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もう20年前ですね〜〜〜。
当時、カンプサ・ホンダ・ポンスで走っていた
アレックス・クリビエがスペイン人として
始めて最高峰クラスで優勝を飾ったのは
1992年のここアッセンでした。
当時はアメリカン・オージー全盛期。
いわゆる6強の時代でしたが、
このアッセンの前の西ドイツGPで転倒を喫した
レイニーが欠場、ミック・ドゥーハンも足を骨折する転倒で欠場
ガードナーも足の骨折が完治してなくて欠場。
6強のうち、半分が欠場したレースでは
まだタイトル争いの可能性があったシュワンツと
カジバに初優勝をもたらしたいローソン。
このベテラン2人がまさかの接触転倒。
レース展開は一転、6強の残った一角コシンスキーに
カジバのセカンドライダー バロス
そしてクリビエを加えた3台の争い。
この混戦を抜け出して見事に優勝を飾りました。
チームオーナーでもあったポンスが成し遂げられなかった
夢を叶えた形でしたね。
もちろん、この背景にはホンダの投入した
ビッグバンNSR500の存在があったのは言うまでもないこと。
ただ、クリビエがキヤリア2勝目を挙げるのは3年後の
1995年の最終戦まで待たないといけないんですけど・・・。
このレースには伊藤選手の初優勝もかかっていたんですけどね。
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思い出GP
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レプリカっていうか、原田モデルかな。
今月のライスポに最新のアライのラインナップに
中上君、高橋裕紀選手、青山選手と並んで
原田さんのヘルメットが載っていました。
YFデザインのやつですが、ドゥカマガ見たら
このヘルメットでディアベルに乗っているみたいですね。
画像はアライのフェイスブックから。
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ビアッジがGPマシンを走らせるのは
2005年以来ってことで、
この年の話なんか。
開幕戦ではスペインGP、例のロッシVSジベルナウアタックの
あった年ですね。
ロッシの2度と奴には勝たせない発言の通り
この一激で完全にジベルナウは終わったかな。
実際、このシーズンは接戦になることなくロッシが連覇を
飾りました。
ランキング2位はそのジベルナウのチームメイトのメランドリィ。
テック3はエリアスとザウスのコンビ。
レプソル・ホンダは不振のエース ビアッジに替わって
ニッキーが地元ラグナセカで初優勝。
キャメル・ポンスはバロスとベイリス。
チーム・ポンスはこの年限りで一旦活動休止。
玉やんがコニカミノルタで苦労してたっけ・・。
ドゥカティはカピロッシとチェカ。
サテライトでダンティーンがロルフォを走らせてました。
チーム・ロバーツはシェーン・バーン。
スズキはケニーとホッパー、カワサキは中野さんとホフマン。
今でも現役でGPを走っているのはロッシ、ニッキー、エドワーズ。
半数くらいは引退しているな。
この辺りになると、BS組(ドゥカ、スズキ、カワサキ)が
だんだんと侮れない存在になっていったか。
この時期の250はホンダ勢がペドロサ、青山、高橋、ドヴィ
ロレンツォ、バルベラ
アプリリア勢がストーナー、ポルト、ド・ピニエ、デ・アンジェリス
ギュントーリといったメンツ。
ちなみにWSBの方ではアルスター・スズキの
トロイ・コーサーが圧勝の年でした。K5はいいバイク。
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ハセガワから88年のローソンのYZR500が
発売された時点で予想されていましたが
カラーリング変更でゴロワーズのやつも出るそうです。
ちなみにキャリパーもちゃんと変更されています。
ということで懐かしい画像から、最近のクリスチャンの画像まで。
キット化されるのはゼッケン7のやつです。
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よく寝れるもんですね〜〜〜〜。
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