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以前も書いたが、最近購入したばかりのプリンターが、一向に印刷物を吐き出さない。 故障ではないかと疑われた。すでに何度か電話をかけていたメーカーのコールセンターへ、最終的なクレームの電話を入れる。散々に商品の欠点をあげつらった上で、返品を言い渡すつもりである。不退転の意志で、断固! ところが、いつもそうであるように、回線が混み合っていてなかなか繋がるものではない。しかも、フリーダイヤルではないから、待たせられてる間も料金が発生していく。
オンフックにして受話器を置き、なにか鳥のさえずりや川のせせらぎで構成された保留音を聞かされながら、コーヒーを飲んだり、煙草を吸ったりして、相手が出るのを待ち続ける。 いま思えば相手の戦略か、ヒーリング効果のある保留音によって、熱した気分がほどよく冷えかかったころ、おっとり刀でオバサンが出る。 「大変長らくお待たせしましたっ!」 さて、慌てて怒りを思い出す。なんだったっけか? ともかく、慌てるようにして、不具合の状況を事細かに述べていく。これまで何度も電話したにかかわらず、一向に改善しないではないか! おかげで多大な損害を被った! 等。 しかしそれらの声も、オバサンの事務的なアドバイスにすりかえられていく。 USBコードを2m以下にして下さい。再起動してください。デバイスを開いてポートを○○に変えてみてください。一旦USBコードを抜いてください。もう一度差し込んでください。電源を切ったり入れたりしてみてください。プリンターを持ち上げて、底に書いてある百桁のシリアルナンバーを読み上げてください。それから一発、思い切りジャンプしてみてください。それで駄目なら、いったん深く屈伸してから、ピョ―ンと勢いよく飛び上がってください。いや、本当にしなくて結構です。 気がつくと、命じられるままにパソコンの周りをうろつき、あれこれと忙しく、コードの抜き差しなどしている自分がいた。しかし、そうではなかったはずだ! もう一度椅子に座りなおし、腰をすえてクレームに取り掛かる。断固、返品を要求した! ところが……。 その最中、椅子の背凭れが外れ、ダイナミックに転げ落ちるという滑稽な事態が生じてしまった。 ズドーン!という、高らかな音が響き、明らかに受話器の向こうにも聞こえただろう。 この恥ずかしさを気取られないようにして、冷静にクレームを続けながら、椅子の底面の裏側にある、外れたネジを穴に差し込んで、グルグルと回していく。床にはいつくばり、ネジを回しながら、クレームを続ける……。 結果として、どうしてそうなったのかよく覚えていないが、メーカーから同製品がもう一台送られてくることになった。明後日届くらしい。 まるでカフカの世界だ。 |
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ロシア発超本格アクション・ムーヴィー、とか、ロシア発「ダイハード」なんてキャッチ・コピーでは収まらない、いきなり隔世遺伝した、新しい息吹、世界水準で語られうるヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)の匂いがプンプンする。ソ連映画と言えば、国策映画として、政治と密着に繋がり合っていた過去があったかと記憶しているが、それが確かレン・フィルムという、なにやら秘教めいた研究機関によって、ソクーロフ「マリア」とかカネフスキー「動くな、死ね、甦れ!」に昇華されたりして、最近ではどういうことになってのかさっぱり分からなかったが、いきなり、面白い形で隔世遺伝して『大統領のカウントダウン』が生まれた。どうしてこういう映画ができたのか分からないが、明らかに国の支援の全面的に受けた、ホンモノ志向の映画になっている。 ただし、それをハリウッド映画になぞらえて、ようやくロシアもハリウッドと肩を並べるようになったか、とか論じるのは、かなり御門違いではないかと思う。そもそもロシアは、ハリウッドとは別な基軸をもっていたはずで、その軸の延長線上に「大統領のカウントダウン」が花開いているように思われるのだ。かと言ってでは、完全にハリウッド志向とも違うかといえば、案外そうでもなくて、たしかにハリウッド映画的なものと重なっている部分もあったと思う。とにかくロシア人というのは、なにをやらかすか分かったものではない、原理主義っぽいところがある。
ところで、チェチェンのテロリスト集団を材にとったこの映画は、時節柄、スピルバーグの「ミュンヘン」と比較してみる向きもあると思う。かたや、「9・11=アメリカ=ハリウッド=スピルバーグ」という等式が成り立って、そこでテロリズムのなんたるかが描かれ、一方で、ロシア発の、チェチェン問題を扱った映画が生まれ、テロリズムのなんたるかが描かれる。どちらも根っこには、イスラムが絡んでいる。ただ面白いのは、どちらもハリウッド的な手法をもって描かれながら、どちらも完全にハリウッド的でなく、偏差があるということだ。「ミュンヘン」についはすでに書いたので、「大統領のカウントダウン」について考えてみると、まず、念入りに脚本が練りこまれているということがある。そして、無駄のない効率的な場面展開によって、複雑に入り組んだ状況を、見事に効果的に語っている。ここが、これまでのロシアになかった志向性だと思う。といって、自分はあまりロシア映画に詳しいわけじゃないので、よく分からないが。では果たして、そういう志向性がすぐにハリウッド的な娯楽性とかスペクタクルに結びつくかと言えば、そう言いきることはできず、なんというのか、全編を通して、テロリズムの恐怖が芯になり続けていて、それが常に有効に機能し、最初から最後まで、響き合っている。つまり、すごく単純な言い方をすれば、作品に魂が籠もっている、ということだ。これは、絶対に「ダイハード」と違う。もちろん、「ダイハード」は「ダイハード」で面白いのだが。 何かの危険に具体的に晒されているという恐怖感が根っこにあるかないか、つまるところそれであると思う。そういう恐怖感が根っこになければ、こういう映画は生まれない。とかく、いろいろな兵器だとか、戦闘機だとか、母艦とか、装甲車とか、ホンモノがいっぱい出てきて、大迫力だ、というほうに目が行き勝ちで、たしかにそれはそれで映画の面白さなんだけど、そうした表れの一番根っこに恐怖があるということ、そこを見なければ、この映画を取りこぼしたことになってしまう。それに、これは凄いと思うのだけど、それだけいっぱいの兵器など出しておきながら、一つも浮き足立ったところがないこと。つまり、落ち着いていて、大袈裟に感じられないということ。よく、トップガンみたいな戦闘機乗りのラブ・ロマンスを描く映画があるけど、あの戦闘機の浮き足立った印象に比べ、装甲車などがまるで、日常風景みたいな収まり具合なのだ。というか、日常風景にすんなり介入してしまっている装甲車が、異物感というより、悪夢のような自然さにすんなり収まっていることの、恐怖感というか。それに、役者の演出に関しても、大仰めいたところがない。起爆装置を解除した瞬間の、スターリン少佐と女ジャーナリストの無言の目のやり取り。「はぁ」と溜息をつくだけで、非常なカタルシスが生まれる。 そう、キャストも素晴らしかった。スターリン少佐、ウルマ……。 この映画には、恐怖もあったが、その恐怖に打ち負けず、断固として闘いとおすという強い意志が同じくらい漲っていて、だから感動的なのだと思う。 ロシアの底知れない凄さを、いきなり感じさせられる一品だった。 |
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郷愁、感傷。映画でこれをやられると、本当にかなわない。スクリーンを正視できない。身悶えと煩悶。そして心を砕かれる。これほどまでの郷愁と感傷の境地は、侯孝賢以外なかなか思い浮かばない。映画はすごいと、改めて思う。
感傷を否定する作家や評論家がいる。それも、一人や二人ではなかったと思う。いったい彼らは、何を言いたかったんだっけか? 感傷は成長に繋がらないとか、感情を誤魔化すだけとか、そういうことだったのか? しかしこの映画を観て、それでもまだ、そんな甘い言葉を言えるだろうか? この映画に親和的な感傷性はない。むしろ、ヒリヒリする痛みがある。 自分の家族はたまに、車を使って遠距離旅行をする。去年は大阪まで行った。今年のGWは広島まで行く予定だ。高速道路の途中で、ドライブインに入ったり、出たりする。飯を食ったり、トイレに行ったり、コーヒーを買ったり、煙草を吸ったり、ガソリンを入れたりするためだ。しかし、いつものことながら、そのドライブインでなくても良かった。なぜなら、もう一つ先のでもよいからだ。しかし入ったのは、そのドライブインだったのだ。そこには、同じように休憩している人たちがいる。なんたる不思議! 自分の親父は、どういうわけか良く分からないが、南は沖縄、北は北海道まで、いろいろなところに住んでいた過去を持っている。沖縄、広島、兵庫、大阪、愛知、長野、東京、福島、宮城、北海道。少なくともこれらの土地に住んでいたのは確からしい。他にもまだあるかも知れない。あまり自分のことは話さない親父なのだ。しかし車で一緒に遠距離旅行をすると、ポツポツと、そういう話が出る。「お前が生まれる前、お父さんはここに住んでたんだよ」と。それで、高速から降りてみたりもする。去年もそうだった。降りたのは長野だった。「あぁ、俺が住んでた頃と変わったなぁ」と、親父が言う。自分は窓から町並みを見るだけだ。夜遅くだった。窓を開けると、空気が東京とぜんぜん違って、冴えている。ネオンの光も、空気の加減でか、澄んで見える。そのうち、一軒のレストランに着く。「ここで勤めてたんだよ」と、親父が言う。「ワニの肉を出すんだ」とも言ったかもしれない。レストランはもう閉店で、明かりが消えている。この街で親父は、なにをやってたんだろう? いろいろと胸に抱く、希望や夢のようなものがあったのだろうか? それとも一日一日の生活にただただ必死だったのだろうか? 日々、何を考え、空など見て、何を思っていたのか? 全ての夢見られた可能性が、黒々とした夜空の下にうずくまっているかのようだ。こういう風景を家族で眺めるのが、自分が知っている、最大級の感傷と郷愁だ。そのときもそう思って風景を見ているが、旅が終わり、数日後、三ヵ月後、数年後、と時間が経つうちにまた、改めてそうだと思いなおす。それに自分はもう、子供と言うにはグロテスクなほど歳を食っている。もうすぐ30になるのだ。 この最大級の感傷と郷愁に、そっくり同じものが、「アメリカ、家族のいる風景」にあった。全編に漲っていた。この映画を観ていると、狂い死にしそうになる。 |
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