スネコタンパコの「夏炉冬扇」物語

涙ばかり貴きは無しとかや。されど欠びしたる時にも出づるものなり。

遭想記

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田中好子

 田中好子が亡くなった。まだ若いのに残念。

 といっても、わたしはキャンディーズのファンじゃなし、特にスーちゃんが好きということでもない。

 今村昌平監督の『黒い雨』の主役矢須子の演技が深く印象に残っているだけ。今平の映画とはおよそ縁がないとしか思えない女優だが、この映画に限ってはうまく当てはまったという感じがする。監督はこう述べている。

 ≪いろいろ候補はいたんだけど、田中好子が一番平凡でね。普通なんだ。これは大切なことで、その上にカンはいいし、したたかな面も持っている。本格的な芝居はこれからだとは思ったけど、普通を演じるというのはたいへんなことなんだ。≫(『撮る』 工作舎)

 今村監督のカンが当たったのか、この映画と田中好子はその年の主だった映画賞を総嘗する。第13回日本アカデミー賞・第32回ブルーリボン賞・第14回報知映画賞・第44回毎日映画コンクール・1989年キネマ旬報ベストテンでそれぞれ主演女優賞に輝いた。

 この年、ある席で彼女と一言二言ことばを交わす機会があった。そのときは、もの静かで、冷たく、無表情で、なんだか人間的なものが全く感じられなかったような印象がある。この人が本当に『黒い雨』でヌードになったスーちゃんなのか。今村昌平の映画でヒロインを演じる、どこにそんなパワーがあるんだろうか。わたしは大層面食らった覚えがある。

 もっとも、このときは白血病で亡くなった夏目雅子の「ひまわり基金」の件で来ていたから、そんな印象しか残らなかったのかもしれないが、なにか尋常でないものを感じた。

 田中好子の夫、小達一雄は夏目雅子の実兄で、彼女と夏目雅子とはもともと友人だったようだ。なんとも普通でない御嬢さんの夏目と田中との取り合わせというのも面白い。

 それにしても、普通であるということはかくも普通でないことなのか。
 
 
 

 

恐ろしい話

 正月、兄に会ったとき、こんな恐怖体験を聞いた。

 年末、近所のスーパーへ買い物に出かけた。駐車場に車を止め、降りようとしてドアを開けたところ、隣に駐車していた外車のドアに軽く当たってしまった。すると、その車の所有者は真っ黒になって激怒し、猛烈な罵詈雑言を浴びせた。具体的になんといわれたのかは聞かなかったが、とにかく尋常ではない怒り方だったという。自宅の住所と携帯の電話番号を書いた紙を渡すと、男は買い物してから話そうと、スーパーに入った。恐怖に駆られた兄はその隙に即刻警察へ電話し、「事故」の状況を説明した。

 やがて、店から出てきた男に、今、警察に連絡したからすぐに来ると思う、と伝えると、男はなぜそんな勝手なことをする、と再び渾身の怒りをあらわにしたという。そこへ、待望のパトカーが到着すると、突然男は忙しいからといいはじめ、さっさと車で去ってしまった。

 後日、警察から電話があり、例の男と携帯で話したが、特に「事故」の申し立てはなく、ごくごく普通の人だったという。しかし、兄は「もしかすると殺されるのではないか」と思ったほどで、男の異常なまでの逆上ぶりに今もって戦いているかのような口吻であった。

 兄の話を聞いて、わたしもちょうど二年ほど前の恐ろしい体験をまざまざと思い出した。

 それは岩槻の金山堤に異常な執念を燃やしていたころのことで、その日は、例によって岩槻区村国にある岩槻文化公園の駐車場に車を置き、遠く越谷市まで足を伸ばしたため、帰りがかなり遅くなってしまった。12月の6時はすでに暗く、元荒川の河川敷を利用しただだっ広い駐車場は、荒地を簡単に開いただけの空間で、街灯すら設置されていないので、闇の中、一人では不気味なほどであった。

 昼間の喧騒は既になく、周囲に人の気配もない。駐車場に残されているのはわたしの車以外にはあるまいと見渡せば、わたしの車の真ん前に向かい合って、一台だけ停車しているのがある。

 エンジン音が聞こえるから中に人がいるらしいが、遠くの灯りが反射して中をうかがい知ることはできない。こんな時間になにをしているのだろう。アベックだろうか。しかし、二人連れがわざわざわたしの車と向かい合って駐車するはずもあるまい。

 ただならぬ不気味さを感じながら、ドアを開けようと手を伸ばした瞬間、その車のヘッドライトが突然点灯した。泡を食って座席に滑り込むと、とっさにドアをロックした。

 男が一人車から降りると、小走りでわたしの車のドアのところまで寄ってくる。見たこともない人物だ。いったいなんだというのだろう。ウィンドウ越しに「あのぉ、お話があります」という。

 そのとき、妙なことを思い出した。

 かなり昔のことだが、友人と二人、上野で飲み食いしたとき、酔い覚ましに夜の上野公園を散歩しようということになり、ならば、ここには、ある種の男同士が待ち合わせをする特別な場所があると人づてに聞いたことがあるから、それが事実かどうか、ついでにちょっと見に行ってみよう、と一決した。

 もちろん、わたしら二人ともその種の男ではないことをここであらためてお断りしておく。

 そこは野球場の近くにある小丘で、その頂がちょっとした広場になっており、ベンチが一台置かれている。そのベンチに腰を下ろしていれば、必ず男が話しかけてくるというものだった。

 つまり、わたしは、この駐車場は夜の何時かになると、その種の男たちの出会いの場になるのではあるまいかと一瞬想像したのであった。困ったぞぉ、こりゃなんとか誤解を解かねばなるまいと考えながら、窓を開けつつ、さらにわたしは妙なことを考え続けた。

 なるほど、そういえば、ここの地名は村国(むらくに)だった。すぐそばには小字で鋳物屋敷というところがあり、かつて渋江氏お抱えの鋳物師がいたところだ。とすると、もしかすると、村国という変わった地名は、天津マラたちの国、つまりマラ国が訛ったものではなかろうか。

 ところが男は意外なことをしゃべり始めた。

 「あのぉ…実はお宅の車にぶつけてしまったのです。今日は風が強かったじゃないですか。それで、自分の車のドアを開けたとき、強い風が突然吹いて、お宅の車に当たってしまったんです。申し訳ありません。それで、場内呼び出しとかしてもらったんですけども、いらっしゃらないようだし、子供のテニスの試合も終わったので、いったん家に戻り、再び出直して、三時ごろからずっと戻ってくるのを待っていたのです。」

 疑心は暗鬼を生ず。やはり、自分自身ほど恐ろしいものはないようだ。

 電車内のマナーについて考えていたら、何年も前の話だが、車中、妙なものを一心不乱に食べている女性がいたことを思い出した。かなり衝撃的な光景であり、その女性のしぐさが、今も鮮明に記憶に残っているほど奇怪なものだったので報告しようと思う。

 私が子供のころ、電車内でなにかを食べるというのは、不謹慎ということで、禁じられていたように思う。ただ、長距離の列車、特急電車などに乗って、遠出する場合にはそうではなかった。おそらく、暗に、通勤・通学圏内の車中で、ものを食べるのはいけないが、それから離れた圏外であれば、許されたものと考えられる。

 要するに、他の乗客に迷惑をかけない、という規律が基本にあったのでしょう。

 最近は、そういった規範が壊れ始めている。通勤時間帯に車内で朝食をとっている人をよく目にする。パンやオニギリにペットボトル入りの飲料という取り合わせが多いようだ。満員電車の中でも平気である。羞恥心は微塵もない。そもそも私はあのほこりっぽい中で食べるのは耐えられないが。

 昔、休日というと、冬は、よく奥多摩へ夏山用のトレーニング山行にでかけた。すると、立川駅から、軽いザックを背負った一団がゾロゾロ乗車してくることがあり、青梅マラソン大会当日であることを知ったりする。

 思い出すのは、中に、一人の高校生くらいのが、大きなザックから、コンビニで買ってきたのだろう幕の内弁当らしきを取り出すと、人目もはばからず、むしゃむしゃやり始めた。旺盛な食欲で気持ちがいい。5分もしないうちに平らげると、再び、ザックをあさり始め、次に、オニギリを食べだした。こいつを三つばかしやっつけると、さらに取り出したA4サイズほどのポリ容器にぎっしり入ったサンドイッチをパクつき、水筒のお茶か、ジュースかスポーツドリンクかわからないが、それと共に一気に飲み下した。

 すっげぇ食欲だなぁ、と感心していると、またしてもザックの底の方をあさっているから、まだ食うのか、と凍り付いていると、なにやら小さな容器を手のひらに置き、中からつまみ出した爪楊枝を使って、今度は、念入りに歯の掃除を始めた。

 大物である。結果は知らないが、こいつ相当いい成績を残したはずだ。

 以前、社員から、早朝の山手線内回りの車内で、納豆御飯を食べている女性の目撃情報を聞いたことがある。なんでも、小さな容器に入った納豆をくねくねこねこね、粘りを十二分に出してから、付属の醤油をさし、弁当箱の御飯にかけて食べていたというのだ。さすがに、きざみねぎは入れていなかった、と社員は話してくれた。

 世の中は広い。つわものどもが不足するという心配はないようだ。

 さて、本題に入る。

 それは、会社の忘年会の帰りだった。

 私もかなり酔っていたので、この日ばかりは空いていたコの字型座席の窓側に腰を下ろした。しばらくすると、白っぽいコートを着た女性が私の向いの席に座った。やがて、車内の座席はほぼ埋まり、列車は動き始めた。

 私は窓の外のネオンやビルの明かりを見るともなく見ていたのだが、そのうち、窓に映っている私の向いの女がさきほどから、かがむようにして、しきりになにかを口にしているのに気付いた。

 目を直接本人へ向けて、注視すると、まるでハムスターがひまわりの種を食べるように、彼女は小刻みに口を動かしてなにかを食べている。最初は何を食べているのかよくわからなかった。しばらく見ていて、どうにか私にものみこめてきた。それでも、まだ信じられなかったので、私はなおも無遠慮に見続けて、自分の考えていることが事実なのかどうか再確認した。

 彼女は何を食べていたのか。それは自分の指だ。彼女は、はじめ、右手で、もう一方の手の指から毟った皮を、せわしなく口に入れていたが、やがてその食べるという行為に夢中になりだすと、直接口元に指をあて、薄く剥がれた指先の皮を一心不乱に食べはじめた。人差し指から中指へ、さらに親指の下の柔らかく膨らんだ部分へと食べる箇所を変えながら、その行為に集中し続けた。

 女の両手のひらは水虫に犯されたように白く毛羽立っており、ところどころピンク色の真皮が露出している。そして、膝の上に置かれた黒のセカンドバックの表面は、手から剥がれ落ちた皮が白い粉となって薄く蔽っている。

 カニバリズムといったらいいのか、あるいは自傷行為というべきなのか。

 あまりにも無神経に、見続けたのが悪かったのだろう、どうやら、やっと彼女も私の凝視に気付いてしまったようだ。これでその行為をやめざるを得ないだろうと、ちょっとガッカリして、私は目を逸らそうとした。ところが、彼女は私を睨みつけ、私から指を横取りされまいとでもするかのように、身構えた。

 「これは私のだからね。あんたのじゃないのよ。そんな物欲しそうな顔したって駄目。あんたになんか絶対にやるもんですか。誰がなんといってもあんたなんかに金輪際やらないわ。私だけのものなんだから。」

 女の目は明らかにそういっていた。そして彼女は再び指の皮を口で毟しって食べ始めた。それはまるで私に見せびらかすかのようだった。

 小津安二郎監督の『お早よう』という映画では、父親に口答えして、「余計なことを言うな!」と怒られた少年が「大人だって余計なことを言うじゃないか。お早よう、こんにちは、これだって余計なことじゃないか。」と反撃するシーンがあります。これに対して、彼ら兄弟に英語の勉強を教えている近所のお兄さんが、お早よう、こんにちはっていう挨拶は余計なことのように思えるけど、人間関係を円滑にする上で必要なんだ、みたいなことをいって二人を諭します。

 確かに、このお兄さんがいうとおり、挨拶は人間関係上必要なことなのかもしれない。ただし、それがごく普通の「お早うございます。」という挨拶なら問題はないのだろうが、これがあまりにも大きな声でやられると逆効果になる場合もまたあるわけだ。

 そんな人物が私の利用する駅にいて、彼を知っている人たちから大層恐れられている。

 この人はもう60になろうかという年齢で、早朝からやたら元気がよく、誰彼かまわず手当たり次第にドスの効いた大声で「おはよう!」と挨拶しながら歩いて行くのだ。この暴力的な大声に、ほとんどの人は蜘蛛の子を散らす如く男から離れて行く。確かに、何かされるんじゃないかという危惧を抱かざるを得ないほどに、その声は気違いじみている。

 ある朝、私のすぐ背後で「お早う!」の大音声が響き渡った。私の前にいた人たちは足早に階段を下り、さっさと遠ざかってしまう。まずいと思ったときには、すでに手遅れであった。男は、私と並んで歩き始め、突然こういった。「定期いつまで?」。全く予期せぬ質問に動揺した私は思わず、ポケットに仕舞いかけていた定期券を男に見せてしまった。「あっ、いいなぁ、僕は今日までなんだ。」と男は自分のを見せてくる。なんと返事してよいやら、うまい答えがみつからない。

 男はいつも私とは違う車両に乗るから、それだけを祈っていつもの位置に付く。ところが彼は私から離れようとはしない。どうやら、うってつけの相手と見込まれてしまったらしい。しかたがない、そのまま乗車すると、今度は財布からレシートを引っ張り出し、私の目の前に突きつけ、「今朝はアンパン食べたんだ。」と寂しそうにいう。なぜそれほどまでに悲しげにならなければならないのか、全く理解できないまま、なんとも返事のしようがなく、途方にくれるばかりであった。

 しかし、やはり、男はいつもの車両でないことが気がかりだったのだろう、なにもいわずに、次の駅でいったん下車し、場所を変えてくれた。私が生き返る思いだったのはいうまでもない。

 ある極寒の朝、ホームにいると、男の大声が聞こえた。付近にいた通勤客たちは一様に動揺を隠せない。もちろん私なんかはその最たるものだ。なにしろ私は男と「知合い」なのだから。

 男の「お早う!」の声が迫ってきた。ところがである、驚くべきことに、それに応える人物がいたのだ。「お早う、寒いねぇ。」。隣の列の先頭に並んでいた小さな男だった。真冬だというのに、夏物のような薄い上着に、ズボンは足首が丸出しで実に寒そうだ。「寒い?だったらコート買えばいいじゃない。」。すると小男は言下に「金がねぇ〜」。

 それにしても、お友達ができたことは喜ばねばなるまい。やはり挨拶は人間関係を円滑にするものなんだなぁと、そのとき納得がいった。

 賭博・暴力とアウトロー的なお題が続きました。宇都宮線列車内がある意味無法地帯であることは論を待たず、これは何も宇都宮線だけに限ったことではないでしょう。しかし、もちろん、無法一色ということでもなく、ほほえましい場面や爽やかな一こまに出合ってほっとすることも時にあるのは事実である。

 私は、ある時期からよほどのことがない限り、座席に腰を下ろさないことにしている。その理由については追って話すこともあろうと思うが、目の前の席があこうが、ガラガラに空いていようが、座らない。

 このような行為というのは、相当異なものとして受け止められるようだ。かなり不思議そうな顔をされることが多い。馬鹿か気違いでも見るような目だ。ま、それにかなり近いところにいるのは間違いないから、こちらもさして気に留めない。

 中に、非常に親切な人がいて、私の真後ろの席が空いたりなどすると、肩をたたいて教えてくれたりする。「にいさん、あいたわよ。」「にいさん」なんて言われてもおだてにのらない。私にとっては単なる親切の押し売りに過ぎない。はっきり言って、いらぬおせっかいなのである。したがって、無視する。

 東京の場合、老人が乗車しても、席を空けるのはほとんどが老人に近いような人たちで、若者は疲れきっているのか一向に席を立とうとはしない。シルバーシートはすっかり若者たちで占領されており、老人たちにとって電車内は第二の戦後であるかのようだ。だから思わず手を出してgive me a seatと言いたくもなろうというものだ。

 これが、北海道へ行くと様子がずいぶんと違う。札幌の地下鉄に乗ってまず気付くのは、シルバーシートが必ず空いていることだ。どんなに混んでいても(といってもそれほど混むことはないのだが)そこだけは空いているし、席を譲る場合も、若者が多いようだ。

 昔、群馬県の国道145号線中之条の先だと思ったが、横断歩道で手を上げている少年がいたので、反対車線から来る車がないことを確認して停まってやった。渡り終わると少年は、クルリとこちらを振り向き、黄色の帽子を取って、深々と頭を下げ、「ありがとうございました。」と大きな声ではっきりとお礼を述べた。

 実に爽やかなものである。譲るほうも譲られるほうもこのようでありたい。

 閑話休題。ある日の帰りの電車内。赤羽で、前の席が空いた。もちろん座らないでいると、一人の老人が乗ってきた。おや、この人誰かに似ている。そうそうお宝鑑定団のあの人だ。誰だっけな、あの人なんだよな、そう古民具の達人、日本のインディージョーンズといわれ、さいたま市立博物館の館長を勤めた、あの・・・名前が出てこない。でも、他人のそら似ということもある。それで、とにかく席を勧めた。

 すると、「ぼくはいいよ。大丈夫だから。」とあのハスキーな大声で答える。この声、やはり間違いない。しかし、名前がどうしても思い出せず、話のきっかけがつかめない。そのうち、よろしいですか、と女性が席に腰を下した。

 とうとう名前を思い出せず、大宮に着き、ドアが開いた。すると、その老人は降りる際、私に向って「さっきはありがとうね。」と、敬礼のように手を上げて言った。

安岡路洋さん、実に爽やかな人でした。

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