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「思想における主体、政治における自主、経済における自立、国防における自衛、
これがわが党が一貫して堅持している立場である」
1965年1月14日インドネシア、アリ・アラハム社会科学院における金日成の演説
「朝鮮民主主義人民共和国における社会主義建設と南朝鮮革命について」より
この一文は近現代の朝鮮半島研究を志したものならば一度は目にしたことがあるであろう有名な一節であり、知らない人は「もぐり」と言っても差し支えない金日成が自ら語った「主体思想」の定義なのです。
さて、この一文を読んで盧武鉉政権のスローガンではないかと思った方、いるでしょうね。
私は「だから盧武鉉=北朝鮮の傀儡」とかの安易な結論は出したくありません。
社会科学は社会の法則性を見出さなければならないと我が恩師は常に言っていましたが、南北朝鮮における類似性はとどのつまりアンチテーゼの体制、言い換えれば自律ではなく他律性のある思想が底流に流れていると感じます。この他律性という言葉は私が朝鮮半島に興味を持ち始めた25年前の段階で使い古されていた言葉ではありますが、今でも力を持っている言葉だと思います。
北朝鮮の成立過程、首領制度の確立は社会主義とは異なり朝鮮の伝統社会に根付いたものであるという仮説はここ15年というもの支持されていると考えます。これは日本の植民地支配の全否定という前提に依拠する限り当然の帰結とも言えるものでした。一方の韓国は王政に戻らず共和制を支持したことは李王家が宗主国の日本に取り込まれていたことへのアンチテーゼではありましたが、結果としてそれは韓国にとってプラスに作用したと言えるでしょう。産経新聞の黒田記者はそれに加えて朴正熙という「革命家」存在が大きいという指摘していますがこれは傾聴に値します。
北朝鮮の伝統に根ざした体制がその後の唯一指導体制を産み、その後の「金王朝」とも言える体制に移行するわけですが、その最初の一歩としての道具が最初に記した「思想における主体、政治における自主、経済における自立、国防における自衛」という「4つの自主」なのです。
政治は結果責任といいます。北朝鮮のこの路線は明らかに破綻しました。「衣食住」を「食衣住」と言い換える政治体制は明らかに間違っているわけです。
現在の盧武鉉政権の自主路線(国防における自主性を目指す「統制権議論」や外交における自主性路線の発露と言える「バランサー論」)は既存システムへのアンチテーゼとも言え、その面では南北朝鮮に法則性が見られるのですが、ならばその結論も自ずから見えてくるものと言えましょう。それが韓国の方々にとって幸せな結果をもたらすか否かを外国人である私は述べるつもりはありません。朝鮮半島を25年見てきたものとしてはこれからの冷静に見続けて生きたいと思います。
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