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河童とサンカ

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はっきり覚えていないが「ゲゲゲの女房」の中で水木しげるが
「妖怪の住めんような世の中は淋しい」という意味のセリフを言っていたように思う。
まったくだ。

科学は科学で進歩すればいいのだけれど、人間の精神世界の中に人智を超えたものに対する畏敬や恐怖、あるいは憧れ、尊敬と言った感情は普通の精神活動をする人ならば消えない。

日本の三大妖怪といえば「鬼」「天狗」「河童」である。
中国になにかルーツがありそうにも思えるが、一応そうなっている。
その中の河童。
河童の絵というと清水昆の漫画を思い出すが、日本画で河童といえば小川芋銭と言われる。
最近亡くなられた岩崎巴人の河童もいい、すごくいい。一枚持っている(笑)

河童とは、川(かわ)+童(わっぱ) 「かわわっぱ」が変化したものだと言う。
形態的に二種類いるそうで、亀形態と類人猿形態があるらしい。

中世は知らない、しかし近世の河童とは「サンカ」を指したものだと思う。
「サンカ」、山家という表記をすることもあるが、春から秋に川魚漁をしながら流浪した人々である。
実入りの良かったものはスッポン・亀・ウナギあたりらしい。
それぞれ決まったコースを家族単位で漁をしながら周り、生活していたと言われる。
このグループを作らない自立形態を五木寛之は「風の王国」で「めんめシノギ」という言葉で表している。各々が自分で食べて行けという意であろう。
ショーケン主演の「瀬振り物語」という映画もあった。
河原に小屋掛けをして最小限の荷物。お得意を回り信頼もあった。でなければ生きていけない。
冬は竹細工や棕櫚箒作りをしながら春を待った。
三上寛の作ったサンカのイメージは論外で、柳田国男は「古代山人末裔説」、喜田貞吉は「坂の者説」をとった。沖浦和光は江戸中期以前の文献を調べ、サンカらしい記述がみつからないことから江戸の三大飢饉である享保の大飢饉(1732)天明の大飢饉(1782〜87)天保の大飢饉(1833〜39)で食いはぐれた人々が山に入ったものがルーツではないかととなえている。
そんな人々が戦前・戦後までいたのである。

そんな人達の姿を想像して欲しい。褌一丁で手にはヤスをもち、背中に竹かごを背負って川から現れる。
農耕定住民はさぞ驚いたことだろう。普段人との繋がりが少ない分、物珍しさに近づいてきた子供と遊びたかったろう。そんな時は洒落た遊びなんぞしらないから多分こう言った。
「相撲をとろう」

河童の絵を見ると「サンカ」を思う。
枠外の人達の不自由で厳しい中にも、生き生きと輝く命を思う。


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