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基本的に日記、生活の中の思いつきなど

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「元気な文学」開店以来、旗印に掲げてきた祖母のプロフィール画像を変更しました。
入れ替わった写真の、窓辺で本を読んでいる子供は、フランソワ・トリュフォーというフランスの映画監督の幼少期のものです。本当は最初からこの写真でいこうと思ってたんですが、データを紛失しており、昨夜やっと発見した次第です。

『トリュフォー、ある映画的人生』(山田宏一)からトリュフォー自身の言葉を抜粋すると、彼の読書体験には以下のような切ない背景があったようです。


――母はわたしが家の中で声を出したり音を立てたりすることを許さなかった。わたしの存在そのものに母は我慢がならなかったのです。だから、わたしは自分の存在を忘れ、物音ひとつ立てずに何時間もじっと息をひそめていなければならなかった。母を苛立たせないためには、そうするほかなかったのです。わたしは小さなアパルトマンの片隅の椅子に静かにうずくまって、ただひたすら読書に逃避することにしました。読んだのは、とくに小説でした。ひとりで留守番をさせられることが多かったので、大人の本も読み、母の本棚からこっそり持ってきて読んだものもあります。


トリュフォー少年は、祖母の家に預けられたり、また自分の家に戻ってきたりを繰り返して幼少期を過ごしていたんですが、その祖母が、トリュフォーに読書の楽しさを教えたと言われています。また祖母自身も、小説を書いたりしていたらしい。そうしてトリュフォーは、アリストパネスからゾラまでアルファベット順に世界の作家を網羅した廉価版の古典文学全集(全375巻)を読破するに至る。


山田宏一は、トリュフォーの映画的人生が、いかに小説への思い入れに支えられてきたか指摘する。以下、その箇所を簡単にまとめてみる。

母の本棚からこっそり持ってきて読んだ「黒衣の花嫁」など、アメリカの犯罪小説(クライム・ストーリー)にとり憑かれ、後に『ピアニストを撃て』『暗くなるまでこの恋を』『私のように美しい娘』『日曜日が待ち遠しい!』などを撮り、子供時代からの読書傾向を剥き出しにしてみせる。とりわけ『華氏451』という偉大な失敗作は、書物への愛、読書の歓びが、気恥ずかしいくらいナイーヴに素直に描かれている。また『突然炎のごとく』『恋のエチュード』では、アンリ・ピエール・ロシェという作家の二冊の小説に捧げられた映画だった。自伝的連作ドワネル物の『逃げ去る恋』の中で、アントワーヌ・ドワネルは自伝的処女小説「恋のごたまぜ」を書いて出版する。『恋愛日記』は、「女たちを愛した男」という一冊の本を書いて死んでいく男の物語であった……。

――映画作家になったトリュフォーは、のちに、「わたしの人生の歯車は、書物を映画にし、映画を書物にすることを噛み合せることによって回転してきた」のであり、「映画と書物がお互いに愛の行為のように交じり合って、一つの物語を生み出してくれること」こそ夢であったと述懐するだろう。「純粋に視覚的な」映像と映像にならない「美しい言葉」のあいだでトリュフォーの映画はゆらぎつづけることになる。「わたしの映画は小説も読む観客につくられたもの」なのだとトリュフォーはしばしば自分の思いを語ったものだった。

とある。
「わたしの映画は小説も読む観客につくられたもの」
ここがつまり、映画監督トリュフォーの一面での限界だったのかもしれない。そういう意味では、『ある小説的な人生』という風に読みかえることも可能なのかもしれない。

実際、トリュフォーは11歳の時にエミール・ゾラを読んで小説家になろうと志すのだが、その後にオーソン・ウェルズの『市民ケーン』を見て映画監督になろうと思い直す。二つの贅沢な夢を見ながら、映画と小説の中間にあるシナリオ・ライターならどうか、と考えたこともあったという。結局、少年鑑別所からアンドレ・バザンに拾われて映画道を邁進し、ヌーヴェル・バーグの旗手となっていくのはあまりに有名な話。ぼくもあんまり詳しいわけではないから適当なことしか言えないが、盟友ゴダールとの訣別も、仲が良すぎる者同士に特有の感情の縺れがあったにせよ、こうしたトリュフォーの小説的世界へ回帰していくような作風が、当初の理念から外れていったように見えたのかもしれない。つまり映画を映画としてのみ考える原理主義的なゴダールに比べて、トリュフォーには捨てがたい小説世界への憧憬・感傷があった。とは言え、ぼくとしては、仮にあるならば小説家トリュフォーの書いた小説を読みたいと思いつつも、それでもやはり、トリュフォーが映画監督であってくれて本当に良かったとも思う。確かに文学への志向があったにせよ、そうとは言い切れない、映画ならではの楽しさがトリュフォーの映画作品には満ち溢れていたはずなのだ。それは本当に、遺作の『日曜日が待ち遠しい!』まで一貫していた。失敗作も含めて。誰かもっと、トリュフォーの映画を見直して、再評価してくれてもいいと思うのだが……。

第42回文藝賞受賞者の年齢は、青山七恵が22歳で、三並夏が15歳(執筆時14歳・中学生)。

アイドルと文学賞受賞者の低年齢化は歯止めが効かないようだ。とりわけ『文藝』の受賞者の年齢は低い。
選考委員の高橋源一郎が釘を刺す。

――文学賞の受賞者の低年齢化が進んでいる。その裏側に、「話題作り」という、主催者側の(商売上の)思惑が透けて見えるのも事実だ。気持ちは分かるが、ちょっとマズくないかい、と僕は思う。「××歳にしてはすごい」というのが受賞理由では困る。(中略)選考会の席上、ぼくはその点を編集部に質し、「正直なところ、こんなに若くなければよかったのにと思いました」という返答を得た。それならいい、『文藝』編集部は、まともだった。

また、三並夏の執筆時年齢が14歳だったことにも次のように釘を刺す。

――誤解してもらっては困るのだが「14歳にしては素晴らしい、だから受賞に値する」とぼくは思ったのではない。その逆だ。「14歳であるにもかかわらず、受賞に値する」とぼくは思ったのだ。


さて、その肝心の小説の内容は?

・『平成マシンガンズ』(三並夏・14)

正直、自分の半分しか生きてない著者の年齢を念頭におかずして読む事はできない。つまり、「14歳にしては素晴らしい」という感想がついつい出てきてしまう。これは著者に失礼な読み方だろうか? よく、算数オリンピックなどの競技で高速の暗算を披露する天才少年や、五嶋龍(だっけ?)みたいにチャイコフスキーを弾きこなす天才少年バイオリニストがいたりするけど、14歳でこれだけの小説を物す三並夏もまた、その種の天才に含まれるだろうか? 小説って何なんだろう、って思ってしまう。作家の資質に恵まれた人間は、年齢に関係なく小説を書けてしまうのではないか? という疑いが出てくる。勿論、今作は荒削りの小説である。けっして洗練されたものではない。でも、どうしようもなく小説になってしまっているのは確かで、それはやっぱり凄い。中学生らしく、イジメというキーワードが出てくる。また、親が離婚したりする。家にも学校にも居場所を見出せない女子中学生の物語で、それ自体、本当にありふれた話だ。「14歳にしては」いじらしいほど真摯に問題と向き合っている。けっして環境に言い訳を求めず、健気に生きようとする少女の物語だが、実際に「14歳の女の子が書いたから」無性に泣ける。(トリュフォーの『大人は判ってくれない』を彷彿とさせる)という前提を踏まえて尚、これが小説であることを保証するのは、著者の視線だろう。大人側の論理に引き付けられず、あくまで自分の視線を固守すること。安直な環境の言い訳に引っ張られないこと。自分の実感と思考から言葉が出てきていること。畢竟、小説が小説であることを保証するのはこの一点に限る。だから彼女は、暗算少年や、天才バイオリニストのような、「早熟の天才」とはやはり違う。彼女は『早熟』ではなく、むしろ『熟していない』今を、自分の言葉で表したのだ。


・『窓の灯』(青山七恵・22)

しっとりと落ち着いた文体で、雰囲気が良い。好きな作風だ。主人公の女が住むアパートは、向かいのアパートと隣接している。互いの窓から、互いの部屋が丸見えになっている位置関係だ。向かいの部屋に男が越してきて物語が始まる。女は偏執狂的に、男の生活を覗き見るようになる。こう書くとありがちな話に聞こえるかも知れない。だが別にこの設定から、ロマンスが発生するわけでは全然ない。向かいの男は、ほとんど物語に関与しない。女は向かいの部屋だけでなく、オペラグラス片手に街に出て、あらゆる家の窓から住人の生活を覗き見て回る。彼女は何を見たいのか? 何を期待しているのか? 彼女は、人間の失態を目撃したいのだ。打てども響かず流されてしまう人間同士の当り障りないコミュニケーション、その浅薄さに倦んでいるのである。そうして彼女自身がヒステリックな失態を演じてしまうのだが、彼女のヒステリーは相手の失態を誘発できない。相手は冷静に彼女を扱う、というか無視する、笑いものにする。この小説は、没コミュニケーションを巡る物語である。とりたてて凄く面白い話ではないが、著者(あるいは主人公)の持つ視線、世界との距離の取り方が秀逸だった。かそけさ、というのか、触れそうで触れることができない世界と主人公の距離が切なくて良い。これを書いた著者は22歳、14歳と比べても尚、充分に若い。


・『台風一過』吉田修一

同誌に掲載された吉田修一の短編も読む。作品のほとんど最後に次のような一文がある。
「言いたいことを誰からも訊いてもらえない苦しみと、言いたくないことを無理やり言わされる苦しみとでは、いったいどちらがつらいのだろうか」
吉田修一が、作品のテーマをこのように分かりやすく文中に示すのは珍しい。この作品は原稿10枚程度の短編だが、作家があるテーマに導かれて、どのように小説の世界を立ち上げるのかが分かり、とても面白い。テーマに風景を与える作業だ。いみじくも保坂和志が、「小説では、そこに書かれるテーマが小説の思考なのではなくて、風景の描写こそが小説にとっての思考である」と言っている。まさにそういうものとして、吉田は風景描写を通しながらテーマを深くする。

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これは戦争の狼煙か!?

阿部和重の芥川賞受賞第一作は、『課長 島雅彦』なる超短編で、「新潮」の11月号に掲載された。原稿枚数10枚もないんじゃないかな。というか、そもそもこれは小説ですらない。
『課長 島雅彦』とは、無論、コミック『課長 島耕作』からのパクリで、作家『島田雅彦』のことを指している。島田雅彦と言えば、『優しいサヨクのための嬉遊曲』で学生時にデビューして寵児扱いされた自称・左翼作家。広範な教養、ユーモラスで余裕たっぷりの態度、軽妙でエスプリの効いた文体を武器に文壇の第一線で活躍してきた大御所である。阿部和重は、その島田雅彦を『課長』に喩え、作中でクソミソに攻撃する。

「呆れた鼻糞野郎だぜこのSってライター(島田雅彦のこと)は。なんつうか、いかにもだ、善かれと思ってやってまーす、でも、失敗しちゃってまーす、けど、それは自分でも自覚しちゃってるんでーす、そういうちょっぴり痛いキャラって、ありですよね? みたいな、こういう見識? センス? どっちにしろ、こいつは作家の感性じゃない」(中略)「たまげたぜ! こいつは端から作家なんてもんじゃないんだ。作家の皮を被った日本狼、作家のふりをした絶滅種」(中略)「とどのつまりはこいつもまた、一人の『課長』ってわけだ」

これはものすごい罵倒ぶりだ。もはや小説という体裁を取っておらず、作品化するのもバカらしいという感じで、島田雅彦への怒りに任せて投げっぱなしたわずか見開き2ページの短編。阿部和重にしてみれば島田雅彦など、サラリーマン課長に過ぎない、ということか。しかし狭い文壇のこと、またその大御所へ、こんなに激しく噛み付いて今後どうなる!? 
そもそも事の発端は何か、と言うと、島田雅彦が朝日新聞・土曜版で、『孤独悩むな 最後の文士・中原昌也君へ』というコラムを掲載したことにある。
(参考・http://www.be.asahi.com/20050827/W24/20050818TBEH0004A.html )
記事を読めば分かるが、島田雅彦が先輩風を吹かせ、後輩の中原昌也の心配をしているのである。だがその内容たるや、独り身の中原昌也へ彼女を紹介してやるとか、なんかバカにしてるような内容なのである。そりゃあ島田雅彦だって、本当に中原昌也のことを支持しているのだろう。だが松本仁志『遺書』ではないが、人をけなすより、褒めるほうが圧倒的に難しいのであり、下手な支持表明は、バカにしているように聞こえる。今回の記事がまさにそうだった。中原昌也の盟友である阿部にとって、それがカチンときたんだろう。その不快感を、小説という体裁を装うことで表明したのだ。かなりストレートに。阿部和重って、けっこう義に厚いというか、仲間思いなのである。ともかく若い世代は、上の世代に噛み付かないと面白くない。活気がでない。原因は下らないが、どんどんやれやれ!


同誌に発表された第37回新潮文学賞受賞作『冷たい水の羊』(田中慎弥・32・無職)は、最近の新人賞の中でもかなり好感を持てる作品だった。いじめられっこの中学生が主人公の話。どんなに酷いイジメに遭っても、自分がイジメられてると思わない限りイジメにはならない、そして自分はイジメられてると思ってないからイジメられっこではない、と捻れた論理に縋る「イジメられっこ」が、イジメっことの間にサド・マゾ的な共感を感じたりしてさらに捻れ、中途半端な傍観者として振舞う意中の女の強姦・殺害を企図、そして自殺もしてしまおう、というとてもありふれた話である。本当に、ありふれた話である。が、本気の本気で書きました、という愚直な迫力に関しては、ありふれた小賢しさから完全に抜きん出ていた。文章も非常にうまい。なんと言うか、小説というのはやはり、小賢しくしようとしても全然ダメだ。何しろ、選考委員というのが、桁外れの教養を備えているので、何か戦略を立てたところで、まず百パーセント近く底を見透かされる。彼らの目は絶対に欺けない。また彼らの教養に先んじんることは絶対にできない。だから戦略そのもので満足している作品は絶対に通らない。その先に、もっと愚直な、狂気じみた本気度が要求される。一切手を抜かず、本気で作品に取り組んだ時にのみ出てくる、言葉の一つ、二つ、そういう身を切った言葉なら、あらゆる快楽を探求しつくした大企業の会長みたいに教養に倦んでしまった選考委員をも、あるいは刺激するだろう。この本気というのは、自分に正直にやればいい、という甘えとは全く別物である。この恐るべき選考委員どもは、手を抜いた箇所を探り当てる嗅覚が、また並外れている。とにかく文章とどこまで向き合えるかが、ある意味でシンプルに、ある意味で多次元的に問われている。そして余談だが、この新潮文学賞の選考委員に、今回から阿部和重が加わった。


*大塚英志 『物語消滅論 −キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」』読了。
*島田雅彦 『優しいサヨクのための嬉遊曲』読了。

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地下街の片隅に佇む隠れ家的な名曲喫茶で『阿修羅ガール』(舞城王太郎)を読了。余韻に浸りながら煙草を吸っていると、背後からいきなり何者かにバチコーン! と肩を叩かれる。驚いて振り返ると、謎の美女が微笑んでいる。そして「ひっさしぶり〜!」と親しげに声をかけてくるではないか! 「おお、久しぶりじゃん……ゴニョゴニョ……」と、言葉を濁す自分。いったいこの美女は!? 何者!? 慌てて記憶の糸を手繰り寄せるが、一向に思い出せない。そんな自分の当惑をよそに、彼女は向かいの席に座り「こんなとこで何してんの?」と問う。そう、自分はちょうど読書を終えたところで、煙草を吸いながら『阿修羅ガール』の解読を試みていたところだった……。

舞城王太郎の文章の特徴については、以前、『みんな元気』の記事で触れた。ドライブ感のある文体と、ミステリ仕込みの精細化した高度なコンテキスト、そして物語性の高い構成が特徴だった。彼のそうした志向性は他の作品にも一貫している。三島賞受賞作となった『阿修羅ガール』も同様であった。またこれも以前に触れたが、彼の作品は物語性が高くても、明確な起承転結を欠いている為、中原昌也の作品がそうであるように、要約することができない。彼の作品を読んでいると、必ず途中で、話の流れが大きく脱線する。これでもか、これでもか、と言うくらい横滑りを繰り返し、ほとんど雪崩に身を任せるように読み進めるのだが、不思議な事に、最後には一巡してきちんと「結」に収斂する。
物語の本道から脇道に逸れ、大胆な逃避行を敢行するわけだが、逃げ続けた果てでまた物語の本道に辿り着くという按配だ。通常、そのような脱線物語を読む場合、読者は不安や退屈を覚えるものだろうが、彼の軽快に畳み掛ける文章のリーダビリティ(推進力)が、読者の不安・退屈を凌駕する。一体どうしてこのような作品作りが可能となるのか、そこのところが今一つ分からなかったのだが、今回『阿修羅ガール』を読んでやっと判明した。間違いなく舞城は、作品を「後ろ」から書いている。当たり前だが読者は、前から読む。その前後の時間差を最大限に生かすのだ。で、この場合の後ろから書くと言った時の「後ろ」とは、実際の執筆の手順を言っているのではなくて、主題的なもの、裏テーマのことである。そう、彼の作品にもう一つの特徴を付け加えるならば、とても「主題」的であることで、これは「メッセージ性が強い」とも言い換えられる。作品につき、必ず何がしかの「主題」「メッセージ」がある。そんなの当たり前じゃないのか!?と思われるかも知れないが、純文学の場合、明確な「主題」というのは必ずも必要ではなく、むしろ作品を束縛・貧困化する場合が多い。だから舞城のように、強く「主題」「メッセージ」を打ち出す作家というのは稀有であり、彼が物語作家の由縁でもある。で、「後ろ」から書いている、の話に戻すと、たとえ彼が実務的には「前から」書いていたとしても、「結」の部分は、書き始める前に頭の中で出来上がっているはずなのである。逆に言えば、そうでなければ、あんな大胆な物語の脱線は不可能なはずなのである。ここでまたしかし、「結」が決まってて書き出すなんて、そんなの当たり前ではないか!?と思われるかもしれない。しかし純文学においては、「結」が決まってて書き出すというのは、稀な事態なのである。勿論、主題なり結論なりをそれなりに仮構しながら書き進めていくことはあるのだが、多くの場合、とりわけ良い作品とされる場合、必ず仮構したものからズレていくのである。キャラクター産業のコミックにおいても、良い作品は、途中でキャラが著者の意図を超えて勝手に動き出すと言うし、意外に知られていないが、謎解きミステリーのような作品においてさえ、著者が真犯人を決めぬまま書き出すことが多いのである。だからとりわけ舞城の、圧倒的な地滑り的ダイナミズムを前面に押し出した作品において、「結」があらかじめ決まっているのではないか、という解釈は、まさに発見と言っていいものなのである。そしてもう一つ「後ろ」の意味を考えてみたい。読者が、脱線に次ぐ脱線の中で、物語的な宙吊りを強いられている間も、当の文章は不思議な自信に満ち溢れ、背筋がピンと伸びている。この確信に満ち溢れた文章は、「保留」を喰らった読者に、確かな「後ろ」を感じさせる。文章の「背後」にあるもの、今はまだ見えていないが、意図されて隠された作品の「素顔」とも言うべきものの気配が蠢いている。

……と、そんなようなこと名曲喫茶で考えているまさにその時だった。バチコーン!と背後から肩を叩かれたのは。不意に出現した、親しげに語りかけてくる見知らぬ美女。テーブルを挟んでアレコレと差し障りのない会話を交わす。その間、彼女が誰だったか、ぼくは必死に思い出そうとする。そうして10分ほど経った頃か、おもむろに彼女が言う。
「そう言えば、天王寺のヤツ、元気してるかなぁ?」と。
「あぁ、あいつなら相変わらずだよ」と何気なく答えながら、ぼくは心の中でパシッと膝を打った!
やっと彼女の正体が分かったのだ。彼女の口から出た「天王寺」という、共通の友人の名前を介すことで。そう、彼女(=Aさん)に出会ったのは半年くらい前、天王寺のコンサート会場でのことだった。食事をしながら演奏を聴くというイベント形式だった為、相席になった彼女と、その時はじめて会話を交わしたのだった。そのことを、すっかり忘れていたのだ。彼女がAさんと分かってから、ようやく会話に弾みがついた。いやはや、すっかり失礼してしまったものだ。

名曲喫茶を後にして、Aさんと別れてから考える。多かれ少なかれ、誰にでもある場面だろう。声をかけられても、その人が誰か思い出せないという失礼極まりない場面。しかしこれは、考えてみれば実に奇妙な経験なのである。ぼくはAさんと会話をしている10分の間、必死に思い出そうとしていた。誰を? 勿論、Aさんを、である。しかし、思い出そうとしている当の実物が、目の前にいるのである。Aさんを目の当たりにしながら、Aさんを思い出せないのだ。思い出そうとしてるAさんは、目の前にいるAさんなのに、Aさんが思い出せないのだ。解答があまりにも明白な形で現前しているにも関わらず、ぼくは必死に解答を探す。どういうこと、これ??? 種明かしはこうである。ぼくにとってAさんが謎であり続けた10分間、ぼくにとってのAさんは、文脈がなかったのである。人は何かを思い出す時、多くの場合、それ単独で思い出すのは無理なのであって、文脈(物語)を必要とするのである。そしてAさんを読み解く文脈とは共通の友人「天王寺」だったのだ。これが以前にも言った、記憶と物語の関係である。人は物語的に記憶する。また、人は物語的に思い出す。つまり人は、物語的にしか事象を解せない。例えば一つの問いとして、複雑な方程式が与えられる。次に、その解答を以下の数字の中から選べと言われる。1、2、3、4、5、6、7、8、9、10のいずれかから選べと。解答はその中の「3」である。ぼくは数字の羅列の中に、さっきからずっと「3」を見ている。解答を見ているのだ。だがそれが正解とは分からない。なぜかと言えば、計算の過程が奪われているからだ。それはつまり、物語の文脈を奪われていることに他ならない。では、純粋で単独な「物それ自体」としての理解・記憶は、ありえないのだろうか? 人の意識の中では、何事も何事かの文脈に収まるしかないのだろうか? 獣のような「目」「耳」それ自体として世界を知覚することはできないのだろうか? であるならば、彼女がAさんであると判明するまでの10分間、ぼくにとって彼女は一体誰だったのだろうか? 恐らく、「1」とか「2」とか、つまり他のテーブルに座っている面識のない客と同じ存在だったはずだ。彼らと彼女を区別するものがなかったのだから。

ぼくがAさんを思い出すまでの10分間、それは舞城の作品に置き換えると、文脈を剥奪された読者が、宙吊りにされた物語の中を彷徨って、脱線している状態である。物語の本筋に背を向けて逃避行を続けている不安な状態である。だが相手が美女であれば(文章そのものが面白ければ)、脱線もまた良し、とりあえず脇に逸れた会話そのものを楽しめる。そして舞城は必ず最後に「天王寺」(文脈)を用意してくれる。読者はパシッと膝を打ち、奇跡のような眩暈を感じることだろう。そうしてその謎の10分間が、決して単なる脱線や迂回ではなく、大きなメタファーとして機能していた、ということに気が付くのだ。

そういう次第で今回の記事は、舞城流に「後ろから」書いてみた。(って、勿論、前から書いたけど)


(*Aさんの件は妄想) 

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同じバイトの職場に長らく一緒に勤めていた音大出身の友人が、イベント・プロデューサーの職に就いたのはもう2年近く前のことだったか。彼自身も立派な奏者でありながら、イベントの作り手(裏方)という職種を望んでその道に進んだのだった。それから何度も、彼のプロデュースしたイベントに足を運んできた。時には客として、時にはスタッフとして。イベントを一つ作り上げるには、大変な行動力、判断力、人脈を必要とする。いつも、彼の働きぶりと意志の頑なさには敬意を感じたものだった。彼は不思議な形で業界を泳ぎ回りながら、今、「Starman Vision」という会社でミュージシャンのプロデューサーという肩書きになっている。これまでに何名かのミュージシャンのプロデュースに関わりながら、ようやく今、彼自身が本気でプッシュしたいと思える本物のミュージシャンに巡り合ったらしい。それが、『THE CORONA』というバンドである。

「10月9日はライブやるんで、キッチリ空けてて下さい!」と、前々から念押しされていた。彼自身が心からプロデュースを手がけるライブであるならば、裏方に回った彼の、つまりこれが、晴れ舞台にもなるわけだ。そんなお目出度い舞台を飾るバンド、それが『THE CORONA』である。

今日がその日。純粋な客として観にいくつもりだったが、前日に電話をもらい、カメラマンの手が足りないので4カメを回してくれないか?と頼まれた。勿論、喜んで引き受けた。チーフ・カメラマン(1カメ)を担当していたのが僕の大学時の先輩だったので、とてもやりやすかった。開演1時間15分前、まだリハを行っている時間帯に現場入りすると、すでに会場の外に長蛇の列が出来ている。これは何やらスゴイことになっているようだ。会場に入ると、大勢のスタッフが忙しく立ち回り、友人が活き活きと指示を飛ばしている。すっかりプロデューサー業が板についているようだな。就活してこの職を選んだのは正解だったんだなぁ、とシミジミ思う。いや、そうではないな。良く考えてみると、彼はこの職業に就く以前から、全く同じようなことを何度もやってきたはずだった。じゃあ、就職以前と以後とで何が違っているのか? やはり会社に入ったことで、資本・機材・人脈をより大規模で活用できるようになったことが違う。でも、以前からやってること(やりたいこと)は変わらないのだ。これって、すげー理想的ってことじゃないのかな、と、そう思ってシミジミしたのだった。
さて、リハが済んで、ミュージシャンは楽屋へ引っ込む。客入れが始まる。続々と入場してくる客の群れ。たちまち満席になるも、会場の外まで伸びた列はまだまだ長い。空いた床のスペースにシートを敷き、座り込む客、壁際にギッチリと肩を寄せ合う立ち見客、満員御礼とはこのことだ。三脚のスペースをなんとか死守する。人いきれ、ごったがえし、グラスが落ちる音、人の群れから立ち昇る熱気が、天井で渦を巻いている感じだ。こんなにも客の期待を煽り立てるバンド、それが『THE CORONA』である。

今回のLIVEは変わった趣向を凝らしてあり、演劇俳優が一人出演している。オープニングや曲間に、一人芝居を演じるのだ。なぜこのようなスタイルを取ったかと言えば、この『THE CORONA』なるバンドが、たくさんの楽器を使った大編成のバンドであり、曲間ごとに楽器の配置変えなどが行われるので、そのあいだ客を飽きさせない為の工夫だろう。実際の演奏については、ぼくは音楽のことをうまく文章に書けないのだが、素人でも分かる素晴らしさだった。それがどう素晴らしいのかと言えば、素人でも分かるほどの素晴らしさだ!(循環論法)。……ともかく、オフィシャルサイトからの引用で彼らの音楽を解説すると、次のようにある。

「2003年古川尚篤の呼びかけにより、チャランガといわれるアフリカのリズムとヨーロッパのクラシック音楽を融合した、優雅なラテン音楽を演奏するバンドを結成。チャランガのスタンダードを中心に演奏活動を始める。その後、中南米の音楽を軸にロック、現代音楽、諸国の民族音楽など、様々な音楽のカラーを取り入れ、現在の音楽スタイルを確立する」

これが、『THE CORONA』だ!

楽器は、とにかくいろいろ出てきたが、メインのものは、ドラム、コンガ、フルート、トランペット、チェロ、バイオリン、バス、キーボード、パーカッションなどで(多分)、メンバーは8人だが、曲によってはゲスト奏者も交えた大編成となる。その中にお知り合いもいたのだが、なぜか撮影中は気がつかず、大変失礼なことをしてしまった。ヴォーカルは肌の黒いファンキーな女性で、UAを彷彿とさせる存在感のある声。その声の張り、パフォーマンス、MCの際の何言ってるか意味不明なイカれた感じ、いずれも際立っていた。他のメンバーも、負けず劣らず。コンガを叩いていた女性もファンキーで、ボンバーヘアーにタトゥーの入った肩が、単なるファッションの域を越えてスピリチャルなもの、生き方のスタイルを滲み出している。メンバーは音大出身者らしく、やはりきちんと音楽性を追及しているバンドは、どんなにハイ・テンションで弾けまくっても、根底にしっかりとした音楽理論を踏まえていて、それが何とも「オシャレ」に見えるのだ。「オシャレ」って、当人が分かっているってことなんだな。だからこちらも安心して聴いてられる。最後は一挙に楽器が増え奏者も十数名、何やら大団円となり、会場全体が興奮の坩堝となって盛り上がった。鳴り止まない拍手の嵐の中、挨拶が済んでメンバーが楽屋へ引っ込むと、拍手はそのまま「アンコール」を求める手拍子に変わる。音楽の素人でも唯一つ分かること。それはこの「アンコール」を求める手拍子にこめられた熱が、本当かどうか、ということ。言うまでもなく今回の手拍子は、まるで祭り囃子のような、まるでプロレス会場の客が踏み鳴らすストンピングのような、まるで暴動を求めてでもいるかのような紛れもない心からのもので、荒々しくさえあった。この手拍子に誘われて、一旦引っ込んだメンバーがゾロゾロとステージに戻ってくる。おっ! もう一曲演ってくれるのか!! 例のファンキーな女性ヴォーカルがすっと歩み出てマイクを掴む。最後にどんな曲を歌うのか? いやがうえにも観客の期待が募る。そして彼女は口を開いた。

「とりあえず、出てきてみました」  ドタタッ!!と客がズッコケる。 

このひと言のみを残し、またメンバー揃って楽屋へ引っ込んでいった。演奏はなし!何しに出てきたんだ!?
アンコール前に完全燃焼するバンド、これが『THE CORONA』だ!!

詳細はこちら。http://starman.co.jp/corona/
現在、1st mini album「淡々と煌々」をリリース中。
今後の展開に目が離せない!

さて、今夜の素晴らしいライブを作り上げてくれた名プロデュサー、良く考えれば彼もすでに立派なプロ、名を上げてナンボの世界に生きている。だからここでも名前を伏せる必要はないだろう。

そう、彼こそは『THE・高松京介』である!!


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