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自分はあまり雑誌を読まないほうだと思うけど、「紙のプロレス」はやはり面白い。
10年前は今よりも一回り小さいサイズで、なぜかエロ本コーナーに置かれていることも多かったらしい。
それが今ではメジャー誌となって、スポーツ棚に置かれている。(当然だが)
「紙プロ」を読んでいると、その誤字・脱字の異様な多さが実に頼もしく、嬉しくなってしまう。
例えば前号を読み返すと44Pの橋本真也追悼座談会のコーナー。
「行きたくですねえ」は脱字で、正解は「行きたくねえですねえ」か。
またそのわずか8行後、
「暗い道場に気持ちで行ったら」は誤りで、正解は「暗い気持ちで道場に行ったら」じゃないだろうか。
こういう単純な誤字がとても目立つ。普通、編集部のチェックが入ればもっと減るだろう。
そもそもこの座談会自体、編集員が壊れたテレコ(テープレコーダー)で録音したために、再度仕切り直して改めて別日に同メンバーで語り直したものらしい。論客の一人、吉田豪曰く、もし橋本真也追悼という特別なテーマでなければ二度目は断っただろう、と。
ところでぼくは、なにも紙プロ編集部の揚げ足を取って喜んでいるわけではない。
むしろ、いつまでも校閲作業を強化せず放っておく編集部の体質に感動するのだ。
わざと誤字・脱字を多く含んでいるのではないかとすら思える雑誌の形態に感動する。
テレコの録音ミスも、また同じ体質から出たものだろう。
「紙のプロレス」とは、格闘技まで含んだ拡大解釈された「プロレス」の動向を伝えるジャーナリズム誌であるけれども、ライバル他誌との差は明確。
その雑誌名の通り、紙媒体を使ってのジャーナリズムのあり方そのものを、プロレス化しているのである。ではプロレス化とはどういうことか、と言われると、「プロレス」自体が「小説」みたいに定義付けが難しいので、ひと言では説明できないのだけど。とにかく、表面的な字面の正確さとか、そんなものに拘らない図太さがあるのだ。
「紙プロ」の特徴としてはまず、徹底的にレスラーを茶化す、ということがある。意表をついた企画でレスラーをイジリにイジリ倒す。これは野球やサッカーやF1の雑誌では到底無理だろう。スポーツ選手と言われるような常識人であれば、紙プロの編集員に潰されてしまうだろう。が、プロレスラーは潰れない。茶化されてもいじられても、図太い生命力でビクともせず、むしろキャパの深さを見せ付けてくれる。それを踏まえて紙プロ編集部は意表をつく角度でレスラーを取材し、また挑発するのだが、そうすることで杓子定規の取材を行う他誌より深部に迫ることに成功し、レスラーの生の声を伝えてくれる。
とにかく、紙プロの編集陣の卓越ぶりにはホント舌を巻く。
新日は紙プロに対して取材拒否をしているけれど、プロレスの衰退が取りざたされるのとリンクしているような気がする。紙プロの挑発や茶化し攻撃に耐え切れるほどのキャパの広さを持ったレスラーが失われ、虚弱化しているんじゃないか。
紙プロは毒舌家だが、腹の黒いヤツではない。純粋で腹を割ったスカっとする毒舌家だ。毒舌というのは軟弱な言葉より真実に迫る厳しさを持つと同時に、キャラをキャラとして立てる演出効果も担っている。これはなんと言っても優しさだろう。
紙プロが、誌上をリングに見立ててプロレスをしていること、これはプロレスのジャーナリズム誌としてのあり方として決定的に正しく、賢いように思われる。
プロレスとは上記した通り、定義付けの難しい、理屈の通らぬ世界。
そうした理屈の成り立たない世界を伝える際、普通の言葉では無理がある。これは小説についてもそのまま言えることだけど、理不尽なものを描こうするとき、言葉は捻じ曲げられる。紙プロの場合、紙プロ自身がプロレスラーとなって、プロレスの内部に入り込むことで、プロレス語を語るのだ。そしてプロレス語とは、当然、誤字・脱字など些細なことにとらわれたりはしない。この辺の一貫性に感動する。
いや、ジャーナリズム誌なんだから正確な言葉を使わなければダメでしょう、とか言う人は、プロレスの何たるかを全く知らない。誤字を見つけたときに味わう解放感、ニンマリ笑ってしまうときの感覚は、まさにプロレスラーが意味不明なコメントするときの解放感と重なってくる。プロレスを語れるのはプロレス語しかない。それを弁えている紙プロの知性。
この一見、好い加減さと取れる誤字の多さは、その通り、好い加減ととっても構わないのだが、決して消極的ないい加減さではない。例えば東大という最高学府に通いながらも、しょっちゅうアパートの鍵やコンタクトを紛失している忘れっぽい友人がいるが、そのギャップがまず面白く、また、それは好い加減という言葉で説明できるものではなくて、彼の頭の中は常に他の考え事、心奪われるほどの楽しい事に稼動されているから、日常の些事をついつい忘れてしまうという、積極性から出たもので、紙プロの脱字もまた、そのような類のものだろうと思って読めば、なお楽しい。
とにかくこの雑誌、型破りだ。まず出版日が決まってないというのもおかしい。月刊誌なら月刊誌でよいのだが、紙プロの場合、大体25日周期で発売、ということになっているから、年間で13か14冊出ることになるだろうか。なぜ25日周期!? 突っ込みどころ満載だ。鬼畜編集長と部員から呼ばれている山口日昇が業務を投げ出して行方不明?になり、連絡が取れなかったりするというのもおかしい。編集員が取材先のプロレス会場で、失踪していたこの山口編集長がウロウロしているのを目撃したりしている。
そういう突っ込みどころ満載でありながら、記事の充実ぶりはやはりすごい。理屈の通らぬのがプロレスの世界とは言うものの、ターザン山本の流れを汲んでどの雑誌よりも論理的にプロレスを語ってもいる。スポットを当てる人間も気が利いているし。
メジャー誌になったことで、かつてのような傍若無人ぶりはやや抑えられているが、根底には脈々とその毒舌が受け継がれている。また、傍若無人ぶりが抑えられたと言っても、それはそれ、エロ本コーナーからメジャー誌への途を選択したのだから、これはこれで全然いいんじゃないか。
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