第1回読書ノート
「美しい国へ」著 安倍晋三
第1章 私の原点
祖父と父が政治家であることもあり、戦後日本の混乱を世辞的立場から間近で体験する機会に恵まれた。そして、その体験を通して政治家としての心構えや意気込みを学ぶことが出来た。
第2章 自立する国家
私は秘書の時から「北朝鮮拉致事件」に関わってきた。特に小泉政権の折には官房長官として日本の対北朝鮮正確に関わった。その対策は全て北朝鮮に効果あるものであるし、拉致事件の解決、または、北朝鮮が抱える食料事情の改善に有効である。
また拉致事件を通して、国家とはなんであるかと考えさせられた。国家とはその国民に対して自由と安全を保障するものである。
国家について議論するとき、靖国問題がよく取り上げられる。中国や韓国がことあるごとに遺憾を表明する。しかし、それは内政干渉であり、尚且つ世界的に見ても自らの国のために命を落とした者に対して尊崇の念を表明するのは当然のことである。
加えてA級戦犯に関しても誤解がある。A級とは指導的立場にあった人物であることから便宜上付けたものである。決して罪の重さではない。また、その罪は東京裁判で裁かれた罪は、国際法上、戦争終結後に作られた法律は無効である。国内法でも、当時の国民の総意によりその罪を問わないと決めた。仮に問われたとしても平和条約締結と同時その効力を失うのである。戦犯の中には獄中で死ぬものもいれば、その判決通り死刑になったものいる。一方で釈放後、国会議員になり外務大臣まで歴任した人物も戦犯の中にはいる。
第3章 ナショナリズムとはなにか
オリンピックやサッカーW杯では代表選手が表彰台に上がると国歌が流れる。日本の国歌は「君が代」」である。教育現場では君が代に日の丸を掲げることは軍国主義につながるという意見もある。しかし、君が世の音楽と詩の内容はそれにはそぐわない。また、天皇制を指すという意見もある。天皇制とは日本古来から存在する壮大なものであり、その一時代を指して批判するのは意味がない。
国家の語源から考えても、愛国心とは郷土愛の延長上に存在するものだと考える。郷土愛は自国の文化、伝統、歴史に触れながら育まれるものであるからだ。
日本のナショナリズムは歴史的経緯から見ても激しいものではない。その理由として、いつの時代も普遍的に「日本の象徴」としての天皇が存在していたためである。天皇は他国の王族とは性質が違う。王室は贅沢な生活を送り富を誇ったが、天皇は民のために祈り、文化水準の高さを誇った。そして、かつての国民は天皇を通して、国を敬い、郷土を愛したのである。これが日本の愛国心の形である。
第4章 日米同盟の構図
アメリカは本来の性質はその国家の成立の歴史から窺い知ることができる。帝国主義から冷戦の崩壊までアメリカは孤立主義の立場にあった。しかし、その後はピューリタン思想を根底に行動している。
「自由と平等はすばらしいものであり、それを世界に広める使命がある。また、その自由と平等は世界平和の上に成り立つものである。ゆえにアメリカはそれに歯向かう敵を討ち滅ぼすために、圧倒的な軍事力を持つ必要がある。」という思想である。
その思想から、戦後の日本の憲法には「戦争放棄」が強く刻まれた。目的は欧米列強の秩序に二度と逆らわないためである。しかし、戦後の歴史からも分かるように、警察予備隊の発足と同時に矛盾が生じてくる。警察予備隊、後の自衛隊は戦力無き軍隊という解釈により違憲でないという立場をその後も貫いた。日本が国際連盟に加入後し、集団的自衛権の行使の問題が発生するまでその解釈に変化はなかった。 国防はあくまでアメリカ軍で行い、自衛隊は治安維持が主任務であった。つまり、自衛隊は自国を直接守れない。必然的に強大な力を持つアメリカと手を結ぶ必要があるのだ。
国連に加盟し、集団的自衛権の問題後、これから自衛隊の海外派遣が議論される。人的貢献を行わない、金銭的貢献は国際社会では認められないという理解に至り、自衛隊の派遣が国会で承諾される。しかし、なし崩し的派兵につながるなどの批判が相次いだ。これもなんら根拠はない。
その海外派兵の中で、ボランティア活動中の邦人が死亡する事件が起こった。自衛隊は交戦権がないために自国民を守ることが出来なかった。自衛隊に関する制限が厳しすぎるのが原因であった。しかし、イラクへの派兵時には十分な装備で活動することが出来た。自衛隊の議論が変わってきているのだ。
第五章 日本とアジアそして中国
中国の急激な経済の発達は目覚ましい。一方で効率化の結果によるリストラ、環境汚染、貧富の格差拡大と問題を多く抱えている。それほどの経済成長を引っ張るのは反日思想である。とは言え、日本と中国は既に切っては切れない関係にある。また、互いの発展を補助することは自国の発展にもつながる。互いの利益のためにも経済と政治を分離して考える必要がある。歴史的意見の違いも留学生の交流などを通して、分かり合えるだろう。また環境面に対しても我が国の省エネや環境に関する技術ノウハウを提供することで助けあえるだろう。
また、東南アジアに対しても貿易自由協定を結ぶなどして関係を強化していく。親日国家のインドとも今後は関係を強化していくだろう。10前に中国とこれほど関係が強くなると考えなかったのと同じように、10年後インドとどのような関係にあっても不思議ではない。
韓国に対しては、楽観的である。韓国ブームも歴史的に様々な文化を吸収してきた経緯を見ても決して一過性ものでない。十分に分かり合える国である。
アジア、太平洋に面する国で多くの国際会議を行っている。「開かれたアジア」を実現するために有効である。
第六章 少子国家の未来
国費おける社会保障の割合は大きい。社会保障を厚くし、税金を多く取れば「大きな政府」となり、税金をあまり払わず個人で保険をかける「小さな政府」である。日本には必要最低限の生活を保障し、あとは個人と民間と地方の裁量に任せる方法がよいだろう。
年金制度には誤解がある。年金は民間のどの金融商品よりも安全で安心な保険である。また年金の積み立て金の運用に関しても、運用は20年30年という長い目で見るものであり、短期的赤字を批判するのは意味を成さない。また、年金制度は5年後とに見直されており、決して破綻することのないようになっている。
少子化対策はまずは、子供を産みたいと思う社会作りを目指す。子供を地域ぐるみで育てることができるよう議論していきたい。
介護保険制度に関しても健康年齢という考えを導入し、いかにこの年齢を上げるかという研究を行うことにより介護保険金の有効利用を目指す。
社会保障とはセーフティーネットである。社会がどのように助け合うか。議論、制度整備が重要である。
第七章 教育の再生
イギリスの教育改革にみられた徹底的な教育改革が日本にも必要である。教員の審査制度などがよい例である。また自国への意識調査で自らの国に対して自信がないという回答が多かった。これも教科書の内容を検討するなどの対策を参考にする。
また、家族の大切さあるべき形などを提示することも重要である。現在のようなどんな形の家族でも家族の有り方ですという内容はよろしくない。
格差の拡大はさほど問題視する必要はないが、経済的格差が学力的格差につながってはいけない。つまり、格差を再生産するような教育ではあってはならない。貧しくても私学にいけるような助成制度を考えている。
もちろん、お金だけが格差ではない。勉強しがい、働きがいのある社会を作るのが重要である。また、18歳の時に受験に失敗しても、社会人になって働きながら大学・大学院で学び、キャリアアップできる。そういう社会を作っていく。一本化された人生でなく複線化された人生社会に変えていきたい。
感想
私にとって、新書を通して読みきることは珍しい。大抵、ある程度呼んで休憩期間を置く。そして、また読み始める。読み終わること自体が少ない。また、読み終わるのに何年もかかる。
本書は細部に亘り、読者への配慮が窺える。言葉の多くに説明がつけられ、ある事件を取り上げれば、その歴史的背景も書かれている。一生懸命、自分の考えを伝えようとする意志は十分感じられる。
加えて、各項目では「映画の話」「自分の体験談」などを交えて、一見難しそうな政治の話をやさしく、また興味が持てる、共感できる内容にしている。
特に年金の項目には、筆者が年金のCMを行っている。その内容はテレビコマーシャルの保険のCMと同じで非常に面白かった。これを政府広告としてテレビで放映すれば、恐らく年金未納率は下がるだろう。ここだけを読むだけでも、本書を手に取る価値はあるだろう。
また、ある政治家の意思表示ということを除いてもこの本は価値がある。合間、合間に語られる歴史の本としても非常に楽しめる。イギリスの教育改革の話、アメリカがネオコン思想に走るきっかけなど、およそ学校の教科書には掲載されない歴史が分かりやすく書かれている。
しかし、本書一つの意味として、政治家としての考えを伝えるということがある。その言葉の端々には国民を上から見下ろしたような言葉が少し気になる。それが政治の性質だといえばそうかもしれないが、少し気になった箇所である。
最後にこうある。「本書は、いわゆる政策提言のためのほんではない。私が十代、二十代の頃、どんなことを考えていたか、私の生まれた国に対してどんな感情を抱いていたか、そしていま、政治家としてどう行動すべきか、を正直につづったものだ。だから若い人たちに読んでほしいと思って書いた。この国を自信と誇りの持てる国にしたいという気持ちを少しでも若い世代に伝えたかったからである。」
最後にこれを読み、妙に分かりやすい理由が分かった。無知な二十歳にもわかるように、書かれた本であるのだ。
実際、読後に残った心象は「筆者の政策、あるいは作りたい国の方向性が理解できた」というよりも、「筆者がどのような人間であるのかが理解できた」という方が強い。
最後に、内閣総理大臣の考えを理解する機会など今までなかった。しかし、その手段が今回与えれた。滅多にないチャンスを無駄にはしたくないものだ。願わくば、我々の声も総理に届いてほしいものだ。
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