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8月に仕事を受けてから翌年4月まで約8ヶ月間の介護の記録です。
12月
奥さんはすっかり時間の感覚が狂ってしまったようで、私が朝7時に介護に行くと、9時30分の美容院の予約に朝の4時から行くと騒いでいました。息子がつれていくことになっているのに家にいないといって探し回り、散歩から帰ってきた息子をしかりつけ、とうとう8時に出かけて行きました。美容院までは車で10分の距離です。
行くまでに大便を3回もして、その都度後ろに回ってお尻をふいて、帰ってきてからも、如何してこれだけ出るのかと思うほど、大便がでて、夫婦合わせて8回うんこの世話に明け暮れました。その間にご主人の尿瓶の世話もあり、半分くらいは尿瓶には入らず漏らしてしまうので、汚すたびに着替えをさせて、暖房をつけた部屋の中で、一日中尿と犬の臭いの入り混じった中で仕事をしてその日はくたくたでした。
この頃から口のうるさいご主人が助けて上げる度に「サンキュー」を言うようになってきました。そして素直に言うことを聞いてくれるようになってきていました。ようやく気持ちが通じたのでしょうか。そのぶん体が弱ってきているということなのですが。
まだこの時期にはオムツは使っていません。何度も使った方が無理にトイレに行かなくて済むからと勧めたのですが納得しませんでした。
ご主人の左足がインフェクション(炎症)を起こし膝の上まで赤く腫上がり医者に連れて行きました。病院で抗生薬を投与され1日だけ入院をして戻ってきました。早速に介護24時間2人体制となり、急遽新しいスタッフが増えて、なれない仕事に戸惑っている人たちに説明したものの、2日後にはご主人の一言で全てキャンセルとなり、元に戻されてしまいました。
ドクターから常に清潔にするように指示を受けたにもかかわらず、相変わらずシャワーを浴びようとしないご主人を何とかシャワーを浴びさせてしまおうと私達介護士の相談が纏まっていざ実行しようとした時には、既にシャワールームに行く事も、シャワーチェアーにすわっていることも出来ないくらいに体力がなくなっていました。食事の間ですら背もたれのある椅子に座っているのが辛くなっていました。
それでスポンジバス(沐浴)をして、ローションをたっぷり使って体中をマッサージしてあげたらすっかり気に入った様子でした。次回私の介護の日に挨拶に部屋いくと、開口一番「Wash me up!(さあ、きれいにしてくれ!)」でした。そしてその後は毎回スポンジバスとマッサージが楽しみとなり、私が行く日を心待ちしてくれるようになりました。こうなると私も俄然力が入ります。
髭を剃ってから、お湯を何度も換えながら、頭のてっぺんから足のつま先まで綺麗に拭いて、ローションをたっぷりつけてマッサージをしました。最初の頃はたまっていた垢がとめどなくとれましたが、日を追う毎にだんだんときれいになっていきました。マッサージのあとは朝食を食べ、ぐっすりと眠りました。
古いソファーは籐に穴が空き、奥さんがその上に横になるには危なくなったので、破棄することになりました。リビングルームに夫婦それぞれにゴージャスな新しいリクライニングチェアーが届きました。電動で傾斜角度を変えたり、ベッドのように平らにすることができたり、マッサージ機能まで付いていましたが、最初奥さんは使い慣れない椅子に拒否反応でした。けれど1つある簡易ベッドは一日中ご主人が占領してしまっているので、奥さんは使えません。いろいろ皆が助言して仕方なく使うことにしました。けれどご主人はたった1回座っただけで、2度と座ることはありませんでした。どんなにお金があっても体が動けるうちに使わなければ、無駄になるだけです。
ご主人は一日中ファミリームールの簡易ベッドで過ごした後、自力で自分の部屋に戻ることが出来なくなり、そのままファミリールームのベッドで朝まで過ごすことが、何度か繰り返され、朝夕の交代の時に、2人掛りで車椅子に乗せ、3段の階段を持ち上げ部屋に運んだこともありました。そうして日に日に体力が衰えて、朝ベッドルームからファミリールームまで歩いていくことも難しくなり、とうとう自分の部屋からは出ることが出来なくなりました。
クリスマスがもう直ぐの頃、取替え用に2本の酸素ボンベと2台の車椅子を車に詰め込んで車の窓を開けて、ご夫婦と介護士2人計4人でドクターの予約の日に病院へ行きました。診察室でドクターを待つ間、ご主人は車椅子に座っているのが苦しくなって、診察台に横になって待ちました。ドクターが来て、診察をして、血液検査の結果と合わせ、奥さんのコレステロール値が高かったほかは、特にご主人には問題がありませんでした。
しかしご主人は体力の衰えをドクターに訴え、肺がんの積極的な治療を相談したところ、ドクターは、「自分としては今の状態が更に良くなるとは思わない。それよりも今現在の日々の生活をもっと楽しむようにした方が良いと思うが、選択するのは貴方だからもしもやってみたいのなら止めない。もしかしたら死が2週間先にあるかもしれないし、2ヶ月先かあるいは2年先かもしれない。後どれくらい生きられるかは神様にしか分らないことだから。」と言われました。この時側で聞いていて、ドクターは暗に「もう長くは無いよ。」と諭しているのだなと感じたのは私だけではありませんでした。後日一緒に行った介護士も同じ様に感じていたと話してくれました。
次回に続きます。
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世界には色々な仕事があるものですね。
介護の世界にも色々制度があるのですねえ。
日本でも介護の仕事をされていたのですか?
世界で働いていることで少し感動しました。
2008/9/2(火) 午後 5:46 [ ナン ]
コメントありがとうございます。
人種が違うと、考え方や食べ物がまったく日本人とは違うので、戸惑うことばかりです。介護はハワイで勉強しました。介護保険がある日本の人達はアメリカ人に比べると幸せですね。
2008/9/5(金) 午後 6:22 [ sun*ise**8 ]
初めまして
まだ、続けていらっしゃいますか?
大変、興味があります
2012/9/9(日) 午前 9:47 [ 恭子 ]