『星のかけら』重松 清著/新潮社それを持っていれば、どんなにキツいことがあっても耐えられるというお守り「星のかけら」。ウワサでは誰かが亡くなった交通事故現場に落ちているらしい。いじめにあっている小学六年生のユウキは、星のかけらを探しにいった夜、不思議な女の子、フミちゃんに出会う―。生きるって、死ぬって、一体どういうこと?命の意味に触れ、少しずつおとなに近づいていく少年たちの物語。 子どもたちの生きる世界は、ささやかに厳しく容赦ない。
もしかするとそれは、大人の生きるそれよりも、逃げ場は少ないかもしれないと思う。
そうだったかもと、思い出す事がある。
その世界で自分を見失いながら、探しながら、子どもたちは生きている。
それは大人よりも、きっと必死に、無我夢中で。
前半の切なさが、後半には色んな出来事と気持ちが繋がって
ただただ、生きる人々の願いや後悔が、報われれば良いと願ってしまう。
その気持だけで読み進めました。
ファンタジー要素も盛り込まれて、優しい気持ちに、なれた。
この作家さんの描写の持つリアリティは、続きがある事を示してくれるからとても好きです。
希望が持てる。彼らの日々は輝くのだと、信じる事が出来る。 *
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『晴天の迷いクジラ』・窪 美澄著(新潮社)壊れかけた三人が転がるように行きついた、その果ては?人生の転機に何度も読み返したくなる、感涙の物語。2012年 第3回 山田風太郎賞受賞。 「この不愉快こそが、文学的不愉快なのだ」
受賞したその賞で選考委員をお勤めになったとある作家さんが
この物語に付いてそう述べられている
不愉快
でもなかったです
この作家さん
どうしようもないどうにもならない状況を確かに何の救いもなく描かれる事も在るとは感じまするが
その読後感たるや
結構爽快
ええと
ワタシの感覚でですので
その物語に触れた方が全員そうお感じになるかって言いますと
その保証は出来かねまするww
すまんです(汗)
逃げ場のない鬱屈とした青春
恋と勘違いしたその行為の末路を親にすら利用された人生
捨てた子ども
いえない本心に触れず自分の側に居てくれようとした友人を呆気なく失ってしまった喪失感
見当はずれで自己満足な愛情
何かあると思った
見付けた自分にとっての拠り所を
自分の手で失う苦しみ、或いは絶望
戻らない友達
芽吹き始めで消えた淡い感情
覆いかぶさる独り善がりの愛情に堪えられなくなった本心
死にたいと
その濃淡に個人差はあるとしても
誰しも一度は思うものかもしれない
勿論このワタシだって多分に漏れず
あの混沌とした心の内をその答えのない問答を孤独に抱え続けた10代があるから
今のワタシがあると自負している
ただ死ななかったのは
死にたくなかっただけ
死にたいと追い詰められる自分を体感し、その哀しみに酔ってみたかった。
でも死ぬのは怖かった
生きて人生を謳歌したいと切望していた
此処ではない何処かへゆけば
ワタシの人生は広がると若いワタシは闇雲に信じていた
バカだったんですけどもねー!
今思うと
なんと浅はかな憧れであったろうと思うのですが
それでもたくさんの本を読み沢山の言葉に触れ
今を生きる事の意味が見つけられることはなかったのですが
それでもこうして、生き続けている
死ぬのは、怖いから。
そうして大人になればそんな自分の歴史を思い出すこともなく
日々を精一杯繰り返しているのです
でもこんな本に出会うと思いだすのです
あの頃のワタシと同じ思いを、或いはそれ以上の感情を
抱えて生きている人が居る事を
あの頃の愚かな自分も
由人くんのお父さんのあのセリフ
良かった
お父さんの精一杯だったと思う、本当にそう思う
そんな風に思っていたとは思わなかったし、なんだか
お父さんはお父さんなりに、由人くんに夢を託したかったのかなぁ、なんて。
あのお母さんの描きかたがですね、なんといいますか
もうなんの言葉も出ない
リアルなんです
誰かモデルが居るように、その文面から浮き立ってくるように詳細に思い浮かべられる
この作家さんのこの女性に対するリアルさって尋常じゃない、と再確認!
狂気の一歩手前って言うのかなぁ
そんなに?
でもそこまでなら許容範囲かな、という押したり引いたりの具合が絶妙・・・・
だから余計に怖いww
ただ絵が描きたかった、そうしてその自分の特技を家族のために換金したいと願った
家族思いだったんだなぁ
でも絵に対する情熱は削がれる事はなかった
あの夫は、もしかしたら
野乃花ちゃんが欲しかったというよりは
野乃花ちゃんの才能が欲しかったのだろうか
嫉妬したのかな
出会いこそが不運で
紹介した先生だって本当は不本意だったろうけれど
あの街じゃそれが精いっぱいだったのだろうな
島田さんが、写真を送ってくれたことは意外だった
親の「心配」と言う言葉に、過剰に反応する子どもって
良いにしろ悪いにしろ少なくないと思う
それは図らずも、親の洗脳が成功した証拠なんだろうなって思う
時々現実にもそういう親子さんと出会う時がある
正子ちゃん、ご苦労さん
そうそう、君はおねーちゃんじゃない、正子ちゃんだもんね
でも自分でそれを分かってしまっていたから、苦しんだんだ
よく言えたね、クジラの町で、ちゃんとご飯食べるんだよぅ
迷ったクジラは、そんな最期を迎える事がある事初めて知りました
よしんば海に戻れたとしても、残された時間がそう長くは無い事が一層切なかったし
死ぬしかない
死んじゃおうかな
死にたい
死にたくない
死んでしまった、もう会えない
死ななくていい、生きていればいいんだよ
死ぬなよ
そう、そう言えばいいんだ
当たり前の言葉だけれど
本当に死ぬしかないと思った後に気付くその言葉は魔法が解けた後のよう
そうそう、死ぬな、死ぬんじゃない
死にたいなら
どうして死にたいか死ぬ前に言ってよ
残されたらもう、何にも聞けない
死にたい人と、死なれた人と、迷ったクジラ
その感情と情景の対峙は、相当なもんです
読んで、みる?
今娘が読んでるので、感想聞いてみたい。
「ふが僕」読んだ後しばらく閉じ籠ったからな、今回はどうだろう。
この本を読んだ13歳の感情の揺れは、どんなものだろう。
自分の絶望を一つ、乗り越えたからって
明るい毎日が開けてるとは限らない
きっと会社はやっぱり潰れそうだし
ミヤザキハヤオ似のドクターから薬を貰いつづける日々は続くだろうし
子どもを捨てた過去は消えないし
夏休みの間親から離れて過ごせたって
16歳の願いなんて大人の事情で聞き流されてしまう
それでも
何かが変わったんだと思う
野乃花さんを死なせないと畠さんは言う
溝口君は営業に精を出す
正子ちゃんはきっとご飯が食べられるようになる
自分を拒否した正子ちゃんの心情を、お母さんは「分かろう」とだってする
だって正子ちゃん、海老君に電話できたもんね
生きる事に、誰かと寄り添う事に希望だって見いだせる
けど
ミカちゃんは気持ち悪いって電話してきたんでしょ?
由人くん
そこはさ、潔く諦めようよww
放り出したフェルトのあいらぶゆー
また誰かと探したらいいよ! *
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『死ねばいいのに』・京極夏彦著死んだ女のことを教えてくれないか―。 タイトルからして、強烈
でもキーワード
幸せだから死にたい
不幸でも死にたくない
だから人は、面白い
なんてですね改めて気づかされる
誰が殺したのか
殺された彼女はどんな人だったのか
問われることに幾ばくかの後ろめたさを抱く人々
真実を抱える彼
もしやとは思いましたが
やっぱりそうで
でもそんな事よりもやはり
「死ねばいいのに」
その言葉の使われ方に、ただただ驚嘆。
この言葉を言わせるまでの会話の運びが
凄く自然で
でもちゃんとそこへ行きついて
そうして問われる人々に息を呑ませる
疑問を置き去りにする。
厭らしさばかりが際立つように思えるのですが
その最後の彼との別れ際に
彼らの何かが変わっているような気がしたのです
そんな風に思えて
そこらへんがまたこの作家さんのあの独特の読後感へと繋がるのだろうなぁ
あぁ好きだなぁなんて思いつつ
最後の章で
愕然と。
確かにそう
不思議で不可解な彼女の思考
ワタシは寧ろ
それ以上の幸せは望めないかも、それならもういいかな
そんな気持ちもあったのではないかと思うな、などと
意地悪な読み方もしました。
面白かった
あの厭らしさは、天下一品。
でも、何だか爽快。
しかし一番驚いたのは
文庫版の解説が
辻村深月氏であったこと・・・・・! *
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『一鬼夜行』 小松 エメル/ポプラ社江戸幕府が瓦解して五年。 ずっと気になっていて、とても読みたかったのです
始まりの一文から虜。
禍々しさと優しさと切なさ。その他にも、ありとあらゆる感情が描かれておりまして。読み応えがありました。
好きな世界と時代背景でもありましたので、満足の一冊。シリーズは読破する予定。未購入ですが。
人外のものの存在を通すと、より人の有り様が浮き彫りになるのですよね。
このジャンルの、其処のところは何冊読んでも読み飽きない私でありまする。好きなんですよねぃ。
人として、自分はどう在りたいのか。何を目指すのか。いつも考えさせられ、いつも答えはでないのです。
もう何冊も、読んでいるのに、同じ問答を繰り返す胸中。
想いの強さは、時として
どんな力も或いはどのような障害をも越える時がある。
これからが楽しみな、そんな物語。シリーズの幕開け。ふふ。
*
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「ちゃんちゃら」・朝井 まかて (講談社文庫)江戸・千駄木町の庭師一家「植辰」で修業中の元浮浪児「ちゃら」。 思った以上に痛快で
思った以上に心に残る
こんな師匠が欲しいと思うし
こんな仲間が欲しいと思うし
こんな憧れが欲しいと思うし
こんな恋がしたいと思う
軽快で切なくて朗らかな夢心地
初読みでしたが、噂通り
今まで読めていなかったことを後悔!
慌てて既刊本をチェックしててまたもやきづーーーく!
「ぬけまいる」もか!
あぁぁぁやっぱりちゃんと調べておくべきだったじゃないかワタシぃぃぃぃ
ふぅ
序・終章含めまして7章から成っております長編
「ちゃら」と呼ばれる庭師見習いの青年と
彼が住み込んでいる辰造、娘のお百合とそこに住まう庭師の人々
友の五郎太、伊織
庭を持つ人々
お庭を造る意味が分かったり
お庭の仕組みが分かったり
お庭に込められる意味が分かったり
大好きな時代物で、庭師さんものは初めてだと思う
濃い緑のにおいと
土から立ち上る湿り気
またそれらを含む優しい風がワタシの周りを吹いているようでした
閉じ籠りがちな冬の日に読むにはとても良い物語でした
贅の限りを尽くしても
手に入れた庭を前に寛ぐことの出来ぬ豪商
名もない雑木をささやかな敷地に植える事だけで
故郷の風景を取り戻すことの出来た老夫婦
我が家を如何に構えるのか
家なんて持ってないですけどね
ワタシならどうするだろうな
そんなこともふと考えました
人から見てどうなのか
自分にとってどうしたいのか
難しいものです
物語の大筋は
辰造に逆恨みを持つかつての弟子仲間が
その名前を変え京より江戸へやって来て怪しい家元を名乗る事から始まるのですが
それがなんとお庭ごとだけではなく阿片にまで関わってくるというww
なんとーーーー!!
ついつい
ゴメスを思い出しちゃったワタシ・・・・(金春屋ゴメス芥子の花参照ww)
乗り込んで退治しちゃうあたりも痛快でセオリー通りな感じで好きでしたが
最後のもう
あのくだりがなんかもう、この作家さんならではなの!?どうなの!?
あんな感じで終わられちゃうともう
分かってはいるけれど
その風景だけが浮かんで、その後を勝手に独りで想像して
泣けるって言う・・・・・
ワタシの大好物な感じで物語は終わるのです
あーーーー
好きだなぁ
展開とか設定とか
表現とか、好き。
崩れてない程度の読みやすさが心地よいと思いました。はい。
他の作品も読もう
今すぐ本屋さんへ行きたい!
読みやすさの中にも
心に残る表現がそこかしこに在って、例えば
「そんな辛い辛い郷里の風景が、今はこんなにも懐かしい。ちゃらさん、生きてるってええもんですな。
ほして、死ぬのもええもんやと思いますわ。
皆、死ぬために生きてる。いつか死ねるから、生きてられる。
この世におるのもあと少しやと思うたら、どんなに辛かったことも懐かしいもんになる」
本当は故郷にはいい思い出なんかはないけれどと言った長吉さんが
それでもちゃらのこしらえた庭の風景に故郷を重ね呟いた言葉。
庭を造る意味を考えるちゃら
庭を造るために雑木林が丸ごと刈られてゆくのに疑問を抱くちゃら
病に動けぬ人たちと庭を造ろうと動き出す辰造
ものの本質とは
本当の意味と言うのは
意外なところから顔を出すものですねぃ
今
ワタシの「今」にちょうど良い物語でありました、幸せ。 *
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