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柳田國男は、『一目小僧その他』のなかで、以下のように記している。
《この郡(下野国安蘇郡)には今一つ驚くやうな類例がある。旗川村大字小中の人丸大明神に關するもので、「安蘇史」の記すところによれば、昔柿本人丸といふ人、手傷を負うてこの里へ落ちて来て、小中の黍畑に遁げ込んで敵を遣り過し難を免れたが、その節黍殻の尖りで片目を潰し、暫くこの地に留つてゐたことがある。その縁を以て土人人丸の靈を社に祀り、柿本人丸大明神と称し、以来この村では黍を作るのを禁ずることになつたといふ。》
そこで、生来、疑り深いわたしは、≪旗川村大字小中≫が現在の佐野市小中であることから、わざわざ、栃木県佐野市の佐野図書館まで、『安蘇史』なる書籍を見に、出かけた。
ところが、どこをどう調べ違えたものか、わたしは、『安蘇史』とは、江森泰吉という人が書いた『安蘇郡誌』のことと、勝手に決めつけ、図書館員にその本の閲覧を求めた。
『安蘇郡誌』には、旗川村小中の人丸神社についての記述はあったものの、上の、柳田が引用しているような一節はなかった。
しかしながら、≪この郡には今一つ驚くやうな類例がある。≫とあるように、もう一つの片目伝説の例として、柳田が『安蘇史』から引用している、同郡戸室の鞍掛大明神については、同じような記述があったので、わたしは、いよいよわけがわからなくなり、「柳田は、この本に、柿本人丸が黍殻の尖りで片目をつぶしたと書いてあるといっているが、そんなことどこにも書かれていない。」と、つまり、柳田は嘘つきだ、と暗にほのめかしつつ、セロニアス・モンクたらたら、その本を突き返した。
すると、図書館員はなにを思ったか、再び書庫に入ると、今度は、『佐野市史』を持ち出してきて、あるページを示して見せた。
なるほど、そこには、つまり、小中の人丸神社の説明書きには、はっきりと、片目伝承が記されていたのだが、わたしとしては、『安蘇郡誌』に書かれていなければ意味がないのは云うまでもなかった。
後日、もう一度、『安蘇史』で検索をかけてみると、この本が『安蘇郡誌』とはまったく別のものであり、栃木県立図書館に所蔵されていることが判明した。そこで、わたしは、急遽、宇都宮まで足を延ばし、PDFファイル化されたその内容を読み、確かに、柳田が記しているとおりであることを確認した。
しかし、その後、再び調べたところ、なんのことはない、この本は佐野図書館にも、ちゃんと、所蔵されていたのである。
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資料探索ってそんなもんですね💦でも辿り着けたのは根気の賜物(*^^)v
2018/5/9(水) 午後 11:04 [ 竹光侍2008 ]
> 竹光侍2008さん
おっしゃるとおり。
まあ、ストーカーみたいなもんです。対象まちがえたら、犯罪ですな。
2018/5/10(木) 午前 10:00