スネコタンパコの「夏炉冬扇」物語

涙ばかり貴きは無しとかや。されど欠びしたる時にも出づるものなり。

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                             小中人丸神社拝殿
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 小中人丸神社境内にある、錆びて、古めかしい「人丸神社縁起」には、片目伝承についてはなにも記されていない。

 というよりも、そもそも、この「縁起」には、縁起――つまり、由来めいたものは一切記載されておらず、宝物だとか、当地の有名人(例えば、田中正造)、当社に参詣した著名人(例えば、梅原猛、江戸屋猫八・小猫親子)などの記載が大半を占めており、まったくもって、縁起とは云い難い内容である。

 ちなみに、梅原猛がここを訪れたのは、『水底の歌』の取材か何かだろう。それでは、猫八親子にはどんな縁があるのかといえば、初代江戸屋猫八、(三代目猫八の父)が栃木出身だからであるようだ。おそらく、この辺りの生まれなんだろう。それにしても、片目伝承のある人丸神社に猫とは、うまい取り合わせである。

 「人丸神社縁起」は、おそらく、神社が建てたものであろうが、境内には、他に、佐野市と佐野ライオンズクラブが作成した説明板もあり、とりわけ、後者の説明書は、人丸鍛冶伝承を裏付ける有力な根拠となる。

 ところで、ライオンズクラブは、世界的な規模の社会奉仕団体で、その草創期に、ヘレン・ケラーが、ライオンズに向かって、「暗闇と闘う盲人の騎士」となるよう呼びかけたことから、ことに、≪失明者など視覚障害者への援助に力を注いで≫(ライオンズクラブWebより)いる、ということであるが、人丸神社に、ライオンズが説明板を寄贈したというのは、柿本人丸が片目、つまり視覚障害者であったことを踏まえてのことだったのであろうか。

 さて、その説明板にはこう書かれている。

≪人丸神社湧泉池
佐野市指定天然記念物 昭和35年6月24日指定

 田沼扇状地の末端に湧出した地下水が池となって、下方数百haの水田をうるおす才川の水源となっている。地質学上の湧水として貴重な自然現象である。かっては片葉の芦が繁茂していた。≫

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 人丸神社境内の大半はこの池で占められており、澄み切った池中を大きな鯉が悠然と泳いでいる。また、神社の東、二〇〇mにも、新堰と呼ばれる、水草が繁茂する湧水池があり、この流れも合わさって、才川の源流となっているようだ。

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                                  新堰

 才川・犀川と呼ばれる川については、『こころ旅 その2』https://blogs.yahoo.co.jp/sunekotanpako/40310756.htmlに詳しく書いておいたので、そちらを読んでいただくことにして、要するに、わたしは、才川をサヒ川、砂鉄の川と考えるのであって、その傍証といえるのが≪片葉の芦≫伝説にほかならないのである。

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