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基本的に日記、生活の中の思いつきなど

文学

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自分はあまり雑誌を読まないほうだと思うけど、「紙のプロレス」はやはり面白い。
10年前は今よりも一回り小さいサイズで、なぜかエロ本コーナーに置かれていることも多かったらしい。
それが今ではメジャー誌となって、スポーツ棚に置かれている。(当然だが)

「紙プロ」を読んでいると、その誤字・脱字の異様な多さが実に頼もしく、嬉しくなってしまう。
例えば前号を読み返すと44Pの橋本真也追悼座談会のコーナー。
「行きたくですねえ」は脱字で、正解は「行きたくねえですねえ」か。
またそのわずか8行後、
「暗い道場に気持ちで行ったら」は誤りで、正解は「暗い気持ちで道場に行ったら」じゃないだろうか。
こういう単純な誤字がとても目立つ。普通、編集部のチェックが入ればもっと減るだろう。
そもそもこの座談会自体、編集員が壊れたテレコ(テープレコーダー)で録音したために、再度仕切り直して改めて別日に同メンバーで語り直したものらしい。論客の一人、吉田豪曰く、もし橋本真也追悼という特別なテーマでなければ二度目は断っただろう、と。
ところでぼくは、なにも紙プロ編集部の揚げ足を取って喜んでいるわけではない。
むしろ、いつまでも校閲作業を強化せず放っておく編集部の体質に感動するのだ。
わざと誤字・脱字を多く含んでいるのではないかとすら思える雑誌の形態に感動する。
テレコの録音ミスも、また同じ体質から出たものだろう。

「紙のプロレス」とは、格闘技まで含んだ拡大解釈された「プロレス」の動向を伝えるジャーナリズム誌であるけれども、ライバル他誌との差は明確。
その雑誌名の通り、紙媒体を使ってのジャーナリズムのあり方そのものを、プロレス化しているのである。ではプロレス化とはどういうことか、と言われると、「プロレス」自体が「小説」みたいに定義付けが難しいので、ひと言では説明できないのだけど。とにかく、表面的な字面の正確さとか、そんなものに拘らない図太さがあるのだ。

「紙プロ」の特徴としてはまず、徹底的にレスラーを茶化す、ということがある。意表をついた企画でレスラーをイジリにイジリ倒す。これは野球やサッカーやF1の雑誌では到底無理だろう。スポーツ選手と言われるような常識人であれば、紙プロの編集員に潰されてしまうだろう。が、プロレスラーは潰れない。茶化されてもいじられても、図太い生命力でビクともせず、むしろキャパの深さを見せ付けてくれる。それを踏まえて紙プロ編集部は意表をつく角度でレスラーを取材し、また挑発するのだが、そうすることで杓子定規の取材を行う他誌より深部に迫ることに成功し、レスラーの生の声を伝えてくれる。
とにかく、紙プロの編集陣の卓越ぶりにはホント舌を巻く。
新日は紙プロに対して取材拒否をしているけれど、プロレスの衰退が取りざたされるのとリンクしているような気がする。紙プロの挑発や茶化し攻撃に耐え切れるほどのキャパの広さを持ったレスラーが失われ、虚弱化しているんじゃないか。

紙プロは毒舌家だが、腹の黒いヤツではない。純粋で腹を割ったスカっとする毒舌家だ。毒舌というのは軟弱な言葉より真実に迫る厳しさを持つと同時に、キャラをキャラとして立てる演出効果も担っている。これはなんと言っても優しさだろう。

紙プロが、誌上をリングに見立ててプロレスをしていること、これはプロレスのジャーナリズム誌としてのあり方として決定的に正しく、賢いように思われる。
プロレスとは上記した通り、定義付けの難しい、理屈の通らぬ世界。
そうした理屈の成り立たない世界を伝える際、普通の言葉では無理がある。これは小説についてもそのまま言えることだけど、理不尽なものを描こうするとき、言葉は捻じ曲げられる。紙プロの場合、紙プロ自身がプロレスラーとなって、プロレスの内部に入り込むことで、プロレス語を語るのだ。そしてプロレス語とは、当然、誤字・脱字など些細なことにとらわれたりはしない。この辺の一貫性に感動する。

いや、ジャーナリズム誌なんだから正確な言葉を使わなければダメでしょう、とか言う人は、プロレスの何たるかを全く知らない。誤字を見つけたときに味わう解放感、ニンマリ笑ってしまうときの感覚は、まさにプロレスラーが意味不明なコメントするときの解放感と重なってくる。プロレスを語れるのはプロレス語しかない。それを弁えている紙プロの知性。

この一見、好い加減さと取れる誤字の多さは、その通り、好い加減ととっても構わないのだが、決して消極的ないい加減さではない。例えば東大という最高学府に通いながらも、しょっちゅうアパートの鍵やコンタクトを紛失している忘れっぽい友人がいるが、そのギャップがまず面白く、また、それは好い加減という言葉で説明できるものではなくて、彼の頭の中は常に他の考え事、心奪われるほどの楽しい事に稼動されているから、日常の些事をついつい忘れてしまうという、積極性から出たもので、紙プロの脱字もまた、そのような類のものだろうと思って読めば、なお楽しい。

とにかくこの雑誌、型破りだ。まず出版日が決まってないというのもおかしい。月刊誌なら月刊誌でよいのだが、紙プロの場合、大体25日周期で発売、ということになっているから、年間で13か14冊出ることになるだろうか。なぜ25日周期!? 突っ込みどころ満載だ。鬼畜編集長と部員から呼ばれている山口日昇が業務を投げ出して行方不明?になり、連絡が取れなかったりするというのもおかしい。編集員が取材先のプロレス会場で、失踪していたこの山口編集長がウロウロしているのを目撃したりしている。

そういう突っ込みどころ満載でありながら、記事の充実ぶりはやはりすごい。理屈の通らぬのがプロレスの世界とは言うものの、ターザン山本の流れを汲んでどの雑誌よりも論理的にプロレスを語ってもいる。スポットを当てる人間も気が利いているし。

メジャー誌になったことで、かつてのような傍若無人ぶりはやや抑えられているが、根底には脈々とその毒舌が受け継がれている。また、傍若無人ぶりが抑えられたと言っても、それはそれ、エロ本コーナーからメジャー誌への途を選択したのだから、これはこれで全然いいんじゃないか。

田山花袋 「蒲団」

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近代小説化へ向けて動乱期にあった明治時代。その後期。
島崎藤村「破戒」で、自然主義文学の一方向が示され、さらなる深化の気運が持ち上がったちょうどその時、奇妙な作品が文壇に投じられ、異常な衝撃で決定打を与えた。
それが田山花袋の「蒲団」。
島崎藤村の自然主義が、曲りなりにも「対社会としての私」を目指したのに対して、田山花袋の「蒲団」は、「私としての私」、つまり「閉じた私」としての自然主義を目指した。
「蒲団」のもたらした衝撃が後々までずぅーと尾を引き、文学史を妙な方角に捻じ曲げ、果たして「私小説」なるジャンルを日本文学史の中に確立したと言われている。
この「私小説」の隆盛は、物語の構成やダイナミズムを損ない、社会から断絶し、はたまた悪戯に露悪趣味に走るだけとの謗りを受けることにもなる。身辺雑事のエッセイに近くなるという批判もある。
が、久米久雄によって「心境小説」と言い直されもした「私小説」は、客観描写ではなく、対象を見た著者の内面、心的境地を如実に描くことを主眼とし、優れた作品を多く残してもいる。

「私小説」の「私」とは、一人称の「私」のことを意味しているが、私小説の全てが一人称で書かれているわけではない。「蒲団」もまた、三人称の文学である。それがなぜ、「私小説」の祖形とされるのかと言えば、それまでタブー扱いされていた「性欲」の問題について露骨に告白した作品だからだ。
性についてオープンな時代に生きる現代人が「蒲団」を読み返すとき、この作品のどこが凄いのか、理解に苦しむこともあると思う。妻子を持つ中年小説家が、女弟子に禁断の恋を寄せる話で、露骨な告白といっても、現代人にしてみればワイドショーネタにもならない些事でしかないだろう。封建的な社会制度が色濃く残っていた明治・大正、それから昭和の前期など、まさに告白すべきタブーの宝庫だったのではないか。現代は、もうあれもこれも告白されまくって、影のない砂漠みたいなものだから、「告白」という機能で、更地に影に作ることも光を強調することも困難になっている。前時代の人たちが、告白を武器に作品を書いてきたということは、やはり勇気がいることだったと想像するが、その資源は森林や石油のように有限だったのだろうか。そうした資源の枯渇した今、文学は新エネルギーをどこへ求めればいいのか?

ぼくが「蒲団」を面白く思ったのは、そういう告白の衝撃性というよりも、田山花袋という人の「奇人ぶり」である。文中に付された過剰な「!」の多さから、激情型の人かと知れる。現代ならいざ知らず、明治時代にこれほど「!」を連発する作家がいるだろうか。ややヒステリックですらある。しかし良く良く読むと、本当に「!」なのか疑問に思われてくる。やたら甘ったるい感傷に浸る癖もあり、大酒を食らって厠や公園で寝転がり、月を見上げたりもしている。この辺は、「!」的な激情とは無縁の、のんびりした感傷の世界。またそれとは別に、この決して長くはない作品の中に引用される外国文学の多さにも驚きを禁じ得ない。モーパッサン、ツルゲーネフ、ハウプトン、ズーダーマンなどと言った外国作家の作品を、さも人生の手引書と言った感じで引き合いに出す。これらの作品もまた、田山花袋にとって感傷の対象となる。女弟子との恋というのも、注意して読んでみると、かなり変だ。そもそも恋というより、中年男である師匠が若い女(弟子)に寄せる「嫉妬」の物語である。封建的な社会背景を考慮に入れても、でしゃばりすぎな師匠の態度に唖然とする。女弟子の恋人を田舎に帰して関係を引き裂くことに失敗すると、ならば仕方ないとして、女弟子を田舎に帰してしまい、満足の笑みを浮かべる。この醜悪ともいえる中年男の「嫉妬」の物語を、無自覚な「恋物語」として感傷的に描き、酔っているらしい田山花袋というオッサンの奇人ぶり、その我侭ぶりに、思わず拍手を送りたくなる。思えば「!」の多用も、田山花袋が何物かに酔っている証拠ではないか。当時としては衝撃的だった性欲への「告白」とやら、読者はハラハラして手に汗握って読んだだろうが、案外このオッサン、涼しい顔して平気で書いていたのではないだろうか。なんとなく、胡散臭いのである。胡散臭いのだが、なにやら当の本人は気持ちよく酔っているようなのである。どこかプロレスラーに似た不思議な魅力を感じさせるのである。ここで一度、肖像写真をよく見てほしい。繊細で内向的な面相というより、今にも「フンッ!」と荒い鼻息が聞こえてきそうな鼻腔の広がりに注目したい。この憎めない人懐っこい笑顔。むしろこういう人だから、子供みたいな無邪気さでタブーの領域に入っていったのではないか。当然、自覚的にタブーを書いたのだろうけど、本当の本当にそうだったのか? 

ところでフリー百科事典「ウィキペディア」のサイトで私小説を検索すると、次のようにある。

平野謙は、私小説には調和型と破滅型の二種類があるという考えを押し進め、(1) 白樺派を源流とした、自己を掘り下げることと自分の生活を調和させる代わりに制作意欲を減退させた調和型心境小説と、 (2) 自然主義を源とした、芸術のために私生活を破壊せざるを得なかった破滅型私小説の二種類に分けて論じた。そこには実生活と芸術の二律背反が見られた。

(1)は、武者小路実篤先生というこれまたすごいレスラーが筆頭にいるわけだが、田山花袋もどちらかと言えば(1)の方の人なのではないか。この人は不幸を描いても、そこに無邪気な憧れがあるのだ。しかし当の田山花袋の意思とは別に「蒲団」から派生した(2)の流れは、多くの破滅型の作家を生み、殉教者を送り出してきたのでもある。

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今朝、夜勤の帰り、雨に降られたので喫茶店で天候の回復を待ちつつ、133回芥川賞受賞作を読了。

理不尽な幼児虐待を繰り返し受け続けた「私」が、暴力の恐怖を血肉化することで、
大人になってもトラウマの再演を演じるという、手垢に塗れたテーマを正面から取り上げている。
こういうテーマを選ぶことそのものに問題があるとは言わないけれど、たっぷりと積み重ねられた
分厚い既読感の層をどのように突破するかに作家の腕が問われるでしょう。
また一方で、当ブログでも執拗に書いてきたことだけど、このようなタイプの作品が「心理学的な図式」をいかに突き抜けられるか。

この小説は、そうしたクリアしなければいけないラインのギリギリで、手前に留まっているような、片足だけ跨いでいるような、なんとも言えない位置にありそうだ。

素晴らしいのは、主人公「私」が、物を落下させる行為に取り付かれているという設定で、マンションの10階から中身の入った缶コーヒーを落とす場面の緊張感は見事。とりわけ胸ポケットから煙草が落ちる描写、白い矢印が地面を指し示しながら連続して落ちるというイメージが不気味なほど美しい。
宙にある、ということは一見自由に見えながら、実は地面に叩きつけられるまでの完全なる拘束でしかない。手錠や足枷よりも、ただ宙から地面に落ちる間の人間とは、完璧に自由を奪われ拘束された存在である、というような観念的な想念を、この小説は見事に生理的な感応の描写に摺り寄せている。この辺の腕前や、設定には才気が漲っている。
が、全体としてみたときに、やはり心理学的な図式を基盤に成り立って、そこに自足している感が否めない。どうしてそれがいけないかと言えば、それでもう分りきった気になってしまうからだ。実のところ、「心理学的な図式」を突破するだの突破しないだのというのは言葉の遊びみたいなもので、本当は、突破なんてしなくてもいいのだ。突破するというのは心理学に代わる新たなロジックを提出してくれってことではなくて、それで分りきった気になってしまう読者の安心感を突破してくれってことである。むしろロジックを破綻させてくれということでもある。また、心理学の図式が証明させるべきゴールではなくて、むしろ入口としてそこからどんどん別な次元に移行してほしいということでもある。読者に迫る説得力の作り方の問題で、それはロジックではないのだ。この作品の場合は、落下物に暴力性の本質を重ね合わせたやり方が、新鮮だった。
またこの中村文則という作家は、自分と同じ年の生まれで、しかも地元の福島大学を出ているあたりに、なにか親近感を抱いてしまう。今回の作品にしても、冒頭のリンチシーンなど、東京のどこかが舞台になっているようなのだが、どうも地方都市に潜む鬱屈した暴力の光景に思え、面白かった。
また、陰惨な内容の作品でありながら、恐らくこの作家は生真面目で根がいい人なんだろうな、と思えるところが感じられて、憎めない。そこが恐らくギリギリのラインを超えられない弱みになっているのかもしれないが、そういう弱さはぼくは嫌いじゃない。

でも、こういう小説が芥川を取るんだなぁ、というところに、一種の停滞感を抱かざるをえないのも事実。今回芥川の候補になっていた「さよなら アメリカ」も読んだが、もう一つ既読感から抜けきれない。などとのたまう自分は何様だろうか。ともかく、去年だったか、「すばる」で受賞した朝倉裕也「白き咆哮」みたいな、全く意表をつく新人の作品をもっともっと読んでみたい。

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次回予告

今夜、下町で一緒に酒を飲んでいた友だちが、お約束通り終電を逃し、タクシーで帰っていった。
締めのラーメンを食わなければ電車で帰れたはずだが。。

にしても、東京生活も10年経つが、ずっと西側にコミュニティがあるので、ときどき東にお邪魔すると新鮮だ。何気なく入った飲み屋に髷を結った力士がいたりして、こんなの西じゃありえない。
かつてテレビのADをしていたほんの一時、月島を取材したことがあった。そのときから何となく思っていたのが、東京と言っても、生粋の東京人というのは、田舎の人間ととてもよく似ている。
ぼくは実家が福島だけど、福島の街中で見かけてもよさそうな人種が下町を闊歩している。
つまり、いい年した男児が金のネックレスを首にかけ、ジャージ姿でデニーズにいたり。
女もまた洒落っ気がない。こう言うと、偏見があるだろうか。でも、そんな光景が面白くて。
その土地に生まれ、その土地に育つ人間は、外部がないから、洒落っ気を装う必要がなくて、
町中を歩いていても、家の中を歩くように気さくだ。
友だちとも話したが、今時、野球キャップを被って歩く人は、東にしか見られない。


ところで突然炎のごとく話が変わるが、最近小説を乱読し、その感想をここに記しているのだけれど、つとに思う事は、正直なところ、心底、衝撃を受ける小説というのは、まぁ、なかなかないということ。
例えばまだ18か19の頃、ドストエフスキーを読んだときのような人生を捻じ曲げるような衝撃は、久しくない。映画もまたしかり。高校時代、田舎の劇場で映画を観たときの、雄叫びをあげたくなるような宇宙一体型の感動(?)はもう望めないのか。
これはやはり、はっきり年齢の問題と割り切って良いものだと思う。

ちなみに先月から今月にかけて読んだ小説は以下の通りで。

保坂和志 「季節の記憶」「この人の閾(いき)」
山崎ナオコーラ 「人のセックスを笑うな」
白岩玄 「野ブタ。をプロデュース」
松浦理英子 「いちばん長い午後」「微温休暇」「ナチュラルウーマン」
町田康 「きれぎれ」
武者小路実篤 「友情」 「愛と死」
リリー・フランキー 「東京タワー」
小島信夫 「抱擁家族」「うるわしき日々」
角田光代 「空中庭園」
高橋源一郎 「さようなら、ギャングたち」「ジョン・レノン対火星人」
島崎藤村 「破戒」
笙野頼子 「タイムスリップ・コンビナート」
川上弘美 「蛇を踏む」
小川洋子 「妊娠カレンダー」

これで全部かな。
この中で、10代のときに読んだドストエフスキーほど迫るものは、正直、一つもない。
二十歳前後に読んだヘミングウェイほど迫るものも、一つもない。
勿論、これは主観的な判断で、作品の価値とは別だけど。
作品として見れば、その恐ろしさゆえにこのブログで取り上げることがいまだ憚れる小島信夫の「抱擁家族」「うるわしき日々」など、凄いものはある。「東京タワー」にも素直に泣ける。
が、ドストやヘミング並に迫らないというのは、読む側の年齢の問題もあるだろう。

ところで上記の読了した作品群だが、読んで分からないという小説は一遍もなかった。全部、理解できたように思う。最近は、小説を読んでいて、ある種の分らなさ、というのがなくなった。小島信夫の作品の、理解しがたい文章を、それはそれとして、楽しんで読めている。小説の「楽しみ方」が分ってきたのだと思う。しかしこの「楽しみ」は、理性的な部分が大分を占めている。頭で読んでいる、という気がする。それでも楽しいから、どんどんどんどんまた読みたくなる。でも、心を貫かれ、自分の存在を壊されたり、更新されたりするような、圧倒的な体験というのは、なかなかない。小さな次元では、それは常に起こっている。小さな次元でもそれを起こしてくれれば、ぼくはその作品を、良い小説として万歳したくなる。が、本当に足元からすくわれるというのは、なかなか。

また話がズレるかな。
このブログを、「元気な文学」などと銘打ったからには(思いつきだったのだが)、書評ばかり連ねるのでなくて、そろそろもっと深いところに踏み込んで書かなきゃあかんのかなぁ、という気持ちもある。それはやっぱり、理性的な部分に留まるのではなくて、もっと割り切れない理不尽な部分へ。
前、面白い小説は外国語のように書かれている、と言ったけど、それはちゃんと理由があって、小説というのがそもそも、理不尽なものを書くからなんで。理不尽とは理屈が通らないということだけど、理屈が通らないものは、普通の日本語では書けない。だから、言葉自体が変形を余儀なくされる。だから、外国語みたくなる。この辺の理不尽性を、一回、このブログで通過しておきたいと思った。

差し当たって、ジャック・リヴェットの論文、「カポ」という映画について書かれた「卑劣さについて」から始めることになるかと思う。やっぱり、ここんところ押さえときたい。

(次回に続く)

*「白浪五人男ライオンと戦う。」48BLUES 観劇。

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民俗学者・柳田国男が、島崎藤村「破戒」を、「紀行文としては面白味があるが、小説としての面白味はない」と、かなり辛辣な批評を述べている。
しかし、自分も後半までそう思って読んでいた。
現代の読者である自分からしてみれば、明治30年代の風俗描写がそれだけで面白いわけだが、この小説に描写される「風景」は、主人公である丑松の内面・行為から独立している。風俗描写も含めた上での広義の「風景描写」のことだが、そこだけ独立している。当然、詩人として知られる島崎藤村のことだから、その描写には一定の気品漂うというか、美文になっているわけだが。それだけにまた浮いてしまう風景描写には、確かに紀行文としての面白味があるが、小説という有機体に貢献しない。風景が単なる風景としてある以上、丑松にとってそこから発見・更新されるものはなにもない。ということは読者にも。

言葉を裏返すようだが、丑松の内面と風景とが、安易に親和しているという言い方も成り立つ。小説における「風景」って、とても微妙で難しい問題なのだが。穢多(エタ)として生まれた呪われた宿命に苦悶・嘆息する孤独な丑松が眺める風景は、例えば冬の枯木立だったりする。枯れた枝を見て、「ああ、淋しい」と溜息を吐く。そういう表面的なイメージの親和は、実のところ、丑松が風景を風景そのものとして見出していないことの証左になる。小説に描かれるべき「風景」というのは、みんなが知っている風景をそのまま写すのではなくて、いつか書いた台風の後の景色みたいに、ありきたりなものを更新・発見しないといけない。丑松が風景と表面的に親和(自足)していてはまずい。島崎藤村はドストエフスキーの「罪と罰」に影響を受けており、確かに「破戒」の丑松も神経を病んで、ラスコーリニコフらしい自我の葛藤に見舞われるのだが、そこから見えた世界の「風景」が紀行文の類では物足りない。とは言え、この時期の作品を「罪と罰」に比較すること自体、無理な注文ではあるのだが。

小説において描かれる「風景」とは、西欧文学からの輸入品だという。この場合の「風景」とは、単なる「風景」のことではない。ただそこにある風景のことではなく、作家によって見出された「風景」のことである。近代以前の江戸文学、あるいは明治20年以前の小説に、本当の意味で「風景」は描かれなかったとされる。作家に見いだされる以前の「風景」とは、アプリオリな普遍性のあるもので、誰もが共有していたために、誰もが自分の眼で見ていなかった。というか、「風景」という概念がなかった。「古池や、岩に染み入る 蝉の声」という句に表れる風景は、「風景」以前の、象徴化されたものであり、文語で描かれるには限界があり、口語で、つまり散文でなければその象徴化されたところから剥き出しの「風景」として引きずり出すことが出来なかったのだ。当然、島崎藤村の「破戒」は、明治維新から展開される西欧文学と日本文学の衝突、すり合わせのダイナミックな混乱期に編み出された一作であり、まだ「風景描写」の過渡期にあったとも言えるのだろう。

「破戒」は、自然主義文学として、あるいはプロレタリア文学の先駆けとして読まれることもあると言うが、いずれにせよ両義を含んでいるのだから、一方に片付けることはできない。ただ、自然主義といった場合、この小説はやはり失敗になるのではないだろうか。「風景」が描かれていないということは、「風景」のみに留まる問題ではなく、リアリズム(写実)が徹底されていないということで、必ず人間の「内面描写」にまで絡んでくる。ちなみにこの場合のリアリズム(写実)というのは、見たものをそのまま描くという意味のものではなくて、作家が見出したものを描くリアリズムのことである。リアリズムで内面を深く描かれた人間は、その客観性において、石や河や木と同位のレベルに固定化される。つまり、風景としての人間になる。そこで初めて、人間の内面の「孤」が浮かび上がる。これは矛盾を孕んでいるが、「風景」といったとき、作家はすでに「風景」を見出している。遠近法で客観的(リアリズム)に物を描こうとしたときに、あらかじめ視点が固定される(主観)のと同じことで。風景と人間とが同位に固定されたとき、人間の内面が際立つのだ。人間の対義語が自然というのは、なんだか意義深い。……と知った風に展開してきた「風景」論はほとんど柄谷行人の伝でして、自分としても大いに納得するところがあったので、「破戒」に当ててみました。

ともかく「破戒」は、とりあえず形だけの近代化が成され、でもまだ西欧並の自我が深められていない時期だけに、「風景」と「内面」が平均を取れず空転してしまったとも言えるのだろう。
当然、このような不均衡は丑松の行為にも顕在化する。穢多であることを告白(破戒)するとき、彼は土下座して許しを乞う。つい告白する前には、穢多であることを恥じずに誇りを持って社会に生きよう、と信念を固めたばかりなのに、その決意をかなぐり捨て去って、いきなり土下座する。この場面には心底驚かされた。この明らかな物語上の転倒はつまり、風景を描けなかった弱さ、つまり内面の弱さと無関係ではない。どころか、密接に繋がっている。
ただ自分としては、どう考えても土下座させたらこの作品が失敗作になるだろう最重要場面で土下座させてしまったところに、奇妙なカタルシスを感じ、涙ぐんでしまった。この場面に露呈したのは、時代の限界だったか、島崎藤村の限界だったか。嘘みたいな話だが、この限界に、最も深い感動があった。紀行文という次元は、ルール違反だが、ここで超えられたんじゃないだろうか。というのも、板敷に額を伏せて許しを乞う丑松の姿が、呪われた哀れな生活者として、一瞬だけ、風景化されたように感じられたからだ


信州の田舎で穢多として暮らす丑松が、最後はアメリカのテキサスを目指す(逃げる)というこの作品、ちょっと批判的な文章に終始してしまった感もあるけれど、いわゆる「告白・懺悔」ものとしての破戒ならぬ破壊力は相当なもの。時代を超えて読み継がれるだけの価値はあるのだと思いました。


*保坂和志「この人の閾」読了。


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