それは刻々と変わる夕焼けのように

読書ノートに「ヒット商品を最初に買う人たち」を追加しました。

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ヒット商品を最初に買う人たち 著:森行生

内容
第1章 最初に手を出す人たち
 「ヒット商品」が生まれた要因して、一般に思われているのとは違うタイプの人たちが買ったこであることが多い。具体的な例を4つ挙げてみる。
 最初の例は花王の「ヘルシア緑茶」である。一般的に中高年男性が多く買ったと思われている。しかし実際に購入しているのは女性であり、愛飲者の半分以上を占めている。
 次はニンテンドーDSである。初めはゲームユーザーには注目されていなかった。しかし、「脳を鍛える
DS大人のトレーニング」の知名度が好奇心旺盛な大人たちに広がるにつれて、注目される。結果、第二段となる「もっと脳を鍛えるDS大人のトレーニング」の大ヒットへとつながる。
 3つ目はiPodである。当初はマッキントッシュユーザーに限られた音楽ツールであった。しかし、ウィンドウズへの対応とし、通勤通学時にメディアを入れ替えるが面倒と感じる学生や社会人のニーズが重なり、現在の地位を得た。
 最後は環境問題である。最初に環境問題は一部の学者含めた識者の議論でした。しかし、一般の反応は今ひとつだった。しかし、ゴミ問題の表面化により主婦が「こんな環境では子供を産むのは不安だ。」と主張した。これにより環境問題が大きく取り上げられるようになった。

第2章 ヒットを作る「イノベータ」たち
 では、商品を最初に買う人とはどのような人なのか。イノベータ理論によると消費者は3つのグループに分けることができる。最初に買う「イノベータ」、その後に続く「アーリーアダプタ」、そして最後に購入する「フォロアー」である。彼らの主な特徴として、イノベータは好奇心旺盛で行動力があり、アーリーアダプタはウケ狙いで商品を購入する傾向が強い。フォロアーは非常に慎重な人物であると言える。
 一般的にイノベータは若い人やマニアであると考えられている。しかし、若い人は高価な消費は購入できない。マニアにはウケる商品でもそれが一般層にもウケとは限らない。これにより全ての商品に共通のイノベータがいないことが分かる。どの分野のイノベータか見分けるには、アメリカの心理学者ヤンケロビッチ博士が考案した「意識のピラミッド」を用いればよい。何を良い物、良い状態とするかによって欲しいものが人によって異なり、そこからどのような情報を重要視するかが異なる。その情報で、どの分野のイノベータになるのかを判断できるというものである。
 イノベータは商品を直感で購入することが多い。それは深い商品知識に基づいて判断される。そして、その商品に対する周りの意見は重要視しない。あくまで自分が望んで購入するのである。その点において、ウケ狙いのアーリーアダプタとは違う。

第3章 ヒットの寿命もイノベータ次第
 商品が発売されてから、売れなくなるまでをプロダクトサイクルと言う。この期間が長ければヒット商品になる。この期間を左右するのもイノベータである。
 プロダクトサイクルの中身は、発売当初はイノベータ購入します。そして、イノベータにある程度普及し、一度売上は落ちます。その後アーリーアダプタに認知され、売上と認知度も上昇します。その後、フォロアーも購入し始める。
 つまり、購入意欲を調査することにより、今商品がプロダクトサイクルのどの状況かが分かるのです。調査の結果、イノベータの購買意向が高ければ、今後一般に普及する可能性がありますし、逆にアーリーアダプタやフォロアーの意向が高ければ、以降の売上アップは望めない。また、イノベータには定着したが、アーリーアダプタやフォロアーには普及しないという現象も起こる。プロダクトサイクルの予想を困難にしている原因である。

第4章 ヒットを狙う企業の戦略
 イノベータに商品を定着させるには、商品の「規格」をしっかりと示す必要がある。イノベータたちはその規格と持っている知識を用いて、商品の良し悪しを判断するからである。
 その後購入するアーリーアダプタは商品のヴェネフィット、つまり話題性や効能などで判断する。さらに後に購入するフォロアーはエッセンス、商品から感じ取られるイメージで買うか決める。
 企業は商品の情報を「最初は規格を示し、次にヴェネフィット、最後にエッセンスを提供する」という順番で流す。これをスキミング戦略といい、「規格、ヴェネフィット、エッセンス」と商品の特性を分けて判断することをプロダクトコーン理論という。
 逆にフォロアーから働きかけ、「皆が買っている」と思い込ませて販売を促進させる戦略を「ペネトレーション戦略」という。しかし、この戦略には大量の商品と多額の広告費が必要であるため大手企業にしかできず、この方法で下位ブランドが上位ブランドに対抗しようとすると市場シェアの二乗の投資が必要であるという。ぺネトレーション戦略はまさに、王者にのみ許された戦略せある。

第5章 ゲームのルールを変える革新的イノベータ
商品のルール(例えばペンは細長いなど)のルールが変わると市場の力関係は大きく変わる。そのタイミングは市場が成熟したときによく見受けられる。企業が状況を打開しようと視点を変えた商品開発を行い、その商品が新しいイノベータによって支持されるためだ。
 新しいイノベータは既に別の分野でイノベータであることが多い。なぜなら自らの専門に情報収集のアンテナを張っており、そのアンテナに反応していることが多いからだ。
 このように新しいイノベータが登場すれば、プロダクトサイクルも長くなり、ヒット商品となる。
 また、既存のイノベータ(これを伝統的イノベータという)が完全にいなくなるわけではない。一度離れたイノベータもアンテナは残っているので、興味がある物がすぐに戻ってくる。つまり、一つ商品に伝統的イノベータと新しい分野のイノベータいう同時に複数のイノベータに浸透し、ヒットしていくケースも少ない。

感想

 まず、この新書はソフトバンク新書より出版されている。そう、ソフトバンクが。そして、なんと言っても、読みやすい。理由は文字の大きさと行間である。他の新書に比べて字が大きく、読みやすい。ページ数も少ないため、スイスイ進む。それでいてなかなか面白い。
 今回の要約では省いたが、途中に様々な例を挙げて説明されている。「なぜsonyのウォークマンがiPodに勝てないのか?」「バブル時代のボディコンの発祥とその結果」など非常に興味深い。 
 本書を読み、「私は何のイノベータか」と考えたが、特に当てはまるものはなかった。本書にも「イノベータは全体の数パーセントである。」とあるので、さほど気にすることでもない。しかし、情報にアンテナを張り、それを生かす手段はこの時代には必要ではないか、と考えた。みなさんはどうだろうか。自らは何かのイノベータだろうか?

哲学のえほん 著、絵:植村光雄

プラトン
この世で唯一存在するのはイデアである。

デカルト
疑うことができないのは「今、考えている自分」のみである。

カント
自分で自分を命令できる、これが自由である。

マルクス
労働とは自身の本質を切り売りすることである。

サルトル
人は存在の意味より先に存在する。

感想

 多分、上記の内容を読んでも何のことか分からないでしょう。正直、内容を書くときに困りました、えほんですから。私の言葉では分かりませんが、この絵本を読めばよく分かります。可愛いくデフォルメした哲学者たちが、時には地面に落書きしてみたり、時にはアルバイトしながら、その内容を分かりやすく説明してくれます。でも絵本と書いてありますが、ちょっと子供には難しいかもしれません。中学生には十分理解できると思います。哲学に興味がある方は一度手にとってみてはどうでしょう。全てを一気に読んでも、40分とかからないでしょう。気軽に手に取れる一冊です。
 個人的にはサルトル氏がお気に入りです。(プラトンは『先生』、デカルトは「くん」、カント「さん」、マルクスも「くん」で、なぜサルトだけは「氏」のでしょう?w)実は作者に結構似てます。なぜそんなことが分かるのかと申しますと、筆者のブログはここです↓
decameron,21st century
ね?

「椿姫」著:デュマ・フィス 訳:新庄嘉章

内容
 筆者はある娼婦の遺産を競場に足を踏み入れる。その娼婦はパリでも有名な娼婦で、劇の初演に必ず椿の花束を持っていくことから、椿姫と呼ばれてた。その競場で筆者は一冊の本を競り落とす。
 後日、筆者の元に1人の青年がやって来て、その本を売って欲しいというのだ。話を聞いてみると彼は椿姫ことマルグリット・ゴーティエの恋人だというのだ。その青年、アルマンにその本を譲る。これを機会にアルマンと筆者はマルグリットの死を共有する仲となった。
 彼女の死に立ち会えなかった彼は死後の仕事をできる限り行なった。結果、あまりにも無理をしたせいで床に伏せてしまう。そこで彼は改めて、マルグリットとアルマンの間に起こった出来事を語り始める。
 アルマンは予てからマルグリットに惚れていた。劇場へ彼女を知っている友人伝いに紹介してもらうが、娼婦ゆえの意地悪と憧れの女に会った緊張からアルマンは大恥をかいてしまう。その後、特に顔を合わすことが無く過ぎていく。それが逆に彼の恋を激しくさせるのだった。
 数ヵ月後、彼は知り合いである帽子屋のプリュダンスを通じて、再度彼女に面会する。食事をするためにマルグリットの自宅に上がる。食事も進んだ後、マルグリットは突然退席する。彼女は不治の病に冒されていたのだ。アルマンは追いかけ、体を大切にしてくれと涙流して懇願する。マルグリットはその涙に心打たれて、アルマンを愛するようになる。
 その後、アルマンの忠告通り生活を改善し、互いに真に深い恋に落ちていく。彼女の体のためと田舎で静かに暮らし始める。
 そこにアルマンの父が音信不通の父親が心配してパリに上京してくる。そして、父に息子が娼婦と同棲していると知れる。父親は息子の生活に猛反対する。ようやく、父親を説得できたアルマンが田舎に帰ると当のマルグリットはいなかった。彼は捨てられたのだ。彼は意気消沈し、父と共に故郷に帰るのだった。
 故郷に帰ってもマルグリットへが頭から離れないアルマンはもう一度パリに帰る。そこで彼がであった頃の不健康で豪華な生活をしているマルグリットに再開する。彼は怒りに震え、マルグリットへの嫌がらせを始める。彼女をまだ深く愛しているにも関わらず。
 マルグリット本人も嫌がせに応対せず、ひたすら耐え続けた。その嫌がらせが原因でマルグリットは病気を悪くし、床に伏せる。彼女と引き合わした帽子屋のプリュダンス伝えにマルグリットは「もう嫌がらせは止めて、静かに体を休ませてくれ」と懇願する。彼らは互いが未だに深く愛していることを確認するのである。しかし、次の日アルマンがマルグリットの見舞いに行こうとすると、自宅にはかつてマルグリットを妾にしていたN伯爵が召使に人払いをしていた。彼は「昨日の愛の誓いは嘘じゃないか」と心身共にくたびれ果ててしまう。友人の誘いのまま長い度に出てしまう。
 そしてアルマンは旅先でマルグリットから手紙を受け取る。そこにはなぜ彼女が彼の元を去ったのか、その真相が書かれていました。
 アルマンが父親に会いに行っている間に、父がマルグリットに会いに来ていました。父親はマルグリットに「娘が結婚しようとしているが、息子の恋人が娼婦と同棲していることを理由に破棄されそうだ。どうか息子と手を切って、娘を幸せにしてやって欲しい」と。彼女は悩みながらも承諾しました。
 その後も、マルグリットが衰弱していく様子を綴った手紙が届きます。アルマンは必死にパリを目指しますが、結局死に際に間に会うことが出来なかったのでした。

感想
 最初の100ページはアルマンが悲しむばかりでなにも面白くない小説だった。ペースも段々落ちていくという悪循環。この読書ノートの企画がなければ投げていただろう。
 アルマンの独白が始まると私はこの話に引き込まれた。これが筆者の言うとおり事実であるなら、「真実は小説よりも奇」である。あらすじには詳しく書いてないが、娼婦のマルグリットには伯爵公爵などのお金持ちが後ろについていた。アルマンがマグリットとの関係が深くなるにつれて、そのお金持ちにまで嫉妬を抱くようになる。そこも若い男の心がよく分かる。
 フランス人だからかどうか分からないが、なんとも愛を確認する言葉が多い。加えて当事者が話してるので、心理描写が細かく非常に感情移入をしやすい。最後まで読んで初めて導入の長い悲しみの場面が理解できるのだ。本来、この物語はオペラ(らしい)である。ゆえに、2度3度と足を運ぶ工夫なのかとも思える。 
 ぜひ本を読んでほしい。なかなか私の文才では表現しきれてない部分が多々ある。アルマンとマグリットの熱くも悲しい恋物語に触れて欲しい。(と、人並みに紹介してみるww)
第1回読書ノート

「美しい国へ」著 安倍晋三

第1章 私の原点
 祖父と父が政治家であることもあり、戦後日本の混乱を世辞的立場から間近で体験する機会に恵まれた。そして、その体験を通して政治家としての心構えや意気込みを学ぶことが出来た。

第2章 自立する国家
 私は秘書の時から「北朝鮮拉致事件」に関わってきた。特に小泉政権の折には官房長官として日本の対北朝鮮正確に関わった。その対策は全て北朝鮮に効果あるものであるし、拉致事件の解決、または、北朝鮮が抱える食料事情の改善に有効である。
 また拉致事件を通して、国家とはなんであるかと考えさせられた。国家とはその国民に対して自由と安全を保障するものである。
 国家について議論するとき、靖国問題がよく取り上げられる。中国や韓国がことあるごとに遺憾を表明する。しかし、それは内政干渉であり、尚且つ世界的に見ても自らの国のために命を落とした者に対して尊崇の念を表明するのは当然のことである。
 加えてA級戦犯に関しても誤解がある。A級とは指導的立場にあった人物であることから便宜上付けたものである。決して罪の重さではない。また、その罪は東京裁判で裁かれた罪は、国際法上、戦争終結後に作られた法律は無効である。国内法でも、当時の国民の総意によりその罪を問わないと決めた。仮に問われたとしても平和条約締結と同時その効力を失うのである。戦犯の中には獄中で死ぬものもいれば、その判決通り死刑になったものいる。一方で釈放後、国会議員になり外務大臣まで歴任した人物も戦犯の中にはいる。

第3章 ナショナリズムとはなにか
 オリンピックやサッカーW杯では代表選手が表彰台に上がると国歌が流れる。日本の国歌は「君が代」」である。教育現場では君が代に日の丸を掲げることは軍国主義につながるという意見もある。しかし、君が世の音楽と詩の内容はそれにはそぐわない。また、天皇制を指すという意見もある。天皇制とは日本古来から存在する壮大なものであり、その一時代を指して批判するのは意味がない。
 国家の語源から考えても、愛国心とは郷土愛の延長上に存在するものだと考える。郷土愛は自国の文化、伝統、歴史に触れながら育まれるものであるからだ。
 日本のナショナリズムは歴史的経緯から見ても激しいものではない。その理由として、いつの時代も普遍的に「日本の象徴」としての天皇が存在していたためである。天皇は他国の王族とは性質が違う。王室は贅沢な生活を送り富を誇ったが、天皇は民のために祈り、文化水準の高さを誇った。そして、かつての国民は天皇を通して、国を敬い、郷土を愛したのである。これが日本の愛国心の形である。

第4章 日米同盟の構図
 アメリカは本来の性質はその国家の成立の歴史から窺い知ることができる。帝国主義から冷戦の崩壊までアメリカは孤立主義の立場にあった。しかし、その後はピューリタン思想を根底に行動している。
 「自由と平等はすばらしいものであり、それを世界に広める使命がある。また、その自由と平等は世界平和の上に成り立つものである。ゆえにアメリカはそれに歯向かう敵を討ち滅ぼすために、圧倒的な軍事力を持つ必要がある。」という思想である。
  その思想から、戦後の日本の憲法には「戦争放棄」が強く刻まれた。目的は欧米列強の秩序に二度と逆らわないためである。しかし、戦後の歴史からも分かるように、警察予備隊の発足と同時に矛盾が生じてくる。警察予備隊、後の自衛隊は戦力無き軍隊という解釈により違憲でないという立場をその後も貫いた。日本が国際連盟に加入後し、集団的自衛権の行使の問題が発生するまでその解釈に変化はなかった。 国防はあくまでアメリカ軍で行い、自衛隊は治安維持が主任務であった。つまり、自衛隊は自国を直接守れない。必然的に強大な力を持つアメリカと手を結ぶ必要があるのだ。
 国連に加盟し、集団的自衛権の問題後、これから自衛隊の海外派遣が議論される。人的貢献を行わない、金銭的貢献は国際社会では認められないという理解に至り、自衛隊の派遣が国会で承諾される。しかし、なし崩し的派兵につながるなどの批判が相次いだ。これもなんら根拠はない。
 その海外派兵の中で、ボランティア活動中の邦人が死亡する事件が起こった。自衛隊は交戦権がないために自国民を守ることが出来なかった。自衛隊に関する制限が厳しすぎるのが原因であった。しかし、イラクへの派兵時には十分な装備で活動することが出来た。自衛隊の議論が変わってきているのだ。

第五章 日本とアジアそして中国
 中国の急激な経済の発達は目覚ましい。一方で効率化の結果によるリストラ、環境汚染、貧富の格差拡大と問題を多く抱えている。それほどの経済成長を引っ張るのは反日思想である。とは言え、日本と中国は既に切っては切れない関係にある。また、互いの発展を補助することは自国の発展にもつながる。互いの利益のためにも経済と政治を分離して考える必要がある。歴史的意見の違いも留学生の交流などを通して、分かり合えるだろう。また環境面に対しても我が国の省エネや環境に関する技術ノウハウを提供することで助けあえるだろう。
 また、東南アジアに対しても貿易自由協定を結ぶなどして関係を強化していく。親日国家のインドとも今後は関係を強化していくだろう。10前に中国とこれほど関係が強くなると考えなかったのと同じように、10年後インドとどのような関係にあっても不思議ではない。
 韓国に対しては、楽観的である。韓国ブームも歴史的に様々な文化を吸収してきた経緯を見ても決して一過性ものでない。十分に分かり合える国である。
 アジア、太平洋に面する国で多くの国際会議を行っている。「開かれたアジア」を実現するために有効である。

第六章 少子国家の未来
 国費おける社会保障の割合は大きい。社会保障を厚くし、税金を多く取れば「大きな政府」となり、税金をあまり払わず個人で保険をかける「小さな政府」である。日本には必要最低限の生活を保障し、あとは個人と民間と地方の裁量に任せる方法がよいだろう。
 年金制度には誤解がある。年金は民間のどの金融商品よりも安全で安心な保険である。また年金の積み立て金の運用に関しても、運用は20年30年という長い目で見るものであり、短期的赤字を批判するのは意味を成さない。また、年金制度は5年後とに見直されており、決して破綻することのないようになっている。
 少子化対策はまずは、子供を産みたいと思う社会作りを目指す。子供を地域ぐるみで育てることができるよう議論していきたい。
 介護保険制度に関しても健康年齢という考えを導入し、いかにこの年齢を上げるかという研究を行うことにより介護保険金の有効利用を目指す。
社会保障とはセーフティーネットである。社会がどのように助け合うか。議論、制度整備が重要である。

第七章 教育の再生
 イギリスの教育改革にみられた徹底的な教育改革が日本にも必要である。教員の審査制度などがよい例である。また自国への意識調査で自らの国に対して自信がないという回答が多かった。これも教科書の内容を検討するなどの対策を参考にする。
 また、家族の大切さあるべき形などを提示することも重要である。現在のようなどんな形の家族でも家族の有り方ですという内容はよろしくない。
 格差の拡大はさほど問題視する必要はないが、経済的格差が学力的格差につながってはいけない。つまり、格差を再生産するような教育ではあってはならない。貧しくても私学にいけるような助成制度を考えている。
 もちろん、お金だけが格差ではない。勉強しがい、働きがいのある社会を作るのが重要である。また、18歳の時に受験に失敗しても、社会人になって働きながら大学・大学院で学び、キャリアアップできる。そういう社会を作っていく。一本化された人生でなく複線化された人生社会に変えていきたい。

感想
 私にとって、新書を通して読みきることは珍しい。大抵、ある程度呼んで休憩期間を置く。そして、また読み始める。読み終わること自体が少ない。また、読み終わるのに何年もかかる。
 本書は細部に亘り、読者への配慮が窺える。言葉の多くに説明がつけられ、ある事件を取り上げれば、その歴史的背景も書かれている。一生懸命、自分の考えを伝えようとする意志は十分感じられる。
 加えて、各項目では「映画の話」「自分の体験談」などを交えて、一見難しそうな政治の話をやさしく、また興味が持てる、共感できる内容にしている。
 特に年金の項目には、筆者が年金のCMを行っている。その内容はテレビコマーシャルの保険のCMと同じで非常に面白かった。これを政府広告としてテレビで放映すれば、恐らく年金未納率は下がるだろう。ここだけを読むだけでも、本書を手に取る価値はあるだろう。
 また、ある政治家の意思表示ということを除いてもこの本は価値がある。合間、合間に語られる歴史の本としても非常に楽しめる。イギリスの教育改革の話、アメリカがネオコン思想に走るきっかけなど、およそ学校の教科書には掲載されない歴史が分かりやすく書かれている。
 しかし、本書一つの意味として、政治家としての考えを伝えるということがある。その言葉の端々には国民を上から見下ろしたような言葉が少し気になる。それが政治の性質だといえばそうかもしれないが、少し気になった箇所である。
 最後にこうある。「本書は、いわゆる政策提言のためのほんではない。私が十代、二十代の頃、どんなことを考えていたか、私の生まれた国に対してどんな感情を抱いていたか、そしていま、政治家としてどう行動すべきか、を正直につづったものだ。だから若い人たちに読んでほしいと思って書いた。この国を自信と誇りの持てる国にしたいという気持ちを少しでも若い世代に伝えたかったからである。」
 最後にこれを読み、妙に分かりやすい理由が分かった。無知な二十歳にもわかるように、書かれた本であるのだ。
 実際、読後に残った心象は「筆者の政策、あるいは作りたい国の方向性が理解できた」というよりも、「筆者がどのような人間であるのかが理解できた」という方が強い。
 最後に、内閣総理大臣の考えを理解する機会など今までなかった。しかし、その手段が今回与えれた。滅多にないチャンスを無駄にはしたくないものだ。願わくば、我々の声も総理に届いてほしいものだ。

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