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明日からは、夏期講座。
何とかカリキュラムとプリントを作りあげ、ほっと一息。 クラス授業もあるが、個別でいくつか頼まれた指導もあって全てオリジナルでやってみる。 発達しょう害の高校生には、小学三年生の訓読中心とか。 中堅私立高校生のセンター向け漢文とか。 小学四年生の御三家向け読解対策とか。 我ながらとっちらかっているし、合理的でない部分が気になり、果たして効果はあるのか?と自信を喪失してみたり。 いや!臨機応変やっ!と関西人になってみたりと忙しい(笑) この頃つくづく感じるのが、大人が子供を子供のままで居させようとする幼さ。 少しでも引っ張り上げようとする労力をかけない。 便利すぎる玩具、教科書、身の回りの道具類。 江戸時代。 幕府に官吏として徴用されるには、湯島聖堂で二段階の試験が有った。 一次試験は、素読吟味。 論語などの漢文を白文のままで、朗々と読み下すもの。 この時代に、学問や習い事を始めるのは6歳(数え)が標準。 現代なら幼稚園の年中に当たる。 それ以前に、父親や祖父から素読の手ほどきをされていた家庭も多かったそうだから、子供の教育は男性主導の面があったのだろう。 漢字が男性の教養というのが平安時代からの常識だし、次世代も家督を恙無く継がせ、お家を存続させるのは家長の最優先ミッションだったからか。 漢字も読めず、言葉の意味も分からないものを暗記するまで、毎日音読させる。 今なら、完全に虐待扱いだろう。 しかし、これを経験させられた外資系のトップから聞いた効用に衝撃を受けた。 ある日、突然に内容が分かるようになるのだ、と。 それこそ、ストンと腑に落ちるそうだ。 だから、私も実験してみた。 漢文が苦手な高校生に、とにかく一文を何度も音読させることを。 30分で返り点を理解し、送り仮名さえあれば初見でほぼ正確に読み下せるようになった。驚き。 漢文の独特なリズムが、目で追うよりも、耳で味わうようにできているからかもしれない。 それに、漢字の意味が分かれば、大体の文意も推測できるもんだ。 ということは。 今何歳だからこのレベルの本を、という与え方は止めるべきではないか。 自分を振り返ってみても、やたらに大人っぽい本(あくまで自分基準で、笑)を読み漁った時期があった。 そこで、自分なりの趣味や嗜好が分かったり、他者の視点(作者ね)に驚愕したり、同調したり、怒ったりしたものだ。 可愛い子には旅をさせよ。 可愛い子には少し難しいことをさせよ。 成長は、養分を与えるだけでは見込めない。 雪に当てたり、芽かきをしたり、そういう刺激も必須なのだと。 |
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2016年07月21日
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