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だったなぁと、思いまして。
毎年甲子園をテレビで観ながら黙祷することが多いのですが
何と今年は雨で中止で。
NHKのニュースで・・・・
と思ったのですがそれも失念。
いやはや、黙祷しそびれました。
今住んでいる家の近くには護国神社がありまして
本日16日まで御霊祭りが開催されております。
同時期に蚤の市など催されて、いて
賑わうのですよ。
昨日は派遣会社さんへ面談へ行って、その帰りにバスの車窓から
その御霊祭りの様子を眺めていました。
多分、入ってはいけない川へ降りて遊んでいる子どもたち。
夏の小さな冒険者は、日本全国あちらこちらで大活躍でしょう。
ほとんどの子どもが働かず学校へ行ける事
識字率の高さ
上下水道の整備やライフラインの発達
道路交通網の利便性の高さ
きっとどれもが戦後必死で作られたのだと思うのです、東京オリンピックの誘致の影響も大きかったのでしょうが。
今の暮らしの礎には
沢山の歴史が重ねられていて
良し悪しは抜きにしてやはり、感謝するところが多いような気がする私です。
それぞれの歴史的事実についての解釈は人それぞれでしょうから
こんなところで私が中途半端に何かを言う事は憚られるのです。
今年は祖母の初盆でした。
確か96歳。大戦を主婦として子育てをしながら生き抜いた人です。
福岡大空襲の時分にはまさにそのエリアに住んでいたらしく必死で駆け回ったんだと
小学生の時、夏休みの宿題の作文の題材の為に話を聞かせて貰った事があります。
「次に戦争が来ても、ちゃんと疎開先はあるから」
彼女にとっての娘、私にとっては母が田舎の青年と結ばれた時には
それはそれは安心したそうです。
そんな青年、私の父親は、食べ物が無かったくらいが戦争時代の記憶の様でした。
沢山の土地で多くの人が、それぞれの胸に様々な想いを巡らせたのでしょう。
私は私なりに祖母を想い、昨日を過ごしました。
人は生きているうちに「正しい」と誰からも評される判断を一つでも出来るのでしょうか。
国家の安全を担うその人の判断を
国民すべてが正しいと思い切る事は困難に思えます。
私は私の幸せと平和を守り、生き抜くにはどうすればよいのか
焼夷弾の中を走り回った祖母の覚悟には及ばないでしょうが
一人の国民として選択し続けたい。
そんな事を思う一日でした。
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