ここから本文です
*北羽越鉄道写真館
羽越本線の魅力は名勝笹川流れや吹浦-女鹿・小砂川-上浜に限らず!酒田以北の佳き沿線風景も楽しんでいただけると幸いです

書庫ゲストブック

羽越の魅力は名勝笹川流れや吹浦-女鹿・小砂川-上浜に限らず!
酒田以北の佳き沿線風景も楽しんでいただけると幸いです
ボールド

投稿数:10

新規作成

作成:
修正:
名前 パスワード ブログ
  • ボールド
  • 斜体
  • 太字斜体
  • 見出し1
  • 見出し2
  • 見出し3
  • 見出し4
  • 見出し5
  • 引用
  • リンク
  • 画像
  • item
  • ヘルプ
  • 絵文字
    ×
    • オリジナル
    • SoftBank1
    • SoftBank2
    • SoftBank3
    • SoftBank4
    • docomo1
    • docomo2
    • au1
    • au2
    • au3
    • au4

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

aka12aya70

よろしく

開くコメント(1)

姫人

貴方からのコメントにめちゃめちゃ共感致しました。
ありがとうございます。
当ブログは、訪問者50万人を超えましたが
先行き不明な瞑想とかす所をフラフラしてました。
しっかりしないと駄目ですね。
コメント本当にありがとうございます。

開くコメント(1)

自分としては東京〜九州間の急行列車にどれぐらいの乗客がフル区間利用していたのか気になります。
現実的な話で恐縮ですが、高度経済成長真っ只中で国民平均所得は右肩上がりで増えていました。
それゆえ何としてでも151系「つばめ」「はと」や20系寝台特急「さくら」「はやぶさ」「あさかぜ」を利用しようと特急クラスの乗車競争率が激しかったのではないでしょうか?
そのような客足状況だったとすれば、急行列車はいかに長距離運転でも1部の区間で合理的な利用しかされなかったような気がします。
東京を午前中に発車する「桜島」や「霧島」は大阪まで昼行運転。現在の東京〜新大阪間を「のぞみ」や「ひかり」で移動するような客層も多く、名古屋や大阪で大半の客が入れ替わるというパターンだったと思われます。

開くコメント(3)

こんばんは。
ちょっとこの場で「いなほ」雑談させてください。
私が掲載した昭和55年10月の時刻表で気がついたのですが、当時の「いなほ」は下りの1号が秋田行き、3号が青森行でした。新津駅で見たのは1号と思い込んでいましたが、3号の間違いであったと判明した次第です。(記事修正済)
485系として活躍した年数は上野発着時代を含めてザクっと計算すると40年余り。新潟発着からでも30年近くになります。
ちなみに「白鳥」の活躍年数は通算で40年。「いなほ」より10年ほど早くデビューしましたが、「いなほ」の通算年数は既に「白鳥」を上回っています

開くコメント(0)

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

特急いなほ上野行
特急いなほ上野行
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最新のコメント最新のコメント

すべて表示

友だち(22)
  • JA7GUX
  • 白エスティマHV
  • 1231M
  • てつどうふぁ〜ん
  • ricchan
  • 究極の583系&E653系
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事