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郷愁、感傷。映画でこれをやられると、本当にかなわない。スクリーンを正視できない。身悶えと煩悶。そして心を砕かれる。これほどまでの郷愁と感傷の境地は、侯孝賢以外なかなか思い浮かばない。映画はすごいと、改めて思う。
感傷を否定する作家や評論家がいる。それも、一人や二人ではなかったと思う。いったい彼らは、何を言いたかったんだっけか? 感傷は成長に繋がらないとか、感情を誤魔化すだけとか、そういうことだったのか? しかしこの映画を観て、それでもまだ、そんな甘い言葉を言えるだろうか? この映画に親和的な感傷性はない。むしろ、ヒリヒリする痛みがある。 自分の家族はたまに、車を使って遠距離旅行をする。去年は大阪まで行った。今年のGWは広島まで行く予定だ。高速道路の途中で、ドライブインに入ったり、出たりする。飯を食ったり、トイレに行ったり、コーヒーを買ったり、煙草を吸ったり、ガソリンを入れたりするためだ。しかし、いつものことながら、そのドライブインでなくても良かった。なぜなら、もう一つ先のでもよいからだ。しかし入ったのは、そのドライブインだったのだ。そこには、同じように休憩している人たちがいる。なんたる不思議! 自分の親父は、どういうわけか良く分からないが、南は沖縄、北は北海道まで、いろいろなところに住んでいた過去を持っている。沖縄、広島、兵庫、大阪、愛知、長野、東京、福島、宮城、北海道。少なくともこれらの土地に住んでいたのは確からしい。他にもまだあるかも知れない。あまり自分のことは話さない親父なのだ。しかし車で一緒に遠距離旅行をすると、ポツポツと、そういう話が出る。「お前が生まれる前、お父さんはここに住んでたんだよ」と。それで、高速から降りてみたりもする。去年もそうだった。降りたのは長野だった。「あぁ、俺が住んでた頃と変わったなぁ」と、親父が言う。自分は窓から町並みを見るだけだ。夜遅くだった。窓を開けると、空気が東京とぜんぜん違って、冴えている。ネオンの光も、空気の加減でか、澄んで見える。そのうち、一軒のレストランに着く。「ここで勤めてたんだよ」と、親父が言う。「ワニの肉を出すんだ」とも言ったかもしれない。レストランはもう閉店で、明かりが消えている。この街で親父は、なにをやってたんだろう? いろいろと胸に抱く、希望や夢のようなものがあったのだろうか? それとも一日一日の生活にただただ必死だったのだろうか? 日々、何を考え、空など見て、何を思っていたのか? 全ての夢見られた可能性が、黒々とした夜空の下にうずくまっているかのようだ。こういう風景を家族で眺めるのが、自分が知っている、最大級の感傷と郷愁だ。そのときもそう思って風景を見ているが、旅が終わり、数日後、三ヵ月後、数年後、と時間が経つうちにまた、改めてそうだと思いなおす。それに自分はもう、子供と言うにはグロテスクなほど歳を食っている。もうすぐ30になるのだ。 この最大級の感傷と郷愁に、そっくり同じものが、「アメリカ、家族のいる風景」にあった。全編に漲っていた。この映画を観ていると、狂い死にしそうになる。 |
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