得能莫忘

あきらめない強さを持とう!

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夏期講習はとっくに終わった。。。
 
近隣の小中学校は、先週から新学期が始まっている。
 
1週間も夏休みが短縮された生徒たちは、不満たらたら(笑)
 
講習日程が(例年より)大幅に改定されたため、右往左往の毎日だった。
 
ルーチン化していた年間スケジュールは、人間をダメにするものだわ。。。
 
 
つかの間の息抜きをしようと書店に足を運んだ先週末。
 
自動的に、時代物のコーナーへ(これもルーチン・笑)
 
好きな作家さんは何人かいるが。
 
大抵、アタクシは「タイトル買い」。
 
そして、好きな作家さんなら無条件で買う。
 
だから。
 
同じ本を買うことが良くある(涙)
 
どんだけ記憶力が無いのかと(゜o゜)
 
しかし、今回は同じ本は1冊しかなかった。自分を褒めてやりたい。
 
初見は、浅田次郎氏の『一路』。
 
どうやら某国営放送のBSでドラマになっているらしく。
 
電車の中の広告シールで「50万部突破!」とか。
 
 
うん。あっという間に読んでしまった。
 
お殿様が、サイコー!!
 
連続ドラマよりも、本編(映画)のほうが面白いだろうにと批評家ぶってみる。
 
若い頃は、単純に勧善懲悪のストーリーが面白かった。
 
大いなるワンパターンは安心を呼ぶ。
 
ひねくれた昨今は、表面だけ学んだ日本史の裏にはきっとこんな矮小な人間ドラマがあったんだろうな、と。
 
外様大名の財力を浪費させる幕政としての参勤交代と、譜代・旗本の理想としての行軍と。
 
どちらも真実であり、どちらも衰退と繁栄を生んだ。
 
 
歴史から学べ!とは、よく言われることだが。
 
全く同じシチュエーションはありえない。
 
では、何をもって「真理」とするか。
 
結局のところ。
 
その人間がココだっ!と思ったときに「一所懸命」を発揮できるかどうかなのだと。
 
鎌倉幕府のところで習ったよね。
 
一生懸命でなくって、「一所懸命」だって。
 
うん。一生を懸命に過ごすのって、ものすごく大変。
 
ほとんどの人は、言葉の重さに負けてしまう。
 
でも、「一所」懸命なら、何とかできるかもしらん。
 
 
では、「一所懸命」になっているかどうかを判断する基準って?
 
「一路」の筆者、浅田氏によれば「字を丁寧に書くこと」らしい。
 
ふむ。
 
字を書くことは、作家という生業からすれば仕事だから、「仕事を丁寧にすること」と翻訳してしまえ〜。
 
当然といえば、当然のことだが。
 
丁寧に行われた仕事からは、「気迫」というか「念」というかそんなものを受ける気がする。
 
それが、人を感化したり、感動させたり、改心させたりする。
 
猫飼いでハンドクラフト作家の友人に言わせると。
 
精魂込めた作品ほど、その上ににゃんこが居座るらしい(笑)
 
 
ルーチンだと無意識にしている仕事に気迫はこもらない。反省。
 
夏休み明けに、字が綺麗になった生徒が数人確認できて今週末の模試が楽しみだ。。。。うん。。。
 
 
 
 

こんばんは。

図書館というフレーズに甘酸っぱいものを感じるのは、私だけ?

いや。

たまちゃんなら必需品とか、日用品とか感じるのか(笑)


有川浩(ありかわ ひろ・女性!)さんの書いた『図書館シリーズ』を怒涛のように読んでいる。


きっかけは、妹からの依頼だった。

「最近、マリア(仮名・姪っ子)があんまり本を読まずに、化粧品や洋服ばっかり興味を持って困る」だと。

(お前さんに似たんだよ〜ケケケ)とは思ったが。

「何か良い本があったら、勧めてよ!」と言われて、はたと気がついた。


めっきり時代物しか読んでいない自分に。

硬い本は、疲れるし。

軟らか過ぎる本には、抵抗がある。


何より、私の中学時代と姪っ子のそれがあまりにもギャップありすぎ・・・。

オーソドックスに、重松清さんあたりや浅野あつこさんを推奨したが。

すでに読んでいた・・・。


ふらふらと、いつもと違う書店に入ってみたら。

文庫書架の真正面に平積みされていた『図書館シリーズ』。

装丁は、いかにも最近の中高生が好むようなゲーム感覚の画で。

(きっとアニメ化されちゃったりしてるんだろうな〜)と確信。


しかし!

1巻めのタイトルにやられた。

『図書館戦争』

???

隣り合った図書館同士が戦うのか?そうなのか?

図書館と戦争という言葉が、並ぶことにどうしても違和感がある。


見れば。

2巻目は、『〜内乱』

3巻目は、『〜危機』

明日、購入予定の4巻目は確か『〜革命』


書くのを中断して、ネットで調べてみたら・・・。

ずい分前に出版されていた〜。


ネット世代が好む戦闘モノのような読み方もできるし。

ラブ・コメ的な要素もある。

でも。

我々世代も読まなくてはならないと思う。

決して、絶対に起こらないことではないから。

「検閲」という名の迫害が・・・。

反面。

「言論の自由」という大義名分を振りかざし。

本当の「自由」と「責任」の両立を果たせていないメディアの倫理も。

一考するように促してくれる。


ちょっと姪っ子には早かったかな。

こんばんは。

不覚!

不覚っ!!

あ〜不覚っ!!!


なしてアンテナに引っかからなかったのでしょうか?

イメージ 1


もろに、私好みだったのにのに(-_-)

このシリーズ第3作「鷺と雪」で、第141回直木賞を受賞されたのですね〜。


第一弾が「街の灯」。

舞台は、昭和7年の東京。

宮様、華族の方々が通う女学校に通う士族の娘(ただし、財閥系の社長令嬢)が主人公。

今と違って、女子高校生には制約の多かった時代。

断髪の女性運転手に導かれ、数々のミステリを解いていく。

サッカレー、乱歩、チャップリンの薀蓄も楽しいけれども。

その時代の銀座の描写がたまりません(*^。^*)


・・・と言っても。まだ生まれていませんが。念のため!


第2弾は、「玻璃(はり)の天」。

もうもう、ウェブスター、清少納言、伊勢物語、万葉集・・・。

食いつきどころが満載でしたん。


あぁ、シリーズものを一冊だけハードカバーで買うなんて。

とっても主義に反するのですが。

・・・我慢できそうにないっ!!



「円紫さんと私」シリーズも大好きでした。

そういえば。

妹に貸したままだったような・・・?


探偵小説(断じて推理小説ではない!)が大好き少女だったアナタ!

もう読みましたか〜?

やばいよ、はまるよ〜♪(笑)


あしながおじさんを、推理小説に見立てるなんて。

目からウロコもいいところ・・・。

そうか。

だから、私は大好きだったのかと、納得♪


あらためて、もう一度。

乱歩を読み直したくなりました〜♪


ではでは。

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こんばんは。

久しぶりに、朝からばかちん娘が家でうだうだしているかと思えば。

目が合うと「お腹空いたぁ〜」を連発。

昼はきしめんを大鍋に作り。

すでに夕飯のチキンライスとサラダも食い荒らされ・・・(涙)

この調子では、きっと9時頃にも「腹減った攻撃」がぁ。

本当に、躾けに失敗したと海の底(あ。マリアナ海溝ね!・笑)より深く後悔。。。


そんな母親失格の私に。

『梅咲きぬ』(山本一力:著/文春文庫)は、痛みを伴いますが。

母としての姿勢を考えさせてくれるものでした。


山本作品にはよく登場する、深川の「江戸屋」。

そこは、代々女性が「秀弥」を襲名し、老舗の看板を背負っていく料亭。

老舗ならではの家訓(初代秀弥の言い残したもの)が存在し、それに代々の秀弥が娘に受け継いで言った言葉の数々。

言葉だけではありません。

生活の隅々にまで、人との付き合いとはどうあるべきか?という道理が散りばめられているのです。

中でも、

「おまえの振舞いも身なりも、周りのひとは目を凝らして見ています」

「粗末な安物を持っていては、江戸屋の暖簾に障りますが、見た目の派手さに惑わされたり、身の丈に過ぎたものを着たり持ったりしても、世間の人は陰で笑います」

この台詞には、ガツン!と一発やられました。

「分をわきまえる」

「身の程を知る」

子供たちに、きちんと教えてきていただろうか、と。



主人公は、4代目秀弥。

幼くして父親を亡くし、三代目女将の一人娘として育てられた玉枝。

一日のうち、彼女が母親の顔をした秀弥と過ごせるのは朝食の時間だけ。

それも、毎日のことではありません。

生まれたときから、老舗の暖簾を守り育てていくことを運命づけられた母。

母として生きたいと願っても、周囲がそれを許さないということもあったでしょう。

でも、母として娘に最高の環境を与えたいという思いは、山村晴雅という踊りの師匠に娘を委ねたことからも察せられます。

この師匠に踊り以外にも、厳しい薫陶を受け。

さらには、その連れ合いである福松にも愛され、さまざまなことを学んでいく。

生来の利発さもありますが、観察眼の鋭い玉枝の成長は、読者を魅了してやみません。


また、切なくも一途な恋情の行方・・・。

こういう愛もあったのか、と思わせられます。

江戸の女。

歴史の表舞台には立たずとも、しっかりと地面に足をつけて生きていた女性たち。

私たちの祖母の祖母、さらに祖母。

その血は、途切れさせてはならないのでは・・・。


ではでは。
こんにちは。

ここのところ、日中はまるで夏かと思うような日々が続いております。

もっとも気温の高い時間に出勤し、帰りは23時過ぎですから。

一体全体、何を着ていけばよいのやら???


とうとう地元の小学校でも、学級閉鎖は当たり前。

学年閉鎖になったかと思えば。

ついには、学校閉鎖まで・・・。


聞くところによると。

運動会で爆発したらしいです。

今日も運動会の小中学校があるかもしれませんが。

応援などに行かれる場合は。

くれぐれも、うがい・手洗いをお忘れなく!!


さて。

近来まれに見るくらい、読書逃避が続いております。

惑溺、耽溺の類です。。。

イメージ 1


いずれも、山本一力さん。

左は、『銭(ぜに)売り賽蔵(さいぞう)』。

「銭売り」って、何だろう?

珍しい商売だなぁ・・・と思ったのですが。


江戸時代も後期になれば、お大尽は札差しか両替商。

いずれも銀行の前身のような業務をしていたようです。


札差しは、お蔵米(武士の給料)を年に3回お金に替えます。

でも、武士はベースアップがなかったので、どんどん窮乏していき、何年分も前借するようになります。

そこで、いわゆる徳政令などで武士の借金棒引きがされるわけですが。

かえって貸し渋りにあって、窮乏に拍車がかかります。


一方、両替商は。

経済の中心が「米」から「貨幣」に変わっていくにつれ、また、商品の流通が活発になるにつれ。

手数料を取って、小判や為替を両替する商売。

また、商いの元手を融通する機能も果たしていました。

ただし、商売相手は大名や大店。


では、一体、庶民はどうやって日々の暮らしに必要なお金を手に入れていたかというと。

これが、「銭売り」から買っていたのです。

庶民にとっては、小判なんかめっそうもない。

小粒銀や二分金ですら、ちょっとした買い物にも使えない。

一般に使えるのは、「銭」でした。


ある年齢以上の方は覚えていらっしゃるでしょう(笑)

「銭形平次」。

悪人が抵抗したり、逃げようとすると。

平次親分が、紐に通された穴あき銭をピュっと投げる。

あれが、緡(さし)と呼ばれたものです。

1本に96枚。

でも、100枚=100文として流通していました。

4枚は、製造した銭座や銭売りの手数料。


火事で両親を失った賽蔵の育ての親が「銭売り」。

真摯に、庶民のために誠実な商いをする姿勢。

これが、賽蔵の行き方にしっかり根付いています。


「お金は、社会の血液だ」といいますが。

それをドロドロに滞らせ、ひとつところに偏らせれば。

かならず病気になるでしょう。

綺麗に売り買いする「銭」は、社会も健康にしていきます。


人様のためになる商売のために。

賽蔵は、筋を通すそういう人々の役に立つ銭売りをしていくのです。


「儲ける」ことは、血液の流れをよくして、社会を元気にさせますが。

自分だけがよければいいでは、やがて思わぬしっぺ返しが来るでしょう。


読み応えのある1冊でした。


もう1冊は、後ほど・・・。



ではでは。

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