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ちょっと他のブログで知り合った、お子様を自殺でなくされたお母さんです。
この方は、県・警察・高校・いじめた子ども・その保護者・部活の顧問を相手に7000万の訴訟を起こされています。
そして、何故だか、部活の顧問・子ども・その保護者から逆に3000万の訴訟を起こされています。
私は、娘たちのいじめに取り組んできました。いじめはあってはならないことだと言うことは充分すぎるほど理解しています。
なので、いじめをしたという言葉に敏感に反応してしまい、支援をしようとしておりました。
実際、TVなどで時々取り上げられたりしておりましたので、その報道も見ていました。
そのなかで、どうしても疑問に感じてしまい、これ以上前へ進めない状態になったのです。
いじめの被害者側が、関係者に対して「真相を知る手段として民事訴訟を起こす。」と言うことは当然今までもあり、そのことは当然のことだと思います。
しかし、今回「加害者側といわれている関係者が、被害者の親を相手にした民事訴訟を起こす。」これがどうしても理解できなかったのです。
そして、自分なりに必死で調べました。
しかし、世論は「いじめ=悪」と言う論点以外に、私のような疑問を抱いた人は皆無であり、「いじめをしたとされる側」を一方的に非難するものしか見つかりませんでした。
いじめをしたとされる子どもたちも、一切の反論を公開することもありません。
何故、訴訟を起こしたのかさえ公開されていません。
学校も、校名を変更してやり過ごそうとしているのかもしれません。
そして、お子さんをなくしたお母さんと係わりを持ったことで、ほんの少しですが見えてきたことがあります。
それは、「加害者側と呼ばれる関係者が、訴訟を起こした相手が他ならぬお母さん。」であったことでも私には充分理解できました。
ジャーナリストと言われる人たちも、結局はそのお母さんと直接・長期にわたってお話を聞いたわけでもない。それなのに、「逆告訴をするなど言語道断」と攻め立てる。
で、私はその方たちにも意見を送りました。
でも、みなが言うことは「いじめをした人間は、相手から何をさせても怒ること、憤ることさえしてはならないのだ。」と言うような見解ばかりです。
いじめで子どもを亡くすことは、耐え難い悲しみでしょう。
だからと言って、何をしても、何を言っても良いと言うことではないと思うのです。
ここ3〜4ヶ月の間に、本当にお母さんのいろいろな面を見てしまいました。
自分の意に沿わない人たちへの執拗な攻撃、ありもしないことをネット上に公開する、メールなど個人的なやり取りすら気に入らなければ、ドンドン公開していく。
捨て台詞は大体誰に対しても同じ。
もうお母さんは、妄信的についてくる人間だけを周りに置こうとする。
で、何か意に沿わない意見があると「辞める」「死ぬ」等と喚き立てる。
心ある人たちは、「是非心も体も直して欲しい。」と受診を進めた。
しかし、この病気の人は「自分を病気だとは決して思っていない。」と言うことらしく・・・・
共生されてしまった支援者は、心ある発言をして人たちへ「現実の世界での危害を加える」と画策するところまで行ってしまう。
それをしないと、お母さんは満足してくれない。
状態の悪い時は、ひどいことをした人に「殺される!!」「殺しにくる!!」と叫ぶ。
もう一人お子さんが居るのに、お母さんは何故その子どものほうを向かないのだろう・・・・
もう一人のお子さんは、見ず知らずの大人が入れ替わり立ち代りやってくることを、どうやって受け止めているのだろう・・・・・
色々考えているうちに、「加害者と呼ばれる関係者」が訴訟を起こした意味さえ見えてきたように感じた。そして、それがそんなに非難されるほど悪いことでもないのではないかと・・・・・
こう言うことを書くと、いじめを肯定しているようにとられかねないけれど、いじめを受けた子どもが亡くなったけれど、その保護者である母親は、1日に何十回と電話をかけ続けたり、うその話を広げたり、決して言ってはならないようなことすら言ってしまう。それが全て許されるのか?と疑問を持ったことだけを理解して欲しい。
いじめは絶対に悪なんです!!
その信念だけは変わっていない。
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