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YZF アレコレ その2

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引き続きYZFです。

テック21カラーになって初めて8耐を
制覇したのが、87年モデルです。
これ、珍しくプロアームなんですよね。
平さんは首を痛めて欠場してて、マギーとウィマーという
異色コンビで勝っちゃいました。

で、マギーは翌年も連覇します。
それが、隣のラッキーストライクカラーのYZF。
ご存知、チームロバーツの車両ですね。

ライダーはレイニーとマギーというGPコンビ。

88年はホンダがガードナーとマッケンジー
ヤマハがレイニーとマギー
ヨシムラがシュワンツとポーレンというGPの面子が
ずらりと揃ってましたね。(ポーレンはAMA組だけど)

レイニーというと、素早いステップワークと体重移動で
切れ味鋭い切り替えしが特徴だけど、軽いGPマシンより
重いTT-F1マシンの方がさらにそのテクニックが際立つ印象でしたね。
この辺はドゥーハンも一緒か。

連覇を狙った89年。
レイニーが8耐に出ている間に
GPのタイトル争いのローソンはタイヤテストを敢行して
それが原因となって、タイトル争いに敗れることに。
以降、GPライダーは足が遠のくことになります。

YZF アレコレ

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インディがはじまる前に・・・。

さて、8耐ミュージアムの続編です。

今さら紹介するまでもありませんが、
平さんとケニーのYZF750です。

ヤマハが造った初の4スト耐久マシンだからか
同じ時期のRVFと比べると、非常に無骨ですよね。
特にヘッドライトが。

この辺り、ホンダは8耐用の簡便なライトに対して
ヤマハはヨーロッパのフル耐久仕様のライトを
使っているからですね。
実際、このマシン2灯ヘッドライトでゼッケンの下に
ライトが見えますよね。
ボルドールをゴロワーズカラーで走ったのもこの車両で
その時は、ふたつの目が開いてました。

個人的には、ちょっと頭でっかち過ぎてあんまり
格好が良くないイメージ。
24時間レースのイメージにはピッタリですが・・。

やはり、ヤマハのレーサーはスマートなイメージが
あるので、逆にいえば、そのヤマハらしくない無骨さが
このマシンの成り立ちを表しているか。

CBR1000RR XX-F

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2006年、ホンダの8耐10連覇のトリを飾ると共に
ホンダワークスを撃破したのが、2006年のTSRが
走らせたCBR1000RRです。

この車両、当時の8耐出場車両で採用されていた
XX-F(ダブルエックス・フォーミュラ)規定の
車両で、ホンダワークスがJSB規定の車両だった事を
考えると、車両の動力性能は一緒くらいだったかと。

というのはカムシャフト以外のエンジン内部パーツの
変更が許されないJSBと違って
XX-FはWSB並に改造範囲が広いものの、
8耐で勝つためのパワーと燃費のバランスを求めると
XX-Fと言えども、極端なパワー重視のエンジンには出来ず
結果的にJSBのホンダワークスと同等のパワーレベルに
おさめていたみたい。

ただ、XX-Fの場合、最低重量の制限が無いため車体を
大幅に軽量化することによって、動力性能を
ワークスマシンと同等まで引き上げることに成功したのが
この車両。カーボンフェンダーとかそこかしこが軽量化してます。

あとブリヂストン初の8耐制覇というのも見逃せません。

TSRはブリヂストンとずっと一緒に戦ってきてますから
その協力関係は大きいですよね。
ライダーがブリヂストンの開発ライダーである
伊藤真一さんだったというのも大きいポイントです。

CBR1000RRW

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VTRの後をついで登場したのが
1000cc4気筒レギュレーションで生まれ変わった
CBR1000RRです。

これ、CBR900RRの生みの親である馬場さんが
言ってましたけど、市販車の状態だとCBR1000RRの方が
重たいんですよね。

これは、CBR900RRと違って、CBR1000RRはスリックタイヤ装着を
前提として、フレームの強度をかなり上げていて
それが結果的に重量増になったとか。

つまり、あくまでも公道のスポーツ走行前提のCBR900RRと
サーキット走行前提のCBR1000RRってことで、
名前こそ継承しているけど、コンセプトが全然別物ってことですよね。

全日本は2003年から最高峰クラスがJSBになりましたが、
8耐だけは国際格式のため、例外でWSBレギュレーションの
車両で出場しています。

この写真の2004年モデルはSBレギュレーションの車両です。
(後ろ向き展示なので、バックショットのみですが)
2004年はBSBに清成さんが参戦し始めた時期で、
BSBにワークス仕様のCBR1000RRが登場しており、
このマシンもほぼ同スペックの車両だと思われます。
(両方ともミシュランワークス使用)

個人的には、この2004,2005年モデルがCBR1000RRの中で
一番好きです。まさに直4のRC211Vって感じで
カウルワークも鮫をモチーフにしたRC211Vを継承してますしね。

前からの撮影は2005年モデルですが、こっちはJSB仕様です。
この頃から、TSRやヨシムラとの争いが激化した印象が
ありますね。

この2005年でホンダは9連覇を成し遂げます。

VTR

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最初にお断り。
管理人はVTRが好きじゃありません。

だから、キャビンカラーのVTRは一枚も
写真撮ってません。

もうね〜〜ホンダが打倒ドゥカティのために
ライバルの技法を真似した時点でアウトだと思うんですよ。

また、このバイクが反則的に速かったしね。
鈴鹿のバックストレートで、伏せる梁選手のGSX-R750を
並ぶ間もなく抜き去る動力性能の違いを見た瞬間ね、もう、
戦闘意欲を奪われますわいな。

で、セブンスターカラーのVTR−SPWです。
2003年のやつですね。キャビン時代と同様
JTがスポンサーですが、ブランドが変わったと。

このセブンスターカラーのVTRは印象薄いですよね。
それもそのはず、エースナンバーの「11」は清成さんと
ニッキー・へイデンだけど、わずか1周でクラッシュリタイア。
「7」の方、宇川さん、井筒さんチームもスリップダウンして
ピットイン修復で優勝戦線から離脱でしたからね。

この年はオーヴァーのR1がばら撒いたオイルに乗って
トップ集団の岡田さん、ニッキー、ヨシムラの渡辺さんが
クラッシュ。レッカー車に乗ったら、リタイア扱いという
8耐で、気がついたらケンツがトップに浮上。

で、ラスト1時間でカプラのピンが折れてエンジンかからず
という年でしたね〜〜〜。
翌年は石がラジエターを貫通してリタイアだったし。
2005年は雨の中、梨本さんが激走したけど転倒したっけ。

あ・・・GSX-Rの話になってる。

2003年勝ったのは桜井ホンダでした。

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