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−ガラガラガラ、ガラガラガラ。
玄関の引き戸の音がする。
この音がすると、私は今日が日曜日だと気づき、まだ布団の中でグズグズできる喜びを噛み締める。
−ガサゴソ、ガサ。
(あぁ、新聞を読み出したな)
見なくてもわかる。
ちょっと厚めの日曜日の朝刊を、隅から隅まで、それこそ舐めるように読み始める父の姿が。
実家の玄関は、ちょっと広い。うん。田舎仕様だからね。
いわゆる三和土(たたき)の部分が二畳(一坪)くらいあって、上がり框(かまち)もそれくらいある。
その框に新聞を大きく広げ、這いつくばって新聞を読むのだ。わが父は。
−チュンチュンチュン。チュンチュン。
だんだん雀の鳴き声も本格的になってくる。
そろそろ起きなきゃ、まずいかな?未練たらしく寝返りを打ってみる。
新聞の立てる音は、不定期なスピードで続いている。
しばらくして、大きくガサーッとした音がする。
(あ。読み終わった。・・・ということは)
−カラカラカラ。
玄関の引き戸よりは、ちょっと軽い下駄箱の戸を開ける音。
きっと通勤用の革靴を取り出しているだろう。
デザインは2〜3種類、それが1、2足づつ。一週間分で計六足。
これを、一列に並べて、左から順番に、まずは泥やほこりをブラシやボロキレで軽くぬぐっていく。汚れのひどいものは、専用のクリームで拭いたりして。
次に、古い歯ブラシで黒い靴墨を万遍なく塗りつけていく。それを、少し目の詰まった布で伸ばし、平らにする。
磨く際には、ある程度靴墨が乾いてないと綺麗に仕上がらないが、6足を順番にやっているから、適度に乾いていい感じになっている。母や私の履き古したストッキングが鹿皮よりも光沢が出るらしい(笑)。
想像しただけで、皮と靴墨の匂いがしてきた。
買ってきたばかりのときは、スラッとしてかっこいいビジネスマンを髣髴(ほうふつ)とさせる靴ばかりなのに。何で、わが父が履き慣らしていくと平べったくガマガエルみたいになるのだろうか。謎。
ちなみに、父は偏平足だ。
満足のいく磨きあがりになったら、玄関外の一日中陽が当たらない日陰に干していた。皮が傷むそうだ。外気に触れれば、水虫菌も死滅するだろう。
玄関に匂いが充満しなくて幸い。
父が、これほど靴磨きに執着する訳は、ふたつあると思う。
一つは、祖父が戦後に靴を手作りして、売っていたから。
小学生だった父は、それを手伝っていたらしい。貧乏御家人の末裔の次男だった祖父は、ムダに器用な人だった。女傑の祖母と出会う前に、中国人に化けて中華街でコックをやっていたり。まぁ、これは別の話。
とにかくモノのない戦後という時代。作るそばから、文字通り祖父の靴は飛ぶように売れて、作業していた畳の下は、札で溢れていたそうだ。道楽者の伯父は、適当なことを言ってはそこから遊びの軍資金を調達していたようだが、父は一日中背を丸めて靴を作り続ける祖父を見て、何か思うことがあったのだろう。
二つ目は、就職したときの恥ずかしさ。一応、甲子園に出場した父は、ノンプロにスカウトされて就職した。大学からも誘いがあったようだが、道楽者の伯父が海外留学したりして、貧乏に拍車がかかった実家に早く援助をしなければと思っていたと。
そして、学生服に柳行李ひとつで上京した坊主頭の父。
入社式も、ひとりだけ学生服。
会社の寮に入って、先輩からお下がりの背広やなんかをいただいたらしい。
千葉の田舎の漁師町から、花の東京のど真ん中。生き馬の目を抜く兜町に引きずり出されて、さぞやカルチャーショックを受けたろう。初めての給料で買った革靴は、何よりの宝物だったろう。
神武景気、高度成長期。
いい年した私ですら、生まれる少し前だったり、幼すぎてよくわからない、教科書で学んだ時代。確かに、父はその一端を担っていたのだ。
桜通りを歩いて帰れば、靴底にはよじれた花びらがへばりついていた。
カンカン照りの真夏には、蒸れた靴が異臭を放っていた。
土砂降りの日には、丸めた新聞紙が靴に入っていた。
朝はサクサクの霜柱も、夜にはぬかるみに変わり、かかとについた泥が少し哀しかった。
歩いて、歩いて、歩いて。
頭を下げて、下げて。
そんな父と靴はいつも一緒だった。
「ブラック企業」とか「社畜」とか。
労働に対して不穏な言葉の満ち溢れる現代だけれども。
差し迫った生命の危険がない時代で、場所で生きられて。
自分が働くことで、誰かを幸せに出きること。
いや、一瞬でも笑顔にすることができること。
それだけで、貴方は十分に生まれてきた価値がある。
数十年間、日曜日の玄関で丁寧に靴を磨き、妻子を養ってきて。
勤め上げてからは、孫の成長に相好を崩す。
そんな男性の遺伝子が、あなたたちにも私たちにも受け継がれている。
労働するから尊いのではない。
労働して、誰かのためになろうとする意志が尊いのだと。
これから社会に出ようとするあなたたちに、いつか気づいて欲しいと心から願う。
しかし。これだけは覚えていてくれ!
父の勤続三十周年の記念品。Ωの腕時計は、私が引き継ぐからね!
次の持ち主は、あなたたちの中で一番働いた者に贈る予定だ。
てな文章を。
来春、社会人になる甥っ子に送ろうと書いてみました。
・・・伝わるかしらん?
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