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こんばんは。 久しぶりに、朝からばかちん娘が家でうだうだしているかと思えば。 目が合うと「お腹空いたぁ〜」を連発。 昼はきしめんを大鍋に作り。 すでに夕飯のチキンライスとサラダも食い荒らされ・・・(涙) この調子では、きっと9時頃にも「腹減った攻撃」がぁ。 本当に、躾けに失敗したと海の底(あ。マリアナ海溝ね!・笑)より深く後悔。。。 そんな母親失格の私に。 『梅咲きぬ』(山本一力:著/文春文庫)は、痛みを伴いますが。 母としての姿勢を考えさせてくれるものでした。 山本作品にはよく登場する、深川の「江戸屋」。 そこは、代々女性が「秀弥」を襲名し、老舗の看板を背負っていく料亭。 老舗ならではの家訓(初代秀弥の言い残したもの)が存在し、それに代々の秀弥が娘に受け継いで言った言葉の数々。 言葉だけではありません。 生活の隅々にまで、人との付き合いとはどうあるべきか?という道理が散りばめられているのです。 中でも、 「おまえの振舞いも身なりも、周りのひとは目を凝らして見ています」 「粗末な安物を持っていては、江戸屋の暖簾に障りますが、見た目の派手さに惑わされたり、身の丈に過ぎたものを着たり持ったりしても、世間の人は陰で笑います」 この台詞には、ガツン!と一発やられました。 「分をわきまえる」 「身の程を知る」 子供たちに、きちんと教えてきていただろうか、と。 主人公は、4代目秀弥。 幼くして父親を亡くし、三代目女将の一人娘として育てられた玉枝。 一日のうち、彼女が母親の顔をした秀弥と過ごせるのは朝食の時間だけ。 それも、毎日のことではありません。 生まれたときから、老舗の暖簾を守り育てていくことを運命づけられた母。 母として生きたいと願っても、周囲がそれを許さないということもあったでしょう。 でも、母として娘に最高の環境を与えたいという思いは、山村晴雅という踊りの師匠に娘を委ねたことからも察せられます。 この師匠に踊り以外にも、厳しい薫陶を受け。 さらには、その連れ合いである福松にも愛され、さまざまなことを学んでいく。 生来の利発さもありますが、観察眼の鋭い玉枝の成長は、読者を魅了してやみません。 また、切なくも一途な恋情の行方・・・。 こういう愛もあったのか、と思わせられます。 江戸の女。 歴史の表舞台には立たずとも、しっかりと地面に足をつけて生きていた女性たち。 私たちの祖母の祖母、さらに祖母。 その血は、途切れさせてはならないのでは・・・。 ではでは。
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