーさん、嫌いなヘルパーさんもいる。

でも、「一人じゃ生きていけないんだよ。皆、誰かしらに助けて貰っているから生活ができるんだよ。」

と、話した。言いたい事は言ってもいい。でも、「感謝」を忘れてはいけない、と。




ケアマネさんやヘルパーさんに助けて貰っている分、家族として私にできる事も多々ある。

私自身、家族としての役割を、これからも果たして行こうと思う。

母の為にも、私自身の為にも。




母の為に、沢山の人達が動いてくれている。

先生や看護師さん、近隣の人、お友達、母の兄弟、親戚の人、ケアマネさん、ヘルパーさん。

そして母の為に仕事を休んでしまった私をフォローしてくれた職場も皆や、仕事関係の人達。

母の知らない所で多くの人が、母の為に労を尽くしてくれている事・・・・・・・・・

それは、母だけでは無い。

私の為にも多くの人が労を尽くしてくれている。



人の目に映る部分は氷山の一角にも満たない。

その見えない陰の部分こそが大切であり、基盤であり、一番忘れてはいけない部分であり、感謝しなけれ

ばいけない部分だ。

沢山の方々の想いで支えられている部分だと言う事。

沢山の方々の労で支えられている部分だと言う事。



だから私もこうして仕事ができるし、旦那様の家で過ごせるし・・・・・・・・

なんとか生活していける。



本当に、本当に、ありがたい。





まだ、寝たり起きたりの母。

それでも、ヘルパーさんが来る事が楽しみで、「久しぶりに会えるね。」と笑っていた。

訪ねて来てくれる人がいる事のありがたさ。

年を重ねる程、身に染みる想い。

本当に、本当に、ありがたい。





本当に、本当に、ありがとう。

母を支えてくれて、そして私を助けてくれてありがとう。


私も、頑張るね。

母の目

実家の母は、昨年の9月頃から「目が見づらくなった。」と言っていた。

そして、だんだんと視力が落ち「目が見えない。」との発言に変わって行き、

日常生活にも支障をきたす様になってきた。







母を長年悩ませている病気の治療薬として服用している薬の副作用のためだった。

昨年の12月の頭に、この薬の量を半分にしたが・・・・・・・・




今の母の視力は右が0.1、左は0.08・・・・・・・




自分の爪も切れないほど、見えなくなっていた。



白い壁、白い天井・・・・・・・・・・

相部屋が空いていないため、個室に居る母。

白い空間に1人きり。

たまに点滴を外しに来る看護師。

テレビも付けず、外を眺める母。

「黄色い車が止まっているよね?」

「・・・・・そうだね、止まっているね・・・・・」

でも、止まっているのは車では無く、小さな倉庫(物置って言うべきかな)だった。

色はわかる様だが、はっきりと見えていない。



「点滴、終わった?」

点滴が終わったかどうかも見えていない・・・・・・・・




不安がつのる事だろう・・・・・・・

これ以上、視力が落ちなければいいのだが・・・・・・・

入院した現在も、眼科のDrが連携して下さっている。



「大丈夫ですよ、時間は掛かりますが見える様になりますよ。」


Drはそう言って下さった。




ぱっと見た目には、目が不自由な様には見えない。

だからNsも「目が見えない。」と言う母の訴えに対し、案外冷たい。

仕方無い事だ・・・・・・・・・






そんな母に対し、私ができる事は・・・・・・・

時間のある限り母の所に行き、一緒に過ごす事。




「風が吹いてるの?」

「吹いてるよ。」

「寒い?」

「うん、外は寒いね。」

「爪、切ってくれる?」

「うん、いいよ。」



始めて母の爪を切った。

ひとり言の様に、次から次へと色々な事を話す母・・・・・・・・

私は、黙って爪を切った・・・・・・時々「うん」と頷きながら・・・・・・・









沢山の皆さんに励まして頂き、温かいコメントを頂きました。

ありがとうございます。

本当に、ありがとうございます。嬉しかったです。

本当に、本当に、ありがとうございます。

昨年の12月28日、お姑様が急搬されそのまま入院。

年明けの5日に退院、翌日には某大学病院に受診。突発性難聴と診断され、通院治療開始。

右耳は全く聞こえず、頭も重く、時々眩暈&ふらつき。

当然、以前の様な生活は送れない。

よって、必然的に嫁である私の家事が増えた。

仕事オンリーだった私。家事の殆どをお姑様がしていたんだけど、いざ私が家事をするとなると

大きな問題が生じる。それは時間のずれ。


お姑様の生活リズムと、私の生活リズムは全く違う。

私は、仕事の日はいつも家に帰るのが21時過ぎ。

朝だって、お姑様が起きる頃には、私は出勤してるし・・・・・・・・・




ってな訳で、そーとーストレスの溜まっている私。

この仕事をしながら、お姑様のお世話をするには無理がある・・・・・

なんて、悩んでいた時・・・・・・・・・・・・






1月7日。この日、私は夜勤。

朝も早くから起きて、朝食作り。

洗濯して、買い物行って、昼食&夕食の準備を始めた。

私は夜勤だし、旦那様もこの日は夕方から仕事。

夜はお姑様一人。食事の支度もまだ出来ないから、それほど手をかけずに食べれる物、って考え、

私は大鍋でけんちん汁を作りました。あとは餅でも焼いて食べればいいじゃん。

餅くらいならお姑様も焼けるしね。

でね、けんちん汁を作り終えて、一段落の一服タイムを始めたとたん・・・・・・・・・・・





携帯に1本の電話。

実家の裏の家の人からだった・・・・・・・・・・(なんか、嫌な予感)



案の定、予感的中。







この日(7日)の早朝、実家の母はひどく咳き込み、挙句の果てに喀血した。

肺がボロボロで、片肺はもう全く機能していない。

直ぐに細菌感染を起こし肺炎を繰り返してきた母。

母も(まただ・・・・・)と思い、とにかく安静を保ちつつ朝を待った。

8時近くになり、(もう、裏のお宅も起きた頃だろう)と、考えやっとの思いで電話し、救急車を呼んで

もらった。そして、裏のお宅の人が付き添ってくれて・・・・・・


母の元には「独居老人の緊急連絡通報機」も入っているけど、一人で我慢したみたいね。

救急車が来た時には、着替えてあったそうで・・・・・・

でね、病院に着いて様々な検査をし、入院確定。それを確認した時点で、裏のお宅の方はいったん帰宅し

私に連絡してくれたの。

母は、私に気を遣い連絡してこなかったのよ・・・・・・

お姑様が入院した事も、退院した事もみんな知ってるから・・・・・・



昨年の夏頃からかな?母は、だんだん目が見えなくなってきました。

年末近くには本当に悪くなり、日常生活にも支障をきたし始めてました。

目が見えなくなってきた原因は薬でした。

母が長期服用している薬の副作用で、目が見えなくなってきたんです。

失明する程ではないんですが、担当Drと相談の結果、この薬の量を減らしたんですね。

服用を辞める事は出来ない大事な薬。Drもそーとー悩んだようです。

で、この薬を減らしてから、急に咳がひどく出る様になり、ついには再び肺炎・・・・・・



昨年の春に、半年の入院生活から解放され、自宅に戻り、暑い夏も、疲れが出る秋も乗り越え、

4年ぶりに家でお正月を迎えた母。

元旦の日には旦那様がお年始に行き、2人でついた色つきお餅を渡してきて・・・・・・

そのお餅を「美味しいよ。お前がお餅をつくなんてねぇ。それも4升もね。」と言い、泣きながら

食べてた母。



母の入院を聞いたとたん(やっぱりな・・・・・・)って・・・・・・

直ぐに支度して病院に行きました。




またまた、母の入院生活が始まり、私も再びそれを支える生活が始まりました。

でも、今度はお姑様のお世話もある・・・・・・・

もひとつおまけに、旦那様・・・・・・

年末の餅つきがひびいた様で、腰痛再発。

骨折部位では無く、本来の持病(ヘルニア)の悪化。

それでも、コルセットをし、痛み止めを飲み、仕事に行きましたが、それ以外は何も出来ない状態。




どうして、こうも続くのか・・・・・と、昨日はひどく落ち込みましたが、途方に暮れてる余裕も無い。

夜勤をしながら、出来るだけの事務処理を行い、明日から3日間はお休みを頂きました。

年末も休んでしまったし、年明けもこんなだし・・・・・

皆に迷惑掛けるし・・・・・

だいいち、管理者がこれでは用を成さない。

でも、家の事も母の事も私しかいない。

管理者も私しかいない・・・・・・・




やるしかない!

お姑様には母の事は言ってません。言う気も無いし。



どうしてこうも続くのか?と思ったけど、考えるのは辞めた。

これにはきっと意味がある。

私は、今年から(大殺界)。

始めのうちは気にしてたけど、気にしても、嘆いても、誰も助けてはくれない。

逃げる訳にも行かない。

世の中、もっと苦労している人はいる。

(苦労)を(苦労)と思うから落ち込むんだ。




とにかく、今の自分にできる事をやろう。



やっと、そう思える様になった今・・・・・・・



どうにかなるさ、こんな事は今、始まった事じゃない。

人間だもん、色々あっていいんじゃない。

なんとかなるさ。




今までも、なんとかなってきたし。

この一連の出来事に含まれている意味を、謎説いて行こう。






そんな訳で、これからはあまり更新の時間が無いかも。

でも、自分の想いだけは綴って行きたいので、愚痴を書きますが、お返事コメは当分お休みさせて下さ

い。自分勝手な言い分でごめんなさい。余裕ができたら、改めて、ご挨拶させて頂きます。





皆さんも、お体大切にね。

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