得能莫忘

あきらめない強さを持とう!

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「はかあな」を掘るのか。
 
「ぼけつ」を掘るのか。
 
昨日、中学1年生と討論(笑)
 
 
しかし。
 
今の子どもたちは、漢字が書けない。
 
恐ろしいほど書けない。
 
何とかジタバタ読めはするのだが。。。
 
 
4年前から、そのイライラを解消しようと無料で小学1年生から中学3年生までの国語に特化したクラスを立ち上げた。
 
そこで、現実と対峙。
 
小学1年生で、すでに大きな差があり。
 
ひらがな、カタカナ、多少の漢字が書ける子と、全てかけない子。
 
辛うじて読めても、書けない。
 
漢字よりも、カタカナがひどい。
 
形が似ているものが多いということもあるかもしらん。
 
えんぴつの持ち方が、とてつもない。
 
親指と薬指で書いてる〜〜〜???
 
リアルで(゜o゜)(゜o゜)(゜o゜)となった。。。
 
 
枠の中に書けない子。
 
4Bの鉛筆なのに、薄くて読めない字を書く子。
 
途方に暮れた。
 
 
私の愛用Hybridの赤ペンをダースで購入(笑)
 
1週間で1本消費。
 
鉄面皮、完全装備。
 
声のボリューム5レベル上げ。
 
おしゃべりしたら怒鳴る。
 
姿勢悪けりゃ怒鳴る。
 
綺麗に書けたら、めちゃめちゃ褒める。
 
 
漢字検定の準会場になった。←これが「ぼけつ」。完全自己責任で仕事増やした。。。orz
 
しかし。
 
漢字が書けるようになってくると、格段に上がるものがある。
 
一つは、集中力。
 
も一つは、比較能力。
 
さらに、推理力。
 
おまけに、想像力。
 
これでもか、器用さ。
 
 
痴呆症の老人に、手先を使うような訓練をすると進行が遅くなったり、症状の改善が見られるそうだが。
 
字が整ってくると、行動に落ち着きがでてくる。
 
語彙が増えて、コミュニケーションが楽になるからだと思う。
 
 
まったく他人と話せない中学1年生を預かっている。
 
筆談中心だが、初めの頃よりも積極性が出てきた。
 
今は、毎回のお菓子つくりとレシピを書かせて、ものすごく改善してきた。
 
今日なんか、高校生の集団に自分が作ったチョコレート菓子を配るまでに。。。
 
 
文字のパワーは大きい。
 
目で見ただけで書けると思うな。
 
必ずしっかり「手」を使え!
 
いつもあると思うなPC、スマホ。
 
電気がなくても使えるのは、自分の「手」だろっ!
 
さらに。
 
電気がなくても使えるのは、自分の「脳みそ」だっっっ!!!
 
 
 
 
 
 
 
今日は、すこぶる機嫌の良いアタクシ。
 
原因は、早朝一番のメール。
 
Bossからの。
 
 
「Sさん、合格しました。ご苦労様でした」
 
(やったー、やったー、やった―マン♪)くらいの。狂喜乱舞。
 
以前にもご紹介したことがあるかもしれない、Sさん。
 
耳の片方がちょっと聞こえにくい。
 
そのせいで、ちょっと中学ではトラブルがあった。
 
ウチに来てからは、やってみたいことができるとどんどん周りを巻き込んで実現していく。
 
とーっても強い子になりました。
 
昨年の中頃からオープンスクールを訪ね歩き、自分のやりたい学部を見つけてきて相談された。
 
今年は春から推薦を獲得すべく、いろんな種を蒔いてきた。
 
文字通りの「種まき」。→農学部志望(笑)
 
市民農園で畑を作り、実績を積んだ。
 
その経験を、志望理由の小論文にぶつけた。
 
朝五時半に家を出て、午前中はファストフードでアルバイト。
 
午後からレポート勉強したり、イベントを企画したり。
 
少しでも学費を安くするために、漢検・英検にチャレンジしたり。(2級以上には学費免除がある)
 
バイタリティの塊でした。
 
心からの拍手を贈りたい。
 
 
先週も男子一人が大学に合格。
 
先に就職を決めた女子を含め、今のところは3連勝。
 
いや、合格=勝利と言うわけではないのだが。。。
 
自分の未来を、自分で掴み取ったという意味では「勝利」と言って良いのでは?と思う次第。
 
 
お母様は、泣いて喜んでいたらしい。良かった。良かった。
 
 
さて、まだまだ続くぞ!
 
 
 
 
 −ガラガラガラ、ガラガラガラ。
 玄関の引き戸の音がする。
 この音がすると、私は今日が日曜日だと気づき、まだ布団の中でグズグズできる喜びを噛み締める。
 
 −ガサゴソ、ガサ。
 (あぁ、新聞を読み出したな)
 見なくてもわかる。
 ちょっと厚めの日曜日の朝刊を、隅から隅まで、それこそ舐めるように読み始める父の姿が。
 実家の玄関は、ちょっと広い。うん。田舎仕様だからね。
 いわゆる三和土(たたき)の部分が二畳(一坪)くらいあって、上がり框(かまち)もそれくらいある。
 その框に新聞を大きく広げ、這いつくばって新聞を読むのだ。わが父は。
 
−チュンチュンチュン。チュンチュン。
だんだん雀の鳴き声も本格的になってくる。
そろそろ起きなきゃ、まずいかな?未練たらしく寝返りを打ってみる。
新聞の立てる音は、不定期なスピードで続いている。
しばらくして、大きくガサーッとした音がする。
(あ。読み終わった。・・・ということは)
 
−カラカラカラ。
玄関の引き戸よりは、ちょっと軽い下駄箱の戸を開ける音。
きっと通勤用の革靴を取り出しているだろう。
デザインは2〜3種類、それが1、2足づつ。一週間分で計六足。
これを、一列に並べて、左から順番に、まずは泥やほこりをブラシやボロキレで軽くぬぐっていく。汚れのひどいものは、専用のクリームで拭いたりして。
次に、古い歯ブラシで黒い靴墨を万遍なく塗りつけていく。それを、少し目の詰まった布で伸ばし、平らにする。
磨く際には、ある程度靴墨が乾いてないと綺麗に仕上がらないが、6足を順番にやっているから、適度に乾いていい感じになっている。母や私の履き古したストッキングが鹿皮よりも光沢が出るらしい(笑)。
 
想像しただけで、皮と靴墨の匂いがしてきた。
 
買ってきたばかりのときは、スラッとしてかっこいいビジネスマンを髣髴(ほうふつ)とさせる靴ばかりなのに。何で、わが父が履き慣らしていくと平べったくガマガエルみたいになるのだろうか。謎。
ちなみに、父は偏平足だ。
 
満足のいく磨きあがりになったら、玄関外の一日中陽が当たらない日陰に干していた。皮が傷むそうだ。外気に触れれば、水虫菌も死滅するだろう。
玄関に匂いが充満しなくて幸い。
 
父が、これほど靴磨きに執着する訳は、ふたつあると思う。
 
一つは、祖父が戦後に靴を手作りして、売っていたから。
小学生だった父は、それを手伝っていたらしい。貧乏御家人の末裔の次男だった祖父は、ムダに器用な人だった。女傑の祖母と出会う前に、中国人に化けて中華街でコックをやっていたり。まぁ、これは別の話。
 
とにかくモノのない戦後という時代。作るそばから、文字通り祖父の靴は飛ぶように売れて、作業していた畳の下は、札で溢れていたそうだ。道楽者の伯父は、適当なことを言ってはそこから遊びの軍資金を調達していたようだが、父は一日中背を丸めて靴を作り続ける祖父を見て、何か思うことがあったのだろう。
 
二つ目は、就職したときの恥ずかしさ。一応、甲子園に出場した父は、ノンプロにスカウトされて就職した。大学からも誘いがあったようだが、道楽者の伯父が海外留学したりして、貧乏に拍車がかかった実家に早く援助をしなければと思っていたと。
そして、学生服に柳行李ひとつで上京した坊主頭の父。
入社式も、ひとりだけ学生服。
会社の寮に入って、先輩からお下がりの背広やなんかをいただいたらしい。
千葉の田舎の漁師町から、花の東京のど真ん中。生き馬の目を抜く兜町に引きずり出されて、さぞやカルチャーショックを受けたろう。初めての給料で買った革靴は、何よりの宝物だったろう。
 
神武景気、高度成長期。
いい年した私ですら、生まれる少し前だったり、幼すぎてよくわからない、教科書で学んだ時代。確かに、父はその一端を担っていたのだ。
 
桜通りを歩いて帰れば、靴底にはよじれた花びらがへばりついていた。
カンカン照りの真夏には、蒸れた靴が異臭を放っていた。
土砂降りの日には、丸めた新聞紙が靴に入っていた。
朝はサクサクの霜柱も、夜にはぬかるみに変わり、かかとについた泥が少し哀しかった。
 
 歩いて、歩いて、歩いて。
 頭を下げて、下げて。
 
 そんな父と靴はいつも一緒だった。
 
 「ブラック企業」とか「社畜」とか。
労働に対して不穏な言葉の満ち溢れる現代だけれども。
差し迫った生命の危険がない時代で、場所で生きられて。
自分が働くことで、誰かを幸せに出きること。
いや、一瞬でも笑顔にすることができること。
それだけで、貴方は十分に生まれてきた価値がある。
 
数十年間、日曜日の玄関で丁寧に靴を磨き、妻子を養ってきて。
勤め上げてからは、孫の成長に相好を崩す。
 そんな男性の遺伝子が、あなたたちにも私たちにも受け継がれている。
 
 労働するから尊いのではない。
 労働して、誰かのためになろうとする意志が尊いのだと。
 これから社会に出ようとするあなたたちに、いつか気づいて欲しいと心から願う。
 
 しかし。これだけは覚えていてくれ!
 父の勤続三十周年の記念品。Ωの腕時計は、私が引き継ぐからね!
 次の持ち主は、あなたたちの中で一番働いた者に贈る予定だ。
 
 
 
てな文章を。
 
来春、社会人になる甥っ子に送ろうと書いてみました。
 
・・・伝わるかしらん?
 
 
ちょっと嬉しかったこと、ふたつ。
 
ぜんそくで体育の見学が多くて、脳みそきんにくんな教師に暴言を吐かれてドロップアウトしてきた生徒から。
 
「大学は教育学部に行きたい」という相談があったこと。
 
「自分みたいな生徒の役に立ちたい」という言葉や。
 
「できるだけ親に迷惑かけたくないから、国公立の方向で」という意思に。
 
思わずうるうるしてしまったよ〜。
 
 
あるいは。
 
ちょっと多動な中2男子。
 
「国語なんてキライ」
 
「漢字、めんどくせ〜」
 
「やる気でねぇ〜」
 
ブツクサ言い続けた3か月。
 
何故か?文法で感動詞を理解できたので思い切りほめてみた・・・ら・・・。
 
どこかのスイッチが入ったらしく。
 
「俺様、すげ〜」と猛烈な誤解(笑)
 
で。
 
「今度の中間、国語で80点取るから♪」
 
ほいほい。やっておくんなまし(笑)
 
 
ある日、突然彼らは「変身」する。
 
芋虫から(いや。ミジンコか?)一気に蝶へ。
 
そして、バタフライ・エフェクトがぁ。。。
 
 
教師の末席でうろうろする身には、こゆう事が醍醐味なのである。
 
あなうれし(笑)
 
 
 
 
 
 
・・・日入り果てて、風の音、虫の音など、はた、言ふべきにもあらず。
 
季節の移ろいが、どんどん早くなっていく。。。
あっという間に。
怒涛の夏期講習が終わり。
並行して、高3の進路指導に突入し。
 
寄る年波には勝てず。
十数年ぶりの腱鞘炎(涙)
 
と言うわけで。
PCが五月雨式に(笑)
 
昨日やっと。
今年度の内定1号が誕生し、ちょっとテンション↑↑
 
高校に進学するのを拒否していた女子。
大掛かりな外科手術を受けて、部活を断念した中3時代。
顧問の嫌がらせで大人に絶望。
 
入学相談に来た3年前は、伏し目がちで会話も全く弾まなかった。
ひょんなことから、幕末好きが判明し。
新撰組の誰が好きかで、大論争に。
 
そこから大いなる野望が発生!
 
「京都で旅館の女将になります!」
 
そこからの彼女はすごかった。
 
接客のプロになるべく、ファミレス二つでバイトをしながらの通学。
 
合間に、勉強(笑)
 
間隙を縫って、地方遠征(著名な旅館を渡り歩き、リサーチ)。
→バイト代はここにつぎ込んだらしい。パワフル!
 
そして、志望就職先候補を3つに絞り。
→すべて古都。
 
その内、一つに私が宿泊したことがあり、とても接客が良かったと話したら。
 
そこを第一志望に。→見事、内定ゲット!!
 
推薦書下書き、面接レジュメ、質疑応答シュミレーション、関連図書の抜粋、見学時の心得等々。
思いつくを徹底的に作りまくってみた。
いい勉強になった。
 
都内で行われた面接にも付き添った(ビルの下まで、念のため)。
過保護ママと思われ、爆笑。
 
しかし。
結局は、本人次第。
そして、これからが本人次第。
 
お説教にならないように。
「こういうときは、こうしたほうが受け入れられやすい」を、わかりやすく伝え続けて行こうと思う。
卒業する、その日まで。
 
 
ところで。
このところ、とんと本を読まなくなっていた相棒が。
「面白いから読んで」と差し出してきたのが『風の中のマリア』
 
ふむ。
『永遠の零』→『海賊と呼ばれた男』ときて。
そこか。そこなのか?
 
曰く。
「論文って、全部こんな風に書けばいいじゃんね〜」だと。
 
確かに。
入試問題で、論説文はいろいろ読んできたが。
学者様の書くものって、絶対にわざと解りにくく書いていると思われ。。。
こんな風に擬人化してエンターテイメント風味にすれば、ド素人にも共感されるし、後続の人間も確保できるのになとしみじみ。
 
スズメバチの生態に詳しくなった気がする今日この頃(笑)
 
 
 
 
 
 

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