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わが町に隣接している市町村の町界線はほとんどが山の稜線に沿っている。 その稜線を含む町界線約100kmをカンジキで一週間から10日かけて縦断するという計画だ。 もちろん、テントを持って山にこもりきりです。 20日の金曜日の朝10時に出発しました。 天候に恵まれたとは言えませんが、今のところ雪もしまっていて歩きやすいみたいで順調に進んでいるという報告が入っています。 いろいろ心配な事はありますが、無事に一周できる事を祈っています。 無事に帰ってきたら宴会だよ〜 |
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2009年03月24日
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初めて一希を保育園に入園させたのは年少よりもひとつ下の学年の冬から。 私が本格的に働く事になってからだった。 泣く事もなく初めから楽しんで行ってくれてよかった〜と思っていたら、春頃から「イヤイヤ〜」が始まった。 それでも保育園に行くと、めいいっぱい楽しんできてくれた。 いろんな行事にも積極的にがんばって、いつも頼もしかったなぁ〜 お友達とは、仲良く出来たり喧嘩したり、いろんな事が成長に繋がったと思うよ。 卒園式で卒園児が「将来の夢」を言った後、親がはなむけの言葉を言うのが、わが保育園の恒例となっている。 ほぼ毎年、卒園式を見学している私は、毎回そこで涙する。 だけどきっと、自分の時はきちんと親としての言葉を言えると自信があった。何故かね。 一希に促されて、何度も家で練習したし、きっとバッチリだと本番に臨んだ。 お誕生日順に卒園証書を受け取り、「将来の夢」を言っていく事になっていたので、5月うまれの一希は27人中4番目だった。 初めの三人のお父さんお母さんは、しっかりとした長い言葉で話していた。 私はあんな風に話せないけど、その時感じた事を話そうと思っていた。 一希の名前が呼ばれて、一希が卒園証書を受け取りに行く。園長から立派に受け取っている。それを見届けてから、私もマイクのある所へ進む。 「ボクは大きくなったらレスキューになりたいです。」 何度も練習させられていたのに、思わず胸が詰まって声が出なくなった。 早く言わなくっちゃ、と思っているのに声が出ない。 精一杯の声で「…おめでとう。。。」あとはちゃんと言えたのかどうか、よく覚えていない。 気付いたら、一希が目の前に来て私に卒園証書を渡した。 涙が止まらなかった。 なんとも情けない私。 後でお母さんがたから「最初から泣きすぎ〜、あれでこっちまでボロボロになったよ〜」と言われてしまった。 園長にも「いやぁ、今年のお母さんはよく泣いてくれました〜」 まぁ、私が泣かせたわけじゃないからね。 それにしても卒園式当日まで、無事に保育園に行けるかどうか、、、という事態になっていたんだよね〜。それがうちだけじゃなく、卒園児の半数以上が。 一希は19日の夜中、2時半から1時間おきに嘔吐を繰り返し、翌20日まであまり食欲がなかった。 卒園式は出させてやりたい、と願ったし本人もその気持ちが強かったはず。 多くの卒園児は薬を飲んだり、座薬を入れて式に臨んだらしい。 原因は未だにわからないけど、何とか全員で卒園式を迎える事ができた。 私は役員だったので最後の大仕事のプレッシャーもあったのか、その日の謝恩会が終わってから体調がガタガタと崩れ、一希と同じ症状に陥って、やっと復活したところ。 3月末までは保育園に通い、4月からは学童保育へ。
6日に入学式で、小学生です。 私も成長できてるかしら。しなきゃね。 |
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