何故か今年は跡継ぎ娘がやらかす星巡りなのだろうか。
ここ数日、とある学校の女性校長のとんでもない使い込みが発覚して騒がれている。
その系列の中学、高校、大学には、教え子達が通っているし。
何度か中学の入試応援にも足を運んだ経験がある。
その際の感想では、他の学校と比べてきちんと管理されているなという印象だった。
(都内に比較すれば、コントロールするスペースがあったというべきか)
ある程度の歴史がある私立の一貫校の中では、割と早くから特進クラスを設けて、順調に有名大学への進学率を上げ、即ち入学希望者を右肩上がりに伸ばしてきた学校だ。
本格的に受験モードに入るこの時期に、こんな醜聞が大々的に流れるようでは来年の入試はとんでもないことになりそうだ。
愕然としたのは、1500万にも及ぼうというそのお金の使い道。
ギャンブル、ディズニーランド、宝飾品、衣服だそうな。
一体何処の女子大生?
いや、女子大生なら桁も1/10くらいだろうし、巻き込むのもせいぜい親兄弟くらいだろうが。
生徒、父兄、教職員まで巻き込んで、とてつもない負債を負わせた不惑過ぎ。
脱力感がハンパない。。。
一方で、かの大塚家具のお家騒動。
一旦収束したかに見えて。
父親のほうが別会社を設立したとの報道が。
娘である現社長の手腕がものすごいと評判だった。
あの騒動を逆手にとって、売上前年比50%UPとは!
両親に疎まれても、祖父の設立した会社を飛躍させたいというバイタリティはものすごいもの。
この事例を並べてみると。
家族の中の「娘」という病が見えるような気がした。
片や愛玩子。
片や英雄。
男兄弟の有る無しや、生まれ順、才能等もあるのだろうが。
家族の中には、一定の役割が存在する。
ある心理学メソッドでは、「暴君」、「傍観者」、「英雄」、「道化」、「失踪」のようにその役割が命名されている。
大抵の日本の家庭では、父親=暴君であり、母親=傍観者になりやすい。
すると、子ども達は残った「英雄」「道化」「失踪」の中から自分の役割を選ばなくてはならなくなる。
恐らく、父親が若い頃の子であれば「英雄」を選ばざるを得まい。
逆に、父親が歳を取ってからの子は、無条件で「道化(=愛玩子)」になるのではないか。
そこに父親と同性か異性かで、反発と執着が発生する。
思春期に、父親と話しをしなかったり、洗濯物を一緒にされるのを嫌がる娘は多い。
これは、近い遺伝子を排除しようとする(近親相姦を忌避する)生物学的に至極まっとうな行動だそうだ。
つまり、ここが第一の分岐点で。
生理的に嫌悪する→精神的に自立するという過程が順調に進めば、いつまでも「親子」という役割からは脱却できる。
どちらかが依存したままでいると、どこかにどうしようもなく歪みが出てくる。
長く「長男重視」「男孫切望」の歴史が続いたこの国が少子化に向かっていく現在、「娘」がどうあるべきかという考察が遅れている。