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いつも用事のある時にしか日本へは行かないのですが、今回の日本行き、49日の法事がメインで、1週間の滞在でした。
主人の弟の奥さんの訃報が入ったのが日曜日。その2日前の金曜日に、去年11月に申請したグリーンカードがやっと承認されて、住所確認のメールが来たので、次の週お葬式で留守にしていたら、その間に届くかもしれない。鍵のない郵便箱にそんな大事なものを何日も入れっぱなしにしたくない。郵便をストップすることもできるけど、アメリカの郵便局、そんな急なストップを確実にしてくれる保証はありません。これは留守にしない方が良い。ということでお葬式には主人だけが日本に行き、私は家に残っていました。案の定、主人が日本にいる間にグリーンカードが届いたのでした。
亡くなった彼女は75歳。私ももうじき75歳。癌と聞いてから、日本に行く度に電話していてもいつも繋がらず、会うことも話をすることもなく逝ってしまいました。
で、新しいグリーンカードももらえたし、49日は私が行く...と。
法事の場所は横浜の青葉台というところで11時から。
えっ、そこは大学時代の親友が住んでいるところ。
家を7時前に出て青葉台駅9時の待ち合わせ。1時間ちょっと話をして、法事の場所の海鮮料理のお店まで、早めに車で送ってくれ、時間まで駐車場の車の中でおしゃべりの続きをしていました。この彼女も2年前から未亡人。そして今年2人の友達がご主人を亡くされたと聞きました。私達、もうそういう年なのね。
お店の和室に祭壇を作り、食事の準備ができている2列のテーブルに親族が座り(椅子に)、お坊さんがお経をあげた後は、各自の前のテーブル上に置かれた1本の花を捧げるという、簡素ですっきりした法要でした。
故人と、長年会えないまま、話もできないまま、お別れとなってしまったことがショックで、今回の日本滞在、今度いつ会えるかわからないご高齢の叔母様方(92歳と99歳の母の妹達)と会うために、京都の駅ビルにあるホテルまで行ったり、豊島園近くの施設を訪ねたりしました。
私が新幹線に乗る時は残念ながら富士山が見えないことが多いのですけど、今回京都に行く途中、きれいに見えた富士山がうれしく、元気をもらいました。
こどもの頃は親戚の集まりで顔を合わせていた従妹たちとも、もう何十年と会っていませんでしたが、会えば昔のまま。92歳の叔母様はまだ一人で駅ビルまで買い物に来ることもあるとか。99歳の叔母様は施設に入ったばかり。歩くのにちょっと不便があっても頭はしっかりしているので楽しくお話ができます。思えば、母も、母の姉妹たち4人も皆さん最後まで頭はしっかりしていました。
私は...身体もだけど、頭は既に危ないです。
また、2年前から右半身不随になってしまって、リハビリを続けている従妹(私が小学校に入った時、6年生)にも会って話をしてきました。
出かける場所が毎日遠いので、毎朝早くから出かけ、行きはよいよい、帰りは怖い状態。
帰りに買い物なんかしてくると大変。普段買い物は車のトランクに乗せるだけだから、いくら買っても何ともないのに、歩きだとちょっとの買い物でも重たい。寄り道してお総菜などを買って帰ったら、家までの歩きがよろよろ・のそのそ・ふらふらでした。
面白いのは、日本に来ている間に道でばったり会う顔ぶれが、なぜかいつも同じ。
運動の為早歩きをしている近所のKさん。犬の散歩をしている、次男の友達のお母さん。孫同士が同じクラスなんだって。
木曜日の夕方日本に着いて、金曜日は弟たち夫婦とランチの後、従妹に会い、土曜日は孫の学校のクリスマス会を見に長男のところへ、夕方3男一家が次男の家に来て一緒に夕食。孫も中学生になるとそれぞれの活動で週末でも忙しく、なかなか全員集合というわけにはいかなくなります。翌日曜日も朝から予定があるとのことで、夕食後もあまりゆっくりできず帰って行きました。日曜日は法事。月曜日は京都へ。
火曜日はいつもの近所のメンバーでランチと買い物。一人は既に未亡人。いつもは帰る日にリムジンの止まるホテルでランチをするのですが、今回はご主人のリハビリでその日はちょっと無理という人がいて、唯一皆が空いていた火曜日にしました。買いたいものによって、あ、それならここ、それならここと効率よく連れて行ってくれるので助かります。水曜日は99歳の叔母様の施設へ。駅で従妹たちと待ち合わせをして、今は数年前に奥様を亡くした長男と、彼の長男一家が住んでいる家(昔の家の場所に新しく建てた2世帯住宅)の前を通り、施設へ。その後従妹たちとランチ。帰りにデパートによって、ご仏前を受け取らなかった喪主やご主人を亡くした2人の友達や世話になった人たちへ、ちょっとしたものを送ろうとしたのですが、これが適当に持っていたリストが不完全で、電話番号が無いと受け付けないと言われたり、メールアドレスしか持っていなかったりと、一度で事が済みません。家に帰ってから電話番号を伝えたり、翌日の帰る日の午前中に出直したり。最後までバタバタしていました。
木曜日お昼前にご近所メンバーの一人がリムジンの止まるホテルまで送ってくれて、後はゆっくり帰ってきました。でもロサンジェルスの乗り換えでは、随分歩かされましたし、ゲートも2転3転。以前のように空港内をランニングすることはありませんでしたが、とにかくよく歩きました。
タイトなスケジュールも全てこなして、途中でダウンすることもなく、元気に帰って来たのですが...
翌日の夕食の支度をしている時、上の棚から出したもののごみを捨てようと歩き出した途端、まだ開いていた棚のドアに跳ね返され、キッチンの床に後ろ向きに転倒しました。臀部と頭を打ってしばらく呻きました。
次の日には手が滑って、拭いていた食器を割りました。
そんなわけで、週明け月曜日からピンポンをするつもりでしたが、土・日・月と家でダラダラしていて、昨日火曜日の夜、孫のピックアップに初めて運転して出かけました(主人も心配して一緒に来てスタンバイしていました)。
12月からは月・水・金とラインダンスが始まっているのですが、ピンポンと時間がかち合っています。原則月・火・木はピンポン、もともとピンポンのない水曜日と、金曜日はラインダンスをしようと、今日水曜日ラインダンスに行ってきました。臀部はまだちょっと違和感がありますが、動きは大丈夫です。明日のピンポンも多分大丈夫でしょう。
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フェニックス2017
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ご無沙汰しました。11月29日まだ暗いうちに主人に空港まで送ってもらい、ロサンジェルス乗り換えで日本に行きました。
ロサンジェルスの空港にランディングしたころにはまだこんなに暗かったのです。
でも、ゲートに着いて、一番後ろの方の席から飛行機を降りる頃には、明るくなってきました。
朝食も食べずに家を出たので、ロサンジェルスで乗り継ぎ便を待つ間に
食事をしたり、お店をゆっくり見て歩いたり、ゆっくりと過ごしました。
ロサンジェルスから成田までは、とても空いていました。これも初めて。
いつも満席だったのに、今回は60%程度。
新しい機体だったようで、3席、3席、3席。これも初めてでした。
真ん中の3席の通路側だったのですが、中おいて反対側の通路側に座っていた比較的若い男性が、一見どこの国の人かわかりませんでした。色黒で髭づら、長い髪の毛を上の方で巻いて...後で、前の席の人と話し出したのが、日本語。
私側の窓側3席にいた人たちもお仲間だったようでした。
でも、日本人より、中国人の方が多い感じ。
空いているので席を移動した人たちが結構いました。
後ろの方は、3席に1人か2人という具合です。
後ろの方の席では、3席を一人で占領し寝ている人も結構いました。
年取るとともに、だんだんフライトの長さが苦痛になって来て、映画を見る気にもならないし、今どの辺かしらと航路図ばかり見ていました。
たいして行きたくなくてもトイレに行って、行ったらすぐには座席に戻らず、しばらく立って足や身体を動かしていました。
そのうち一人のCAさん(日本人だけどアメリカンスクール出身)とお話がはずみ、成田に着く前に挨拶に来られたので、疑問だった窓のことを質問してみました。
こういう窓です。
窓のブラインドが無いの。
機内を見ると暗い窓、明るい窓、青い窓などがあるのです。
ブラインドの代わりに、窓の下にある丸いところで何段階かに切り替えられるようです。
乗り換え前にゲートで話しかけて来たアメリカ人のビジネスマンが、今日の機体は新しいので楽しみだと言っていました。確か787と言っていたような。
その人は勿論エコノミーではない前の方の席ですから、もっと何か新しいことがあったかもしれません。
そして、成田に到着。
雨だと言っていたお天気ですが、雨は上がっていましたが、まだ4時少し過ぎだというのに暗い。
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夫婦とも韓国の大学で教えている韓国人が、2人の予定を合わせてサバティカル(1年間別の大学で研究をする制度)を取り、サンフランシスコの大学に来ました。サンクスギビングの連休を利用して、ここまで会いに来てくれました。5年生と1年生の男の子も一緒。
サンフランシスコ→ロサンジェルス→ツーソン(アリゾナ州)→フェニックスと、途中韓国人の友達とも会って、車で来ています。
火曜日は、まさに陽が落ちる寸前に我が家に到着。
グレープフルーツを取ったけど、生憎今年は小さくてまだ固いものばかり。
夕食の後、小さい子でもできるSkip-Boというカードゲームを教えて皆で遊び、デザートの後近くのホテルへチェックインしました。
翌水曜日。ホテルで朝食を食べた後、主人を除く5人で水族館とレゴランドのあるモールへ。
以前Burger Kingのカウンターにおいてあった子供無料券を利用して、先ずは水族館へ。ここの水族館は、面白い仕掛けがあります。
井戸のポンプのようなものを上下して、流れ出る水流を強めて、おもちゃの金魚を流し、途中の閉まっているいくつもある門を開けて放流し、金魚をさらにさらに下流に流していく所では、2人とも何度も何度もやり直して、そこから動こうとしませんでした。
スタンプラリーも全部完了して、楽しかったようです。
次は、目の前にあるレゴランドへ。
お昼はこのレゴランドの中で食べることにしました。サンドウィッチくらいしかありませんが、子どもは食べ終わったら、親のおしゃべりに付き合っていないで、自由に近くのコーナーでレゴで遊べます。親はゆっくりテーブルで話をしていられます。
下の子がレゴが大好きだそうで、いつになっても帰ってきません。私も母親も彼を連れ戻すことはできず、最後に父親が泣きべそかいている子を抱っこして連れてきました。
明るいうちにコミュニティーの中を案内したかったので、山からフェニックスの景色をみるのはやめにして、家に帰ってきました。
上の子が卓球をしたがったのですが、ホールに行ったら、ホール中テーブルと椅子が並べられていて、卓球台は片付けられていたので残念。テニスコート、ピッケルボールコート、シャッフルボードコート、プール、ジム、各活動部屋は車の中から、オーディトリウムは中の扉が鍵がかかっていて見られませんでした。最後にゴルフ場の周りを車で周り、家に帰ってきました。
夕食に出かけるまで、昨日のSkip-Boをして遊びました。
下の子が2日とも初戦を勝ちました。お父さん以外皆1回は勝てました。
夕食は車2台でOrgan Stop Pizzaへ。
舞台がせりあがって来て、マイティーオルガンの演奏です。
スターウォーズの曲も演奏したのですが、たまたまこの日、下の子はスターウォーズのジャケットをひっかけていて、フードを深くかぶったところ、隣の席に入って来た子供がそれを見て、何かコメントしていましたよ。
上の子は大きいピザを6ピースも食べていました。お昼、ろくに食べないうちに遊びに行っちゃったからね。
翌朝は朝暗いうちに出発で、グランドキャニオン→ラスベガスに行くんだそうで、レストラン前で別れました。無事行けたかな?
来年1月には韓国に帰るそうです。
大学1年生の時に知り合って、彼らの結婚式の時3男と初めて韓国へ行き、家の3男の結婚式の時は2人で参加してくれて、私が日本に行ったついでに、3男家族や2男母子と7名で韓国に行き、彼らのまだ赤ちゃんだった長男にあった事。
思えば長い年月。
皿洗いなどのアルバイトをしながら留学生生活を送っていた人が、今や40代後半。2人の子どもの親になって、アメリカに来て“日本のお母さん”にまた会いに来てくれたのです。感慨無量です。
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ドッグシッター役を終えて、娘の家から帰ってくる途中、ちょうど夕陽が落ちる所でした。
スーパーを出て来たら、ガソリンスタンドの屋根に夕陽が反射して、キラキラまぶしく光っていました。
車道に出たら、夕陽は左後方。残念ながら写真は写せませんでした。
でも、走りながら見た東の空がきれい!
信号で止まった時に撮った写真です。
左の写真:運転席正面から 右の写真:助手席側の窓から
写真ではわかりにくいかもしれませんが、手前の山、その後の山の色のグラジュエーション、そして、空のグラジュエーションが、とてもきれいでした。 |
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卓球から帰る時、「あのタイヤおかしい」と友達に指摘されたのが月曜日。
右後ろのタイヤが下膨れになっています。
午後は予定があるので、すぐにタイヤに空気を入れたい。家に直接帰らず遠回りして、彼女に教えてもらったDiscount Tireというところへ。
ところが彼女の言った場所にはお店がありません。うろうろ探している時間はないので、一旦家に帰りネットで調べたら、いつも通っている近くの道沿いにもあります。じゃ、午後の予定の行きがけに寄って行こうと、お昼食べたらすぐ出発。ここはエアーチェックは無料。
エアーを入れた作業員が、釘が刺さっているかもしれないから、ちゃんと見てもらった方が良い。今するんだったら、カウンターに行って予約入れて、というのを今時間が無いからと、夕方までその車で用足しを終え、翌日火曜日卓球の後に、日産で点検したもらうつもりだったのですが...
卓球中に主人から電話。今日に2時に大家さんが来ると。
普段カリフォルニアのナパに住んでいる大家さん、このコミュニティーにも家を持っていて、年1・2回こちらの家に来て2週間位滞在し、その間に貸家の点検に来るのです。予定では5日からこちらに来ているはずなのに1週間何の連絡もなかったので、カリフォルニアの大火でナパの家に何か被害でもあったかと心配していたところでした。
じゃ車の点検は翌日回しだ、と、水曜日に日産へ行きました。
最近ブレーキ自体は機能しているけど、ブレーキランプのサインが走り出してからも赤くついていて、ブレーキ踏むとサインは消え、走り出すとまた付くのが気になっていたので、ブレーキとタイヤを主に点検してもらいました。
タイヤにはやはり釘が刺さっていて、その場所も悪く、タイヤの交換になりました。
ブレーキの件は、ブレーキパッドもオイルも減っているということでした。
そのまま走り続けていたら危険だったようです。
タイヤのオーダー待ちで、作業は翌日に。車は日産にお泊り。
タイミング良く、点検に来たものです。
後ろのサスペンションも問題があるということでそれも修理依頼。
そして木曜日、主人の車で卓球に行き、帰って来てお昼頃、日産から電話。
出来上がったということで主人と一緒に取りに行き、修理済みの車を運転して帰ってきました。
快適。
最近、ガタガタした感じがあって、ここの道路がガタガタなのかな?でもあまりそのように感じられない道路だけどなとか、感じてはいたのです。でも今は快適。
スイスイと、滑るように走っていく感じです。
もうじき点検の時期だったし、ちょうど良かったです。
そのまま走り続けていたら、どこかで故障とか事故とかになっていたかもしれないものね。
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