スネコタンパコの「夏炉冬扇」物語

涙ばかり貴きは無しとかや。されど欠びしたる時にも出づるものなり。

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   石打神社拝殿

 祭神は、大山祇命・誉田別命・天穂日命。

 『南魚沼神社名鑑』にはつぎのように書かれている。

 「往古は字大御堂に在ったが、治暦元年八月、今の地に遷宮したと伝えられる。源頼義、前九年の役の折、本社に天下大平を祈願したと伝えられる。
 萬治三年十月十六日、社殿炎上翌年再建。御神体は、阿弥陀・薬師・観音の三座にして、石打三社大明神と称す。」

 神社境内には岩が祀られており、「神社と岩」と題して、以下の説明書きがある。

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   苗場山から飛来したという伝承の岩

 「口碑に依れば、悠久の昔、ある暴風の夜苗場山頂からこの岩が飛来落下しこの地を石落というようになったと伝えられている。
 石打神社は大同二年大御堂の地に創建されたが、治暦年間この地を聖地として移動鎮座され創建より千二百年に迫る古社として旧村社の格式に列し、この岩も亦神社と関係深い貴重な存在なのである。石打の地名もこの石落と関係があるという。今はこの丘を神楽丘(かぐらおか)という。」

 この話は大同二年伝承である。

 さらに、埼玉県羽生市大字上村君にある避来矢神社を思い出させる。この神社にも御神体石の甲石があり、栃木村から飛んできたという伝承がある。栃木村というのは、おそらく藤原秀郷の城がある唐沢山のことと思われる。ここに秀郷を祀る唐沢山神社がある。
http://blogs.yahoo.co.jp/sunekotanpako/1373410.html
http://blogs.yahoo.co.jp/sunekotanpako/17875414.html

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   奥が本殿か
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   石打神社本殿?

 石打神社の場合は、苗場山から飛んできたという。苗場山は新潟県南魚沼郡湯沢町三国にある標高2145.3mの山で、その名はスキー場で有名であるが、実は、苗場スキー場は苗場山にはない。
http://blogs.yahoo.co.jp/sunekotanpako/1292398.html

 石打神社の鎮座地を神楽岡というのは、もしかすると、苗場山にある神楽ガ峰という2030mのピークとつながりがあるのかもしれない。その近くには、霧ノ塔と呼ばれるピークと、上ノ芝、中ノ芝、下ノ芝という地名の付く尾根があり、苗場山頂から、南東方面の尾根を下れば、赤湯に出る。

 唐沢山に唐沢山神社があるように、苗場山には伊米(いめ)神社がある。伊米神社は新潟県のあちこちにある神社だが、伊米大神というと天香久山命を指す。弥彦神社の祭神とされる神で、金属神と考えられる。

 ところで、石打は、以前、塩沢町に属していた。塩沢の塩は、柴(シバ)、渋(シブ)と同様に、金属を示す言葉だと思われる。朝鮮語でsioは金を意味する、と岩波文庫『日本書紀』の注にはあるが、それと関係があるか。ただし、塩分の強い温泉地などに塩の字が冠される場合もある。
  「神社と岩」によれば、石打は石落の転訛ということだが、むしろ文字通り、石を打ち、砕く者がいたところからの地名と考えた方が自然ではなかろうか。

参考文献
『南魚沼神社名鑑』

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『大日本地名辞書』

「会津新風土記云、塩沢辺をば留実(トメサネ)郷といふ。三国郷の駅所にて、母呂衣(ほろな)権現あり。祭神不詳。」

留実のサネもまた鉄を意味するサナに通じるのではあるまいか。

2009/8/30(日) 午前 9:28 sunekotanpako 返信する

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