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こんばんは。
いやぁ。
つい今朝ほどは、気持ちのいい朝ですね〜などと書いてしまいましたが。
午後は土砂降り。
半年振りに言ったマッサージだったのに、帰りはぐしょぬれ・・・。
おまけに、マッサージの先生は中国生まれの方で。
日本人のだんな様との間に、今年大学受験のお嬢さんがいるとかで。
なぜか、20分ほど延長してくださったかと思えば。
進路指導をするハメに・・・ナゼ???
何とかお役には立てたようで、とりあえずホっとしましたが。
そうかと思えば。
出勤するなり、昨年受け持った男子生徒が3人待ち構えていて。
昨日、約束してしまった英語の補習をしてくれと言う。
去年はさんざんサボったくせに。
担任を離れた今になって、何を〜〜〜(怒)というカンジですん。
ま。受験生ですから、穏便に補習したアタシは立派な大人だと思います(笑)
さて。
書くことに繋がるのかどうか・・・。
ふと、最近またまた気になったことが。
電車に乗っていると、滅多に座ることはないのですが。
たまたま座ったときなんかに。
向かいの人が、本を読んでいると。
ついつい見てしまいます。
で、タイトルが見えてしまうと、もだえそうになることが(笑)
少し時期を逸したベストセラーであったり。
ハーレクイン・ロマンスであったり。
自分が読んで、がっかりしてしまった本であったり。
あぁ、もう!見せてくれるなっ!!
というカンジです。
おわかりいただけるでしょうか?
自宅で読むことが多かったのは、中学生までで。
高校からは、遠距離通学だったため(往復3時間!)
学生カバンには、常時2冊以上の文庫本を携帯していた私。
しかし、絶対に人に書名を見せるような恥ずかしいことはしませんでした。
自分が読んでいる本というのは、自分の精神生活や精神状態がモロにわかってしまうという脅迫観念があり。
自前の布製ブックカバーでくるむか、本屋で必ずお仕着せのカバーをつけてもらったものでした。
急遽、駅の売店で買わざるを得なくなったときには。
表紙を裏返して、真っ白け状態にして読んだものです。
しかし。
私以外の家族は、全員カバーが嫌い。
せっかくカバーで包まれているものを、ベリベリとむしりとって読んでいる。
もしくは、買ってくるときにカバーを要求しない。
ふうん。
そういうものなのでしょうか。
カバーがしてあると、何の本だかわからないというのが、奴らの弁なのですが。
おおっぴらに、タイトルが他人に見えても平気なんだなぁ・・・。
で。
これまた高校時代は、「書く」ことが非常に恥ずかしい・・・露出狂のやることだとも考えていたのです。
コッソリと自分の考えていることを、世間様に向かって公言してしまうという暴挙だと。
ヌードになることと同じくらい、いや、それ以上にトンデモナイことだと思い込んでいたような・・・。
ま。
今となっては、「アタシって、可愛かったなぁ〜」とか言えちゃうくらい。
開き直ったオババですが(笑)。
今でも、ブックカバーは必需品なのです・・・。
ではでは。
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