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ややつれづる

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微妙な「つれづれ」話を載せています。
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花と雨

飽きたと言ってしまうと、身も蓋もないのですが、
ここ数年、ヤフーブログの方がおろそかになってしまっていますね。

実は、職場でも仕事ブログを平日一記事アップさせていて、
更に他に個人ブログ(食べ物の話のみ)を書いている関係上
日常が今、「仕事」と「食」以外何もない状態では、
こちらで書くことがアンマリねぇ〜 ないのですよ。

ごめんなさい。


実は先日、何もないお休みで、おまけに桜の時期なので、お花見に行って来ました。

奇しくも雨。そして、川沿い、山の北側、他より開花が一週間弱遅い。と言う場所なので
やっぱりちょっとさみしい状況でしたが、私のお気に入りの場所なのです。


イメージ 1


例年、あるお店に行く行き帰りの道で、 春の訪問時の目の保養をしてた場所でしたが
そのお店は移転してしまい、ここ数年行けていませんでした。









イメージ 2



どうなっているだろう・・・という気になりで、久しぶりの訪問でしたが
桜の大半は、まだ咲いていないというより、つぼみを付けておらず、
桜並木全体が、老齢の為弱っているようでした。

大半が枝ばかりで、差し出すように歩道側に伸びた枝で咲いているのは
あれだけ長い並木の中のほんの少し。


イメージ 3


でもわずかに愛でられた花。

雨で重たげですが、それもまた風情。


一人で傘をさしぼんやり歩いてみて回りましたが、
私の穴場の場所だけあって、マジ誰もいない(笑)

そういう意味では本当に私的には良い所です。

花は少なくても来年も見に来よう。
さて、最近テレビを見ていると、ピコピコ―ンと速報音が流れ
画面の上部に「尖閣諸島の排他的経済水域に○○の船がどうのこうの・・・」
なんてテロップが流れる様子を頻繁に目にするようになりました。
 
いつの間に、日本は侵略行為を常時受ける国になっちゃったんでしょう。
怖いわ〜、怖いわ〜。
 
 
 
 
さて、こう言った話をする場合、事実関係や経緯をしっかり調べてから文字にする必要があると思うのですが、「よくよく、根気よく調べる」という事をしなくても日常普通に生活をしている状態で、どの程度知らされ、
どう感じ、どう判断しているのか。
 
そんな目安にもなるので、あえてこのままで、今私はこう思っています。を、書いちゃいます。
 
 
まず竹島。
 
あれは日本の土地です。大韓民国が支配して許される島ではありません。
日本は敗戦しました。その大きく出られる立場でない状態の条約で日本の島と決まったのだよ。
あれは「日本の最低限の領土」の中の一つに決まっています。
 
そして、敗戦したと言っても、大韓民国に負けた訳ではありません。
 
 
 
 
そして尖閣諸島。
 
これは竹島以上に言うまでも無い事。
「国有化」で猛り狂っている中華人民共和国ですが、
今回所有者が「日本人個人」から「日本の国有地」となっだけで
所有している国籍は変わっていないのに・・・・・・
 
そもそもその土地が「中華人民共和国」のものなら、
日本国内でどう権利が移行しても立場は変わらないはず
なので国有化になったと騒ぎ立てている行為は
その島が「日本の領地」と認めている上で成り立ついちゃもんなのに・・・・・
 
これは、「遠まわしに(少なくとも今は)日本の領土と認めている」と思っていいですよね。
日本の海上保安の方、自衛隊の方には、これ以上つけ上がって不法上陸しないよう
頑張っていただきたいです。
 
 
 
そしてオスプレイ。
 
事故率がどうのこうのって言っているけど、
オスプレイ以外のいろんな航空機と比べて、一体どれだけ危険が抜きんでていると言うのかなぁ
実際調べた方が、「事故率は決して高く無い。むしろ低い」との結果を出されています。
 
なので、テレビで「反対反対」と叫びまくっているのは配備されると困る国に関係のある人。
そして、「私は平和に貢献している清く正しく善意の人」と、自分の世界に入っちゃって、
自身の精神的満足の為に参加している人だと思っています。
 
クラスター爆弾の時の事もそうですが、
国のその領地と国民を守る為の方法を奪おうとする人間は
「まず絶対、敵国かその関係者」であると思います。
(※何も考えいてなてお花畑頭の人は置いといて)
 
ちなみに、日本は第二次世界大戦以降、侵略行為も戦争行為もしていませんよね。
しかし、上に上げた二国はしっかりしています(竹島・尖閣の話をのぞいてですよ)
 
どちらが好戦的かつ、隙あらば侵略しようとしているか、過去の事実がものを言っている感じがしますが。
どうでしょうか?
 
 
 
国旗と国歌
 
国旗は日の丸で、国歌は君が代。
それの何が悪いの?意味が分かりません。
ふつーに日本人に生まれ、ふつーに教育を受け成長した場合。
国旗と国歌を毛嫌いするような「時間」はありません。
 
つまり、それらを嫌う人間は「ふつーの日本人ではない」んだな。と思います。
これ、単純な事実ですよね。
 
 
 
 
あと、この広い世界の中で、
 
親日。つまり、日本が好き。と言ってくれる嬉しい外国は沢山あります。
それ以上に。日本?それどこにあるの?という無関心な外国もあるかと思います。
つまり、世界の殆どの人が「親日」か「無関心」だと思うの。
 
それに比べ、日本が嫌いという国は大きくは「三国」。
たった三国がまるで世界の指針みたいな報道はどうかと・・・
 
そして普通「人は、好きと言ってくれる人には優しくしたい」し、
「嫌いという人間とは関係をもちたくないし、当然「援助」など進んでしようなんて思う訳ない」。
なのに何故ODAとかでるんでしょうか?
 
 
あとあと、民主党が与党になった時、ものすごい人数の議員が「中華人民共和国」に行ってましたが
あの時の「外交」はまったく、全然、これっぽちも「役立っていません」ね。
 
 
そしてそして、嘘つきは大嫌いです。
公に発した言葉を「実行」できない人間は、どんな仕事も任せられれません。
いわんや「政治」なれば、なおさら。
 
 
と、まあ、ここ最近。というか、ここ三年以上くすぶっていた部分もあって
いろいろながながと、書いちゃいました。
 
うふふ、愚痴ってちょっとスッキリしたわ。
昔の人は、いろいろ良い事を言ったもんだなぁという言葉が
人の話を聞いていると、ポロっと出てくる事があります。
 
私、この言葉は高校位の時に聞いて、
今でも偶にふと意識に上ってくる事があります。
 
それは
 
「それは、必要だから欲しいのか、それともただ欲しいだけなのか」
 
という言葉。
 
 
後輩が子供の頃、何かを欲しがってねだったりした時に、こう問われたそうです。
必要なら買ってあげる。ただ欲しいだけなら我慢しなさい。と。
 
何もかも「必要最小限の消費」というのは寂しいので、
個々の許される「ゆとりの消費」はあって良いと思います。
実際「不必要な物への消費」や「買っても、結果まったく利用していないものへの消費」なんてあります(笑)
 
ただ、目に入るいろんな物が片端から「素敵」に見える時期と言うのがありまして
そんな時ふと上の言葉が浮かんできたりするの、
そうすると、「スーーーッ」と、それまでのぼせていた気持ちが落ち着くんですよね。
 
他人のおじいちゃんの訓告ですが、私にも役立っていますよ〜〜〜(天国への叫び)
 
 
ちなみに、母方の曽祖父(母のおじいちゃん)の言葉は
「死んだ金は使うな」(+使うなら生きた金を使え)
は難しすぎて、なかなか実行できません。
以前、食べ物の好き嫌いの事を書いた気がするんですけどどうかな?
 
私の好きな漫画家さんのブログかコミックエッセイにこんな事が書いてあったの、と言う話なんですけど
 
「子供の食べ物の好き嫌いがあったとしても、それはそれでイイじゃないかと思う。
無理に食べさせる必要性が無いもの。だって美味しいと思えない子に無理やり食べさせなくても
それを食べなきゃ栄養的にダメではなく、変わりのものがあるだろうし
 
食べられない物は
「お子様には食べられない、大人の食べ物なのよ、ほほほほほ〜」と考えれば
子供にとっては大人になる楽しみというか、憧れも植えつけられて良いんじゃないかと」
 
 
うん、そう思う。
 
人参やピーマンが食べられないからといって、栄養が偏って病気になる訳ではないし
(稀に、野菜自体が全部嫌いという子もいるらしいけれど、それはレアケースと言う事で)
無理に食べさせて、余計に嫌いになってしまうのも大変そう。
 
折角なんだから、お子たちには美味しいと思うものを食べて、大きくなって欲しい。
 
 
 
 
で、話は「女学生」の制服の話 になります。    (どんな飛躍や(笑)でも関係します(多分))
 
 
なんと、母校(高校)の制服が、今年の一年生から変更したらしい。
何がどう変わったか、全然知らなかったんだけど(興味もなかったし)、
話が伝わってきて、スカートのデザインが
 
「裾にライン、ウエスト近くに校章のマークが入った。理由はスカート丈を替えられないように」との事。
 
 
えー、そんな理由で、そんな変更???
 
いーじゃないのよ。スカート丈が少々長かろうが、短かろうが、そんな事どうでも〜
その些細な事で、女子高校生が 「きゃいきゃい☆」 と楽しめるんならその方が可愛いじゃない。
 
というか、そんな事で「きゃいきゃい☆」なんて、するような子が在校生なの?
(多少はともかく、先生が問題視するほど極端に長さを変える子がいるの?と言う事)
 
私の時代は特に厳しくなかったけど、制服をどうこうしようと言う気には思わなかったのになぁ
(先生の目から見て、目に余るほどの改造は男女とも殆ど無かったと思う。進学校だったし)
(あ、ゆとり世代だからそうなの?)
 
 
つまり、
 
スカートの丈なんて、どうでもいい
 
と思うんですけど。どうなんでしょうね?
いいじゃん、短くしたい子は短くすれば。
 
 
それをあらかじめ 「どうこう」出来ないようにするって事が、なんか子供扱いされて
私が当事者だったら「えー」と思う気がする。
(※改造する気はないけど、任せてもらえないという信頼感の無さから)
 
そして、短くたって、何が問題だと言うのだ?
(身の危険は確かに増えるかもだが、それも自己責任だ)
 
 
食べたいものも、スカートの丈も、好きにすればいいじゃない
 
そう思う、夏の始まりであった。
当て字と言うには程がある・・・という難解な名前をお子に名付ける割合が年々高くなっているらしい。
 
何にせよ名前には流行があって
今の名前があり、ちょっと前の名前あり、そして昔の名前という流れがあり
普通につけていたとしても変わっていくものだから、多少の事は範囲内かと思います。
 
でもやっぱり「難解すぎる」「当て字すぎる」「人名らしくない(名字とのバランス的に)」という
「過ぎたる」名前はその子自身に負担になる事が多いので私はどうかな・・・と思います。
 
今の私では、人と違った名前をつけたい、と思うならきっとぐっと昔の名前をつけようかと考えるだろうな。
主水でモンドとか。
 
これ、時代小説で良く出てくる名前なんですよね。(でもつけないと思う)
 
 
 
それはさておき、そんな「難解な名前」では就職も大変という話が上がってきています。
 
それはそうですよね。私も人事をする立場で同じ能力らしき人二人の内の一人を採用を決定する場合。
「普通な名前」と、「えーっと・・・マロン?さん?」となった時、普通の名前の人の方を採りますもんね。
 
かといって、基本的に名前って本人が付けたものではないのだから
こういう枷って気の毒に思います。
 
だから昔の武将みたいに「幼名」として親の名付けで育ち、
社会に出る時には大人の名前をつけ直してOKにすればいいのにと思うんですけどどうでしょうね。
 
そんな事を母に話しかけてみたら
 
「昔は女の人も結婚する時に名前が変わったもんなのよ〜」と。
 
 
えええ、そうなの!
 
聞くところによると、母の母(つまり私の母方のおばあちゃん)は、嫁ぐ前は「龍子」で
嫁に入ったら「静子」と変わったらしい。
そして、母の父の母は「津ね」が本名でしたが呼び名は「とみえ」
 
戸籍の名前は変わっていないそうだけど、それでも名前が変わるって昔は普通にあったって面白いですよね。
 
 
そんな風に書いてますが、でもよくよく考えると最近私も自分の名前の表記は変えていました!
 
というのも、名前(名字じゃなくて名前)を漢字で書くと20画超えていて、
最後の方が飽きてくるので (普通の画数ですが、一字目も二字目も字の形が似ている上に
横棒が多くてつまらないので後半には飽きて字がダレてくるの)
重要書類でないかぎり、平仮名で書いてます。
 
6画で済むから(笑)
 
これは名前としては、大人名ではなく、幼名に後退してる方向ですね(笑)

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