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白紙になる宣言をしたはずなのだが(笑)
ちーとも白紙になっていなかった件。
若くて不遜な時代。
論理的な根拠がなければ、動きたくなかった。
現場に立つ前に、可能な限り論理武装をしておきたかった臆病者ナリ。
年齢を重ねる=最低限の理論さえ抑えていれば大丈夫だろ?の傲岸不遜。現場カチコミ。
ま。どっちに転んだとしても、不遜ありき(笑)
一般論、常識、ルールに則ることは、何か負けたような気がしていた(爆)
で。
今日は、久しぶりに登校してきた二人がいた。
一人は、完全に対人恐怖症。
いつもお母様に引きずられるようにしてやってきて。
私とだけなら会話をする。
ある時。ひょんなことからペットの話になった。
「いろんなペットがいるけれど。やっぱり毛皮つきのほうが癒されるよ〜。」なんちて。
何と。今日は一人で来た!
いや。白のポメラニアンを一匹連れていた。
校舎には、入れない。
でも、一人で来られたことがgreat!!(一匹連れてきたけれど・・・)
なんでもアリ。
もう一人は、来なかった期間に何をしていたのか尋問。
ビーフシチュー作りにハマっていたそうな。。。厨房男子。。。
おしおきに、レポート3枚。
久々にやってきた卒業生で、現役大学生と一緒に帰れ!と命令。
お母様からの電話では、「楽しかった!」と言っていたそうな(゜o゜)
現状。ルール度外視の日常である。でも、勝った気がしない。。。
書こうか、どうしようか。迷ったことがある。
ゆとり教育の幻想というか、漂流先というか。
詰め込み教育の対極?へ向かって、「個性尊重」のスローガン、鳴り物入りで始まった教育改革。
ここから、不登校の波は大きくなった気がする。
学校を取り巻く環境や社会情勢うんたらかんたらと、理屈付けはいくらでもできるが。
私の出逢った子どもたちは、小学2〜3年生がターニング・ポイントだった。
学級が落ち着いているか、否か。
小学3、4年生は、「ギャング・エイジ」とも呼ばれ、最も多動的要素の見られる学年である。
その前哨戦が、2年生。
ここから、教室内の状況に影響を受けてくる。
清掃が行き届いているか、掲示物が乱雑でないか、学級のルールが徹底されているか。
入学したばかりの1年生には、親も緊張感を持っている。
やや目を離し始めた2年生。
後半から、学習量も増えてくる。
3年生になると、漢字の修得量は1,2年生を合わせた数より多くなる。
ここで、語彙力にも差がついてくる。
低学年では、語彙力=コミュニケーション能力になる場合が多い。
教師の指示内容が汲み取れない(ボーっとしているように見える)、友人関係が上手くいかない(言葉がでないから手が出る等)などの問題が出てくる。
発達障がいと診断された子どもの多くが、鉛筆の持ち方(箸の持ち方)がおかしかったり、書き順(ひらがな含め)を全く無視する。
深く掘り下げて、この年代の頃の話を聞いて見ると。
ほとんどが学級崩壊をしていたと言う。
「ルールが個性を潰すのだ」という妄信が、発達障がいを深刻化する。
現に、最前線で発達障がいを診断している小児科医の方は、その著書で「学校が厳しかった時代は、現在よりも発達障がいと思われる子どもがはみ出ることが少なかった」と書いている。
麦は、踏まれることで強く伸びる。
花は、厳しい寒さを越えなければ美しく咲かない。
自然界の摂理である。
人間だけが、その摂理を逃れることはできないのではなかろうか。
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