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「本棚」というより「本箱」。持っている本の形をしたものの紹介です。
読後感想文(現在形読本)は「ときに感想」になります。
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その女、ジルバ

最近、小説などは持ち本の読み直しが主になってきました。

というのも、図書館へ借り返し面倒と言うか
時間が取れない時もあり、難しくなってきたから。

ゆくゆくの処分が大変なので、よほど惚れないと買わない事にしていて
それらは、マンガの本も含まれるのですが
(恋愛本・ビジネス書・啓発本は読まないの。基本楽しいが好き)
本(マンガ含む)を読んでいる、と言うと結構な確率で

「最近のお勧めは?」 と聞かれることが多いです。

でもってそう聞かれると、最近はこう答えています。

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「「その女、ジルバ」かな」と


こちらの本、最近きちんと知ったのですが、連載が始まって7年と、結構前から書かれていました。
ですが既刊は4巻と、発刊間隔が長いのは、きっと掲載が間遠だから

実は今月発刊の雑誌に最終話が載り、来月下旬に最終巻5巻が出るそうです。


大まかな話は「職場で姥捨ての倉庫勤務になり、
彼にも捨てられたアラフォーの主人公(アララ)が
高齢者バー「オールド ジャック&ローズ」に副業する事になり、
そこのおネエ様方とあれやこれや、その他などなど」 で
一見絵柄もギャグ寄りで、話も賑やかなのですが

独身お一人様の女性の不安
第二次世界大戦の時の女の生き方、そして現在
ブラジル移民の苦難
そして東日本大震災 (こちらが約7年半前)

それらのお話が現在進行形と過去の思い出話とで
行ったり来たりしながら進んでて行きます。

楽し気でいて、ぐっと現実を突きつけられる。
ただ生きるのだけでなく、自分の人生をどう自分の物にするか。
そんな事を手探りで進みながら、いろいろ決断していく主人公アララ
(アララはバーでの源氏名)

おネエ様方のバイタリティ具合も含めて



  微妙なお年頃の女性に読んでいただきたい漫画 


と思っています。

(検索するといろんな所で試読みできる時代なので、気になる方は是非)

いわゆる「何食べ」

我が家はかなりイベント事に「あっさり」している。
 
クリスマスもお誕生日も、しっかり何か「した」記憶がない私。
子供の頃から自分の誕生日は自分で祝っていた。
 
という事で、巷で「自分にご褒美」と言う言葉がでる随分前から
自己完結していると言えるのですな。
(多分、婚期を逃したのもこういう所で全然家庭的な記憶が無い上に、
欲求をどうにかしてしまっていた所に問題がありそうと、今気が付いた)
 
 
さて、そんなお子さんだった頃私が、自分で自分をどう祝っていたかと言うと、
ケーキ(勿論子供の小遣いで買える程度のその辺のケーキ)と
マンガの本を買って、ケーキを食べつつ読む。   と言うもの。
 
つつましいと言えば、つつましいけれど、子供にできるいっぱいいっぱいの贅沢です。
もちろんすべて自分のお小遣いで買っていくます。
でも「ああ、誕生日を楽しんでる」 って思えたので単純なもんですよ。
 
 
で、今に話は戻ります。
 
大人なりに、節目にそこそこなお値段のネックレスを買ってみたり。(自分で)
特別オーダーでホールケーキを買ってみたり。(ホールケーキの受注をしていないけど頼んで作ってもらった)
良い鞄を買ってみたり。(くどいですが、自分で自分にです)
いろいろしていましたが、なんか流石に飽きてきた。
 
もう今年はスルー 何もしない 忙しいし、欲しい物ないし。
と思っていましたが、こうなりましたよ。
 
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ケーキ&漫画の本です 初心帰りました(笑)
 
といっても、大人バージョンで、ケーキは自宅から車で一時間近く離れたお店の物(買に行った)
紅茶は紅茶専門店で売っている、単一茶園のアッサムです。
 
そして、「きのう何食べた? 9巻」である
 
よしながふみ は特に好きなマンガ家さんではないのですが
食べ物の話はもう、妙に好きで好きで〜
「西洋骨董菓子店」なんて、読んでるともうケーキ食べたくて仕方なくなるのよね〜
 
それと「愛が無くても喰っていけます」しか持っていない所がホント、食い物ラブな私です。
 
因みに、「きのう何食べた?」は、略すと「何食べ」らしい。
それにしても、モンブランはデカかった。
 
 
 
さて、本題の「何食べ」のお話を少し。
 
このお話は、中年ゲイのカップルの食生活のお話がメインで
(セリフとして料理のレシピが展開する)
ヤラシイ部分が全然ないのでとっても読みやすい内容です。
仕事場でのいろいろだの、家族との微妙な関係だの
同性愛でないと起こらない問題が出てきたりもしますが
そういうのも逆に「なるほど、そんな問題もあるもんなのね〜」と、そんな感じ。
 
時間も適切に流れていて(いつまでも○○歳ではない)
そんなぶぶんも好感が持てます。
 
因みに本作中のレシピで唯一作った物が
「電子レンジでつくる加熱した卵(作中はラーメンにトッピング)」です。
料理じゃない(笑)

カッパの川太郎

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今回は「マダムとミスター 第三巻」に収録されている
「なつやすみ」という短編お話。


この「なつやすみ」は、病気弱な男の子「渉(わたる)くん」が
同い年のいとこの女の子「彬(あや)ちゃん」のいる田舎ですごすひと夏のお話です。

でもって、この田舎には「カッパ」がいるのだ。

名は川太郎という。



彬ちゃん「あっ これはねぇ かっぱの川太郎さんだよ この川に住んでいるの
     大丈夫 砂をかけたり 夜中に首が伸びたり 巨大化して放射能吐いたりしないから
     肩書は・・・・ なんだっけ」

カッパ 「ナチュラリスト」

彬ちゃん「そう ナチュラリストなの」

渉くん 「・・・・・・・」(倒れる)

よもやカッパが実在するとは・・・信じられない面持ちで河童と初対面した彬くん。
そうだよね、ナチュラリストって紹介されても返答し様がないですよね(笑)

この漫画家「遠藤淑子」さんは、少女マンガのジャンルとしてはとっても絵が下手。
デビュー当時よりはバランスがとれてはいますが、
「少女マンガ」というカテゴリーのイメージからやや離れた感じの画風な所が逆にいい味だしてます。
ということで結構好きなの。

お話も会話の間や内容が好みというか・・・
主筋とは関係ない部分が特に楽しい。

さて、お話に戻りますが
どう考えてもすんなりカッパの存在に納得できない渉くんが彬ちゃんに
いつからいるのか聞いてみた時

彬ちゃん「この間 選挙にも来てたよ」

渉くん 「せ・・・ 選挙権もあるの!?」

彬ちゃん「よく知らないけど投票所で役場の人と水ようかん食べてた」


という情報を聞き出す。
って、投票所で役場の人と水ようかん食べてるって、どんな世間話してたんだ(笑)

さすがナチュラリストと言うべきか(?)

それにしたってこの田舎の人は見事にこのカッパと共存している。
といっても別に「自然との共生」をテーマにしているわけではない。
単にカッパがいると言うだけの話なのだ。

具合の悪くなった渉くんを妖怪だし治せないかと彬ちゃんが訪ねてきた時など
こんな口喧嘩にもなったりする。

彬ちゃん「お願い 治してあげてよ」

カッパ 「オレは医者じゃない」

彬ちゃん「でも妖怪でしょ なんかとんでもない妖術使うとか 何でも良く効く薬を知ってるとかないの?」

カッパ「ない」

そこでムッとした彬ちゃん   「じゃあ川太郎さんの存在理由って何?」

やや困ったように言い返すカッパ「理由がないと生きてかれないのかよ 
                     いいじゃないか おもしろおかしく暮らしてんだから
                     理由なんて 死んでからほかの奴が勝手につけりゃいいんだよっ」


カッパの存在理由って・・・・・考えた事もなかったけど、そうだよね〜
とりあえず生きるのに理由なんていちいち要りませんもんね。
カッパに限らず存在理由なんて、死んでからほかの奴が勝手につけりゃいいもんなんだ(笑)


とまあこんな感じで話がすすむのである。
本当に単に「なつやすみ(カッパ付き)」の話でしかないのだけれど、
ちゃんと二段オチになっている。

カッパが実在するのか・・・というとそれはやはり実在しない話で
この「なつやすみ」は渉くんが見た最後の夢。
彼の最後の意識だったりする。

夢から覚める時カッパの川太郎とこんな話をする。

カッパ「困った奴だな そんなに今の自分が気に入らないのかい?」

渉くん「だって
    僕は小さい頃発病してからずっと人に何かしてもらうばっかりで
    誰かに何かをしてあげる事なんか無くて」

渉くん「お母さんは看病に疲れて お父さんは入院費の為に働いて休む暇もない
    病室の天井を見ながら時々僕はなんでここにいるんだろうと思うんだ
    僕なんかもう・・・」

カッパ「渉・・・ お前はがんばりやで優しくていい奴だ 今日はちょっと弱気になってるけど
    誰もお前を嫌っちゃいないよ
    お前の両親もお前の事を思い出して頑張ろうって思うよ」


ここまでずーっと、そんなんあるのか??という非常識な存在のカッパの口から
こういう言葉が出てくるギャップと、話している内容から推察できる次の展開に
胸が「スーン」とする。


そして次のシーンは病室を片付ける夫婦の会話に移る。

何故病室を片付けるかと言うと、ああやっぱり・・・という結果になっているのですが
それだけだとまあ、ありがちなお話。

この後もう一つオチが来る。

このひねりが「ああ、遠藤敏子だなぁ」という感じを受けて、
まあ私がこの漫画家さんを好きな理由だったりします。


そうそう、これが問題の?川太郎→
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この絵のセンス!
いいでしょ〜〜

擦り切れた言葉

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「見た目が精神年齢の世界」


この設定にびっくりしました。


といっても、それは主人公が見て感じる世界で、実際の世界は見た目が見たままなのですが、
とりあえず彼の眼には精神年齢が見た目になってました。

するとどうなるかと言うと、世間の人間のほとんどが「子供の姿」に。


両親も学校の先生も子供の姿。
いい年齢になっているはずのお兄ちゃんも、ガキ大将のまま。
ボケたおじいちゃんに至っては「おしゃぶりくわえた赤ちゃん」の姿に・・・


そんな子供だらけの世界の中、精神が大人に成長した主人公はガリバーのように「大人」の姿で、
背中にちっちゃく見えるランドセルを背負い小学校に向かいます。

そう、主人公は小学3年生の男の子。


小学生にして心は大人になってしまった男の子。



そんな「子供なのに大人」の彼から「異質」を敏感に感じて
クラスメイトは彼をいじめたりしますが、「大人」の彼は全然気にしません。
(しょうのない子供たちだ・・・なんて思ったりする(笑))

また、大人になりきれていない彼のお母さんは、
彼の事を家族として愛してるのか、愛してないのかまったく分からない。


ある事を誤解されて先生から叱られた彼を、庇うわけでもなく、
また先生に同調して叱る事もしない。

一体彼女にとって、「我が子って存在は何なんだろう?」ってぐらい自分中心の人

(後で判明するが、お母さんは会社の上司に夢中でした
 家庭に存在感のないお父さんは会社の後輩に夢中。つまり家庭は崩壊寸前だったりする)

そして兄はそんな両親を嫌って家出中。

そんな家庭状況も「大人」な彼は看破し、またそれを受け入れます。
というか、子供でしかない彼は、何もかも受け入れるしかないんである。


そうはいっても何か拠り所が無くてはさすがに大人の彼もやっていけない。
彼がそれらを我慢できる理由は、理解者がいたから。

というか、彼にとって心休まる人の存在がいたから。




それはお手伝いさんの「小箱さん」
彼女は年齢どうりに、身も心も健やかに成長した二十歳の女性。


彼にとって、マドンナのような存在。
学校から帰ってきて、彼女に会う事が最大の楽しみだったりする。


もちろん彼女は彼を子供扱いします。    実際子供だもんね。

でも、その前に「一人の人間」として扱っている。
それが彼に心地いい。




大島弓子さんの書く登場人物たちは、不思議な魅力を持っている人が多い。

それは、世間に同調し摩擦を起こさず無難に生きていくのではなく、
自分の生き方を変えられず、やや世間からずれている
不器用な人である事が多い気がします。

一言で言うと「純真」

そんな人たち。   そして大抵お人好しなんですよね。



それはきっと、大島さん自身が
「世間体とかに惑わされず、自分の生き方しか生きられない不器用な人」なのではないかと思います。
一言で言うと「純真な、そしてお人好しな人」

きっとそう。  などと勝手に思っています。





さて、話に戻りますが、今回この「夏の夜の漠」を取り上げたのには
特に心に残るエピソードがあったから。


それは、彼の書いた作文を「盗作だ」と決めつけた担任教師が
彼にもう一度書き直すように命じた事からはじまりました。


彼は「これは僕のオリジナル短編です、おうたがいになるのなら世界中の書物をしらべてくださればわかります」
と言っても先生は信用せず、結局もう一度彼に作文を書かせます。

その二編の作文を偶然小箱さんが読むのですが、
他の人と同じように盗作と思われ、毛嫌いされると思いきや、



小箱さん大絶賛!



「すてきじゃない! おおきくなったら何にんなるの? 文章家になってよ
 そしてもっともっと楽しみをあたしたちに分けてくれない!?」



これを興奮してちょっと頬を赤らめて、まじめに、本心で言うんである。

彼はそのセリフを聞いて、あらためてこの世に生まれてきたような感動を覚えます。


そして彼は一晩中、小箱さんの言葉を脳内で再生させる、
何度も 何度も 何度も


そして

「明け方までには意味は擦り切れてしまったが、幸福感だけはたっぷり残った」

と思うのです。




私はこの「意味が擦り切れるまで」自分の中で再生させた。と言う所に嵌まりました。


そう、人は幸福を感じた瞬間の出来事を思い起こして、
何度もその時感じた幸福感を追体験しようとします。

でもそれはあくまでも空想でしかなく、それに頼るように楽しむ事は、
それだけ、今、日常感じる「幸福観」や「安心感」が乏しいという事も表してる。



彼はその言葉を一晩で使い果たす程に「幸福」や「自分の存在意義」に飢えていたんだ、と思うと
胸がキュッとする。

なんて不憫な・・・   って。


そして、小箱さんの言葉が自分の中で擦り切れてしまってもなお、
「幸福感だけはたっぷりと残った」と思うなんて、不憫度は更にアップ。

でも本人が幸せならいいよね・・・と、目尻ににじむ涙を袖口で押さえつつ読みたい気分。
(それは極端ですが(笑))


さて、では彼の幸せの元。小箱さん


精神年齢上では釣り合いのとれた二人ですが、実際は小学三年生と二十歳。
そして彼女は彼を「小学生」としか思っていないのですが、
では先二人はどうなるか?




当たり前というば当たり前ですが、彼の小箱さんへの恋は思わぬ形で破れる事になります。


そして離婚させまいとしていた両親は離婚して、それぞれ再婚しちゃうし・・・
そういう意味では彼の努力は結局何一つ報われることなくお話は終わります。


では彼は不幸か?    

不幸。   思いっきり不幸でしょ。


だって、重ねて書きますが、何一つ報われてないんですもん。



だけどご安心を、お話の最後に彼に一つの救いが舞い降ります。


こんな状況で、どんな救いがあるかと言うと、
それは彼が「自由」になる事。

「大人である」という頸木から解放され、彼は街の中を大泣きしながら歩いていきます。
その様子がなんとも可愛く、そしてちょっとだけ「良かったね」と思わせます。


不幸なのに「良かった」と思わせるこの技。

大島弓子さん、やっぱり凄いですね。




※「つるばらつるばら」の中に収録「夏の夜の漠」
表題作の「つるばらつるばら」も、「山羊の羊駱駝の」も面白いです。

船長さんを片想う

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ここ数年、絵本を買うことから遠のいていましたが、
絵本屋さんが出来て、またちょっと絵本が身近になりました。


自分で棚を眺めまわしてお気に入りの本を見つけるのが常ですが、
先回、絵本屋さんが「これもオススメですよ」と
紹介して下さったものがそのまま気に入り、即購入したのがこの



「私の船長さん」  M.B.コブスタイン  


小型のブルーの色が綺麗な一冊です。




内容は、黒いペン書きで書かれた、棚に飾られた女性の人形のお話。

人形のとりとめもない思考のひとひら。

窓枠に飾られた船を眺めて想う事。



その船の船長さんが、自分に会いに来てくれる時の事を。



それが薄甘い幸せ(決して濃くは無い。でも無味でもない)を運んでくる。

彼との石膏細工のディナー(それはオモチャだから、いつまでもおいしそうに見えるという美点付き)

飼っている犬とも仲良くなる事

そして彼が長い航海の間、帰りを待つという生活。



以前とほとんど変わらない生活ながら、
船長さんが現れたことによって、加わったロマンスに
前より胸がちょっとだけ温かくなったような変化が、なんともいえません。


いいなぁ、船長さん(という存在)・・・




何より、画風も結構好みで、
他の作品も欲しくなってしまいました。

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