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日記

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同じバイトの職場に長らく一緒に勤めていた音大出身の友人が、イベント・プロデューサーの職に就いたのはもう2年近く前のことだったか。彼自身も立派な奏者でありながら、イベントの作り手(裏方)という職種を望んでその道に進んだのだった。それから何度も、彼のプロデュースしたイベントに足を運んできた。時には客として、時にはスタッフとして。イベントを一つ作り上げるには、大変な行動力、判断力、人脈を必要とする。いつも、彼の働きぶりと意志の頑なさには敬意を感じたものだった。彼は不思議な形で業界を泳ぎ回りながら、今、「Starman Vision」という会社でミュージシャンのプロデューサーという肩書きになっている。これまでに何名かのミュージシャンのプロデュースに関わりながら、ようやく今、彼自身が本気でプッシュしたいと思える本物のミュージシャンに巡り合ったらしい。それが、『THE CORONA』というバンドである。

「10月9日はライブやるんで、キッチリ空けてて下さい!」と、前々から念押しされていた。彼自身が心からプロデュースを手がけるライブであるならば、裏方に回った彼の、つまりこれが、晴れ舞台にもなるわけだ。そんなお目出度い舞台を飾るバンド、それが『THE CORONA』である。

今日がその日。純粋な客として観にいくつもりだったが、前日に電話をもらい、カメラマンの手が足りないので4カメを回してくれないか?と頼まれた。勿論、喜んで引き受けた。チーフ・カメラマン(1カメ)を担当していたのが僕の大学時の先輩だったので、とてもやりやすかった。開演1時間15分前、まだリハを行っている時間帯に現場入りすると、すでに会場の外に長蛇の列が出来ている。これは何やらスゴイことになっているようだ。会場に入ると、大勢のスタッフが忙しく立ち回り、友人が活き活きと指示を飛ばしている。すっかりプロデューサー業が板についているようだな。就活してこの職を選んだのは正解だったんだなぁ、とシミジミ思う。いや、そうではないな。良く考えてみると、彼はこの職業に就く以前から、全く同じようなことを何度もやってきたはずだった。じゃあ、就職以前と以後とで何が違っているのか? やはり会社に入ったことで、資本・機材・人脈をより大規模で活用できるようになったことが違う。でも、以前からやってること(やりたいこと)は変わらないのだ。これって、すげー理想的ってことじゃないのかな、と、そう思ってシミジミしたのだった。
さて、リハが済んで、ミュージシャンは楽屋へ引っ込む。客入れが始まる。続々と入場してくる客の群れ。たちまち満席になるも、会場の外まで伸びた列はまだまだ長い。空いた床のスペースにシートを敷き、座り込む客、壁際にギッチリと肩を寄せ合う立ち見客、満員御礼とはこのことだ。三脚のスペースをなんとか死守する。人いきれ、ごったがえし、グラスが落ちる音、人の群れから立ち昇る熱気が、天井で渦を巻いている感じだ。こんなにも客の期待を煽り立てるバンド、それが『THE CORONA』である。

今回のLIVEは変わった趣向を凝らしてあり、演劇俳優が一人出演している。オープニングや曲間に、一人芝居を演じるのだ。なぜこのようなスタイルを取ったかと言えば、この『THE CORONA』なるバンドが、たくさんの楽器を使った大編成のバンドであり、曲間ごとに楽器の配置変えなどが行われるので、そのあいだ客を飽きさせない為の工夫だろう。実際の演奏については、ぼくは音楽のことをうまく文章に書けないのだが、素人でも分かる素晴らしさだった。それがどう素晴らしいのかと言えば、素人でも分かるほどの素晴らしさだ!(循環論法)。……ともかく、オフィシャルサイトからの引用で彼らの音楽を解説すると、次のようにある。

「2003年古川尚篤の呼びかけにより、チャランガといわれるアフリカのリズムとヨーロッパのクラシック音楽を融合した、優雅なラテン音楽を演奏するバンドを結成。チャランガのスタンダードを中心に演奏活動を始める。その後、中南米の音楽を軸にロック、現代音楽、諸国の民族音楽など、様々な音楽のカラーを取り入れ、現在の音楽スタイルを確立する」

これが、『THE CORONA』だ!

楽器は、とにかくいろいろ出てきたが、メインのものは、ドラム、コンガ、フルート、トランペット、チェロ、バイオリン、バス、キーボード、パーカッションなどで(多分)、メンバーは8人だが、曲によってはゲスト奏者も交えた大編成となる。その中にお知り合いもいたのだが、なぜか撮影中は気がつかず、大変失礼なことをしてしまった。ヴォーカルは肌の黒いファンキーな女性で、UAを彷彿とさせる存在感のある声。その声の張り、パフォーマンス、MCの際の何言ってるか意味不明なイカれた感じ、いずれも際立っていた。他のメンバーも、負けず劣らず。コンガを叩いていた女性もファンキーで、ボンバーヘアーにタトゥーの入った肩が、単なるファッションの域を越えてスピリチャルなもの、生き方のスタイルを滲み出している。メンバーは音大出身者らしく、やはりきちんと音楽性を追及しているバンドは、どんなにハイ・テンションで弾けまくっても、根底にしっかりとした音楽理論を踏まえていて、それが何とも「オシャレ」に見えるのだ。「オシャレ」って、当人が分かっているってことなんだな。だからこちらも安心して聴いてられる。最後は一挙に楽器が増え奏者も十数名、何やら大団円となり、会場全体が興奮の坩堝となって盛り上がった。鳴り止まない拍手の嵐の中、挨拶が済んでメンバーが楽屋へ引っ込むと、拍手はそのまま「アンコール」を求める手拍子に変わる。音楽の素人でも唯一つ分かること。それはこの「アンコール」を求める手拍子にこめられた熱が、本当かどうか、ということ。言うまでもなく今回の手拍子は、まるで祭り囃子のような、まるでプロレス会場の客が踏み鳴らすストンピングのような、まるで暴動を求めてでもいるかのような紛れもない心からのもので、荒々しくさえあった。この手拍子に誘われて、一旦引っ込んだメンバーがゾロゾロとステージに戻ってくる。おっ! もう一曲演ってくれるのか!! 例のファンキーな女性ヴォーカルがすっと歩み出てマイクを掴む。最後にどんな曲を歌うのか? いやがうえにも観客の期待が募る。そして彼女は口を開いた。

「とりあえず、出てきてみました」  ドタタッ!!と客がズッコケる。 

このひと言のみを残し、またメンバー揃って楽屋へ引っ込んでいった。演奏はなし!何しに出てきたんだ!?
アンコール前に完全燃焼するバンド、これが『THE CORONA』だ!!

詳細はこちら。http://starman.co.jp/corona/
現在、1st mini album「淡々と煌々」をリリース中。
今後の展開に目が離せない!

さて、今夜の素晴らしいライブを作り上げてくれた名プロデュサー、良く考えれば彼もすでに立派なプロ、名を上げてナンボの世界に生きている。だからここでも名前を伏せる必要はないだろう。

そう、彼こそは『THE・高松京介』である!!

三十路誕生会

昨夜は学生時代の友人らと久々に飲んだ。
というのも、今月で三十路の誕生日を迎える友人が2人もいたので、誕生会ということで。
いろいろ調べ、カフェ・ラ・ボエムという、店内に噴水があるゴージャスなイタリアン店にした。TVドラマの撮影でもよく使われる、三宿の有名店らしい。たまにはこういう店もいいだろう。久々に顔を合わせたこともあって、つい興奮したのか、気がつくとワインをボトルで2本空けてしまった。これはヤバイなぁ、かなり酔ったなぁ、吐きそうだなぁ、いや、絶対吐くなぁ、というか、もう吐く! という感じで、お洒落な店内で派手に吐いてしまった。一応、トレイに駆け込む努力をしたのだが、その途中、噴水わきで早歩きしながら吐いたようだ。マーライオンか、俺は!? しかし店員も心得ていて、吐く瞬間にボールのような容器が口元にスっと用意されていた。これはスゴイ反射神経だ。こっちも高速移動していたので、なかなかできることではないだろう。プロフェッショナルだ。
店で散々吐いた後、どうやら友人がタクシーで自宅まで送ってくれたようだ。タクシーの中でも吐きそうになったのを覚えている。しかし店での会計はどうなっていたのだろうか。三十路の2人にオゴルつもりだったのだが、結局のところ1円も払わなかったようだ。ともかく自宅に着いて、熟睡しだしたようなのだが、さっき起きたら、トイレ周辺の床に吐いた跡があった。きっちり、ワインの赤色だった。そう言えば、眠気・吐き気と戦った記憶がある。自分の場合、かなり酔っても記憶がはっきりしている方だ。実家から送られてきた桃を、さっきむしゃぶるように食ったが、こんなにうまい桃を食ったこと今までなかった。
これからワインは1本までにしておこう。

実家から待望の玄米が届く!!

実家のママンは、農家と直接契約し、1年分の米をまとめ買いしている。買った米は農家の蔵の中に積んである。蔵には精米機もあるらしい。ママンは、米が切れると、その蔵へ行き、当面欲しい分だけを精米して袋詰めし、持ち帰る。その白米を、東京にいる自分にも一部送ってもらっていたのだが、友人から玄米の素晴らしさをすっかり啓蒙され、また敬愛してやまない浅井健一ことベンジーも玄米にはまっていたことから、今度は玄米を送ってもらうようにママンに伝えてあった。

3分か5分付きに精米してもらうようお願いしていたはずだが、届いたのは「全部付き」!!
まぁ、良しとしよう……。
これぞ玄米の中の玄米、男の中の男だ!

まず玄米を水に浸し、三時間ばかり置いておいた。
なにしろ全部付き、やっこくな〜れ、やっこくな〜れ。(注・柔らかくな〜れ)
芽が出ても困るので、三時間後電子ジャーで炊飯。
ちょっと多めに水を張ったが、やはり多すぎたようだ。
炊き上がりを見ると、やっこくなり過ぎている。
さて、どう食ったもんだか、近くのスーパーへ原チャを走らせながら考える。
リゾットだかオジヤだか分からない物にして食ってみよう、と何となく考える。
卵、ソーセージ、ピーマン、生椎茸を購入。
どうも高い食材には手が伸びない。これではいかんなぁ、と思い、パルミジャーノ・レジャーノ・チーズを買い足す。
このチーズには、パスタを作るときに随分と世話になっている。やや高めだが、このチーズをかけるだけで、そこらの店で出すパスタの水準になるので、重宝する。
さて、フライパンにエキストラ・ヴァージン・オリーブ油を垂らし、ソーセージとピーマンを投入。それからフヤフヤした玄米と生椎茸を投入。塩・コショウ。水コップ半、ブイヨン半欠けを粉々に砕いて投入。ついでに白ワインを少し入れてみる。水気がなくなってきたところで火を止め、生卵を一個投入。ぐにゃぐにゃ混ぜながら、余熱で半熟状態へ。最後に皿に盛り、パルミジャーノ・レジャーノ・チーズを粉状に下ろして振り掛ける。旅に出ている間、ベランダで栽培していたバジルが枯れてしまったのが猛烈に痛い。また植えようかな。

ともかく出来上がった玄米オジヤ(?)、スプーンで掬って食う。

「うっ!?……、うぅ……、美味いっ!!!」

白米ではこうはイカンだろうと思われる外皮のシャキシャキした食感と雑味。
ワンルームに居ながらに、窓の向こうで広大な田圃がパァーっと広がる気配を感じる。稲穂の上を飛び回るトンボまで見えそうだ。ピーマン、生椎茸の野菜とのコラボも、白米より深い次元で行われている。米よ、お前もまた野菜だったのか、と言いたくなる。ピーマンや椎茸に迎え入れられ、野菜同士のハーモニーを奏で出す。逞しい野趣を感じさせながらもやさしい味わい。雑味に広がる自然のエッセンス。これが玄米か!? 

ちなみに玄米を100として白米の栄養価と比較した場合、

たんぱく質   100:85  
 糖質     100:99
カルシウム   100:40
ビタミンB1   100:25
食物繊維    100:20

どうですか!?
さらに玄米の外皮にはフィチン酸なるものが含まれている。フィチン酸には発ガン性物質や放射性物質、環境ホルモンなどを体外に排出する働きがあるのだ。

健康にも良し、日々のことなのだから、食わない手はない。
しかし先日バーベキューでのことだった。そもそも玄米を勧めてくれた友人が、白米と肉を交互に口に運びながら、自問自答するかのごとく、しみじみとこう呟いたのだった。

「白い米ってやっぱ美味いよなぁ……」

焼肉にはやはり白米なのか。
野菜や魚など淡白なオカズだと、玄米の雑味がフォローしてくれていいのかもしれない。

ヴァカンス終了!!

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ヴァカンスを終え、今年の夏は満喫したぞ!! という満足感の一方、夏休み最終日を迎えた子供の心境を思い出す。
心行くまで羽伸ばし、飛び回った非日常という名の青空から、日常という名の地べたへ急降下。
なんという安直な表現だ。ヴァカンスボケかもしれない。
ともかくこの青空から地べたへの着地に失敗した例として思い出すのが村上龍だ。
ぼくの記憶が確かなら、村上龍は処女作「限りなく透明なブルー」で得た莫大な印税を手にブラジル旅行に赴き、当地でリオのカーニバルをついつい満喫。
東京に帰ってきたとき、舞い上がったテンションの調整に失敗し、精神科へ通って鬱病と診断されたのだったか。なんともカッコいい鬱病ではないか。

ヘミングウェイの処女長編「日はまた昇る」も、この宥めようのない昂揚感と、反動としての喪失感をとてもよく伝えてくれる。
パリに生活する荒んだアメリカ知識人たちの生態を報告して、一大センセーションを巻き起こした一作でもある。
ロバート・コーンという若手作家が、友人のジェイクを南米の旅に誘うくだりがある。


ロバート 「おい、ジェイク、きみは南米へ行きたくないかね?」
ジェイク 「行きたくないね」
     (中略)
ロバート 「ねぇ、ジェイク。きみは、人生がどんどん過ぎ去ろうとしているのに、その人生をすこしも
      うまく使ってないと感じることはないかね? もう人生の半分ちかくが過ぎてしまったと感
      じてぎくりとすることはないかね?」
ジェイク 「うん、ときどきそう感じることがある」
ロバート 「あと三十五年もすると、ぼくらは死んでしまうんだぜ」
ジェイク 「何を言ってるんだ、ロバート。ばかばかしい」
ロバート 「ぼくは本気だ」
     (中略)
ロバート 「とにかく、ぼくは南米へ行きたい」
ジェイク 「いいか、ロバート、ほかの国へ行ってみたところで、どうなるもんでもないぜ。おれは経験
      ずみなんだ。一つの場所からほかの場所へ移ってみたところで、自分からぬけだせるもんじ
      ゃない。どうにも処置なしさ」
ロバート 「しかし、南米へ行ったことはないだろう?」
ジェイク 「南米がどうだというんだ。南米へ行ったところで、気持ちは全然変わりゃしないよ。パリは
      いい町だぞ。なぜパリで人生をはじめないんだ?」


結局、このロバートと主人公ジェイク、そしてその一味は、南米ではなく、スペインのパンプロ−ナという町へヴァカンスに出かける。パンプロ−ナとは闘牛で有名な町で、よくTVでも、牛放しの映像が流れる。街路に放った牛の群れが、全速力で闘牛場に流れ込むわけだが、その牛どもの先頭を若者たちが必死で駆け抜ける。牛に追いつかれると角で一刺し、踏みつけられて命を落とすという野蛮な祭り。祭りは一週間続き、その間は、昼夜を問わず町中がどんちゃん騒ぎ。みんながみんな、朝から晩まで、はたまた晩から朝まで、5リットルの革袋に入れたぶどう酒などあおり、飲みに飲みまくる。昼は闘牛、夜は花火にパレード。そういう町でならず者のジェイクご一行様がすったもんだのあれやこれを絡ませ合って大爆発。祭りと共にテンションのピークを迎える。

ぼくは〜〜だった。〜〜した。〜〜が見えた。〜〜だ。〜〜の味がした。〜〜だ。〜〜た。〜〜だ。

という、吐き捨てるようなハードボイルド・リアリズムなる文体が、描かれる対象の爆発を即物的に切り取る。その冷静な文体と描かれる対象の間に広がるギャップに痺れる。
そうして、祭りが終わり、散り散りになるジェイクご一行。いわゆる「祭りのあと」というやつ。
文体そのものは全く変わらないが、描かれる対象が急に静かなものとなる。

ヴァカンスというのは素晴らしいが、なんと言うのかな、惑星の軌道が大きくずれて猛スピードで大回りする感覚。また元の一回り小さい軌道に舞い戻ってくる一瞬、非常に不安定で危うげなバランスになる。まぁ、それも一時のことで、すぐに軌道修正され、ぐるぐると日常を回り出すだろう。
ぼくが今回行ってきた館山、仲間たちとビールをケースごとドカドカ購入し、海辺の鮮魚屋で食材をワサワサ仕入れ、もくもくバーベキューをし、起き抜けから晩まで気兼ねなく飲みまくり、泳ぎ、浜を駆け、相撲を取り、磯でウニやらシッタカやらを採り、食い、地元の花火大会を観、海岸線をドライブし、温泉に入り、お気に入りの音楽をかけ、コロニアル風の三階建て別荘で寝泊りし、部屋はオーシャン・ヴューで……、というほとんど漫画的な非日常的宇宙空間を心行くまで遊泳し、最後は夜の高速道路を右に左にハンドルを取られつつ危うげなバランスで東京へ不時着した。その後ぼくは夜勤を一晩はさみ、愛知万博、大阪へ強硬スケジュールで飛び(車で)、やっとさっき東京に戻ってきた。
まだ地面がぐらぐらしている感じだ。大袈裟な表現だけど。

日常。いろいろとこなさなきゃならないものが待っている。

などとカッコつけて言ってみたものの、ぼくらの場合、その「日常」からしてやや世間の「日常」とずれてて、ルーズなほうではあるんだけど。でもそれだけに、ヴァカンスのインパクトはズシンと響いている。


ところで、ジャック・リベットの論文はいずこに?

ヴァカンス2

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帰ってきました! 館山サイコー!
今夜から愛知の万博に向けて出発、大阪にも行ってきます!
サイコォーですか?


*万博には冷凍保存のマンモスがあるらしい。

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