♪はぁるーこぉお〜ろぉおぉのぉ〜はぁなぁのぉえ〜ん〜♪
滝廉太郎さん作曲荒城の月
♪はぁるのぉうらあらあの〜すぅみぃだあぁがぁわぁ〜♪
滝廉太郎さん作曲 春
滝廉太郎さんは東京音楽学校でピアノを学び、中学生のための唱歌の公募に3曲エントリーして3曲とも入選したり、こどものために童謡集を作ろうと仲間と企画してそのうちの9割近くを作曲したそうです。
…間違ってたら誰か教えてね 
うろ覚えなもんで
その高い才能を認められて外国(たぶんドイツだったような…イギリスだった?スミマセン)に国費で留学したけど、さむーい日にオペラを観に行って風邪を引いてこじらせて肺病になって留学途中で帰国し、その後亡くなられた。
帰国後病床の身で作曲したほとんどの曲は結核の伝染が広がるのを防ぐために燃やされちゃった。
24才で天才滝廉太郎さんは逝ってしまった。
もしも滝廉太郎さんが肺病にならなかったら、たくさんの曲私たちに残してくれたんだろうな。
♪箱根の山は天下のけん
♪ゆ〜きやこんこんあーられーやこんこ
♪ぽっぽっぽーはぁとぽっぽー
帰国後の療養中に「憾」と言うピアノ曲を作曲したと音楽の先生が教えてくれた。
天を憎み神を憎み自分の運命を憾んだんだろうな
と思っていたんだけど、廉太郎さんはそんな思いを曲に込めたんじゃなかったと後になって知った。
廉太郎さんはもっともっとたくさんの曲を私たちに残したかったんだ。無念だったにちがいない。
燃やされてしまった滝廉太郎さんのたくさんの曲はもう聞くことはできない。
私には知識がなくてわからないけど譜面から感染するのかな。
今でも周辺に結核が発生すると徹底的に消毒するけど
聞きたい。聞いてみたかった。
そして歌いたかったな。
中学の音楽の先生は声楽出身で、先生は常々ご自分でオレはピアノは得意じゃないとおっしゃり、時折合唱で音が外れたり歌い方の指導でその美声をほんの少しだけ披露してくれた。
その先生が一度だけ生徒達の"聞きたい"の願いに応えてくださり「荒城の月」を独唱してくださったことがある。
心が震えた。
|