正平さんは熊本に入った。
冒頭、この日の手紙を読み始める。
目的地は、山鹿市の「蒲生(かもう)の池」、別名を「湯ノ口のため池」というと聞き、わたしは久しぶりに勃起した。
ガマ、カマ(鎌・窯・釜)というのは鉄と関係のある語である。
『古事記』に、≪天津日子根命は(略)蒲生稲寸、三枝部造等が祖なり。≫とあって、アマツヒコネとは、天目一箇命の親というのが通説になっている。蒲生稲寸の根拠地は、近江の蒲生郡(竜王町・近江八幡市一帯で鉄との関連が深い)といわれ、その後裔に当たるのが、近江富士とも呼ばれる三上山のムカデ退治の主人公、藤原秀郷(近江蒲生氏の祖)だという。三上山にある式内御上神社の祭神、天之御影命は天目一箇の別名であるとされ、蒲生と鉄との磁力は極めて強い。
そして、「湯」というのは、金属が溶けた状態をいう語であるから、これは優れて強烈に鉄なのだ。
しかも、山鹿と、鹿の字がつく。いや、山鹿ばかりではない、市内には、菊鹿、鹿本(山鹿郡と山本郡とが合併して成立した)という地名もある。
『日本書紀』「神代上」に
≪即ち石凝姥(いしこりどめ)を以て冶工(たくみ)として、天香山(あめのかぐやま)の金(かね)を採りて、日矛(ひほこ)を作らしむ。又、真名鹿(まなか)の皮を全剥(うつはぎには)ぎて、天羽鞴(あまのはぶき)に作る。≫
つまり、鹿の皮でフイゴ(天羽鞴)を作った。
『播磨国風土記』「讃容郡(さよのこおり)」には、
≪鹿を放ちし山を鹿庭山(かにはやま)と名づく。山の四面に十二の谷あり。皆鐵(まがね)を生(いだ)す。難波の豊前の朝庭(みかど)に始めてたてまつりき。見顕しし人は別部(わけべ)の犬、其の孫等奉り初めき。≫
とあり、鉄と鹿との関係が暗示され、山鹿市域は強烈な磁力を発している。
正平氏一行は、手紙の主が良く行くお好み焼き屋で昼飯を済ませると、手紙に添えられた地図に記載されている不動岩を見つつ、目的地へ向かう。
不動岩には、こんな伝説がある。
≪肥後の鹿本郡三玉村(現山鹿市蒲生)に、不動尊が鎮座されて御座るが、其西の方、数里のところに、一つの山がある。そして、其又西の方、数里距れた鶴村に、権現様が鎮座されて御座る。
昔々大昔、不動様と権現様と力競べの首引きをされた。権現様は不断に大豆を食べてゐられるから、小豆ばかり食ってゐられる不動様よりも、力が強いのは、知れたこと、憐れなるかな、不動様の首は引き抜かれて、ご鎮座の場所から西の方、数町のところに落ちた。この首引きのために、不動様と権現様の中間にあつた山に、二条の綱で摺られた跡がついて、それが今にも残つてゐる。山の名をエルギ嶽と申すのは、中央にゐて揺られたからだ。
丁度その折、不動様の居られる所から西の方、数町距れた堤の上に、八幡様が居られた。権現様と不動様の首引きで、天も地も騒がしく成つたので、何事が起つたのかと、吃驚してノコノコ出られると、首引きの綱に顔を打つけて、片々(方)の眼が潰れた。片眼に成られたのだから、今でも一つ目八幡様と云つてゐる。
不動様の首は、今でも其まゝに転がつてゐる。土地の者が首石と云つてゐるのが、それである。不動様が負かされたのは、小豆を食つて居られたからだ、と云ふので、其辺では今に土の色が赤い。≫(高木敏雄 『日本伝説集』ちくま文庫)
地図を調べると、確かに、不動岩北西一五〇〇mほどのところ、同市久原字薄野(うすの)に一目神社があり、その東四〇〇mに首石岩がある。しかし、一目神社の祭神は天目一箇命であって、八幡神は合祀されてはいない。そこで八幡様はないかと地図上を探索すると、不動岩の南南西八〇〇m、蒲生と久原との境界付近に、生目神社を発見した。
生目神社とは、おそらく、宮崎市にある生目八幡のことではなかろうか。
主君の仇、頼朝をねらっていた平(藤原)景清は、逆に、捕らえられてしまうが、頼朝がその志を哀れんで助命してやると、その恩を感じ、目が見えていては、いつ仇を復する心が生ずるとも限らないからと、両眼を抉り出してしまう。その眼が飛んで行って落ちたのが生目八幡宮だとされ、景清は眼病の神として祀られている。景清は秀郷の子孫にあたり、その娘は人丸(一丸、つまり一眼)姫と称したという。
同じ熊本の球磨郡あさぎり町に景清の娘の墓があることはすでに書いた。
これが伝説にある八幡様のことか、そのあたりのことは不明であるが、景清の眼球が飛んでいったように、不動様の首も飛んで行ったわけで、金属伝承はこのような事象に事欠かない。温羅、平将門、酒呑童子、眉間尺と、みな一様に首が飛ぶのである。
ところで、不動岩は、横から見ると、ぐわらりとその様相を変え、数本の風化浸食を受けた集塊岩の塔であることを気づかせる。群馬の妙義山、日暮しの景と、岩質共に、よく似た光景である。そういえば、妙義にも中小坂鉱山があり、鉄鉱石を産出した。
その岩峰は、当然、頭つんつるてんで目が一つという、男根を想起させてやまなかった。
最後に、蛇足を。
伝説中にある鶴村の鶴は鉱脈を指す鉉(つる)のことであり、首石近辺の土が赤いのは鉄分のためであり、薄野のウスは鉄鉱石などを砕くための石臼のことかもしれない。